人魚
漁師が網をうっているとかかった人魚。
駿河の国の若者が、小舟をだして網をうっていたが、
その日はどういうわけか、小魚一匹かからなかった。
もう、日も消えかかるときに
網にずっしりとした重みがあった。
急いで引き上げてみると、
なんと、女の人魚だった。
「お助けください、お助けください。」
と言っているが、今日は不漁だったし、
人魚と言えば、不老長生の仙薬になるときいていたので
「いやだめだ。オマエは殿様に献上することにしよう。」
「そこをどうかお慈悲を…」
「いやならん。」
「あなたが、漁に出たら必ず豊漁になるよう
お約束いたしますから…。」
といったが聞く耳をもたなかった。
しかし、男がどんどん、船をこいだが
なかなか岸につかない。
それどころかどんどん沖に流されていくように感じられた。
「これはいったいどういうことだ?」
「きっと、私を帰さないので、海の神が怒っているのでしょう。
このままでは朝になっても岸にはつきませんよ。」
男はうそだと思ったが、このまま岸につかなかったら…
さらに、一緒に乗っているのが人語を使うとはいえ
妖怪だし、ぞっとしてしまった。
「岸についたら、必ず海に帰すから。」
と、人魚に懇願したが
「いえ、岸につくまえにお帰しくださいまし。」
と言われ、しぶしぶ納得した。
岸につく前に、
「豊漁の約束は本当だろうね?」
と聞くと、
「海に帰してくださるならお約束しますわ。」
と言った。
網を解いてやり、海に帰すと
笑いながら海の中に消えていった。
それから、男が漁にでると、
怖いぐらい豊漁になったが、
「これは人魚のおかげだ」
と人に言った3日後に波に飲まれて
海のなかに消えていった。
死体は杳としてあがらなかった。