19・絶叫の騎士
日が落ちた霧の森の中、妖精達がところどころに明かりを灯して、夜のはずなのに明るい泉のそば。
揺らめくエルフ・ファイアに照らされて、不気味に踊る木の影と妖精の影。ひときわ不気味に息づくような妖精の国の霧の森。
多くの妖精たちが見守る中で、その中央ではリャナンシーが片手を上げて、
「それではただ今よりゲームを開始します。その前に賞品の妖精騎士、対決するふたりになんか言うこと無い?」
いきなり振られた騎士タームは吊るされたまま、え? と首を傾げる。
妖精女王が頷いて、
「そうよ騎士殿。この霧の森の奥まで来て、この妖精女王に勝負を挑むちみっこ王女に、なんぞ一言あっても良かろ?」
騎士タームは頷いて、
「それでは、ジャネット王女、その身に危険があれば無理せず、すぐにお逃げ下さい。私のことは捨て置いて下さい」
それを聞いて、はー、と全員一斉に溜め息つく妖精達。
「少しはマシになったハズなのにこれかよ?」
呆れる妖精女王。ジャネット王女は雄鶏を抱き締めなおして、
「仕方あるまい、それがタームよ。余が勝ってタームを手に入れたならば、そこを教えるつもりだ」
「できるのかよ? ちみっこ王女?」
「余もかつてはタームと同じようなものであった。これは病のようなものか」
なんの話をしてるのか解らない騎士タームにアネッサさん、騎士レヴァン、女娼館長のエレンディラ、女剣士ラノゥラも首を傾げて疑問顔。
ガンコナーがパイプをプカリと吹かして騎士タームに一言。
「これから一戦始めようという王女には、逃げろと言うより応援する方がいいだろう。友よ、その身にかけられた呪いを解こうと立ち上がる勇者には、囚われの姫ならば言うべき言葉があるハズだ」
「私が囚われの姫って……。えぇと、ジャネット王女、無理せずに頑張って下さい」
「ここで無理をしないで何を得られるというのか、無理を通してでもタームを望むから余はここにいるのだ。今、救いだしてやるぞターム。そこで見ているがいい、余の勇姿を!」
「それでは、」
リャナンシーが手を振り下ろし、
「ゲーム開始!」
ジャネット王女は雄鶏を胸に抱き締めて足を開いて、
「さぁ、来い!」
身構えるジャネット王女に妖精女王が人指し指を向ける。
「まずは小手調べ」
ポンと音を立ててジャネット王女の抱く鶏が姿を変える。
「うわ? オオトカゲ?」
ジャネット王女の腕の中で、口から赤い舌をチロチロと出したり引っ込めたりするオオトカゲ。
「なるほど、妖精のまやかしか?」
「ただのまやかしでは無いぞ」
二人を見ていた女騎士レヴァンが、穴の開いた守り石を掲げて覗き見ると、見えるのはオオトカゲを抱くジャネット王女。
「ジャネット王女! まやかしではありません。本当に姿が変わっているようです!」
「なんと! 見た目だけでは無いのか!」
「その通り、次は」
妖精女王が指をパチンと鳴らすと今度はオオトカゲが狼に。
「くっ!」
ジャネット王女は走り回る狼の背中でその首に腕を回してしがみつく。
駆ける狼の背中で旗のようにたなびくジャネット王女の銀の髪。
「さて、王女の嫌いなものはなにかの? ヘビか? クモか? ネズミか?」
「この程度ならばたいしたことは無い!」
「言うのー。ではユニコーンなどどうじゃ?」
妖精女王の一言で今度は狼がユニコーンに変わる。ジャネット王女はその背中に跨がるように。
ユニコーンは首を回してジャネット王女を見ると、
「可愛いけど処女じゃ無いのかー。降りろっ! メス豚っ!」
地面を蹴って暴れ出すユニコーン。
「なんという差別主義! 許さんぞこの駄馬ッ!」
背中のジャネット王女を振り落とそうと跳び跳ね暴れるユニコーンの背で、ジャネット王女はしがみついて笑う。
「ははっ! この暴れ馬がこの程度のロデオで音を上げると思ったかっ!」
ユニコーンの首をその両手でガッチリ絞める。
「ヒヒーン! ちょ、極ってる、入ってる! 女王様ー! このちみっこガチです! 苦しいっ! 助けてー!」
跳び跳ねるユニコーンとその背に乗るジャネット王女を見てケラケラ笑う妖精達。
