表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/26

最終話・暗い闇のとおせんぼ、くぐり抜けて来た


「これにて妖精騎士、ターム=レィインの物語は終わりっと。今じゃジャネット王女との間に男の子も産まれて王城で幸せに暮らしていまーす。チャンチャン。お、泣きボクロのおねーさーん。林檎酒おかわりー」


 金髪の少年の語る妖精騎士の物語に、集まった人達は酒で赤らめた顔に笑みを浮かべて、何人かはパチパチと拍手をする。


 今日は王都のお祭りの日。

 日は落ちてもまだ人はうろつき騒ぐ。王都のあちこちには明かりが灯り、屋台の店主も残りを全部売ってしまおうと声を上げる。

 金髪の少年の座るテーブルには空になった皿が積み上がる。

 その身体のどこに入ったのか? というくらいによく食べて、よく呑んで、よく喋っていた。


「みんな、楽しんでもらえたかな?」


 いたずらっ子のようにニマーと笑う金髪の少年。


 ことのおこりは日暮れどき、酒場の前の通りに並ぶテーブルと椅子、そこに集まった人達が酒を呑んでいたときのこと。


「ジャネット王女に乾杯!」

「妖精騎士の野郎に乾杯!」


 ジャネット王女と妖精騎士の間に産まれた男の子、その満1歳の誕生日。妖精の祝福を受けた世界1可愛いと噂の男の子の誕生日は、王都のお祭りとなった。

 妖精騎士が戻ってからは王国の女たちが何故か元気になり、畑の実りもいい、牛も豚もヤギも元気健康。

 これといった災害も無く、病気が流行することも無い。税が見直されたこともあって王国の人達は笑顔が増えた。

 これもジャネット王女が霧の森の妖精と新たな友誼を結んだ恩恵と、王国の暴れ馬(クレイジーホース)がなんかしたらそれを肴に酒盛りするのが、この王都の酒好き達。

 吟遊詩人がジャネット王女の妖精譚を唄い終えたところに金髪の少年が現れた。


「その妖精譚、もうちょいいろいろあるけどなー」


 仕立ての良い緑の服を軽く着崩した、金持ちの商人の子供のような少年は、


「俺に酒とご馳走奢ってくれたら、みんなも知らない妖精騎士の話を聞かせてやるぜ?」


 祭りの空気に酔っているのか浮かれた様子で口にする。

 ひとりのおっさんがジョッキを掲げて、


「この王都の連中はみんな妖精騎士の物語は知ってんだ。今更知らないことなんてあるかよ」

「あるんだなー、これが。それもとびっきりの奴が。聞きたかったら旨いもの食わせてくれよ。王都は久しぶりだから、なんか名物とか無い?」

「お前の話が本当におもしろかったら、俺たちで払ってやるぜ。だけど妖精騎士の物語は吟遊詩人がいろんな語り口で唄ったもんだ。そいつらが知らない話なんて、坊主が唄えるのかよ」

「まかせな。細かく知ってることについて俺以上の奴はいないんだ。泣きボクロの店員のおねーさーん、お薦めの1杯持ってきてー。さて、どこから話そうか、そうだなぁ――」


 こうして緑の服の金髪少年は霧の森の話を語る。口が止まる度に周りの客が料理を頼み、酒を頼んで少年の前に置く。その話を聞く奴等も増えて、少年の座るテーブルの周囲に人だかりができる。


