18・草むらに名も知れず
ジャネット王女と妖精騎士ターム=レィイン。
二人がそのあとどうなったかっていうのは知ってる奴は多いよな?
なんせこの王国で1番の話題、今も吟遊詩人たちが語る王国でホットな大人気の妖精譚だ。
だけど詩人たちは結末は知っていても、霧の森で本当は何があったのか、知ってる奴は誰もいない。
霧の森でジャネット王女が妖精相手に何をしたのか、知っているのは妖精以外には極小数。そいつらも見たことをペラペラ喋ったりしないし。
だから詩人たちはそれぞれの創意工夫に創造力で面白おかしく、盛り上がるように話を作った。
妖精騎士の呪いを解いたジャネット王女の愛の力を称えるように。
妖精の呪いに剣も魔法も使えないジャネット王女が、その胸に騎士タームへの愛ひとつで妖精女王に立ち向かう。
あぁ、乙女の愛の力は偉大なり。
その輝きの前にはいかなるものとて止められず。
そこんところは大筋で間違って無い。
間違ってはいないが本当のところは――
なに? もったいぶらずにさっさと話せ?
では道中省いてさっくりといこう。
妖精の騎士の物語、その最後の戦いを。
霧の森の奥、妖精郷の泉の側で妖精達に囲まれた妖精女王は出迎える。対峙するのはジャネット王女。女娼館長エレンディラと女剣士ラノゥラに案内されて、メイドのアネッサさんと女騎士レヴァンを共にやってきた。
「久しぶりだ、妖精女王」
「2ヶ月ぶりか? ちみっこ王女よ。メイド集団の来訪には楽しませてもらったぞ」
「あれは余の指図では無いのだが、楽しんで貰えたならば良かった。黒のメイド隊も愛しの騎士タームに抱かれて喜んでいる。ところで騎士タームは? メイド隊相手に疲労したか?」
「ちみっこ王女に会わせる顔が無いと言うので引っ込んでおる。話があれば呼ぶかの? おぉ、ブラウニー、騎士タームの奮戦振りを見せてやれ」
「こんな感じだったよー」
ブラウニーがペラリとめくるスケッチブックには、のけ反るメイドさんにクリティカルフィニッシュを決める騎士ターム、恍惚とするメイドさんにエクセレントフィニッシュを決める騎士ターム。
他にもガードクラッシュ、チェーンコンボ、キャンセル必至技、当て身に追撃、寝技、座技、立技、ファイナルスプラッシュ、などなどありとあらゆる技でメイドさんを昇天させるイラスト集。
妖精騎士の技紹介というか必至技名鑑みたいになってる。
女騎士レヴァンと女剣士ラノゥラは真っ赤になりながらも食い入るように見る。
「アレ、凄いんだよなぁ」
「え? ラノゥラ、タームにアレをされたの?」
「うん。なんかもう、気持ちいいのを越えてワケ解んなくなる……」
「うっわー、ターム、うわー」
エロ娘ふたりは置いといて、ジャネット王女が本題に。
「妖精女王よ、騎士タームを手放す気は無いか? 3年と遊んだのだから飽きてきたのでは無いか?」
「3年かけてようやく少し素直になったというのに、手放すわけ無かろ。まだまだ楽しく遊ばせてもらうのよ」
「タームの代わりになにか欲しいものは無いのか?」
「宝石も財宝も我が騎士殿ほど面白くも楽しくも無い。代価というなら騎士殿より良いものを持ってくるのよ」
「ならば騎士タームを余に預けよ」
ジャネット王女は腕を組み妖精女王を見上げる。
「余が騎士タームを更にイイ男にしよう」
「ほう?」
「なぜ妖精が3年も同じイタズラで楽しんでいるのか疑問があった。楽しむ以外に目的があると見た。妖精女王の考えが余の想いと同じであるのならば、妖精女王よ、余の想いを試すがいい」
「ふーむ、何に気がついたかよ? ちみっこ王女よ?」
「ひとつは騎士タームの在り方。そこが余が騎士タームに執着する理由でもある。もうひとつは王国の在り方。どちらも余が騎士タームを手に入れることで変えられるかもしれん。故に勝負としようでは無いか? 妖精女王?」
妖精女王はおやおやという顔で笑う。
「騎士タームをイイ男にするために手に入れる、かよ。それを口にするなら資格有りよな。しかし、勝負とは?」
「余が騎士タームを預けるに相応しいか試すが良い。妖精とは人の想いを愛で楽しむものだろう? 余の想いを測るが良い」
「ほーう。だが勝負と言ってものー、剣も使えず魔法も使えぬちみっこが何でこの我と勝負するというのよ?」
「そこは妖精女王が考えてくれ。しかし一方的に勝ちの決まるゲームなど面白くは無いだろう? 余にも勝ち目があるような勝負方法で無ければ妖精も楽しめないだろう。こういうことで頭を捻るのも妖精には珍しくて面白くはないか?」
「うくくくく、ちみっこよ、お主、実は妖精の取り換え子では無いのか? 発想が妖精に近いぞ」
「タームを手に入れるためにどうやって妖精女王を楽しませるか考えてみた。妖精女王よ、ゲームを仕切って遊んでみればいい。妖精騎士という勝者への報酬を用意して」
妖精女王はじーっとジャネット王女を上から下まで見直して、
「我の憂いを晴らせる者ならば、騎士殿を渡しても良いのよ。ふむ、そこを解って王女として権力があるならできるやもなあ」
青空を見上げて目を細める。
「ならば今から作戦タイムよ。みんな集まれー、どんなゲームが良いか決めるぞ。その間しばし待っておれジャネット王女。ホブゴブリン、茶を淹れてやれ、コボルト、客人をもてなしてやれ。さーて、ちみっこを試すに相応しいゲームのー、何にするかのー?」
