20・湧き上がる希望、歌え
霧の森ではジャネット王女と妖精女王の、激しい内容の激しい舌戦が繰り広げられる。
その中身の過激さに聞いてる連中はドン引きだ。吊るされた騎士タームはその目の焦点が合っていない。
かろうじてその内容に着いていけるのは妖精はリャナンシー、人間はエレンディラだけ。
そのふたりもジャネット王女の熱い思いに深い情欲と変態には驚いたようで。
「この私が、戦慄している?」
リャナンシーは鳥肌の浮いた肌を手で押さえて驚き、
「これが暴れ馬の真意?」
エレンディラも身構えている。
いつまでも続くかに見えた妄想淫夢対戦は。
コケコッコー
ジャネット王女が抱く雄鶏の一言で終わりを迎えた。昇る朝日が霧の森を優しく照らす。
妖精女王は愕然として。
「我が、負けた?」
「余の、勝利か?」
もがく雄鶏を抱き締めたままジャネット王女は、呆然と呟く。
全身ずぶ濡れで、その手は巨大カブトムシとか巨大カマキリに引っ掛かれて血にまみれ、服には、おくとぱすの吐いた墨がべったり。
虫とかトカゲとかヘビとかカエルとか、他にも謎の生き物とかの匂いとか粘液とか分泌物がまとわりついてて、酷い有り様になっている。
昇る朝日を見る女王と王女。
やがて女王はゆるりと首を回してジャネット王女を見る。
「途中から気を取られてしまったが、ルールの通り我の負けをみとめようか。ちみっこ、いや、ジャネット王女よ」
ジャネット王女も一晩抱き締め続けた雄鶏から手を離す。やっと解放されて一目散に逃げていく雄鶏。
「おもしろいゲームだった。妖精女王よ」
「ただの小娘と侮っていたが、よもや我に勝つとはなー」
「妖精女王こそ。余の本気の言葉に退かずについてきた女は、妖精女王が初めてだ」
ふたりはどちらとも無く手を伸ばし、がっしりと握手を固く交わす。
激闘を終えた二人は互いの瞳に相手を映す。
「ふふ、ふふふふふ」
「くく、うくくくく」
互いの妄想を、好みを、人に言えないような思いを激しくぶつけ合い、誰よりも深く相手の心の奥を覗き見た二人は、魂が繋がるような熱を感じていた。
「ふふ、あははははは」
「うくく、くははははは」
そのまま二人はがしっと抱き合い、肩を組み、並んで昇る朝日を見上げて。
「「あははははははははは!」」
破顔一笑、呵呵大笑。
決闘の終わりを告げる笑い声を霧の森に響かせた。
それは人の王女と妖精の女王の新たな友情の始まりの笑声だ。
妖精たちは王女と女王の健闘を称えて拍手喝采、フェアリーが花弁を振り撒いて祝福する。
一晩、嵐と言葉の嵐に揉まれた人間一行は脱力してヘタリと座る。
これがジャネット王女が霧の森で妖精女王相手に見せた、呪いを解いた乙女の愛って奴だ。
事実を知らない吟遊詩人はいろいろ考えて、ジャネット王女が妖精の行列に突っ込んだとか、妖精女王と知恵比べしたとか、いろいろ作っておもしろおかしく伝えたところの真相は、実はこんなんだよ。
一国の王女が一晩中、妖精騎士をいたぶり泣かすド変態エロ妄想を熱く語りあっていた、なんていうのを思い付く吟遊詩人はいないし、なにより詩にできんよなー。
「では妖精女王。タームは貰っていくぞ」
「よかろ。騎士殿はジャネットに任せる。ドライアド、降ろしてやれ」
一晩、上半身裸で木の枝に拘束されて、雨にずぶ濡れにされて、その上にさんざん言葉責めにされた騎士タームが戒めから解放される。
「む? 騎士殿、どうした?」
「ターム? なんだか寝ているような?」
気絶だよ。いや、乙女の妄想のまま激しくなぶられる己の有り様を克明に聞かされたら、それに応えられる変態でも無ければ仕方無いんじゃないかな?
