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9・修羅の時刻


「ここが霧の森ね」


 緑の木々を豊かに繁らせる霧の森。

 その森の近くに止まる馬車から降りた女は、街一番の娼館の館長エレンディラ。

 娼婦上がりの館長さんでそこそこ歳はいってるはずなのに見た目がいつまでも若い。

 何人もの男を手玉にとってきたこととその見た目で、魔女娼婦なんてアダ名で呼ばれたりしてる。

 今でも十分に現役を勤められる美貌で薄く笑って森を見る。


「妖精が棲むというだけあって、綺麗な森だこと。霧の森というけど、今日は霧は出て無いのかしら?」

「エレンディラ様」


 隣に立つのは大きな女、背中に大剣を背負う身長2メートルに届くかどうかという女剣士だ。


「俺は剣の腕には自信があるが、妖精の魔法とか呪いにはさっぱりだ。護衛ができるとは思えない」

「大丈夫でしょ、ラノゥラ。妖精のイタズラで酷い目に会った者はいても、死んだという話はほとんど聞かないし」


 馬車の御者の隣に座ってた少年みたいな女の子が御者席から飛び下りる。

 この子はあの狩人ちゃんね。


「ここも霧の森と呼ばれてるけど、この森を奥に進むと霧が出てくる。その霧の奥が妖精の住む霧の森だ。この辺りに住んでる奴はその霧が見えたらすぐに引き返す。妖精の国に迷い込まないように」

「道案内、ありがとう」

「でも、どうするんだ? 霧の森の泉に辿り着くのは、その、純潔の乙女だけっていうから」

「あなたが処女ならそこまで案内してもらうつもりだったけど」


 女娼館長エレンディラが狩人ちゃんを見ると、狩人ちゃんは顔を赤くしてぷいっと顔を背ける。


「だからこうしましょう」


 女娼館長エレンディラは紐を取り出して自分の右手に巻く。その紐の先を護衛の女剣士ラノゥラの左手に縛りつける。


「こうして処女の乙女とくっついて歩けば私も霧の森の泉に行けるんじゃない?」

 

