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22・鉄拳! 鉄拳! 覚悟しろ!


 そのあとの顛末、これを語っておかないとな。


 王都で結婚式が行われる。

 新郎は若い鍛冶屋。新婦はパン屋の娘さん。

 ジャネット王女と妖精騎士の結婚以来、王都ではなにやら結婚ブーム。

 教会の中で司祭を前に結婚の誓いをして親戚、友人に祝福される新婚さん。

 一通り儀式の終わったところで司祭がコホンと咳払い。


「それでは結婚税についてですが」

「それなんですが」


 新郎は眉を寄せて困った顔で。


「とてもじゃ無いが結婚税を全額払えるほどの金は無い」


 よっぽど金持ってる奴でも無ければ、これが王国での民のいつものこと。


「それでは新婦の初夜権は教会で預かることになります。新婦はこちらに」

「あのー」


 新郎と腕を組む花嫁衣装の新婦は手を上げる。


「私は、前に霧の森で妖精にイタズラされちゃってぇー」


 ピシリと司祭は固まる。これは最近、教会で問題になってるあの事件。


「もう、処女じゃ無いんですよー。えへ」


 花嫁さんの爆弾発言にざわめく教会の中。

 新郎は前に聞いてたのかわりと平然としてるけど。

 気を取り直した司祭は咳払いして改めて。


「それでは本当に処女で無いのか教会が調べることになりますが、良いですね?」


 初夜権そのものでエロイ司祭が楽しんでたりとか、美人なら金持ってる商人に転売したりとかがこれまでの教会事情。

 領主と結託したりいろいろやってるが、そこにあるのは乙女の処女は俺たちのもの、とかいう身勝手な思い込み。

 なんでこんなことが慣例になったか解らないけど、税金とか権利とか習慣ってそんなもの。

 だれも理解できなくて、だれも納得しなくても、昔からそうなんだよって言われるとそんなものか、というのが人間だ。

 なんでそんなものから国は権利を主張して税金とるの? 結婚税とかさ。

 こんな疑問は人間が国を無くすまで、未来永劫変わらないんだろうね。

 未来に置いてはもっとバカバカしいものから税金取ったりするんじゃないの? ゴミ袋税とかさ。

 ざわめく教会、なんだなんだと騒ぎ出す人達。


「わたし、教会に処女かどうか調べられたりするのいや」

「しかし、実際に調べて確かめてみないことには」

「なんだ? 教会はおれのシャルの股を調べようってのか? おい!」

「え? 霧の森って、まさかあの」

「なんだ? あんた知ってるのか?」

「とにかく結婚税が払えなければ」

「だからそんな金は無いって言ってるでしょ?」

「代わりのもので何かを」

「結婚税のかたって初夜権って決まってるんじゃないの?」

「ではこの結婚を無効に」

「おいおい、こんな式まで上げて今さら何をいってんだ?」


 収集がつかない状態の中でフードを被ったちっこいのがチョコマカと人の波をくぐっていく。


「双方そこまで!」


 教会の中に響く凛とした声。

 フードを落としバサリと翻すのは紫の艶持つ銀の髪。


「このジャネット王女が新婚夫婦を祝いに来た!」

「「暴れ馬(クレイジーホース)!!」」


 歓喜の声に沸く教会。

