5・ブラックライトニング
「ここまで歩いてきて疲れてないかの? 黒髪の乙女よ?」
黒髪ちゃんに優しく声をかけるのは黒の豪華な巻き毛に夜を切り取って作ったような、夜の星空のドレスを纏う妖精の女王。
「ほれ、この椅子に座れや。ニンフ、水を持ってこい。ドライアドはなにか娘の食べられそうなものを持ってこい」
はーい、と返事をするのは美しい乙女の姿の妖精達。
――椅子って、これ? どこから出したの? なにこの彫刻だらけの豪華なキラキラした椅子?
戸惑う黒髪ちゃんの肩を押さえて強引に椅子に座らせる妖精の女王。
泉の水で作ったような薄く蒼いドレスのニンフが、水の入った木のコップを渡す。
「はーい、どーぞ」
「あ、ありがとうございます?」
――道に迷った旅人をまやかしでイタズラするのが妖精よね。この水も馬のオシッコとかだったりして。まぁ、いいか、喉が渇いてるし。変なもの飲まされて、沼に溺れて死んでも、別にいいかな――
受け取った木のコップの水をコクコク飲む黒髪ちゃん。
妖精女王は満足そうに、
「物怖じせんのー。よしよし、ドライアドの持ってきた果実も食べるがよい」
出された果実にもムシャリとかぶりつく黒髪ちゃん。
「どうじゃ?」
「……水が美味しいです。水が美味しいなんて感じるなんて、初めて。こんな不思議な形で甘くて美味しいくだものも、初めて食べます」
「無花果は珍しいかえ? 他にもあるぞ遠慮せず食べよ。あっと、その白い樹液は肌につくとかぶれて痒くなるので気をつけや」
モリモリ食べる黒髪ちゃんを愛しげに見守る妖精達。
「肌につくとかぶれて痒くなる……」
何か思いついたように呟くのは妖精女王の近くの妖精、ハリネズミの身体のアーチンだ。
「女王! この無花果の樹液を人の大事なとこにペチョッとつけてみては?」
「そうすると、大事なとこがかぶれて痒くなるのかよ? お大事がカユカユに……、アーチン! お主、天才かよ?」
「えっへへー、褒められたー」
――女王? お姫様みたいな妖精だと思ったら、妖精の女王様なの?
黒髪ちゃんは妖精女王を見上げる。妖精女王は黒髪ちゃんを見下ろして、
「なんじゃ? もっと食べよ。これも美味しいぞー」
次の果実を差し出す。貰って食べる黒髪ちゃん。死んでもいいとか考えてたからか、出されたものを疑いも無くパクパク食べる。
――美味しい。妖精の泉の水も果実も、こんなに美味しいの? 妖精達もなんだか優しい……、だけど、なんだか笑顔がやらしいのは気のせい?
これはまぁ、ショーの前にいろいろと食べさせて元気にしてやろうってことだから、やらしい笑顔にもなるってもんで。
ここで茂みをガサリと鳴らして現れるのは、さっき走って逃げた騎士ターム。
「くっ」
「逃げてもムダじゃとゆーに。足掻きよるのー、騎士殿?」
「それでもっ」
振り返ってまた泉から離れるように走り去る騎士ターム。
無花果をくわえて見てた黒髪ちゃんが妖精女王に聞いてくる。
「あの騎士は? なんで困った顔して逃げていったの?」
「あの妖精騎士はのー、妖精の女王である我に逆らうのじゃー。なので、我の言うこと聞くようになるようにの、呪いをかけておるのよー。どんなに走って逃げても、回り回ってこの泉に戻ってくるわ。くっくっく」
「お仕置きから逃げてるのね」
「おやぁ、他人事ではないぞ小娘?」
「え?」
「お前ももはやこの森からは出られん。もう家には帰れんぞー。どうだ? 怖いかよ? 恐ろしいかよ?」
――そう、言われても、あんまり怖くない。別に帰れなくてもいいし。美味しいもの食べさせてもらえるし。これはこれで――
黒髪ちゃんはそんなことを考えてたんだけど、黒髪ちゃんはまわりに気を使えるいい子だった。ニマニマ笑う妖精達を見てなにか期待してるのが解ってしまう。
人にイタズラして楽しむ妖精が森に迷い込んだ小娘に何をするかは解らない。
だけど、
――えぇと、怖がったりした方がいいのかな?