 女剣士ラノゥラは嫌そうに眉をしかめる。


「確かに俺は処女だけど乙女というには無理が無いか? こんなゴツい傷だらけで乙女とか」

「それは大丈夫だと思う」


 狩人ちゃんが大きな女剣士を見上げて。


「見た目とかよりも心が乙女かどうかみたいだし。俺でもなんでか乙女扱いされたし」

「心が乙女ってならなおさらだ。俺はとっくに女を捨てている。だから未だに処女ってだけで」


 女娼館長エレンディラはふたりを見て。


「あら、ふたりとも可愛らしいわよ。さて、ラノゥラ行きましょうか。妖精のまやかしはどうにもならないとしても、狼とか出たらよろしくね」


 苦いものでも噛んだような顔したふたりの視線を背中に受けて、木々がざわめき木漏れ日の輝く森を見るエレンディラ。


 ――どんな女でも昇天させる散花の妖精。どんな男か見てみようじゃない――


 男相手に仕事をしてきた女娼館長としては、男なんてのはエロいバカばっかりに見える。本当にイイ男ってのはなかなかいない希なもの。

 自分を満足させてくれるような男がいれば会ってみたい。できたら手に入れたいってのがある。

 その思いが通じたのか、ふたりは霧の森の中を進んであっさりと泉に到達した。


「これはまた変わった女が来たの。純潔の乙女でなければ来れんはずじゃがー?」


 妖精達に囲まれて、妖精女王を前にしても女娼館長エレンディラは怯まずに堂々と。

 どんな客を相手にしても笑顔を崩さないプロってやつだよね。

 エレンディラは右手に巻いた紐をほどきながら。


「それは私の心が乙女だったからでは? 平和な人たち(ピープルオブピース)。彼が噂の花散らす妖精騎士かしら?」


 妖精女王の隣に立つのは騎士ターム。

 長い金髪に優しげな蒼眼。これまで見たことも無い美しい男。


「なるほど見た目はいいわね。まるで王国一の美麗な騎士、ターム=レィイン様のようね」


 護衛の女剣士ラノゥラが騎士タームを指差して。


「エレンディラ様。こんな綺麗な人間の男なんているわけが無い。こいつも妖精か、でなけりゃ妖精のまやかし物だ」

「そうね。美人という言葉が相応しい騎士様ね。でも以前遠くからお見かけした騎士ターム=レィイン様にちょっと似てるのよねー」


 騎士タームは冷や汗流して佇んでいる。


 ――終わったか。これまでは妖精の呪いかまやかしか、私をターム=レィインと言う乙女はいなかった。だが私が騎士タームと知られればもはや王国には戻れない。その上、幾人もの乙女を襲った強姦騎士として王国騎士団の名に泥を塗ることに。レィイン家の名にも傷を、姉上、申し訳ありません――


 エレンディラは騎士タームの懊悩に気づかなかったようで。


「見た目は合格。だけど他はどうかしらね? 噂では何人もの乙女達を満足させてきたみたいだけど、見た目でのぼせ上がらせて、処女を相手にいい気になってるだけじゃないの?」