妖精達はしゃがんだ妖精女王の回りに集まり円陣に、あれがいいか? これはどうだ? とはしゃぎはじめる。
その妖精の作戦会議を横目にメイドのアネッサさんが不安そうに、
「ジャネット王女、これでいいのですか? 妖精がいったい王女に何をさせようとするのか」
「妖精とゲームで遊ぶだけだ。心配するなアネッサ」
赤いコートの金髪の小さな男の子、コボルトがトテテと走ってきて草の上に敷物を敷く。
「皆さん、こちらにどーぞー」
ヤギの角の男の子、ホブゴブリンがお茶を淹れて、
「ミルクと砂糖はどれくらい?」
エレンディラが敷物に座りながらホブゴブリンからお茶のカップを受けとる。
「妖精の男の子って、美少年ばかりね。家つき妖精ならうちに来ない? うちで働いてみない?」
「んー、考えとくー」
晴れた森の中、敷物に座りお茶を飲み果物食べながら、キャッキャと騒ぐ妖精たちを眺める王女の一行。
エレンディラが林檎の皮を剥きながら、
「ジャネット王女、妖精女王が騎士タームを手離さない理由とは? ただイイ男を飼っておきたいというだけでは無いのですか?」
「もちろんそれが1番の理由だろう。しかし、妖精郷に閉じ込める訳でもなく、乙女ならここまで来て騎士タームに会うこともできるというのが」
「見せ物を楽しむためでは?」
「同じような見せ物を3年もか? そこについでの理由もあると見た。いや、妖精女王にとってはそれが本当の目的なのかもしれん。余と同じものをタームに見ているのではないか、とな」
女騎士レヴァンは首を傾げる。
「ジャネット王女がタームに惚れてるのは知ってますが、いったいタームに何を見ているのです?」
「そこは口にするのは恥ずかしい。だが余の想いは騎士レヴァンに劣るものでは無い、という自負はある」
メイドのアネッサさんはフー、と溜め息ついて、
「いえ、ジャネット王女に敵う女はなかなかいないのでは無いのかと。私も初めて聞いたときはドン引きしましたし」
ホブゴブリンのお茶を飲み、コボルトとお喋りし、ブラウニーのスケッチブックを、うわー、うわー、と言いながら見て妖精会議が終わるのを待つ。
日が落ちて空が茜色に染まるころ。
「待たせたな、ちみっこ王女よ」
「随分と時間がかかったな、妖精女王」
英気を養うと言ってアネッサさんの膝枕でお昼寝してたジャネット王女。
「もう日暮れではないか」
「ちみっこに勝ち目があってそれでいてちみっこの度胸試し、信念の試しに何がいいのか迷うとこでなー。それに場面作りも必要であったし」
「場面作り?」
妖精女王がついっと指を差すところには、縛られて吊るされた騎士ターム。
「いつのまに」
騎士タームはちょっと高いところで、大木に木の枝で縛りつけられている。上半身裸で両手をバンザイするように上げて、吊るされている。
胸から下は木の枝がまとわりついて、どうやら首しか動かせない様子。情けない顔しておとなしくしてる。
その側ではイイ仕事したって顔でドライアドが親指立てる。
「どう? 悪い魔女に捕まったお姫様ってこんな感じ?」
そうなんだよなー、騎士タームって助けに来る勇者じゃ無くて、助け出されるのを待つお姫様のポジションなのなー。
ジャネット王女は騎士タームを見上げる。吊るされた美しい男は金の髪を流し、蒼い目に悲しみを湛え、素肌を晒して拘束されている。下はズボンを履いているんだけど、下半身は木の枝で隠されて、見方によっては全裸で木の枝に襲われてるようにも見える。
美青年騎士の拘束凌辱って感じか?
「これは……、なかなかに淫靡ではないか」
「でしょー?」
「うむ、囚われて身動きもできぬまま、大自然にたいへんなことされる騎士ターム……。これは、いいものだ」
女たちと妖精たちに妙な視線を向けられて、居心地悪そうにモゾモゾする騎士ターム。
「ではルールを説明しよう」
妖精女王が足元を指差すと、そこにポンと鶏が現れる。赤いとさかの立派な雄鶏だ。
「ちみっこ王女はその鶏を抱き締めて離さないようにする。我は魔法でちみっこ王女を脅かして鶏を手放すように仕向ける。朝日がのぼりその鶏が朝1番の声を上げるまで、鶏を捕まえていたならちみっこ王女の勝ち。朝日が上る前に手放せば我の勝ち」
「なるほど、それなら余にも勝ち目はあるか」
「ちみっこ王女はその鶏を騎士殿と思えよ。何があっても手放さぬ根性と信念を、我らに見せることができるならば騎士殿を委ねよう」
「そういうことか、この鶏がなんだか可愛く見えてきたぞ」
コケ? と首を傾げる鶏を捕まえて胸に抱くジャネット王女。
「さぁ、いつでもいいぞ」
「慌てるな、日没を開始としよう。他の者は下がれ、我と王女の1対1よ」
こうして妖精女王とジャネット王女の対決が始まる。霧の森に立つのは星空のドレスを身に纏う、黒髪巻き毛の妖艶なる夜の夢の女王。
かたや、紫の艶もつ銀の髪をなびかせて、その胸に立派な雄鶏を抱き締める、元気溢れる美少女王女の暴れ馬。
ゆっくり日が沈み暗くなっていく茜色の空の下、女王と王女の視線が火花を散らす。
悪い魔女に拐われた姫を救い出す勇者の戦い、そんな英雄物語の中ではおそらく最も間抜けでイマイチ格好のつかない最後の対決が、今、始まる。




