8・不敗の神話
ところで初夜権についてどー思う? 俺はどーかしてると思う。
この国に住んでる奴らには昔からある当たり前のことなんだろーけどね。
なんだっけ? 処女の血を悪魔が好むとかなんとか。それで結婚をした新婦が処女だったら、初夜の権利を領主とか教会の司祭が持ってるとかいう。
新郎にしろ新婦にしろ嫌なもんなんじゃないの?
新婦にしてみりゃ、結婚した愛する夫より先に、脂ぎったエロ領主とか教会の司祭とかと初夜をしなけりゃならんってのは、ヤなもんじゃ無いか?
何? 新郎が新婦との初夜を迎える方法はある? どうやって?
結婚税を全額払えば? なんでもかんでも税がかかっちまうのかー。
でもそれって結婚税が払えなかったら罰則として新婦の処女が差押えられるってことだよな。で、実際のところ結婚税を満額で払える奴ってのもそんなにいないわけだ。
だいたい教会の司祭がなんでそんなに処女としたがるのか。汝、姦淫するなかれ、とか言ってなかったっけ。
なんだって? 聖職者なら処女の血がついても悪魔を祓えるから大丈夫? ホントなのかそれ?
領主にしろ司祭にしろ王族にしろ、乙女の純潔をなんだと思ってやがんだか。
まぁ、そんな初夜権なんてもんがあるから『散花の妖精』の噂は女達に広まっていったんだ。
だってそうだろう。女にしてみたら恋人の結婚相手より先に、お腹でっぷりの加齢臭のエロおっさんと寝なきゃならんのだから。
結婚式の前に夫になる男とやっちゃって、それがバレたら女の方はふしだら呼ばわりされてしまう。その上とんでもない額の罰金を払うはめになる。
だけど相手が妖精なら、妖精のイタズラで処女を奪われるんなら、これは仕方無いよね。本人の意思じゃ無いしー。
しかも相手は見目麗しい騎士姿の妖精。金髪で蒼い目のスラリとしたイイ男。優しい眼差しに蕩けるような甘い囁き。ムニャムニャが初めての女でも、天にも昇る気持ちにさせてくれるという。
霧の森の近くの村や町に住む乙女達は、領主とか司祭にヤられるくらいなら、じゃあその前に妖精騎士に、となるわけだ。
一生に一度の初めてなんだから、できたらステキな人にっていう乙女の心。
なので散花の妖精の噂が広がるほどに霧の森に向かう乙女の数が増えていく。
まるで聖地への巡礼の如く。
性血巡礼で間違ってもいないか。
今日も今日とて霧の森の奥の泉に乙女が来る。おいでませ妖精郷。
「わーお、すっごーい」
「わーお、妖精がいっぱーい」
茶色い髪の女の子がふたり。ひとりはソバカスちゃん、もうひとりはえくぼちゃん。
到着できたのが嬉しいのかニコニコ笑顔だ。
「またか……」
わーお来訪者を見てがっくりとうなだれる騎士ターム。それを見て笑う妖精女王。
「ようこそ来訪者。ほれほれ騎士殿、次の迷い人じゃよー」
妖精女王の横でブラウニーがスケッチブックに女の子の似顔絵をサラサラッと描く。
「女王様、これで24人目になるよ」
「この調子ならすぐに百人斬りできそうじゃのー」
妖精女王の言葉に小首を傾げるのはリャナンシーだ。
「女王様、優しい騎士様は乙女を斬ったりなどしてませんよー?」
ニンマリ笑顔で、
「その聖剣で斬らずに突いてるだけです」
「「あはははははは!」」
妖精達の笑い声にますますグッタリとしていく騎士ターム。
「それでは百人斬りでは無く百人突きと呼ばねばならんのう」
「百人突きの妖精騎士、うわー、強そう」
「♪強いぞ固いぞすっごいぞ。いけいけ僕らの妖精騎士ー」
「♪だけどおっさんだけはカンベンな」
「「あはははははは!」」
「騎士合体! (セ)エックスカリバーン!!」
「スゴく良く切れる剣と言うよりはガンガン貫く槍よな!」
「「あはははははは!」」
盛り上がる妖精達を視界に入れないようにして乙女ふたりに聞いてみる騎士ターム。