 王女様きたー! ジャネット王女ー! という声に手を振って応えるジャネット王女。


「さて、司祭殿? この国は初夜権以外の結婚税の差し押さえは認めておらんぞ?」

「し、しかし、初夜権は領主から預かった教会の正統の権利で」

「いやいや、女の股の膜を俺のものっていう教会ってなんぞ?」


 聞いてたギャラリーはドッと沸く。


「そうだろ、女房のもんは旦那のもんだろうよ」

「えー? 女のものは女のものよ」

「誰にあげるかくらい、自分で決めたいよねー」


 たじたじとする司祭は困る。上司からはなんとしても取り立てろとか言われてんのか頑張って。


「妖精にイタズラされて奪われたなどと、そんな戯れ言を教会が認める訳には」

「証人がいれば文句無いか? では呼ぼうか」


 ジャネット王女はグルリと人々を見渡して、


「皆のものよ、我が夫にして妖精騎士、その名は?」

「「ターム=レィイン!」」

「王国いちの美麗な騎士! 巨人を倒す強者! 妖精女王の寵愛を受けて3年もの間、霧の森に閉じ込められていた者の名は!?」

「「ターム=レィイン!」」

「ここに来ておるぞー!」

「「きゃああああああああ!!」」


 女達の黄色い叫び声の中、つばの広い帽子とマフラーで顔を隠してたタームが顔を出す。

 キラキラ輝く金の髪、優しげな蒼い瞳、ニコリと微笑む顔と目が合った娘さんは、それだけで胸を押さえてフラリと倒れそうになる。


「さて、我が夫ターム。この花嫁に見覚えは?」


 タームは花嫁の前に立ち柔らかく微笑んで。


「結婚おめでとうございます。新婚のふたりに幸運と妖精の祝福がありますように」


 花嫁さんはタームを見て、やーん、とモジモジ。新郎の鍛冶屋のにーちゃんは面白く無さそう。

 タームは司祭に向き直り一言。


「彼女に見覚えがあります。私が霧の森でお相手しました」

「な、ななな、なんとふしだらな」

「何を言う司祭殿」


 腕を組み楽しそうに立つジャネット王女。


「妖精のイタズラに人の常識など通用するまい。その花嫁は不貞をしたわけでは無い。霧の森の妖精のイタズラに巻き込まれただけ。そして処女では無いのだから、差し押さえる初夜権も無い。これでは結婚税の徴収を諦める他あるまいな。それとアネッサ」


 呼ばれたアネッサがスケッチブックを持って現れる。


「こちらには霧の森で妖精のイタズラにあった者、その似顔絵が描かれています。本人の名誉の為に公開はしませんが、その数は400人を越えます」

「「400ー!!」」


 騒ぐ人達、青くなる司祭。

 これで結婚税を諦めるなら、400人以上の結婚税と初夜権が消えることになってしまう。


「お、王女。この件は1度、教会と王国で話あって」

「そんなわけで新婚のふたりよ! 仕方無いので特別に結婚税は払わんでもよい! 初夜権も無効! このジャネットと妖精騎士がふたりの結婚を祝福しよう! 未来に幸あれ!!」

「「王女様ー!!」」


 教会の中で響き渡るジャネットコール。手拍子に会わせて、ジャネット王女はビシッ、バシッとポーズを決める。


 パン! パン!

「「ジャネット!!」」

 パン! パン!

「「ジャネット!!」」

 パン!パン!パン!パン!