「んー、うまかったー」


 語り終えた少年は満足そうに腹を叩く。あの量がその身体のどこに入ったのか不思議なほど。

 酔っぱらったおっちゃんがジョッキ片手に、


「坊主の話はおもしろかった。約束どおり俺たちで奢ってやるぜ」

「だろう? 妖精騎士も王女もおもしれーよなー」

「しかし坊主、吟遊詩人の卵か? 作り話にしちゃあ、まるで見てきたように語るじゃねぇか」

「おぅとも。俺は一部始終、側で見てきたんだから当然だよ」


 酔客達はドッと笑う。


「坊主、それじゃまるでお前が霧の森の妖精みたいじゃねぇか」

「ありゃ、名乗ってなかったか? 俺はこー見えてだな、これでも、」

「我が君ー!」


 少年の名乗りを遮るように声がする。女の声だ。


「我が君よー!」


 その声は上、夜空から聞こえてくる。一同が上を見上げるとそこに女がひとりいる。夜空に女が浮いている。


「「あぁ?」」


 黒の豪華な巻き毛、夜の星空を切り取ってつくったような黒いドレスの妖艶な美女が、満月から降り立つようにフワリと酒場の前の通りに降りてきた。

 金髪少年が手を振って、


「ダーリン!」

「「えぇ?」」


 目をビックリ見開いて、口をアングリ開ける酔っぱらいを無視して美女と少年は話し出す。


「見よや我が君! ジャネット譲りの銀の髪に、なんと愛らしい男の子かよ!」

「マイダーリン、城から連れて来ちゃったのか? 怒られるぞ?」


 黒髪の美女はその胸に1歳になろうかという男の子を抱いている。銀の髪を煌めかせてビックリキョトンとした顔の男の子。

 黒髪の美女は男の子のほっぺにチュッとキスをする。


「あぁ、可愛いのよう! このまま霧の森に連れ帰ってしまおうかよ?」

「ダーリン、そんなことしたらジャネット王女が血相変えて、また霧の森に突っ込んで来るぞ。それはそれでおもしろそうだけど」

「ならばちょっとくらいよいであろー」

「我慢できずに見に来ちゃったけどさー。この子が12歳になったら霧の森に遊びに来るって約束した訳だし、それまで待とうよ」

「まぁ、約束は大事よなー。あの二人も子育てに妖精が手を出したら流石に怒るかよ」

「今回は祝福だけして帰ろうか。ちょっとだけ挨拶もして。ダーリンはもう祝福かけた?」

「おぉ、大きな病などせず健やかに育つように。しかし、少し地味でおもしろみが無いのー。もうひとつ何かかけようかの?」

「じゃあ、それは俺が」


 金髪少年がパンと手を打ち合わせると、その手から金の光の粒が溢れてキラキラ光る。その光る手で、男の子のお腹を優しく撫でる。

 銀の髪の男の子はくすぐったいのか身動ぎして、キャハハと笑う。


「我が君よ、その祝福は?」

「これはいい感じにおもしろいんじゃないか? この子のチンチンが立派に育って、この子に抱かれた乙女に幸運が訪れるという祝福だ!」


 満足そうにニマーと笑う金髪少年は、ふと何かに気がついたように首を捻る。


「んー? なんだか昔にもこんな祝福を金髪の可愛い男の子に授けたよーな?」

「せっかく我が君の祝福を受けたというのに、女遊びもせずにいたからもったいない。だから霧の森で呪いでメいっぱい女を抱かせてやったのよー」

「さっすがマイダーリン! 解ってるねぇ」

「幸運を授かった乙女が増えて、この王国は賑わってるよーだのー」

「どーりで酒も食いモンも旨いわけだ」


 楽しげに笑いながら男の子のほっぺを指でツンツンする金髪の少年。


「お、おい、坊主。お前……」


 酔いの覚めかけた酔っぱらいが恐る恐る尋ねるが、金髪少年はニマーと笑い。


「どう? 俺のダーリン可愛くね? こう見えても俺をヤキモキさせようとして、金髪蒼眼の騎士を森に閉じ込めて夢中になるんだぜ? それ見て浮気してんじゃないか?って心配になる俺の反応見て楽しんだりするんだ。寝とられっていうの? そういう刺激があるから夫婦生活超エンジョイ! 俺をモヤモヤさせて惑わせる俺のダーリン可愛くね? 世界一可愛くね?」