「君たち、銀の指輪は?」
「「持ってませーん」」
にこやかに答えるソバカスちゃんにえくぼちゃん。
ですよねー、という感じに虚ろに微笑む騎士ターム。
「往生際が悪いのー騎士殿。では、妖精騎士、発進じゃ!」
「そして発射だ!」
「「あはははははは!」」
「くぅぅー」
こうして騎士タームは経験を積み重ね、着実にレベルを上げて行った。
このえくぼちゃんは実は結婚が決まってる。相手は村の木こりで。
だけど結婚税が払えない。それで友達のソバカスちゃんに誘われて霧の森に来た。
ソバカスちゃんの方は興味本位ね。
後に領主に初夜権使われて抱かれるハメになるんだけど、そのときは小瓶に赤い塗料を入れて隠し持って、シーツに垂らして偽装して上手く誤魔化した。
なかなかにしたたかなものだよね。
えくぼちゃんとソバカスちゃんを満足させて霧の森から送り出した騎士ターム。騎士タームも数をこなしたからか、終わった後の疲労にも慣れてきた。
またやってしまった、とか言って落ち込むのは変わらないけれど。そしてこんな日々に慣れてきてしまった己に自己嫌悪してしまうのだけど。
――呪いのせいとはいえ、私のしていることは私が侮蔑してきた者と同じだ。それなのに、乙女の笑顔を見て嬉しく感じてしまう自分がいる。私は魂まで妖精女王の呪いに侵されたのか? それとも、これが私の本性だというのか? 理想の騎士を目指して追い求めて、しかし、私は本当はただの愚かな男でしか無かったのか? 欲に流されるだけの、なんて心の弱い――
いやいや、妖精女王の呪いでかなり欲情してるハズなのに、それを抑えてコントロールできるようになってきてるんだから、心が弱いってことは無い。
それどころか騎士タームと同じことができる男なんてのはまずいないね。
普通の男だったら、ひゃっはー!げへへへへってなってるハズだから。
背中を丸めて膝を抱える騎士タームに語りかける妖精がいる。
「なってないわねー、騎士ターム」
騎士タームがチラリと見るのは、薄く肌の透ける羽衣に身を包む妖艶な女の妖精。
「相手がふたりとはいえ、王国一の剣の使い手というにはお粗末だったんじゃ無いの? ま、ふたりを相手にするのが初めてにしてはなかなかだったけど」
戦いにおいて1対1と2対1ってのはまったく違う。
相手がひとりなら目前のひとりに集中すればいいけど、敵がふたりでは、ひとりに集中するともうひとりには隙だらけになっちまう。
何より騎士タームの持つ剣はひとつだけ。ひとりと斬り結んでいる間はもうひとりに剣を使うことができない。
複数の敵を同時に相手にするには相当な技量が必要になるんだ。
でも一芸に秀でる者、万事に通ず。
剣士として一流であるからこそ、勝手が違う戦いであってもそれなりには強い。騎士タームは鍛えた剣士の技の応用で、ふたりを同時に相手取っても戦えた。
相手が初陣だったってのもあるけどね。
相手の動きから意図を読み、それにどう対処するか。しかも素早い反応が必要。
一流の剣士、戦士はベッドの上でも強いってのが俺の持論だ。
だけどこの妖精には不満なようで。
「君は?」
問われた妖精はその場でクルリと回って決めポーズ。ビシッ。
「私はリャナンシー! 乾いた大地を愛を求めてさ迷う恋の旅人! 人呼んで妖精の恋人、リャナンシーよ!」
「……妖精って、そういう名乗り方するのか?」
「普通は名乗らないわよ。気にくわない奴に呼ばれたりしたくないもの。礼儀正しく妖精に呼び掛けるなら、丘の人たちとか、良きお隣さんとか、お歴々と呼ぶことね」
「それで、お隣さんは私に何が言いたい」
「お気に入りなら別よ妖精騎士。気軽にリャナンシーと呼ぶといいわ」
リャナンシーはコホンと咳払いして騎士タームを指差す。
