3・ただ、そっとしておいてくれ、明日に繋がる今日くらい
騎士タームは大きな木の根元にいる。
「…………」
膝を抱えてその膝に顔を埋めている。
「…………」
もしかしたら泣いてんのかもな。
「…………う、く…………、ひっく……」
あ、もしかしなくとも泣いてたわ。いい歳の大人の男が声を殺して泣いてたわ。
♪はっじっめてっのー、レイプ♪
童貞卒業おめでとー、
とか言って茶化す雰囲気じゃないな。
さっきまでの騎士タームと赤毛の三つ編みちゃんの痴態をきゃっはーと楽しんで見てた妖精達は、今もきゃいのきゃいのとはしゃいでいる。
流石にちょっと酷いかも? なーんて考えてるピクシーにフェアリーは騎士タームを慰めようとしてる。
花を持ってきたり熟れた果実を持ってきたり。
キノコ……、なんだあれ? なんか変な形のキノコを見せて笑わせようとしてるのもいる。
あ、ムッツリスケベのグルアガッホは鼻血の手当てに困ってら。
え? 童貞卒業おめでとーって?
騎士タームは女の子にモテモテの美形騎士なんじゃないのかって?
あれ、知らなかった?
騎士タームはこれまで特定の女性とつきあったことも無けりゃ、女を抱くのも初めてだぞ?
だからさっきのレイプが初体験だ。
んー、レイプって言うと言い方悪いか。騎士タームにそんな気があった訳じゃ無いし、妖精女王の呪いのせいで本人の意志じゃ無いし。女を力ずくでどーのこーのは、呪いじゃなければ騎士タームがするわけ無い。
あの赤毛の三つ編みちゃんも途中からは騎士タームにしがみついて、脚を絡めて楽しんでたしな。自分からチューしてたし。
騎士タームの気持ちが復活するまでちょいと話しておこうか。
騎士タームは女にモテる。美形で剣の腕も王国で1番、その上優しい性格で男として申し分無し。生まれが貴族だけど貴族の格としては下の方っていうとこだけがネックかな。
ただ、スゴくモテる奴にはそれなりの悩みや苦労ってのがあるもんだ。
騎士タームの場合は本人の性格ってとこなんだが。
騎士タームってのは子供の頃から美少年、二人の姉の自慢の弟。
この二人の姉が騎士タームを可愛がってた。良くも悪くも。
ちっちゃな頃から女の子に人気がある少年タームが、女で失敗しないように心配して、ついでに姉の自慢の弟に理想の男性像なんてものを教えこんだ。
二人の姉の理想の男性ってものを。
いい男は女を泣かさない、心配させない、浮気をしない、気配りが上手い、包容力があるといい、甘えさせるのが上手だとなおよろしい、撫で撫で上手、いざというときは身を張って守る、頼り甲斐がある、そばにいると安心できる、困ったときには助けてくれる、細かな気遣いも大事、髪型や香水がいつもと変わったらなにか一言褒めてあげる、手助けするときは恩着せがましく無く自然にスマートにさりげなく、とかいろいろだ。
そんな完璧男なんてこの世にいるもんか、なんて声も聞こえてきそうだが、ターム=レィインにはこれをこなすだけのスペックがあった。頑張ったらできちゃうんだ。
ついでに二人の姉の痩身マッサージやら、美容とダイエットにいいお料理やら、ちょっとした裁縫に刺繍まで仕込まれた。
騎士タームはどんだけ真面目ないい子ちゃんなんだよ。
で、この騎士タームもちっちゃな頃はひとりの女の子と仲良くなったこともある。
だけどその女の子が他の女の子のグループからやっかまれて、いじめられて、仲間外れにされた。
そしてワンワン泣いてるとこを少年タームは見てしまった。
どうやらひとりだけ抜け駆けして少年タームと仲良くなったことに、焼きもち妬かれてのことらしい。
女って子供の頃から女なんだ、怖いね。
少年タームはショックを受けた。
女の子を泣かせてはいけないのに自分のせいで女の子が仲間外れにされて泣いてるんだから。
この時から少年タームはひとりの女の子だけを特別扱いしないように気をつけた。
みんなに平等に、みんなに等しく、誰かが苛められないように、仲間外れができないように、誰にも優しくするように気をつけた。
押しの強い子からはやんわりと逃げて、引っ込み思案な子には自分から手を取って、思い余って夜這いに来た子は事前に気配を察知して窓から逃げたりして。
