仙人修行
商家の息子が仙人修行にでかけたが…
会稽の商人に伍という男があった。
若い頃から大層働き者で、家財は増した。
しかし、それとは反して、この男の息子はとんでもない
放蕩息子で、父が稼ぐそばから
財産を食いつぶしていた。
それでなくても働いていないのに
いつも楽に暮らせることばかり考えていた。
あるとき、友人と愚にもつかない会話をしていると、
「仙人になると、ものを食わなくても生きていけるし
不老長生だし、雲にのってどこまでもいったり
壁抜けすることだってできるぞ!」
「なに?それじゃ、雲にのって郭にいったり、
楼閣の壁抜けであの子のところにいったりできるんだなー!」
「そらそうだよ。一つ、仙人になってみたらいいじゃねぇか」
と話がまとまって、伍某は、仙人が住まう深山にでかけていった。
道は険しかったのですが、帰りは雲にのっておりれるのですから
そればかり考えていたら、苦労などふっとんでいた。
やもすると、目の前に
小さな庵が見えてきて、訪ねてみると
果たして仙人が在宅だった。
「神仙さま!神仙さま!
どうか、弟子にしてくださいまし!」
「ほほう。俗臭がぷんぷんするものがやってきたな。
オマエのようなやつが仙道に務まるものか。
立ち帰りなさい。」
「いえいえ、苦労してここまでやってきたのです…
どうか、ひとつ…。」
「ほほう。しかし、仙道の道は辛く、厳しい。
わしが命じることに嫌だだの苦しいだの言ってはいかんぞ。」
「心得てございます。」
その日から伍の修行がはじまりましたが
修行といっても、下男の働きです。
薪をあつめたり、湯をわかしたり、
仙人でも、こんな雑用をするものかー。
はーーー。といって参ってしまった。
「どうした。薪はこればかりか?」
「はい…今までは放蕩暮らしが祟りまして…。」
「辛く、苦しいか?」
「いえ、めっそうも…。」
「このようにすれば、簡単に集まるではないか。」
といって、仙人が片手をひょいと動かすと、
薪がバラバラバラバラ…と目の前に山のよう。
「どのようにやったのです?」
「なに、わしと山と木と風が一つになったのよ。
心得よ。わしはわしではなく、人体はここにあらず。
自分を風や土と同じと思うのじゃ。
さすれば、このようなものは術には入らん。」
仙人の言っていることはよくわからなかったが
修行していれば、いずれそうなれると信じて
もうしばらく頑張ってみることにした。
一月ばかり頑張っていると、
また、仕事に飽きてきて、
やはり、家にかえろうかと思った矢先、
薮の中がガサガサと、
「と、と、と、虎だ…!」
みると、7尺はあろう大虎が
伍の前にのそりと現れた。
「た、た、た、助けてくださーーい!
神仙さまぁーーー!」
というと、雲にのった仙人がやってきて、
「…これ、もう、大丈夫じゃぞ。」
と、伍が目を開けてみると、
虎は、なにもなかったように伍の横を通りすぎていった。
「これは…いったいどういうことで…。」
「虎の目には、わしたちはただの薮にしか見えなかったのじゃよ。
わしたちは木になったのじゃ。」
「な、なるほど…私は経験は浅いですが
もう、木になる術を身につけたんで?」
「ほっほっほ。いやいや、オマエの分はわしが術をかけておいた」
なるほど~と、ほとほと感服してしまった。
伍は山の下に居た頃は快楽ばかりだったが
山の上に来てからは快楽がさっぱりなくても
つまらなくなかった。
それどころか、毎日が楽しくなってきた。
そうこうしているウチに3年の月日がたった。
「神仙さま、おひまを頂戴したいと思います。」
「ほう、ここまで頑張ったのに、
下界が恋しくなったか?」
「いえ、そうではありません。
神仙さまが毎日のようにおっしゃられていた
自然と一体になって考えてみましたら
私は、商家のせがれとして人生を全うすることが
一番自然だと思いました。」
「はっはっは!3年かかったがようやく気付いたか。」
「はい。今までどうもありがとうございました。」
「弟子よ。その気持ちを忘れてはいかんぞ。
その気持ちはどんな術にも勝るということなのだ。」
「はい。心得ました。」
と、伍が外に出て、家に帰りたいと思うと、
自然に雲に乗っていた。
ふと途中の大家でなにやら騒ぎがあるので、
降りてみることにした。
「何の騒ぎです?」
「雲にのってこられたとは、
あなたは仙人さまですか?」
「いえ、そうではありませんが、
大層な騒ぎですね。
よろしければ話を伺いたいのですが。」
「は、は、はい。
実は、私に一人の娘がおりまして、
それが、妖怪に魅入られまして、今晩嫁に迎えにくるということなのです。」
「ははぁ。それはお困りでしょう。
私が力になりましょう。」
「よろしくお願いいたします。」
伍は妖怪など退治したことなどなかったが
なぜか自信にみちあふれていた。
家に入ってみると、たしかに妖気がする。
「はっはっは。どうやら、道士を招きいれたらしいが
そのようなやつ、食い殺してしまうぞ!
娘はわしがもらう。」
という声が家中にひびいた。
どこから声がするかわからなかった。
天井からのように聞こえるし、
床下からのようにも聞こえる。
はたまた、左右の壁からのようにも聞こえた。
「ははぁ、これは…。」
といって、伍は家人から、刀を拝借すると、
つかつかと壁際にあるき、
えいや!と壁を斬りつけた。
すると、どう!と音がして、
そこには、灰色の大ネズミが血を流して死んでいた。
「これが、歳をとって、術を使えるようになったのでしょう。」
「ははぁ~、これはこれは…
これで、当家の禍が消えましが
しばらくは心配なので、どうか、
当家にご逗留下さい。」
といって、招かれた。
夕食の段になり、娘が紹介された。
「ははぁ…。これは妖魔に魅入られるはずですな。」
とびきりの美女だった。伍は大変に参ってしまった。
金持ちは、この堂々とした若者なら
娘も食いっぱぐれがないと思い
「どうか、娘を嫁に…。」
伍は二つ返事だった。
嫁を伴って家に帰ると、
父は、息子が大変に自信をもって帰ってきたことと
美貌の嫁までもらって、大層喜んだ。
伍は、家をつぎ、商人になったが
何事も、自分の自然、客の自然を見分けるので
失敗なく大成功し、一代で築いた財産は国内一となった。




