02 喪女、覚醒める
―――ふと目覚めると。私は知らない場所にいた。
其処は薄いカーテンで囲まれた小さな部屋だった。白いテーブルクロスの乗っている小さなテーブルには御茶もお菓子もない。ただ一本の黒い薔薇が活けられた花瓶が乗っているだけ。
占いの館、みたいなその場所で私は気付いた時から一対しかない椅子に座っている。
―――いや、どこだ此処
「此処は一時的な魂の行きつく場所。御前たちの世界では三途の川とかいうのであろう」
―――?!!
疑問を口に出してはいない。ただ思っていただけだ。其れなのに帰ってきた言葉があることにまず一回驚く。
そして前を見てまた驚いた。
其処にあったのは空っぽの椅子だったのに、いつの間にか頭の先まですっぽりと黒いフードで覆った人物が腰かけている。これ女じゃなかったら逃げてるぞ。
女だってわかったのは先ほど語りかけてきた声が随分と若くて高かったからだ。
―――あのー、私死んだんでしょうか
「で、あろうな。貴様の肉体が生命維持活動を続けることができなくなっていたからな」
…まぁ、心臓ぶち抜かれて(推測だけど)生きて居られるような人間はいないわな。
そうか、享年十七歳かぁ…短い人生だったけどまぁ、未練はないな。
どうせこの先生きてたって大したことにはならんだろうしなぁ。
「呆れたものだな、人間というのはもっと生き汚いと思っておったが」
目の前の黒い、顔も見えない少女が呟く。というかこの人誰なんだろう。漫画とかアニメであるように魂を導く死神みたいなものなんだろうか。
「私はそんなものではないぞ。此処は三途の川のようなものといったが実際はそうではない。此処は私が作った。御前の魂を呼ぶために一時的にな」
―――魂を、呼ぶ?一体何のために
「……私はな、疲れたのだ」
いや、質問に答えて。ていうかこの少女、結構な高慢ちき感を醸し出している。
いうなればお嬢様タイプとでも表現しようか。声は若いくせに口調が古臭いのも中世の貴族感がすごい。
「私は飽きてしまったのだ、何もかも。全てにおいて。だから折角世界の輪廻から抜け出す転生の禁呪をかけて、あえて殺されるように仕向けたものを……余計なやつらがおせっかいを焼いて、私を蘇らせようとして居る」
―――さらっとすごいこと言ってるんですけど…殺されたって…。いや、説明になってないっていうか話が見えない…それ何処の話ですか。
正直私の頭の上には疑問符が軒を連ねて浮かんでいる。一方的に押し付けられるファンタジー要素たっぷりの独白に私の脳内キャパシティは限界を迎え始めた。
しかし少女はそんなことに一つも構う様子がない。というよりもあえて私に分からせないようにしているようにさえ思えた。
「だが私はもうあそこに戻るつもりはないのだ。故に娘、御前に譲ってやる」
―――はい?今なんて?
「御前を私の代わりに其処に戻してやろう。嬉しかろう、美しい顔も身体も手に入る、力も申し分ない。その代りに貴様が行く予定だった魂の輪廻に私が入るのだ。貴様もこんな世界には飽き飽きしておっただろう、喜べ」
―――いや、ちょっとま、ねぇ、待って待ってデブスでオタクの私がそんな
「貴様に拒否など認めぬわ。それでは、精々頑張ると良い。ではな」
止める暇も縋る暇もない。彼女の言ってることの半分も今は理解することができなかったけどヤバいってことだけは十分わかった。
待って待って、となぜか動きにくい自分の身体の全力を総動員させて少女の方へと手を伸ばし捕まえようとした瞬間に―――床が無くなった。
「ふははははっ、達者でな!!」
―――何が達者だばっきゃろおおおおぉぉぉぉぉ!!!!
私のキャラに似合わない絶叫もむなしく意識はまっさかさまに闇へ闇へ まるで奈落の底のような闇へ落ちていった。
―――――――ふと、唐突に私の意識は覚醒する。
きらきらした眩しい光。なんだ此処、ICUか。
つまり私は助かったってわけか。心臓撃ち抜かれてなんて強運だよ…。
しかし急に目覚めたせいでめっちゃくちゃ眩しい……いや、まってだんだん慣れてきた。
……ん?私こんな肌黒かったっけ…。いや真黒ってわけじゃないけど…
軽く日焼けしたかな?っていう程度の…ふつう病院暮らしって肌白くならない?