「どうすれば、家に帰れますか?」
「帰りたいかー? 帰りたいかよ娘?」
ニマニマ笑う妖精女王がピッと森の一角を指さす。その方向から茂みを掻き分けて現れるのは騎士ターム。
肩で息をして妖精女王と黒髪ちゃんを見て、これが絶望か、という表情を浮かべる。
騎士タームも呪いのせいだから仕方無いって割り切って楽しめる性格なら良かったのにね。
そこが潔癖というか気高いというか、そこんところがより妖精達を楽しませちまってんだが。
「この霧の森に迷いし乙女が森から出るには、あの妖精騎士に銀の指輪を捧げねばならん」
「私、銀の指輪なんて持ってません」
「持って無いのかー? ほんとに持って無いのかー? それは残念じゃのー。いやいやこれは困ったのー」
ぜんぜん困ってるように聞こえない口調で妖精女王はニマニマ楽しそうに。
「あ、あ、また、身体が勝手にぃ」
騎士タームの方が困った顔してヨロヨロと黒髪ちゃんに近づいて行く。
妖精女王はそれを見てわざとらしく。
「おぉ、思い出したわ。霧の森に迷う呪いにかかるのは純潔の乙女のみじゃったわ」
妖精女王は黒髪ちゃんの耳元に口を寄せて。
「じゃからの? あの妖精騎士に純潔を捧げて処女で無くなれば、霧の森の呪いから解かれて家に帰れるぞ?」
――うわぁ、悪趣味――
黒髪ちゃんは心の中でため息ついた。
黒髪ちゃんは周りの妖精達の様子をうかがい、次にギクシャクと近づく騎士タームを見る。
――妖精ってこういうのを楽しんだりするんだ。あの騎士姿の妖精も黙って立っていたら素敵でカッコいいのに、女王には逆らえ無いんだ。それで半泣きなんだ。かわいそうに。妖精の世界でもみんな幸せってことじゃ無いのね――
「どうする娘? あの騎士は乙女と見れば襲いかかるぞー、我の呪いでなぁ。どうする? 走って逃げるかよ? 鬼ごっこするかよ?」
「でも、呪いで森からは出られないんでしょう?」
「その通りよー」
「だったら逃げても、いずれ捕まるのよね」
「おや、物分かりが良いのー?」
「どうせ街に売られて娼館で働くようになるんだもの。お金持ってるエロいおっさんの相手をすることになるんだもの。だったら、」
黒髪ちゃんは立ち上がり、自分からスカートの紐を緩めてパサリと落とす。上着も脱いで下着姿になる。
「初めての相手が妖精の騎士なんて、そんなのとってもステキよ」
薄く笑ってそして自分から騎士タームに近づいて行く。
「「カッコいー!!」」
歓声を上げる妖精達。よっ、男前っ!
死ぬつもりで投げやりだったからかもしれないけれど、黒髪ちゃんはカッコ良かった。
まるで笑顔で死地に赴く歴戦の戦士のようだった。
騎士タームは眉を寄せて困った顔。
「君は」
「貧乏な家が娘を売るなんて、よくある話でしょ」
「それでも」
「あなたも呪いのせいでこんな貧相な村娘を抱かないといけないなんて、たいへんね」
「君は綺麗だよ」
「嘘」
「本当だ」
「嘘よ。胸も小さいし、髪も黒いし。髪の色が金か銀なら高く売れたかもしれないけどね。珍しくも無い黒髪だし」
「黒は夜の色。人の眠りを見守る優しい夜の色だ。ときに人に知られたく無い秘密をそっと隠してくれる、優しい闇のヴェールの色だ」
騎士タームは黒髪ちゃんに近づいて、肩に届く長さの黒髪にそっとキスをする。
「君の黒い髪は綺麗だよ」
「う、嘘よ。畑仕事で日に焼けてるし、ボサボサだし」
――あ、あれ? なんだかドキドキしてきた? なんで?
黒髪ちゃんが動揺する様子を見てた妖精達。その中のナンパ妖精ガンコナーは、
「ほおう、あいつなかなか見所があるな」
と、トレードマークのパイプを燻らせてニヤリと笑う。
聞いててムッとしたのは黒髪の巻き毛の妖精女王。
「ちょいと待ちや。髪が黒いと高く売れんとはどういうことよ? 我も黒髪よ?」
黒髪ちゃんは逃げるように慌てて早口で。
「黒髪より金髪銀髪の娘の方が高く売れるのよ。お金持ちってキラキラした方が好きだから」
「なんじゃとー? 夜の夢の女王とも呼ばれる我にケンカ売っとるのかー? ゆるせん! ゆるせんぞ、その髪色ランク付け! えぇい! 星と月のドレスよ、高貴なる漆黒よ、美を讃えよ、大人の色香は黒と決まっとるのじゃー!」
妖精女王が魔法をかけると黒髪ちゃんの髪の毛がみるみるすくすく伸びていく。
つやっつやのキラッキラの光沢を増してゆく。
「え? え? えええ?」
膝まで伸びた黒髪はさらさらと流れてまるで黒いシルクのような艶。ストレートさらさらのキューティクル増量に。
「どうよ? 我の魅力を分けてやったぞ。多め濃いめで増し増しよー。娘、黒髪の魅力の伝導者となるのよ!」
「えええええ?」
いきなり髪が伸びて妖精の魔法をその身で体験して混乱する黒髪ちゃん。
自分の髪を手にしてわたわたと慌てている。
そんな黒髪ちゃんを背後から優しく抱き締めてくる美形の騎士。
走って逃げようとした疲れもあって、騎士タームはもう呪いに逆らえない。騎士タームは呪いに操られるままに黒髪ちゃんの下着に手をかける。
それでも歯を食い縛り、
「すまない……。せめて、辛くないように、優しくするから」
「あ、はい、お願いします」
この黒髪ちゃんが二人目の犠牲者ね。