「え? えぇ?」

「そーいうのずっと見ててモヤンモヤンを溜めに溜めると夜がすっげー充実するのよ。解る? いやー、俺って愛されてるぅ」


 満面の笑顔で黒髪の美女とチュッとキスをする金髪の少年。


「んーじゃ、怒られないうちに子供を返しに行こっか、ダーリン」

「そうよの、我が君」


 泣きボクロの酒場のおねーさんが戸惑いながら尋ねる。


「え、君、もしかして、妖精?」

「おう。俺、こー見えて霧の森の妖精王だよ。そのうちまた遊びに来るねー」


 言い残して金髪の緑の服の少年、妖精王は地面を蹴ってフワリと夜空に浮かぶ。


「この子が12歳になるのが待ち遠しいのよ」


 呟きながら黒髪巻き毛の星空のドレスの美女、妖精女王も夜空に飛ぶ。

 妖精王と妖精女王は仲良く寄り添うように、満月の下を王城に向かってフゥワリフワリと飛んでいく。

 唖然と口を半開きにして酔っぱらい達が城の夜空を眺めている。


 霧の森の奥は妖精が住まう迷いの森。

 妖精王と妖精女王と妖精達の国。

 そんな霧の森を抱える王国には妖精がチョイチョイやってくる。

 (よこしま)な奴にはひどいイタズラを。

 純真な者には楽しいイタズラを。

 寂しい乙女のもとにはガンコナーが訪れて恋を語り。

 詩作に悩む詩人をリャナンシーが誘惑する。

 木こりの落とし物をニンフが届けて。

 頑固な職人をレプラホーンがこっそり手伝う。

 ブラウニーが夜中にこっそり皿を洗って。

 コボルトが馬に飼い葉を運ぶ。

 糸紡ぎの下手な娘さんをハベトロットが手助けて。

 ノッカーが真面目な男に金鉱の在りかをコッソリ教える。

 ホブゴブリンが石臼回して驚かせて。

 暖炉の側でラバーフィンドが丸くなって眠る。

 そんな妖精話があって当たり前のこの王国じゃあ。


「祭りの夜に妖精が紛れて来てても、不思議は無いのか?」

「俺、妖精王なんて初めて見た」

「あれが妖精女王? 空から降りてきたわよね?」

「誰か俺の頭を叩いてくれ。飲み過ぎたのか?」

「大丈夫、みんな飲み過ぎだ。霧の森の妖精達に乾杯!」

良きお隣さん(グッドネイヴァーズ)に乾杯!」


 妖精王と妖精女王がフラリと遊びに来ることも、そんなに珍しいことじゃ無い。

 妖精がいるのが当たり前の王国の住民達に、新しい妖精譚がひとつ増えた。


 ただ、妖精の国なんてそんなに珍しいもんじゃ無い。

 常若の国(ティル・ナ・ノグ)光の国(ティル・ナ・ソルチャ)波の下の国(ティル・フォ・スイン)至福の島(イ・ブラゼイル)白銀の国(フィンダーガッド)幸いの原(マグ・メル)楽しき国(マグ・モン)五彩の国(イルダサッホ)生命の国(ティル・ナ・ベオ)


 海の彼方、霧の彼方、波の下、海の中、丘の中、森の中、山のいただき、洞穴の中、湖の中、石塚、廃墟、人里離れた月夜の原。


 妖精の国はあっちにこっちにそこら中にある。

 そこに紛れ込んだときはひとつだけ気をつけてくれ。

 直接名指しされることを嫌がる奴等が多いので、呼び掛けるときは平和な人たち、とか、ちいさいさんとか。

 あとは妖精のイタズラ。

 なに、これは注意していれば気づくことに、さっさと気がつけばいいだけのことさ。


 そこにちょいと気がつけば、俺達と一緒に楽しめる。前よりもっとカッコ良くおもしろくなれる。

 妖精騎士のターム=レィインのように。

 いや、カッコいいのはジャネット王女の方か?

 どっちも素敵に楽しいカップルだ。

 

 心の中の大切なことを見つけるのは、

 妖精を見つけるのとおんなじくらい、簡単なことだよ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