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7・月は出ているか?


 おっと、このあたりでひとつ話しておくことがある。

 赤毛の三つ編みちゃんのことだ。そう、最初の犠牲者の。


 赤毛の三つ編みちゃんが持って帰った白霧草で、村はちょっと助かった。三つ編みちゃんの母親の病気も順調に快方に。

 欲をかいた村の男が、俺も白霧草で一儲け、と霧の森に入ったりしたけど。

 そんな男はイグニス・ファトゥスに沼に落とされて泥だらけになって泣きながら逃げ帰ったり。

 それで村の連中の笑い者になったり。

 ま、そんなことはどうでもいい。


 赤毛の三つ編みちゃん、エルマァは母親の看病したり畑仕事したりの毎日。

 だけどたまにポーッとすることが増えた。


「ん……、ふぇへへへ」


 思い出しニマニマしたりするようになった。ちょっと気持ちわるい? そんなエルマァを心配する仲のいい女友達がいる。畑仕事の手を止めて。


「ちょっとエルマァ。頭、大丈夫? 妖精に変な呪いとかかけられてんじゃないの?」

「あ、ミーリア」

「霧の森から帰ってから少しおかしいよ?」

「あ、うん。いっぱい妖精と会ったから、かな? でも私には呪いとかかけられて無いから大丈夫」

「ほんとにー?」

「霧の森で、その、まぁ、いろいろあったから……」

「エルマァ、霧の森で何があったの? 親切な妖精に会ったっていうけど、妖精にイタズラされたんじゃないの?」


 はい、スッゴいイタズラされました。一生ものの記憶に残るくらいの。


「エルマァ、妖精に何かされたんじゃないの? エルマァの真似して森に行ったムイニーさんは、沼に落とされて赤いキノコ食べさせられて、今もしゃっくりが止まらないし」

「ミーリア……」


 三つ編みちゃんは辺りをキョロキョロ見回して、他に人がいないことを確認して、ミーリアに近づき小声でこそこそと。


「ミーリア、これは誰にも話さないでね」

「秘密の話ね?」

「そう、秘密にして。特に男には絶対に絶対に秘密にしてね」

「男には秘密って、エルマァ、霧の森でいったい何があったの?」

「実はね……」


 こういう話の秘密が堅く守られるってことは、あんまり無かったりもする。エルマァはミーリアに霧の森の出来事を話してしまった。

 ふえ? から、よし! になって、ふわぁー、になって、痛たた、になるまでの一部始終を。

 ミーリアは驚いて、


「え? じゃあ、何? エルマァ、その騎士姿の妖精と、その、ムニャムニャしちゃったの?」

「ムニャムニャしちゃったのー。だって、しないと森から出られないから、しょうがないじゃない。それに凄くステキな騎士様だったの」

「え、それで、どうだったの?」

「優しくてー、あったかくてー、抱きしめたら花の香りがして……、とっても、良かったの」


 顔を赤くして片手を頬にあててモジモジしながら話すエルマァ。

 その様子を見るミーリア。


 ――え、なにそれ、ちょっと羨ましい――


 ま、小さい村じゃステキな出会いなんてたかが知れてる。エルマァもミーリアもべつに村に大きな不満は無い。

 無いんだけど、恋に恋する乙女な年頃でもある。森の奥の妖精騎士。人とは思えないくらいの美青年。

 それに言い訳の方も妖精の呪いってことでつくわけだし。


 ――銀の指輪が無いと、代わりに純潔を捧げないと森から出られないんだ。ふうん――


 やがてこの霧の森の奥の騎士姿の妖精の噂は王国中に広まっていく。

『花を散らす妖精騎士』『散花の妖精』とか言われてね。

 ただ、男には絶対秘密ってとこも伝わって、女にだけ広まる噂話になった。

 男は誰ひとり知らないまま、女にだけ伝わる噂話ってことで奇妙な広まり方をしていったんだ。


 霧の森の奥に迷い込んだ乙女は、泉の側にいる騎士姿の美しい妖精に、銀の指輪を捧げないと森から出られない。

 銀の指輪が無ければ、その代わりに――


「あ、本当にいた……」


 霧の森の奥の泉、茂みを掻き分けて現れたのは髪の短い少年のような女の子。

 泉の側にいる騎士タームをジロジロ見てる。

 妖精女王はニマニマ笑って、


「今度は小僧のような乙女じゃのー」


 品定めするように新たな犠牲者を眺める。ようこそ妖精の森へ。

 騎士タームは一縷の望みをかけて聞いてみる。


「君、銀の指輪は持ってないか?」

「あ? ただの猟師が指輪なんて持ってるわけねーし」


 ガサツに応える女の子。片手に弓を持ち肩からは矢筒を下げている。いかにも狩人って感じの元気そうな女の子だ。


「ち、まさかこんな奥まで迷い込むなんて、マズった……」


 辺りの妖精達を睨み付けて警戒する狩人ちゃん。立ち上がり近づこうとする騎士タームに向けて弓を構える。


「俺に近づくな! 射つぞ!」


 脅える仔キツネのように牙を向ける狩人ちゃん。妖精に惑わされた者がどうなるか、噂話でも知っていれば警戒するのが当たり前。

 それを見て首を傾げる妖精女王。


「おかしいのー? この辺りに住む猟師ならば、霧の森の危険は知っとるハズ。それが奥の奥まで迷い込むなど。霧が見えたところで引き返すものじゃがのー?」

「き、気がつかなかっただけだ!」