「―――……ま、 ――――……様…!!」
病院って患者を様付けで呼んだっけ……。○○さーん聞こえますかーとかそういうのじゃなかったっけ……。あー目が慣れてきた……周りも見えてくる。
…ん?ちょっと待て、裸じゃね、これ私。なんだよこれもしかして風呂か?
もしかして意識不明のまま数ヶ月とか数年とか寝たきりだったんじゃなかろか…。そうすると維持費とか家族にかかってくるのかな……うわ、やだなめんどくせぇ…。
つぅかこんなに巨乳だったっけ私?いや腹が引っ込んだからか……。
「ベアトリーチェ様!!!」
唐突に耳がはっきりと機能して叫ぶように呼びかけた声が脳味噌を揺さぶる。誰だよベアトリーチェ様。
何と勘違いしてるんだ、と看護師を睨みつけてやろうとしたら―――
ぼやっとした光の中私を取り囲むイケメンが1 2 3 4 5 6 7 8 人………。
「―――――――?!!!くぁwせdrftgyふじこlp!!!!!!」
ネットでこの表現を見るたび思った。こんなこと言う奴いねぇだろうと。だけど間違ってたね。人間本当に混乱した時は何いってるかまじでわかんない。
「大丈夫ですか?!」「お気を確かに!!」と口々に叫ぶイケメンを尻目に浴槽と思しき場所から手を伸ばしてそこらに在ったものを手当たり次第にイケメンたちにぶん投げる。
「わぁぁぁぁ?!!でてけーーーでてけぇぇぇぇぇ?!!!!」
イケメンに罪はないのかもしれない。だがこんなデブスの裸をイケメンが多人数で観賞してるとか人権侵害もいいところだ。殺したいのか私を。
訳も分からず物を投げられたイケメンが全員扉の向こう側に避難してから私はふらふらと浴槽からおぼつかない足取りで立ち上がった。
周りを見渡すと薄暗い室内に、髑髏がふんだんに使われた病院でやったら患者が暴動を起こしそうなデザインのインテリア、そして謎の瓶に入った謎の薬の数々…。
……いや、これ絶対病院じゃないヤツ……絶対そう。
ヤバい、混乱しすぎて頭の中身がまとまらない。誰かを呼んで事情を聴こうにもあのイケメンらを呼び戻したくない…。
誰か、誰か話せる人を……。
びしょ濡れの状態で歩き回っていたら、ふと視界の隅に誰かが映る。
そちらを見ると私と同じくびしょ濡れの、だけどとんでもない美少女が立っているのが見えた。
モカ色の浅黒い肌、髪は宵闇に近い紺色。ギラリとした深い紫色の瞳が姿の中で妙に光って見える。
ただそれでも同じ女性がいたという事でほっとした私はすぐさま彼女に駆け寄って声をかけた。
「はろー、はろー……?あれ、」
見た目から海外の御方だろうと軽やかにいんぐりっしゅすぴーちをしたはずが…その美少女はこちらを見て何かぱくぱくと口を動かしている。ところが声は一向に聞こえない。
嫌な予感がして、右手を挙げてひらひらと振る。そうすると美少女は左手を上げてひらひらと振る。
足を上げると、同じように美少女も足を上げる。
気付いてしまった、これが鏡だという事に。そして、鏡の中の美少女の頭には歪な角、背中には奇妙な羽が二対、そして腰の下からはうねる尻尾が生えている。
どう見ても人間ではないです、本当にありがとうございました。
「くぁwせdrftgyふじこlpあzsxdcfvgbhんjmkl~~~~~!!!!」
ついに先ほどよりもわけのわからん絶叫を腹の底から放出して、意識を手放した。
どうか、どうか目覚めていたら静かにお墓の中で眠っていますように…あ、それ目覚めてないわ。
そんな突込みを入れつつ、また意識は闇の中。だけどその闇は、夢の中で堕ちた其処よりもずっと浅かった。