2・君は誰とキスをする?
一方そのころ王国では、
騎士ターム=レィイン行方不明。
この報告があってからお城の人達は大混乱。主に女性たちが悲しみに暮れ泣き叫び。
単眼巨人の死体のあったところは激闘の跡、折れた木に血に濡れた草木、剣傷だらけの巨人の屍。
唯一残る手がかりは騎士タームの鎧の肩当て。それも単眼巨人の棍棒の一撃を受けたのかひしゃげて血がついている。
単眼巨人の死体の有り様から戦いの様がうかがえて、こんなことできるのは騎士タームしかいないだろうと噂に。
だけど探してみても騎士タームの姿はどこにも無かった。
死体が無いので死んではいないのではないか? しかし、それなら何故、騎士タームは帰ってこないのか? 霧の森の奥に入って帰れなくなったのか? 単眼巨人に負わされたケガがもとで動けないのでは? 見目麗しい姿に妖精達が連れ去ってしまったのでは?
様々な憶測が噂と流れて、王国1番の騎士は行方知れずに。
城の女達はすっかり悲嘆にくれて意気消沈。誰もが元気を無くして虚ろな目。
この騎士ターム行方不明から起きた王国の女性達の茫然自失っぷりと、城仕えの女性達の鬱状態による仕事の手抜きっぷりは、後に消失ターム・ショックなんて呼ばれたりする。
それぐらい人気のあったモテモテ美形騎士だったってゆーことだ。
このお城で王子王女がいきなり死んだりしてもここまでみんな悲嘆にくれるのかね?
なーんか遠回しに王族への不敬罪じゃね?
で、王国がそんなことになってるとは知らないその頃、噂の騎士タームが何処で何してたかってゆーと、だ。
「ん、あ、はぁん、んー、そこそこー」
「こんな感じですか?」
「はぁー、ん、上手よー」
泉の側でうつ伏せになった湖の妖精の肩から背中をもみもみマッサージしてた。
「ひょっとしてー、慣れてる?」
「昔やらされたりしてましたが……」
騎士タームは森から逃げだそうとしても呪いのせいで逃げられない。どれだけ歩いても泉に戻ってきてしまう。そして加熱してゆく妖精達のイタズラ。
これは正攻法では抜け出せない。何より妖精達の悪ふざけってものは限度を知らない。これ以上お茶目なイタズラが際限無くパワーアップされると命に関わる。
なので騎士タームは妖精達のご機嫌をとることにした。妖精達と仲良くなり、そこから妖精女王の機嫌を直して呪いを解いてもらおうと考えた。
「あ、はぁん、気持ちいい」
「そんなに凝ってる感じはしませんが、」
「次、わたしわたしー」
今は湖の妖精にマッサージ。背中から腰をもみもみふにふに。
他には霧の森の妖精達と歌ったり踊ったりゲームしたり髪を櫛でといたり花輪の冠を作ってかぶせたり耳かきしたりお喋りしたりままごとしたり。
――私は、いったい何をしているのだろう?
騎士タームは、たまに我に帰って妙な気分になったりしてた。
――なんとか呪いを解いて王国に戻らねば――
「ほーう、妖精にも霧の森に慣れたようじゃのー、騎士殿?」
「妖精女王」
久しぶりに騎士タームの前に現れたのは妖精女王。一瞬騎士タームにマッサージやらせてた泉の妖精をジロリと睨む。
コホンと咳払いして気を取り直して、わるーい顔してにやにやにやにや。
「我の呪いは楽しめておるのかのー?」
「妖精女王よ、どうか私にかけた呪いを解いてください」
「ダメじゃ、ダメじゃ。まだまだ我を楽しませてくれねばなー。そして我のものになってずっとこの森で暮らすのじゃー」
にひひひひ、とやらしく笑う妖精女王。
騎士タームも妖精を説得しようってのが間違ってる。
妖精と縁を切りたけりゃ、ブラウニーなら新しい服を一着贈るとか、レッドキャップなら十字になった剣の柄を見せるとか、正しい作法ってのが必要なんで。
「我の呪いがこの森から出られない程度のものだと思うたかや? 今日は楽しませてもらうかのー」
妖精女王がついっと横を向く、視線の先は霧の森、その茂みからガサガサと草をかき分けて現れたのは、
「ふえ? なに? 妖精がいっぱい?」
赤毛の娘が現れた。どっからどう見ても村の娘。質素な服、背中にかご、片手に山刀。赤毛の三つ編みちゃんだ。
泉のそばにいるいっぱいの妖精達を見てビックリキョトン。
久しぶりに人の姿を見た騎士タームも驚いた。
――どうもただの村娘のようだが、森の果実かキノコでも取りに来て迷ったのか? いや、妖精女王がここまで呼び寄せたようだが。楽しませてもらうとも言ってたが――
嫌な予感にぶるり身震いする騎士ターム。さっすが鋭い。しかし妖精女王の呪いは騎士タームにしっかりぐるぐると巻きついてしまってる。
どれだけタチのわるーいイタズラするかを競ってるような妖精達。思いつきで人の子供と妖精の子供を取り替えるような奴等だぜ?
その女王様の呪いっていうのは――
「ん? 足が、足が勝手に?」
騎士タームが立ち上がり、ふらふらした足取りで赤毛の三つ編みちゃんのほうへと歩いていく。
三つ編みちゃんは近づいてくる騎士タームを見て、ポッポと頬を赤く染める。
――なんてなんて、素敵な人。人? 妖精? 金の髪がキラキラ光って髪には白い小さな花がいっぱい。人に見えるけど妖精なのかしら? でも銀の鎧を着た妖精なんて聞いたこと無いけど。
青い透き通るような目で私をじっと見て、なんで私を不思議そうに見るの?