特定の相手は作らず、特定の相手がいるように思われないように立ち回り、皆に優しい誰もが愛する麗しの騎士はこうしてできた。
そりゃもうモテにモテるわな。
『タームは女と遊んでろよ』
『タームは女とままごとやってる方がお似合いだ』
同年代の男どもはこんな感じで少年タームには同性の友達なんてできやしない。
女の子のあしらい方は上手くなって、でも恋人は作らない。モテることでやっかまれて男で仲良くしてくれる奴は誰もいない。
それどころか、歳を重ねれば男のやっかみひがみは増える一方。
先輩の騎士に馬小屋の裏に呼び出されて、
『人の婚約者に色目を使うな!』
とかいちゃもんつけられることしばしば。
もちろん騎士タームが色目を使ったりしたことは無い。通りすがりにニッコリ微笑んで挨拶したりとか、肩に止まった蜘蛛をそっととってやったりとかしたら、相手の女がのぼせてしまうのが騎士タームなんだからしょうがない。
これは騎士ターム本人に自覚は無いんだろーけどね。
騎士タームが己に理想の騎士の在り方なんてもんを課してるのはただの逃避なんだ。
貴族の身分のグチャグチャした関係とか、男女の恋愛感情のドロドロしたものから逃げたいだけ。
騎士の主従の誓いとか信頼関係とか、分かりやすくてシンプルで綺麗なものを求めてるわけだ。
そして煩わしい人間関係を振り切って逃げるように剣術に入れ込んでたら、王国で1番強くなってしまった。
これで更にモテるようになった。
他人から見ると羨ましく見える騎士タームってのは、頑張れば頑張るほどにドツボに嵌まるような、ちょっとかわいそうな奴だった。
優秀で無ければ挫折したときにでも気がついたのかもしれない。
マジメで無ければ女を取っ替え引っ替えして付き合って楽しんだかもしれない。
だけど騎士タームは騎士タームで、何事もそつなくこなしてしまう出来の良さを持ち、浮気を楽しむ不実さとは無縁のマジメッ子。
王国で1番強い騎士で、子供が憧れるような男なわけだ。
お、そろそろ復活した?
「うくくくく、楽しませてもらったぞ騎士殿?」
騎士タームを見下ろす妖精女王。その挑発に騎士タームはピクリと動いて少し顔を上げて、
「……妖精女王」
睨む先には、にまにまーと目を細めて笑う妖精女王。
――わー、睨んでる睨んでる。
我、恨まれとるー。
でもこれはこれで騎士殿の怨念情念を独り占めじゃー。凛々しい騎士殿の絶望ひとつ手前の半泣き顔もたまらんのー。そそるのー。
今はまだまだ我に逆らう気力があるがの、いずれは騎士殿の方から我の足にキスをするように躾てくれるわー。
「我の呪いのままに、湧き上がる情欲のままに、もっと獣のように腰を振るかと思うておったがの、これはこれでなかなか良いものじゃの」
「く……、」
「しかし僅かとはいえ我が呪いを意志の力で抑えるとは、人とは思えぬ精神力よ。ますます気に入ったわー」
「……私は、貴女の思い通りにはならない。妖精女王よ、呪いで私の心まで操れるとは思うな」
「くくく、声に力が無いぞ騎士殿。我が呪いに抗うは疲れたかよー? まぁ良いわ。騎士殿が屈伏するまでゆるりと楽しませてもらうわえ」
言うだけ言ってクルリと振り向き去っていく妖精女王。
――可愛いのー、可愛いのー。
まさかこの見た目で女の経験無かったとはの。それを知っておれば我が手ずからいろいろ教えてやるのも良かったかもしれんの。
しかしこれはこれで初々しいのも悪くないのー。
あーいうマジメっ子は、さて何人目で心が折れるかの?
何人か経験させて、リャナンシーどもに仕込ませて床上手に仕上げて夜伽の相手にするのもおもしろそうじゃのー
「うく、うくくく、うくくくくく、あっはっはっはっはっはっは」
森の中から高らかな笑い声。妖精女王はなんかもー、悪女モードに入って遊んでんな。遊ばれてる騎士タームにとってはたまらんだろうけれど。
騎士タームは去っていく妖精女王を見送って、
「ぐぅ、」
呻くとずるずると横に倒れてしまった。
身体がまともに動くんだったら、流石の騎士タームも妖精女王に殴りかかってたかもしれないね。
本当に騎士タームは頑張ったよ。
人間の男でこんなに頑張れる奴なんて他にいるのかね?