妖精女王も高笑い。
「くはははは! なかなかやるのぅ、ちみっこ王女! だが、まだまだこれからよ!」
妖精女王が天を指差すと黒雲が湧き立ち雨がザァザァと降り始める。
「さぁさぁ皆のもの、飛ばされぬように気をつけよ! 風よ逆巻き嵐を起こせ! 落ちろ雷!」
雨が降り風が叩きつけて雷が狂ったようにピシャンピシャンと落ちる。
ピクシーやフェアリーは飛ばされないように身体の大きい妖精にしがみついて、キャアキャアはしゃぐ。
アネッサさんもレヴァンもエレンディラもラノゥラも地面に伏せて、降り注ぐ雨にずぶ濡れだ。
騎士タームも吊るされたまま雨に打たれ。妖精女王とジャネット王女の対決をずぶ濡れになりながら見守る。
妖精女王がちょいと本気を出した魔法に人間は青くなって驚いている。
女騎士レヴァンは目に入ってくる雨を拭いながら身震いする。
「わ、私は、あんなのに剣を向けたのか?」
「ただのお菓子が好きな女王様じゃ無かったのね」
「エレンディラ様! 俺の身体を盾に!」
「ジャネット王女ー!」
霧の森はまるで竜巻の中のように。ビシャンバシュンと光る雷とゴウゴウ殴り付けるような雨風の中。
笑う声が風の中から聞こえる。
「ははははは! 嵐の中の決闘! なかなか心得ているではないか妖精女王!」
「解っているではないか、ちみっこ王女!」
ユニコーンの首を絞めた王女が笑い、女王が指を降って雷を落として風を呼ぶ。
この世とは思えぬ光景の中、雷雨の中から聞こえるのはふたりの女の笑い声に妖精達のはしゃぎ叫ぶ声。
「く……、苦し……、マジ助けて……」
ジャネット王女に首を絞められたユニコーンは口から泡を吹いて窒息寸前。
「あのちみっこ、やるじゃなーい!」
「女王様! 次はヘビ! アナコンダ!」
「カエルよカエル! 巨大カエル!」
「あ! ユニコーンが倒れる! あの処女マニア根性無いのー!」
「まだまだ夜は長いぞー! まずは大ヘビ、次は巨大カエルよなー! 順に試してくれようぞ!」
「おぉ! ばっちこーい!」
雄鶏は次々姿を変える。ヘビにカエルに大ネズミ、クモにアザラシ、大ナマズ。グラント、ピール城のブラックドック、ブルベガー、しまいにゃドレイクになって空中ロデオ。それでもジャネット王女はしがみついた手を離さない。それどころか逆に楽しんで、
「わはははははは!」
次々に現れる幻獣を見て喜んでいる。
青くなって倒れそうになってるのは見ている人間たちの方だ。
「これならどうよ? 巨大カブトムシ!」
「うわ、脚が引っ掻くっ! いたたたた!」
「深窓のお姫様なら虫とか苦手では無いのかよ?」
「昔は捕まえて遊んでいたわー!」
「ならば巨大カメムシ!」
「うぁ、くっさーい! 目に染みるー!」
「粘るのちみっこー!」
「まだまだぁ!」
「ならばこれでどうよ? おくとぱーす!」
「なんだこれは? 赤い! ヌルヌルするー! 触手? 触手がニュルニュル! グニャグニャして気持ち悪いー!」
「どうよ? 海の悪魔、おくとぱすは?」
「うあぁ、感触が気持ち悪いー!」
ジャネット王女の腕の中で、8本の触手をニュルニュル蠢かす赤いおくとぱす。
海の悪魔を手に抱えて、初めてその顔から笑みが消え失せるジャネット王女。腕に首に巻き付くおくとぱすの赤い触手。
「なんて気色の悪い魔獣!」
「お? どうやらおくとぱすが苦手なようじゃな? 降参か? ちみっこ王女よー!」
ジャネット王女は笑みの消えた顔でジロリと妖精女王を睨む。眼光鋭くして口にする言葉は。
「愚か者か?」
「何ィ?」
「貴様は愚か者かッ! 妖精女王ッ!」
怒気を隠さず突然怒鳴り付けるジャネット王女。
妖精女王も笑みが消える。
「我の何が愚か者かよ?」
「このような、おくとぱすと言ったか? 海の悪魔とかいうものを、こんな触手だらけの掴み所の無い気色悪いものを召喚できるようなら、何故ッ!」
ジャネット王女はチラリと吊るされた騎士タームを見てから、妖精女王に吠える。
「何故ッ! 巨大おくとぱすを召喚させてタームを襲わせないのだッ!」
