6・震えるぞハート
♪司祭様は女好き
酒に酔っては手を出して
黒髪ちゃんが歌ってる。霧の森から外に出ようと歩いていく。来たときとは裏腹にスッキリした明るい顔で、真っ直ぐ前を向いて、機嫌良く歌いながら。
♪夫を亡くした未亡人
熟れた身体は食べ頃で
右手に持った木の枝を振りながら、黒髪ちゃんは一晩でずいぶんと伸びた黒髪を一房手にして、見て笑う。妖精女王の魔法で伸びた黒髪は日を浴びて、キラキラつやつやと輝いている。
「変なの、……ふふ」
黒髪ちゃんは目が覚めたとき、裸で騎士タームの腕枕に頭を乗せてた。やっちゃった後ね。
起きてた騎士タームと顔を合わせて、恥ずかしそうに視線を逸らしたりとか、初々しくてかわいいね。
妖精達は二人が一戦終えて寝たとこで解散、朝には二人の近くには誰もいない。
実は騎士タームは寝てないんだけどね。
なんでかっていうと、
――また、やってしまった。呪いのせいとはいえ、乙女を襲ってキズつけてしまった。辛い思いをさせて、泣かせて、気絶させてしまった。私は、私は最低だ――
そんなことを考えながら落ち込んでた。朝まで腕枕で眠る黒髪ちゃんに心の中で謝ってた。
いや、黒髪ちゃんが泣いてたのは今まで感じたことの無い感覚に混乱したからで、気絶したのは良すぎたのと疲れだから。
これは騎士タームの身体にかけられた妖精女王の呪いのせいでもあるんだけど。
呪いに対抗した騎士タームが、激しくならないように抑え込んだ結果、人間の男にはできないくらいに、じっくりゆっくりたっぷりになったせいでもあるんだけど。
黒髪ちゃんは目が覚めたときのことを思い出す。
――なんだか、無理に言わせちゃった感じだけど、それでも私の身体は気持ち良かったって言ってくれたし。
あんなにカッコいいのに、照れちゃって。
してるときもなんだか必死に私を求めてる感じで、なんだか可愛かったなぁ――
思い出し笑いでニマニマしちゃう黒髪ちゃん。
まぁ、これから娼館に売られるとなればそういうのは気になるんだろうね。騎士タームに、私はどうでしたか? とか聞いてたし。
あと、騎士タームが必死になってたのは妖精女王の呪いに対抗してたから。
呪いのままに暴れそうになる身体を必死に抑え込んでたからなんだけど。
でも黒髪ちゃんの為に必死になってたんだから、あながち間違ってもいないか。
――妖精の世界でも要領悪くて苛められたりする妖精がいるのね。人の世界とそこはあんまり変わらないのかも。
ステキな騎士様だけど、やっぱり妖精よね。あんなに綺麗な男の人なんているわけ無いし。抱きしめたら花の香りのする人間なんているはず無いし――
前を向いて歩く黒髪ちゃんに、昨日のような暗い雰囲気はもう無い。
――生きていたら、妖精に会えたりする。見たことも無い甘い果物とか食べられたりもする。ステキな騎士様に抱かれることもある。
また嫌なことがあれば死ねばいいだけ。
生きてるのが嫌になったら死んでしまえばいいだけ。
だったらもう少し、生きてみるのもいいかな。
売られるにしても、あの家から出られて、しみったれた村から出て、大きな街に行けるのだもの。これはこれでおもしろそう。
娼婦になったとして、あんなステキな騎士様みたいな客は来ないんだろうけど。
エッチなことも、意外と気持ち良かったし。
さして期待はできないけれど、もしかしたらこの先ステキな出会いがあるかもしれないし。
だから、ごめんね、お父さん。
そっちに行くのはもう少し先にするから――
森に向かった自殺志願者がムニャムニャ一発、開き直って生気を取り戻して村に帰る。人ってこーいうトコたくましいよな。
♪女好きの司祭様
ある日いきなり遊びをやめた
未亡人を相手にしたら
早いと言われて
遊びをやめた
歌いながら歩く黒髪ちゃんは楽しそうだ。
やり方はどうあれ死のうとしてた乙女が生きる気力を取り戻したんだ。
こういうところは騎士タームは凄い奴だと俺は思うね。本人はうちひしがれてるけど、乙女の心を守ったんだから。
やっぱり女の子ってのは泣き顔も可愛いけど、笑ってるのが1番だから。
黒髪ちゃんは長く伸びた髪を手ですいて、歌に合わせて木の枝を振りながら森の中を村へと帰る。
――ところで、早いって何がどう早いのかしら? そういうことも、これから解るのかしら?