騎士タームが妖精女王の呪いに操られて、村娘の赤毛の三つ編みちゃんに襲いかかったときのこと。
三つ編みちゃんは意外にも胆が座ってた。
「妖精さん! 私が、その、騎士様とその、むにゃむにゃすれば、森から出してくれるの?」
三つ編みちゃんは仰向けに寝転んで、その上に覆い被さるように騎士タームがいる状況で、三つ編みちゃんは妖精女王に叫んだ。
騎士タームは全身の力を振り絞って呪いに対抗してるんだけど、人が妖精の呪いに根性で勝てるものじゃ無い。んでグイグイと三つ編みちゃんに迫っていく。
三つ編みちゃんは騎士タームの胸を両手で遠ざけるように押しながら、
「妖精さん! 答えて!」
妖精女王は腕を組み、
「処女で無くなれば森からは出られるわ」
「それと白霧草! 白霧草のあるところを教えて!」
「おう、それならばの、我を楽しませてくれたなら小娘の持ってきたカゴ一杯にしてやるわ」
「ほんとに?」
「約束しよう」
「よし!」
なんか気合いの入った赤毛の三つ編みちゃん。顔を真っ赤にして騎士タームの顔を見る。
「あの、あの、あの……、優しく、してください」
「頑張ります……」
こうして騎士タームと赤毛の三つ編みちゃんの初体験ショーが始まった。
初心で段取り悪いとこもそれはそれでなかなか。
悪趣味? そうかな?
人だってエロい見せ物やってたり、金払って見に行く奴がいるじゃん。
あと妖精に道徳とか倫理とか求める方が間違ってるっての。
だから霧の森の奥に人は入って来ない方がいいんだって。妖精の悪ふざけに人の常識が通じるわけ無いだろ。
うつ伏せに倒れたまま騎士タームはやっちゃったときのことを思い出す。
騎士タームの初体験は、霧の森の奥の泉のそば、明るい真っ昼間、草の上。
霧の森中から集まった、大勢の陽気な妖精達の注目する公開プレイ。
妖精女王の呪いのままに動く身体で襲いかかった相手は、初対面の赤毛の三つ編みちゃん。
騎士ならば守らなければならない王国の民、村の娘。
「ぐぅ……、」
妖精女王の呪いに対抗して、暴れそうになる身体を抑えて、なるべく三つ編みちゃんが痛い思いをしないように辛くならないように気合いで頑張った。
優しくそっとゆっくりとなるように、事のはじまりから終わりまで妖精女王の呪いに抗い続けた。
「……うぐっ」
その甲斐あって三つ編みちゃんはダメージ少なかったみたい。
それどころか事が終わってぐったりしながらも、頭を下げて謝る騎士タームに、
『妖精のせいだから仕方無いじゃないですか。元気出してくださいね』
と、逆に慰められる始末。
騎士タームとしてはこれが1番堪えた。
騎士として守るべき相手にひどいことして、逆に気を使われて慰められるなんて初めてのことだった。
「私は、騎士失格だ……」
ズブズブと地下の世界にまで沈み込みそうに落ち込む騎士ターム。
呪いに対抗するなんて訳の解らない踏ん張り方したせいで全身筋肉痛、太ももは両足とも肉離れ。足が震えて満足に立つこともできやしない。
情けないやら恥ずかしいやら悔しいやらみっともないやら、思い返すとちょっと気持ち良かったりしたので、なおさらに自己嫌悪が止まらない。罪悪感に苛まれる。
一方、ショーが終わってワイワイガヤガヤと話してる妖精達。
お捻りのつもりなのか倒れて動かない騎士タームの側に酒とかチーズとか果実とか持ってくる。
「なんかへこんでるからしばらくはそっとしとこーか?」
と、フェアリーが言うので今日はイタズラ無しってことに。
もはや死んだようにピクリとも動かない騎士ターム。
だけどその受難はまだ始まったばかり。
そのころ赤毛の三つ編みちゃんは、カゴ一杯の白霧草を担いで森を出て行こうと歩いていた。
「痛たた……」
とか呟きながらフラフラと。こっちも草の上の初体験で身体があちこち痛いらしい。
でもこっちは、
「……素敵な騎士様だったなー」
ポーッとしながらフラフラと。口もとがなんかにやけてる。
「騎士の姿だけど、きっとあの方も妖精よね。あんなにカッコ良くていい匂いのする男の人なんているわけ無いし。妖精がたくさんいて夢みたいだったけど、白霧草はカゴ一杯にあるし……」
この赤毛の三つ編みちゃんが妖精騎士の最初の犠牲者で、『散花の妖精』の噂の発信源だ。