「言うのー、女。挑発かえ? 何が目的でここに来た?」

「噂になるほどのイイ男が本当なら、お持ち帰りできないかなーって」

「ほぉう。この妖精女王から玩具をひとつ奪い去ろうと言うかよ。おもしろいのー」

「その騎士様の味見ついでに、ひとつ勝負しない? 良い人たち(グッドピープル)。私が勝ったらその妖精騎士をもらい受けるわ」

「ずいぶん勝手をほざきよるのー。その勝負を受けて我になんの得がある?」

「あらぁ? それは負けるのが見えてるってこと? 騎士様は見た目だけの張り子のお人形かしら?」

「恐れを知らぬか娘? この妖精女王の呪いを身に受けた騎士殿に、人の身で勝てるつもりかよ? 知らぬというは恐ろしいものよのー」

「ふふん。妖精の呪いがどうあれ、私はこの身ひとつと己が技で成り上がったのよ。このエレンディラに溺れない男などいないわ」

「ならば楽しませてもらうかよ。騎士殿、そこの身のほど知らずに教えてやれ。人の身でこの妖精女王の呪いに抗えるものかよ」


 騎士タームにとってはこれまで相手にしたことの無い最強との戦いが始まる。

 相手は数多の修羅場を潜り抜けてきた歴戦の猛者。あらゆる手練手管を駆使し男達を捩じ伏せ落としてきた、己が美貌と技量に自信と自負に溢れる女。

 その女を見てふふふと笑う妖精がひとり。


「このリャナンシーの技こそ無敗の神話。その直弟子が負けるなんて許さないわよ妖精騎士! その実力を見せてあげなさい!」


 かたや経験は少なくとも、奇跡の美貌に妖精女王の呪いを身に詰め込み、恋を語る者ガンコナーと妖精の恋人リャナンシーに手ほどきを受けた、妖精の申し子。


 霧の森の奥、泉の側、多くの妖精達が囲んで見守る中にふたりは立つ。

 人の技の極みに立つ達人と妖精の祝福と呪いの集大成、ふたつの世界それぞれの頂点に立つ最強同士、その決戦の幕が上がる。


 まずは両者、相手の出方を見ながらの静かな立ち上がり。それはまるで嵐の前のひととき。

 妖精騎士と視線を合わせたエレンディラはその身体が内側から暖かくなっていくような感覚を覚える。

 その様子を見る妖精女王が口を開く。


「解説してやろう。我が呪い蠱惑の瞳は妖精騎士と視線を合わせた乙女を発情させる。その胸に欲情の灯火を点け、身体が内からポカポカしてくるのよ!」


 聞いたエレンディラは余裕を見せる笑顔で騎士タームを見る。


 ――その程度、ちょっとした媚薬と変わりは無い。そんなものに頼るあたり、妖精騎士は見た目だけでたいしたことないのかもね――


 近づいてくる妖精騎士からは花の香りがする。この上品な香りが香水なら少し分けてくれないかしら、と考えながらエレンディラは近づく妖精騎士に言う。


「いつも初心な乙女を相手にしてて退屈してるんじゃない? たまには年増の相手はいかが?」

「貴女も若く美しいではないですか」

「あら、嬉しい」


 騎士タームはエレンディラをじっと見て。


「その美しさを保つ為の美への研鑽と追求、惜しまぬ日々のたゆまぬ努力が貴女の美を支える。常に男が望む理想の美女を、それを越えようとする貴女のその在り方こそが、生き方が美しい」


 ――この男、できるッ!


 エレンディラは初めて妖精騎士に戦慄を覚える。

 寄る年波に抗おうとありとあらゆる美容を試し、そのスタイルを保つ為の鍛練を毎日欠かさず続けるエレンディラ。

 絵画的に人体の美を分析し、独自に研究した人が美しいと感じる姿勢と立ち方。重心の取り方に歩法。

 ダンスやテーブルマナーから分析した、人が綺麗と感じる動作の追求。

 男を惹き付ける為の飽くなき努力。

 人が感じる人体の美しさと動き方の美麗さの追求。

 その結果として歳のわりにはいつまでも若く美しいと、魔性の女、魔女娼婦などと呼ばれるエレンディラ。

 だが、その見た目の美しさを褒める男はいても、その美しさの為の人並み外れた努力を褒め称えた男はいない。


 ――それを一目で見抜き口にするか、妖精騎士ッ!


 エレンディラは妖精騎士への評価を改める。生き方が美しい、と言われてちょっとクラッときた気持ちを引き締める。これは油断ならない相手だと。


「解説しよう。我が呪い、魅惑の香りは妖精騎士の身体から濃縮した誘引物質(フェロモン)と花の香りを放つ。この香りには乙女の精神抵抗力を下げる効果がある。妖精騎士の言葉と動作を受け入れやすくなってしまうのよ」


 妖精女王の言葉に続けて、ギャラリーの一人の妖精が、トレードマークのパイプでエレンディラを指す。


「そして妖精騎士にはこの俺、ガンコナーが数々の鍵の言葉(キーワード)を教えてある。その状態での妖精騎士の甘い囁きはハートを震えさせるぞ」


 恋を語る者ガンコナーが自慢話ついでに騎士タームに教えた女の口説き方。

 騎士タームは数々の経験を経てその技を己のものにしつつある。


「更に解説してやろう。孕まずの呪いにより妖精騎士を相手にしても子を宿すことは無いから安心せい。そして病殺し。どんな性病とて妖精騎士には移らぬ。それどころか妖精騎士に抱かれた乙女の病も全て殺してしまうのよ」


 この妖精女王の言葉にちょっとホッとしたのは騎士ターム。

 これまでの乙女達にどう謝罪しようか、子供ができてたらどうやって責任とろうか悩んでた。

 逆に驚いたのはエレンディラ。


 ――なにそれ? 孕まない? 性病にかからない? そんな方法が有るならうちの娼館に欲しい!


 その心の隙を見逃さずに迫る妖精騎士。妖精女王の言葉に気を取られたエレンディラの意識の空白に一瞬で、


「はッ! 服がッ!」


 エレンディラの服を脱がして全裸にした。


「ものにしたわね妖精騎士」


 満足気にウンウンと頷くリャナンシー。


「これぞリャナンシー流の技、武装解除(アーマーパージ)。繊細かつ素早い手先で相手の防御力をゼロにする。その際、相手の肌にも装備品にも一切キズはつけないわ!」


 エレンディラが見れば、側に綺麗に畳まれているのは、さっきまで自分が着ていた服。


 ――しかも一瞬で服の皺に気をつけて丁寧に。この男、妖精の呪いが無くとも一流かッ!


 エレンディラは激闘の予感に身を震わせる。


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