「『あ、本当にいた』って、どーゆーことかよー? まるで探しておったよーな?」

「う、噂で聞いただけだ! 探してなんかいねーし!」


 妖精女王は狩人ちゃんにピッと人差し指を向ける。それをクルクル回しながら言葉を続ける。


「本当かよー? 正直に答えたらどうかのー?」

「……なにを?」

「霧の森の事を知り、その近くの森で狩りを生業とする者が知らんハズなかろ? 迷うにしてもここまで来るハズなかろ?」

「それはっ! 妖精の呪いのせいでっ!」


 妖精女王はニマニマと、更に人差し指をクルクルクルクルー。狩人ちゃんに軽く魔法をかける。


「正直にお言い、小娘」

「べ、べ、べつに探してなんかいねーし! クソ兄貴に男勝りのお前を嫁にする物好きなんていないとか、言われてねーし! お前が嫁を貰う方だろ、とか言われたりして、キレたりしてねーし! 蹴ったけどあいつが悪いんだ! だいたい俺は狩人で生きていくんだ! 結婚とかどーでもいーし! あんなヘタレ供に女扱いとかされたくねーし! 1回だけでも女扱いされたいとか、考えたこともねーし! あ……、」


 弓と矢をポロリと落として、慌てて両手で口を押さえる狩人ちゃん。

 そのまま回りの妖精達を睨むけど、妖精達は、解った解った何も言うなという感じで、生暖かーい視線でウンウンと頷く。

 妖精女王の魔法で感情が昂った狩人ちゃんは真っ赤になって涙ぐんで、


「うぅ、なんで俺、女なんだ? 狩人するにもおっぱいなんて弓を使うのに邪魔になるのに、それなのに大きくなっていくし。今さら狩人以外で生きていくやり方なんて、知らねーし……、がさつで嫁の貰い手もねーし……」


 騎士タームは狩人ちゃんに近づいて、


「君は素敵だよ」

「ウソつくなっ! こんな弓しか取り柄の無い女……」

「美しき月の女神ダイアナは、獣が住む山野の支配者。狩猟の守護神にして狩人で弓矢の達人だ」

「……遠矢の女神」

「狩人なら知っているか」


 騎士タームはそっと狩人ちゃんの頬に手を当てる。狩人ちゃんは硬直しちゃって動けない。

 身動きを忘れた狩人ちゃんの瞳を、騎士タームは蒼い瞳で見つめて微笑む。


「弓を構える君は凛々しくて、まるで地上に降りた月の女神のようだった」


 間近に妖精騎士に迫られて、優しく囁かれた狩人ちゃんは目を見開いて、あ、とか、う、とか言ってる。

 妖精女王は狩人ちゃんの後ろから耳元にそっと囁いて、


「さて、狩人の娘、望みは何よ? 嘘をつかずに正直に話してみよ? んー?」

「お、俺は、女の子扱いされたいとか、思ったこともねー……。ウソです。一度でいいからお姫様みたいになりたいです……」

「よし解った! お姫様プレイじゃな? 姫と騎士の禁断の恋路プレイじゃな?」


 妖精女王がパン! と手を叩くと狩人ちゃんは薄桃色のドレスに早変わり。

 周りの妖精達が楽器を取り出して音楽を奏で始める。


「え? あ?」


 動揺してるドレス姿の狩人ちゃんに跪いて、その手を取り恭しく手の甲にキスをする騎士ターム。

 妖精女王は指揮棒取り出して妖精楽団の指揮を取る。森に流れる陽気な演奏。


「騎士殿、一曲踊ってやれ。その後は、うくくくくく」


 騎士タームは一瞬、妖精女王を睨み付けてから、優しく狩人ちゃんの手を取り抱き寄せて、音楽に乗せて踊り出す。


「お、俺、ダンスとか、知らねーし……」

「音楽に乗せて、動くだけだよ。妖精しか見てない舞踏会に煩く言う人なんていない。私に任せて」

「あ、あ……」


 手を引かれて、背中に回された手に寄りかかって、ステップを踏む。右、右、左、右、左。


 ――こんな、こんな薄桃色の派手なドレスなんて、絶対、俺に似合ってるハズ無い。

 ダンスなんて踊ったことも無い。

 なんだコレ? お姫様?

 なんだか顔が熱い、なんだか身体がポカポカしてくる。

 妖精達が笑ってる。楽器を引きながら笑ってる。

 クスクス、クスクスと笑ってる。

 なんだか手に力が入らない。

 それになんだよ、この騎士姿の妖精は。

 そんな優しい目で、俺を、じっと見て――


 霧の森の奥の奥。泉の側で狩人ちゃんは騎士タームのリードでクルクル回りながら、妖精達の音楽に乗って頭の中もグルグルになりながら、


「あ……あぅ、嘘だ。こんなの、夢だぁ……」


 泣きそうな顔で踊ってる。

 やがて騎士タームの顔がゆっくりと近づいてきて、


「あ、あぅ、あぁ……」


 狩人ちゃんは瞼を閉じて騎士タームの口づけを受け入れた。


 こんな感じで騎士タームは着実に撃破数を重ねていく。

 その度に『花を散らす妖精の騎士』の噂は女達に広まっていく。

 噂を聞いた女達の中で好奇心強いのが霧の森にやって来るようになる。

 赤毛の三つ編みちゃんの村でも、


「あ、エルマァ」

「ミーリア! どこ行ってたのよ?」

「エルマァ、妖精騎士って、金髪で、蒼い目で、とっても優しいのね。夢みたいに綺麗なのね」

「でしょう。……って、ふぇ?」

「本当に花の香りがするのね……」

「ちょっと、ミーリア?」

「また、会いたいなぁ……」


 霧の森の奥で妖精女王は首を傾げる。


「最近、森に迷い込む乙女が増えたよーな?」


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