「「暴れ馬(クレイジーホース)!!」

「とおっ!!」

「「わあーーーーー!!」」


 盛り上がる教会の中で、メイドのアネッサさんが真っ白になった司祭に近づいて、耳元に囁く。


「司祭様、これは霧の森近くの噂なのですが、あのターム以外にも霧の森には『花を散らす妖精の騎士』がいるそうですよ?」

「な、なんだって?」

「これでは王国中の処女がいなくなってしまうかもしれませんねぇ」

「そ、そんなこと、どう上に報告すればいいんだ?」

「さぁ?」


 呆然とする司祭をフンと見下ろして、アネッサさんは喧騒の中、ジャネット王女のもとへ。

 お祝いムードの中で盛り上がる中、ひとりだけ眉間に眉を寄せる男。新郎の鍛冶屋のにーちゃんだ。


「王女様、ひとつだけお願いがあります」

「なんだ? 言ってみるがいい」

「その妖精騎士、1発だけ殴らせてください」


 いきなり王女の旦那さんを殴らせろという新郎に、親戚一同慌てて止めようとするが、


「その1発で全て水に流すというなら、構わん。思いっきりやってやれ」


 当の王女からお許しが出た。

 今度は男達が盛り上がる。

 この澄ましたツラを歪めてやれー、ヤりまくり男に天誅ー。などなど。

 前に出て向かい合う新郎とターム。

 新郎は拳を握ってパキパキと鳴らす。


「妖精騎士のおかげで結婚税も払わなくてよくなったけどな。俺のシャルが知らない男に抱かれなくてもよくなったけどな。それでも腹の虫がおさまらないから1発殴るぞ」

「それでいい。それだけの気概がある者ならば、安心して彼女を任せられる」

「言うじゃねぇか色男」


 新郎は鍛冶屋で鍛えた逞しい腕をグルグル回す。


「待った!」


 声を上げて止めるのはジャネット王女。


「すまんが顔はやめて首から下にしてくれないか? お願いだ」

「あ、あぁ、わかった」


 気を取り直して新郎は大きく腕を回す。ギャラリーはダン! ダン! ダン! と足を踏み鳴らす。タームは拳を握り歯を食い縛る。

 新郎は大きく腕を振りかぶり、


「ありがとうよ! この野郎!」


 ダッシュして渾身のボディーブローをタームの腹に叩き込む。強く踏み込んだ足で教会の床が揺れるほどの強烈な一撃。

 しかし、タームは一歩も引かずうめき声も上げずに全身の筋肉を絞めたまま立つ。


「っかー、どんな鍛え方してんだ? まるで壁を殴ったみたいだ」


 痛そうに手を振る新郎。


「これでも一応、巨人を倒したことはある」

「そういや、そうだった」


 新郎はタームに近づいて、騒ぐギャラリーに聞こえないように小声で。


(そ、それで、妖精騎士から見て、シャルはどうだった?)

(私がそれを口にするのはどうかと)

(何人もの女を抱いてきたんじゃねえの?)

(だからと言って、私がそれを比べて評価して口にするのは乙女に失礼だろう)

(そういうもんか?)

(これからはあなたが彼女の騎士だ。彼女を守ってやれ)

 

 新郎は目をパチクリ。


「鍛冶屋が騎士とか、マジメに言うか? お前、顔に似合わず面白い奴か?」

「そうなのか?」


 ジャネット王女がコソコソ話す二人に近づいてニコリと笑う。


「これで水に流したというなら、二人とも握手だ」


 促されて握手をする新郎とターム。満足気に深く頷くジャネット王女。


「これで二人は鞘兄弟だ!」


 王女らしくない下品な冗談に爆笑する式の参加者。


「俺が妖精騎士の兄弟かよ!」


 新郎は手を伸ばしタームとガッチリ肩を組む。


「俺の結婚祝いだ。1杯飲んでいけ妖精騎士」

「あぁ。いただこう」

(ついでに、その、シャルを悦ばせる方法とか、教えてくれないか? 俺、実は童貞で、今夜シャルとするのが初めてで)

(私で良ければ。だが、付け焼き刃の知識に頼るのはお勧めしない)

(そうなのか?)

(乙女は意外に男を見透かしている。不安があれば素直に言えばいい。相手も同じ不安を持ってるかもしれない)

(妖精騎士、お前と比べられるのが嫌なんだよ)

(私はたいしたものでは無いよ)

(お前、400人以上女を抱いてきてたいしたこと無いって、本気か?)

(いや、あれは少し盛って言ってるんだ。教会への牽制で)

(本当は?)

(300と、えぇと、)

(なぁ、ぶっ殺していいか? 妖精騎士?)


 なんだか仲のいい鞘兄弟に花嫁が近づく。


「何を男同士でコソコソしてるの?」

「シャル? いや、まぁこれは男同士の友情というか、ほら、俺と妖精騎士が兄弟になるみたいだし」

「そうだ、さっきのジャネット王女が言ったサヤキョウダイってなんなの? どういう意味? みんな笑ってたけど」

「それは、えぇと、なんだ? どう説明すればいいんだ妖精騎士よ?」


 困る新郎に楽しげに抱きつく花嫁。


「サヤキョウダイってなんなのー?」

「いや、だからそれはあれ、ほら、あれだよ、あれ」

「あれってなんなのー?」


 楽しそうに嬉しそうにイチャつく新婚夫婦を見てタームは微笑む。


 ーーなんだ。人の世界も、妖精の世界とあまり変わりは無い。意外とデタラメでいい加減だーー


 そして王国の中で結婚ともなれば、ジャネット王女と妖精騎士が乱入する事件が続いた。

 教会としては困ったものだけど、この事件が続いてやがて結婚税が名前だけ残して実質消えていくことになる。

 そのついでに初夜権も消えていく。

 なんか代わりの取り立てできるもの作ろうと頑張ってる奴らはまだいるけどね。

 ジャネット王女のお願いを聞いたおにーさまのミハイル王子が睨みを効かせているので、そこはうまくいかないようで。


 デタラメでいい加減なものを変えるのは、それよりもデタラメでバカバカしいやり方ってのが、実は1番いいんだ。

 試してみれば解るって。

 

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