こんなカッコイイ男の人なんて、町に鍋を買いに行ったときにも見たことないわ。
近づいてくる、だんだん近づいてくる、やだ、私、なんでこんなにドキドキしてるの?
あ、や、騎士様、そんなに見つめないで、なんだか恥ずかしい――
騎士タームに見つめられて彫像のように硬直する三つ編みちゃん。ふらふらと近づいていく騎士ターム。
騎士タームの長い金髪はすっかりフェアリーの玩具になってて、今日はフィッシュボーンの編み込みに小さな花がいっぱい刺さってる。
日の光りにキラキラ光る金の髪を、白い小さな花で飾った騎士が、ふらりゆらりと三つ編みちゃんへと1歩1歩進んでゆく。
妖精達が興味深く見つめる中で、騎士タームは三つ編みちゃんに近づいて目の前に。その両肩に手をそっと置く。
――手も足も勝手に動く? 操られているのか? く、止まれ私の身体、これが妖精女王の呪いなのか? いったい私に何をさせようと――
騎士タームは少し屈んで、三つ編みちゃんの顔に己の顔を近づけて、おもむろに三つ編みちゃんの唇を奪った。
むっちゅー、とキスをした。
三つ編みちゃんは目をビックリ見開いて手の山刀をポロリと落とす。見てる妖精達もひゃー、とか、わー、とか声を上げる。
三つ編みちゃんの顔はもうリンゴのように真っ赤っか。
「ぐ、ぎ、ぐううっ!」
騎士タームは呻いて気合い一発、全身の力を振り絞って三つ編みちゃんから離れようと後方にジャンプ。根性で妖精女王の呪いに抗った。そのまま尻餅をついて不様に転ぶも、三つ編みちゃんに向かって叫ぶ。
「君! ここから逃げろ! 今すぐに!」
「ふへ?」
美しい騎士のいきなりのチューに呆然としてた三つ編みちゃんは間抜けな声を出して正気に帰る。
「え? なに? なんでチュー?」
「早く! 早く逃げろ!」
「は、はいぃ?」
訳が解らないまま、それでも妖しい状況に気がついて、三つ編みちゃんは慌ててクルリと回れ右。泉から離れるように森の奥へと走っていく。
「うくくくく、ムダムダー。どこに向かって行ってもこの泉へと戻ってくるわー」
「妖精女王! 私にいったい何をした!?」
「知りたいか? 騎士殿? うくっくくく、知りたいかーえー?」
ニマニマとやらしく笑う妖精女王。回りの妖精達もこれはどんな呪いかと、予想しあってわいのわいのと盛り上がる。
「あの小娘は騎士殿と同じよ、もはやこの森からは出られはせんよー」
妖精女王がついっと指を指すと茂みがガサガサと鳴って、
「あ、あれ? 戻って来ちゃった?」
戸惑う声を上げて出てくるのは、さっきの赤毛の三つ編みちゃん。
「うくくくく、小娘、帰りたいかやー?」
「当然でしょ! でもその前に白霧草の場所を教えて! お母ちゃんが病気なの! 妖精さんお願い!」
「なんじゃ、薬草目当てかー? よかろよかろ、白霧草をくれてやっても良いぞー」
「ほんと?」
「ただし、この霧の森からは出られんがなぁ」
意地悪に言う妖精女王。騎士タームは勝手に動きそうになる身体を必死に止める。四つん這いになって草地に爪を立てながら、
「妖精女王! その娘は関係無いだろう! 無事に帰してやるんだ!」
「帰してやっても良いぞ? うくくくく、さぁてさて者共、よーくお聞き。我はこの霧の森に新たな呪いをかけた! 乙女がこの森に足を踏み入れば二度と帰れぬようにとな!」
「妖精女王!」
「黙ってお聞きや騎士殿、森から出られる方法を聞き逃すぞ? 聞きたいか? 聞きたいかえー?」
ねちねちにまにまと楽しんでる妖精女王。まーそれだけ騎士タームが気に入ったっていうのもあるが、楽しみながら騎士タームの意志をポッキリ折ってやろうってのもある。
「お願いします! 妖精さん、森から出る方法を教えて!」
三つ編みちゃんがこう言えば騎士タームも口を閉じて静かにするしか無い。
回りの妖精達もどんな呪いか興味津々。
「うくくくく、では教えてやろうかの。森に迷いし乙女はそこな騎士殿に捧げ物をすれば森から出られるようになるぞ」
「私に?」
「そう、捧げるものは銀の指輪。銀の指輪ひとつを騎士殿に捧げればこの森から出られるようになる」
騎士タームは村娘の手を見る。だがその手に指輪なんてものは無い。
「君、銀の指輪は?」
娘さんも困った。
「銀の指輪なんて持ってるわけ無いじゃない!」
だよねー。
「ならば仕方無いのう。銀の指輪が無いとなると、騎士殿はお前を襲ってしまうぞ?」
「えぇ? 騎士様が?」
「だが安心せい」
妖精女王は楽しそうに、こんなこと思いついて楽しそうなあたりまさしく妖精の中の妖精。霧の森の妖精の女王にふさわしい。
「霧の森にさ迷う呪いは純潔の乙女のみ。騎士殿に純潔を捧げて処女で無くなれば森から出られるぞー」
霧の森の中をひとつ風がぴゅうと吹いて。
「ふぇあ?」
「なんだとー!?」
「「ひゃーーーーん!!」」
三つ編みちゃんの間抜けなビックリ声と騎士タームの悲鳴と妖精達が陽気に叫ぶ声が霧の森を震わせた。
ま、呪いのせいだから仕方無いってことで。
やっちゃいなよー、騎士ターム。