「さっきのソバカスちゃんとえくぼちゃんよ。片方を相手にしてるとき、もう片方への意識がお留守になってるじゃない。てんでダメ。ひとりにかまってる間、もうひとりに寂しい思いをさせちゃってるじゃない」
「それは……」
「なに? 剣が1本しか無いからしょうがないとか言うの? 騎士ならそんな泣き言、言わないでね」
「ではどうしろと言うのか?」
「その手は飾り? 唇は、歯は、舌は? 使える武器があるならそれを使うのよ」
「だが、私は、」
「武器があるのにそれを使わず、迫る戦いから逃げるの? それでも騎士だって言えるの?」
「だいたい、戦いって……」
「愛は戦いなのよ!」
リャナンシー、ズバンと言い切った。恋に生きる永遠の乙女。
騎士タームは額に手を当てて呟く。
「またこっちの話を聞かない妖精か。いや、妖精とはそういうものか……」
リャナンシーは腰に手を当てて胸を張る。
「これからも森に迷い込む乙女が来るのなら、対複数戦闘の特訓をするべきね。まずは己の武器を自在に使いこなすこと。そして複数の相手に同時に気を配る意識の使い方」
「断る。私はそちらの方面で鍛えるつもりは無い」
「あら、王国の守護の要の騎士が挑む者から尻尾を巻いて逃げるというの? 騎士の誇りも安くなったものだこと」
「だいたい戦いなんて言っても、どこで勝ち負けをどうつけるのか。何が勝ちで何が敗けなんだ?」
「相手を立てなくしたら勝ちで、その前にへたれたら負け。違うの?」
「待てリャナンシー。私の知ってる戦いとあなたの言う戦いは、何か違うような」
「違いも間違いも何も無いわ。あなたにはできることがある。あなたで無ければできないことがある。己のすべき事を放棄して乙女を悲しませるのが騎士のすることなの?」
「待ってくれ。私がすることが前提の時点で何かおかしくないか?」
「えーい! いつまでもつべこべゴチャゴチャとー! 騎士ならヤることちゃんとヤりなさいってこと! この私、妖精の恋人リャナンシーが知る秘奥の技術を伝授してあげるわ! なので女王さまー!」
「なんぞ?」
「私が騎士を特訓する許可をくださいな」
「ふぅむ」
妖精女王は腕を組み考える。
――特訓と言いつつリャナンシーはつまみ食いしたいだけよの。しかし、騎士殿が上手くなるのは歓迎よ。その方がおもしろ楽しそう。我の玩具として遊ぶにしても。それならば――
「対複数戦闘の訓練となればリャナンシーひとりでは足りんなぁ。なので、ニンフ! ドライアド!」
「「はーい」」
「3人に任せる。後は好きにせよ」
「「さすが女王様! 話が分かる!」」
元気にお返事、ニヤリと舌舐めずり。じりりと騎士タームに迫るリャナンシーにニンフにドライアド。
騎士タームはひきつって、
「待て、待ってくれ。おい、ガンコナー、助けてくれないか」
「騎士タームよ、己を鍛えるのだ」
ガンコナーは大きく頷きパイプの煙をプカリと吹かす。
「男を磨き、より強くより逞しくより美しく、百戦錬磨の猛者として、一際立派な漢として、堂々と雄々しくそそり立つのだ! お前のハートの輝きを見せてみろ!」
「ガンコナー!」
好色妖精3人娘は騎士タームを既に包囲している。
「ウフフフフ、いつまでも初心なネンネじゃあるまいし」
「だけどそこがステキよ、初心騎士」
「ちょっと待ってー! 待ってくれー!」
「「お楽しみはこれからよ!」」
「アーーーーーーー!!」
こうして騎士タームは妖精リャナンシーの特訓で、4人までなら同時に相手ができるようになった。
ついでにリャナンシー流の超近接特殊無手格闘術を仕込まれることになった。
「リャナンシーにとって敗北は隷属を意味する! その技を受け継ぐものに敗北は許さないわー! ほらほら、左手がお留守になってるわよ!」
「ナーーーーーー!」