妖精女王が眠る騎士タームの頭を優しく撫でる。
「我の呪いを解いて森から出られるようにしたぞ。んー、じゃがの」
「なんだ妖精女王?」
「身体に染み込んだものは残ってしまう。病殺しはそのまま残しておくとして、他の呪いも効果は低くなるが残ってしまうようだの」
「それは困る。特に孕まずの呪いは消してくれ」
「少し時間はかかるがなんとかなるであろ。まぁ、人よりちょっとばかり乙女を発情させたり、少し身体から花の香りがしたり、かなり絶倫になってるだけでたいしたことは無かろ」
「それなら問題無いか」
メイドのアネッサさんがタオルを取り出してジャネット王女の濡れた髪を拭く。
そのままジャネット王女は妖精女王に訊ねる。
「さて、妖精女王よ。改めて聞こうか」
「何をよー?」
「タームに処女を襲わせてた理由、だ」
「ジャネットならば予想はついているのでは無いのかよ?」
「その答え合わせだ」
「ふむ、ラバーフィンド、こちらに」
妖精女王が手招きすると長いフサフサ尻尾の男の子がトテテと近寄って来る。妖精女王はラバーフィドの頭を撫でながら。
「このラバーフィンドは家守妖精よ。で、こやつが言うのよ。このラバーフィンドがついていた家、昔からこのラバーフィンドが仲良くしていた家の娘がな、毎晩泣くようになったと。初夜権とやらで司祭に処女を奪われた夜以来、嫌なことを思い出すのか、前より暗くなってしまったと。他にも、」
妖精女王が首を振る。ガンコナーはコクリと頷いて。
「他にも結婚税が払えずに初夜権を使われて泣く乙女がいる。乙女の微笑みを曇らせる行いなど、俺たちには実に気に食わん。どうにかならないかと妖精女王と相談していたのだ」
「そこで我、考えたのよ」
人指し指をピッと立てて妖精女王はニンマリと笑う。
「誰もが惚れるような凄くイイ男が、領主や司祭よりも先にガンガン処女を奪ってしまえば良いではないか、とな」
これぞ妖精的発想、イカれてると笑うことなかれ。
これに乗っかって霧の森に来た純潔の乙女は200を越えてんだから。
唖然とする人達の中でジャネット王女だけが、やはりそうか、と頷いている。
「流石だ、妖精女王。これならば泣く乙女が減る」
女騎士レヴァンがおそるおそる手を上げる。
「あの、それではタームが泣くはめになってしまうのでは?」
「騎士ならば乙女のために身を張るものでは無いのかよ?」
「それはそうですけど、少しばかり身を張らせ過ぎではないですか? タームの性格的にも、ちょっと辛かったのでは」
魂が抜けたように気絶してるずぶ濡れの騎士ターム。女騎士レヴァンはその身体を手拭いで拭きながら。
「まぁ、タームが相手なら、私も納得するけど……」
「妖精騎士しか、それができる男なんていないわねー」
女娼館長エレンディラもタームの髪を拭きながらウンウンと。
妖精女王は腕を組み、
「だいたいが結婚税やら初夜権やら、どうにかならんのかよ? ジャネットよ?」
「もちろん無くしてしまいたい。結婚税とか、相続税とか、ペット税とか、そんなところに理由をつけて税をとるなど国として情けないわ。乙女の股の膜を国の資産と言い、その権利は国が持つなどという言い草など、国としてみっともないし王族として恥ずかしいわ」
「ならば消してしまえばよかろ」
「それがなぁ」
ジャネット王女は頭をカシカシと掻いて、
「教会にしろ領主にしろ、1度手に入れた権利を簡単には手離さん。余も難儀しておる」
「王女でも法は好き勝手できんかよ」
「だが、妖精女王と妖精騎士のおかげでどうにかなりそうだ。妖精女王よ、そのブラウニーの描いた似顔絵を譲って貰えないか?」
「ブラウニー、良いか?」
「うん、役に立つんなら、いいよー」
ブラウニーは3年で書き貯めたスケッチブックを取り出してジャネット王女に差し出す。
受け取ってジャネット王女はニヤリと笑う。
「教会の奴らを驚かせてやるとしよう」
「その言い様、お主やはり妖精では無いのか? ジャネットよ」
「かもしれんが、これでも人の王国の王女だ」
ジャネット王女は手の傷を妖精女王に治してもらい、一行は濡れた服を乾かして。
「ではタームを起こして別れの挨拶でもするか? 妖精女王」
「なに、今生の別れでも無い。疲れておるなら休ませてやるがよいのよ。それでジャネットはこの騎士殿をどうする?」
「話をする。そして余のことを知ってもらう。タームならばそれで解ってくれるのではないか?」
「どうかの? 騎士殿は頭が固いぞー」
「それを妖精たちが柔らかくしてくれたのだろう?」
妖精たちを見ればおみやげのつもりなのか、花に果実にキノコにお酒を寝てるタームに持ってくる。
「では王都に戻るか、凱旋だ」
「また遊びに来い、ジャネット王女」
寝てるタームは女剣士ラノゥラが背負って、妖精たちのおみやげは女騎士レヴァンとメイドのアネッサさんが手分けして。
ジャネット王女はブラウニーのスケッチブックを手に霧の森をあとにした。
霧の森の妖精たちが見送る中、徹夜の疲れもニンフが癒してスッキリした顔で。
このあとのことは吟遊詩人たちが唄うとおり。
行方不明だった騎士タームの3年ぶりの帰還に王国は沸いた。
王国いちの騎士の復活に盛り上がった。
そしてジャネット王女の妖精譚も民に大好評。
愛の力で妖精の呪いから騎士タームを救いだして連れ帰った王女をみんなが讃えた。
そのままジャネット王女と騎士タームは結婚。王国はお祭り騒ぎに。
巨人を倒す騎士に霧の森の妖精女王に勝った王女の夫婦。
暴れ馬と妖精騎士のカップルにもはや敵無し、とか噂されたり。
これまでに無い王女の妖精譚が、暴れ馬の冒険談が、おもしろおかしく巷にひろまって、吟遊詩人が唄い伝えて。
王女が囚われの騎士を助けだして、みんなに祝福されて、結ばれました。
二人はいつまでも、幸せに暮らしました。
めでたし、めでたし――
だいたいがこの辺で終わりだよな。
だけど俺の話にはもう少し続きがあるんだ。




