4・シャドウフレア
霧の森の近くの村。
それなりに妖精とのつきあい方なんてものを知ってて、霧の森の奥には入らないことを心得ている人達の住む村。
奥には行かないようにしつつも森で薪とか木の実に果実を取ってるから、妖精とたまーに出会うこともあるんだ。
その村へと向かってフラフラ歩いていく赤毛の三つ編みちゃん。
単眼巨人に村の鶏と牛一頭持ってかれた村では、単眼巨人が討伐された後でも若い男が交代で見張りをするようになってた。
その見張りのひとりがフラフラ歩いてくる赤毛の三つ編みちゃんを見つけた。
「エルマァ? おい、みんなー! エルマァが帰ってきたぞー!」
戻って来た赤毛の三つ編みちゃんを出迎えて取り囲む村の人達。
「エルマァ! あんた3日も何処に行ってたんだい?」
「……霧の森の奥に、」
「何考えてんだい! あんた、よく無事で帰ってこれたねぇ」
「だって! 霧の森の奥の白霧草ならおかぁちゃんの病気を治せるって!」
実のところこの三つ編みちゃんは無事じゃ無いんだけど、見た感じではケガもしてないしなー。
破瓜ってのも血が出たらケガの内に入るんかな?
「そうだ! おかぁちゃんは、おかぁちゃんはどうなの?」
「熱も下がらなくて弱ってるよ。うわごとでエルマァを呼んでる」
「私、行かないと。それに白霧草、」
「待ちなよエルマァ! あんたふらついてるじゃないか! 3日も霧の森をさ迷ってたんだ、お腹すいてんのかい?」
おばちゃんは支えるように三つ編みちゃんの肩に手をかける。そして目にするのは三つ編みちゃんの背負うカゴ。山盛り一杯の白霧草。
「こんなにたくさんの白霧草……」
他の村の連中もカゴ一杯の白霧草を見て言葉を失う。
霧の森の奥にしか生えない白霧草。妖精が住むとこにしか生えないって言われてて、いろんな病気に効くってことで人気あるみたいだ。
おばちゃんが、
「エルマァ! この白霧草はいったい?」
「ふぇ? え、えぇと、これは、そのあの、えぇと」
顔を赤くして視線をキョロキョロさせる赤毛の三つ編みちゃん。
思い出して恥ずかしくなってくる。
――霧の森の妖精たちみんなに見られながら、騎士の姿のカッコいい妖精と、その、エッチなことしたら、妖精の女王がくれました。なんて恥ずかしくて言えない――
「た、たまたま偶然親切な妖精さんに会えて、おかぁちゃんを助けたいってお願いしたら、分けてくれたの」
聞いた村の男が、
「親切な妖精だって? どんな奴だった?」
白霧草が簡単に手に入るなら、こりゃ儲けられるかも、なんて考える奴がいるのも人ってもんだ。
三つ編みちゃんは慌てて考える。ほんとの事なんて言えやしない。
「その、親切な妖精さんは今回だけ特別だって、人が霧の森の妖精の国に来て欲しくは無いって」
村の長はジロリと男を見て、
「その通りだ。今回はエルマァはたまたま帰ってこれたが、妖精に惑わされて沼に沈んだり、ごちそうに見せかけた毒キノコを食わされて、日の出まで一晩中笑い転げたりしたいのか?」
妖精のイタズラがどんなものか、昔から知ってる村の者ってのはよく解ってるね。
おばちゃんは三つ編みちゃんを抱き締めながら、
「そうだよ! エルマァは母思いの優しい子だから妖精が助けてくれたんだよ。欲をかいた奴がどんな目に遇うか、昔から聞いてるだろ?」
おばちゃんの胸で俯いたまま、額に汗を浮かべる三つ編みちゃん。
――言えない。これは言えない。素敵な妖精騎士に純潔を捧げて処女で無くなったら、その一部始終を妖精達の見せ物にされたら、楽しんだ妖精の女王に白霧草を貰って帰ってこれたなんて、言えないよぅ――
思い出して俯く三つ編みちゃんを抱き締めたままおばちゃんは、