ピシャーーーーン! とひとつ大きな雷が落ちて、風が止まる。雨がやむ。嵐が止まる。
突然静けさを取り戻した夜の森で妖精女王が呟く。
「なん……だと?」
驚愕する妖精女王にたたみかけるジャネット王女。
「巨大おくとぱすの赤いニュルニュルした触手に巻き付かれて! 身動きもできずに蹂躙されるタームを! あの顔を苦痛と屈辱に歪めてなす術も無く何本もの赤い触手に責められるタームを! ヌルヌルのグッチャグチャにされて泣くタームを! 妖精女王は見たく無いのかッ!」
「それ……、楽しそうよのッ!」
「3年も手元にタームを置いて、そんなこともしなかったのか!」
「なにを? いろいろとしてやったわー!」
「たとえば?」
「後ろ手に縛って跪かせて、我の足にキスをさせてやったわー!」
「何ぃ?」
「足の指から足の甲、土踏まず、踵、くるぶし、脛、ふくらはぎ、少しずつ上に上に順に口づけさせのよ。屈辱に半泣きになって震える騎士殿は見物であったわー」
「首輪は?」
「は?」
「首輪だ首輪! リード付きの! 服従と隷属の証、首輪をつけて飼い主として躾てやらなくてどうする? 肝心なものが抜けているぞ妖精女王!」
「なんだとー?」
「余がタームを手に入れたならば、余は、タームにメイド服を着せるッ!」
「服飾倒錯だと?」
「ただの服飾倒錯では無い! メイドプレイだ!」
「メイドプレイ? 騎士殿にいったい何をさせるつもりかよ?」
「茶を淹れさせる」
「それだけか?」
「最後まで聞け。メイド服を着せられて恥ずかしさにプルプルうち震えるタームの淹れた紅茶を一口飲んで、余はこう言うのだ。
『熱っ!』
『どうしました王女様?』
『お茶が熱いわターム。舌を火傷したじゃない』
『申し訳ありません王女様。すぐに代わりを』
『その前に火傷した舌を手当てしなさい、ターム。あなたの……』
『そ、そんな、王女様……』」
「ど、どんな手当てをさせるつもりかよ! 燃えるッ!」
ゲームはいきなり一転、互いに口にするのはいかに騎士タームを虐めるか、なぶるか、泣かすか、どんな様をみたいか、どこに興奮するか、あれもしたい、これもしたい、もっとしたい、もっともっとしたい。
舌鋒鋭く唾を飛ばし、ジャネット王女は胸に秘めた騎士タームへの、ちょっと口にするのはどうか、という激しい欲望の妄想絵図を熱く語る。
妖精女王は対抗しようと思い付く限りの変態絵巻を声に出して反論する。
「ならば、我は騎士殿にストッキングを穿かせてガーターベルトを着けるッ!」
「上はッ! 上はどうするのだッ!」
「純白のスリー!イン!ワン! でピッチリ決めてやるのよー!」
「純白も良いがタームの白い肌には黒も映えるぞ! 黒ブラ着せられて恥ずかしがるターム! ガーターベルト付けてガーター騎士団結成!」
「ビスチェも似合いそうよなぁ!」
木の枝に縛り付けられた騎士タームは、首をぶんばっ、ぶんばっ、と振って逃げようともがく。
だけど、手足を木の枝にがっちり拘束されて首以外は自由にならない。だから耳を塞ぐこともできない。
青い顔で王女と女王の、どっちがタームにより凄いことするのか勝負を聞かされ続ける。想像したら気が遠くなりそうな妄想を。
「では我は騎士殿のお尻のあ!(以下、騎士タームの悲鳴により聞き取れず)
「ならば余はタームの聖剣の鈴ぐ!(以下、騎士タームの絶叫により聞き取れず)
突然ルールの変わった決闘に唖然と見守るギャラリー。身の危険を感じて墨を吐き暴れるおくとぱす、それをきつく抱き締めるジャネット王女。額をくっつけそうなくらいに接近して熱く語る妖精女王。
「発射禁止の呪いで寸止め調教!」
「男女逆転強制おねだり!」
騎士タームは自分をターゲットにした激しく深い、ヤバイ乙女の熱い思いを聞かされて、魂が抜けるような目になってきた。
うん、愛されてるんだろうけど、ときに愛は拷問にもなる。
愛っていろいろむずかしいね。激しいね。
「あーーーーーーい!!」
夜の霧の森に騎士タームの発狂しそうな叫び声が長々と響く。