と、まあこんな感じで騎士タームは自覚も無いままに、抱いた乙女を幸せにしていった。ちなみにこの黒髪ちゃんは、妖精女王の祝福を受けた類いまれなる美しい黒髪を武器にして、のちに娼館1番の売れっ子になっちゃうわけだ。
一方そのころ、黒髪ちゃんを見送って泉の側に座ってボンヤリしてる騎士ターム。
「騎士ターム、お前のハートの輝き、見せてもらったぜ」
「はぁ」
ひとりの妖精が騎士タームに熱く語っていた。
「闇の精霊に囚われ、嘆きに沈む黒髪の乙女の憂いを愛の力で払う。騎士タームよ、お前には見所がある」
「それは、どうも。それでお前はなんだ?」
騎士タームが妖精をジロリと見る。
身長は小さく子供くらい。騎士タームが立ち上がれば腰くらいの高さのチビ。だけど口髭を生やした伊達男の貫禄。
派手な貴族のような見た目は、しかしズッコケ貴族を演じる道化師のようにも見える。
その妖精はパイプを片手に持ち、一服して口から煙をプカリと吹かす。
「俺はガンコナー。愛の狩人、恋の放火魔、人呼んで『恋を語る者』ガンコナーだ」
「ガンコナー、聞いたことがある。寂しい乙女のところに現れては恋を囁くナンパ妖精か」
「ナンパなどと安い言い方をするのはよせ。俺は喜びを見失った乙女に、恋の力で明日への希望と生きる気力を思い出してもらうために生きているのだ」
「ガンコナーに本気で恋をした娘は、のちにガンコナーに恋焦がれて死んでしまうと聞いているぞ」
「俺は一夜の恋物語、俺に本気にならないように気をつけているんだが。俺は乙女の微笑みを守り死に落ちぬようにしているのだがなぁ」
「妖精のすることだから、限度を知らないのだろう」
「人が弱く脆いのだよ。故にそれを支えてやろうという妖精がいる。ブラウニーやハベトロットのように。逸れた話をもとに戻すが、騎士タームよ、お前には見所がある」
「……、」
「そう警戒するな。憂いに囚われた黒髪の乙女に甘く囁き、その胸に命の輝きを取り戻したのを俺は見た。騎士ターム、お前のハートには俺と同じ、乙女の微笑みを慈しみ、希望を守らんとする輝きがある!」
「ナンパ妖精と同じと言われると、なんだか否定したい」
「そう照れるな騎士ターム。それと、ナンパ妖精などと呼ぶな。俺のことはガンコナー、もしくは先輩とでも呼べ」
「先輩?」
「そうだ、騎士タームこそこの俺、ガンコナーの技を受け継ぐに相応しい。日々の生活に疲れ、憂いに沈む寂しい乙女達。ひとり静かに涙を溢す乙女に恋を語り、そのハートに生への活力を取り戻すのだ。恋という名の魔法にかけ、より美しくより可憐な姿へと。その瞳に輝きを、唇に微笑みを取り戻すのだ。そのために堅く閉ざされた心の扉を開かせる鍵の言葉を教えてやろう」
「いや、遠慮する。いかがわしい」
「そう言うな。まず寂しい乙女というものは褒めて欲しいものなのだ。これは俺が夕日の丘で羊飼いの娘と出会ったときのことだが……」
こうしてガンコナーに弟子認定された騎士タームは、乙女の口説き方なんてものを教え込まされることになった。
「私は気安く乙女を口説くつもりは無い」
「だが、妖精女王はお前にかけた呪いを解くつもりは無いぞ。それに黒髪の乙女で解っただろう。乙女の方に騎士タームを受け入れる気持ちがあれば、抵抗はしない。結果として乙女の痛みを減らすことができる」
「そんな、口先で騙すような真似を」
「騙すだと? 心外だ。俺はいつも本気だ。騎士ターム、お前の言葉は口先だけのものなのか? お前は乙女に対し誠実に、偽り無き真心で向かい合っていたのでは無いのか? そう、この俺と同じように」
「いろいろと素直に頷けないところはあるが、守るべき民を騙すようなことなどするものか」
「ならば俺の話を聞いておけ、乙女を嘆き悲しませたくなければ。悲痛の涙など見たくは無い。知った知識を使うか使わぬか、それは騎士タームのハートに委ねよう」
「む……、」
「それに、どうせ暇だろ。他の妖精のご機嫌取りと剣の素振りしかすることあるまい」
「剣の目釘を盗まれて素振りもできないんだが……」
ガンコナーが男に優しくするなんてのは珍しいことだけどね。
騎士タームをナンパの餌にするつもりなのか、それともガンコナーと同じ種類の男と思い込んだのか。
このガンコナーが騎士タームにとって、初めてできた男の友達になった。
つーか、騎士ターム。これまで男で気の許せる友達がひとりもいなかったって、女にモテ過ぎるのもこれじゃちょっとかわいそうか?
初めてできた同性の友人が妖精って、人外のナンパ妖精なんて。
「ガンコナーと言うと、牛を盗んだりするとか」
「なにちょっとしたお茶目だ。いつまでも少年の心を失わない純真さに、惹かれる乙女もいるものだ」