「何をボーッと見て突っ立ってんだいあんたら! この白霧草を早く薬師のじーじのとこに持ってって薬にしてもらうんだよ! エルマァはうちに来な。母ちゃんのとこに戻る前になんか食っていきな。あんたが倒れちゃダメだろ?」
「おばちゃん……」
――おばちゃん、おかぁちゃん、ごめんなさい。私は本当はエロい娘ですぅ――
こうして三つ編みちゃんの苦悩は知られないままに、病気の母親は白霧草の薬で一命はとりとめた。ついでに村の他の病気で困ってたのも何人か助かった。
単眼巨人のせいで畑を荒らされたり、怯えた行商人が来なくなったりでいろいろと足りないものがあったわけだ。
白霧草で作った薬を街に持っていって売ったお金で、この村はちょっと助かった。
めでたし、めでたし――
はい、次はこの子、黒髪の女の子。
妖精が住むなんていう霧の森に行こうなんてーのは、訳ありで。
その心の声を聞いてみようか。
――私が身売りすれば、母も兄も助かる、か――
暗い顔で霧の森を歩いて進む年若い黒髪の娘さん。
単眼巨人の被害にあった村ってのはいくつかあって、そのひとつの村に住んでた子だ。
――収穫前の畑を荒らされて全滅なんて、本当についてない。単眼巨人って肉だけじゃ無くて、好き嫌い無くてニンジンもムシャムシャ食べるから、あんなに身体が大きいのね。
おとうさんもあんなの畑から追い出そうとして、棍棒に潰されて死んじゃうなんて――
この子のおとうさん、家族のために頑張り過ぎたらしい。そのショックもあるのか、フラフラと森の中、奥へ奥へと歩いて行くと、白い霧がうっすらと出てきた。
――霧の向こうは妖精の国。行ったら帰って戻れない。
だけど、もういいんじゃないかな。
おとうさんもいないし。
あの母と兄は私を売ってそれで借金をどうにかしようとしてるし。
街の娼館に売られて、娼婦になるのかな?
いったいどこの誰が私を買うんだろう。
もう、生きてても録なこと無さそうだし。
森で狼に食べられて死んでも、いいんじゃないかなぁ。
なんで私はおとうさんと一緒に行かなかったんだろ。
おとうさんと一緒に単眼巨人の棍棒に潰されたら、おとうさんと同じ天国に行けたかもしれないのにね――
なーんかブツブツ言いながら霧の森を歩く黒髪ちゃん。
闇の精霊でもとりついちゃったのか、暗ーい感じで進んで行く。
妖精の国に行きたいって霧の森の奥に来るのは、ちょいとおかしな学者かこーいう自殺志願者が多いのな。
――妖精って、いいよね。悩みも苦労も無さそうで。私も妖精になれるなら、なりたいわ。そして、母と兄と借金とりにひどいイタズラをしてやるのよ。寝てる間に足の爪をねずみにかじらせたりとか。落ち葉を金貨に見間違える呪いをかけたりとか――
こんなことを考えながらガサリと茂みを抜けると。
「おぉ、来たぞ来たぞ。次の迷える乙女が」
楽しげな声を上げるのは夜の星空ような黒のドレスを身に纏う妖艶な美女。回りには蝶やトンボのような羽根を背中に持つフェアリーとピクシーがいっぱい。
他にもドライアドやらニンフやらリャナンシーやらがぞろぞろいる。
「妖精が、こんなにいっぱい……」
黒髪ちゃんが呟いてグルリと見回すと、泉のそばにいる肩当てが片方無い銀色の鎧を着た騎士のような妖精と目が合う。
騎士姿の金髪の妖精は黒髪ちゃんを見ると、
「うわああああああ!」
悲鳴を上げて青い顔をして森の奥に走って行った。
――え? なんなの?
その答は回りの妖精達が口にしてんだけどね。
フェアリーとピクシーは森の中の妖精に呼び掛ける。
「ショーが始まるよ!」
「次の子は可愛らしい黒髪ちゃんだよ!」
――ショー? って何?
困惑する黒髪ちゃんを置いてきぼりにして、事態は進み妖精達は楽しく賑わう。