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17・涙を笑う支配者

 

 ジャネット王女のおにーさま、王国の王子がフードで顔を隠して王都の街中に。

 身分を隠してこそこそと怪しげな酒場に入っていく。

 妹のジャネットのことが大好きでたまらない困ったミハイルおにーさまが行くのは、酒場の中の地下の隠し部屋。

 そこには黒い覆面を被って顔を隠した男がひとり。テーブルの上に手を組んで静かに兄王子を見る。

 兄王子はテーブル挟んで対面の椅子に座るなり、


「闇ギルド、夜の蠍に暗殺を依頼したい」

「穏やかではありませんね。これまで我らに殺しの依頼などしたことは無いというのに」

「今回ばかりは例外だ。もはや殺す他あるまい」

「その相手は?」

「霧の森に住まうという悪逆非道の輩、妖精騎士という奴だ」


 その目に殺気ギンギンにみなぎらせて兄王子は憎々しげに口にする。

 黒い覆面で顔を隠した男はフー、とため息つきながら、首をゆるゆると振る。


「申し訳ありませんが、その依頼をお受けできません」

「なぜだ? 働いてくれた分には相応の報酬は払っている。今回のことについても礼は弾む」

「報酬の問題では無いのですよ。この手紙をお読み下さい」

「手紙だと?」


 兄王子が渡された手紙を開いて目を通す。


『闇ギルド、夜の蠍へ


 余が兄がそちらに余の愛しの君、妖精騎士の捕縛、暗殺などを依頼するようなら無視されたし。

 この件については闇ギルド総帥の娘と余の間で話がついておる。

 夜の蠍の行動については余の黒のメイド隊が一挙手一投足まで把握しておるので、隠れて行うことも不可能と心得るように。


 追記


 余が敬愛する兄上よ。

 妹の恋路を暖かく見守ってください。

 余は妹として兄を愛しております。

 どうか余のワガママをお許し下さい』


 先手を打ってたよジャネット王女。なにこの兄妹。

 読み終えた兄王子は片手で目を覆う。


「くくく、流石はジャネット。この兄の心の内も頭の中も全てお見通し、か」


 次いで、自分の両肩を抱いて首を振りながら、


「なにもかも解ってくれる妹でっ! おにいちゃん嬉しいよっ! ジャネットー!!」


 身悶えする兄王子を見て、うわー、と引き気味の黒覆面。

 兄王子が、はー、はー、と呼吸を回復するのを待ってから話し出す。


「このような訳でして、夜の蠍としてはこの件に関わることはできません」

「いや、俺が言ったことは忘れてくれ。妹に嫌われたくないから」

「はい、解りました」


 ホッとした黒覆面の男。ミハイル王子も妹が大好きで家族を大切にするのはいいことだけど、流石にどうなんだよ、この兄王子。夜の蠍の黒覆面もなんか慣れてるみたいだし。

 兄王子は深呼吸して落ち着いてから話題を変える。


「ところで、マクディール公爵の方はどうなっている?」

「我ら夜の蠍が影から長兄をお守りしています。今のところは無事ですが、次兄の母、第二夫人は己の子に継承させようと未だに画策を続けております」

「つまらない暗殺ならば夜の蠍で邪魔できよう。その長兄を殺されないように今後も守ってやれ」

「ですが、少しおかしな動きが」

「なんだ?」

「手口が変化したので調べてみたところ、隣国の組織が第二夫人と接触しています。跡目争いに第二夫人に協力しているようです」

「ふむ、あそこの後継ぎ問題を放置すれば国内の不穏な輩が釣れるかと期待していたが、予想外の大物が釣れたな」


 兄王子は腕を組んで少し考える。


「予定変更だ。夜の蠍は長兄も次兄も両方、暗殺されないように守ってやれ。その上で夜の蠍が介入していることを知られないように。できるか?」

「いくらかの擬装が必要ですが可能です。ただ、相手の組織の実力が不明なところが不安材料ですね。現在、調べさせてはいますが」

「慎重だな。影も残らぬ手際には自負があるだろうに」

「影ながら護衛するにしても長引けば目についてしまいます。期間は?」

「そんなに長くはない。ここまでほったらかしておいたがそろそろまとめるか。隣国の介入してきた組織の裏を探れ。俺は表からこの件を片づける」


 兄王子はニヤリと笑って。


「なに、上手くまとめてその上で隣国に貸しをつける形に落とし込むさ」


 妹さえ絡まなかったら、優秀なのな、この王子様は。


 一方そのころジャネット王女もフードで顔を隠してこそこそと街中に。

 似た者兄妹だねー。

 ジャネット王女がメイドのアネッサさんと女騎士レヴァンを連れて入るのは、王国いちの豪華な娼館。


「……まさか、王女様自ら娼館に足を運ぶとは思いませんでしたわ」


 迎えるのは娼館長のエレンディラ。

 フードを外して顔を見せたジャネット王女は、


「事が事ゆえに余が直接来た方が早くて良いだろう。余も娼館に来るのは初めてだ。なかなかに綺麗なところだ」

「うちは綺麗で雰囲気が良いというのが売りですので」

「早速だが、余が霧の森の泉に行けるように手伝って欲しい」


 エレンディラはうーんと首を傾げて。


「私はどちらかというと妖精女王の(がわ)なんですよ」

「何故だ?」

「妖精女王の呪い、孕まずの呪いをなんとかものにできないかとお願いしているので。今は私もラノゥラも妖精達に気に入られているようで、この関係を壊すことはしたくは無いのですよ」

「それは困った。ならば処女で無くとも泉へ行く方法はなにか無いのか?」

「私以外にも処女で無くとも泉へ行くことはできるようです。森の中で他のリピーターと顔を合わせたことも有るので。ただ、条件は不明です。何度も行こうとして辿り着けない者もいるようですので」

「そうなのか」


 その場のみんなが考える中でエレンディラが、


「ラノゥラなら何か解るんじゃ無い?」

「な、なんで俺が?」

「リャナンシーに聞いたらリピーターで1番回数が多いのがラノゥラだって」

「な、なな、なんのことだか?」


 真っ赤になってソワソワする長身の女剣士。

 レヴァンもアネッサも、へぇ、と言いながらラノゥラに注目する。


「う……、」


 耐えられなくなったラノゥラは壁の方を向いてしゃがみ込む。


「だ、だって、あんなの初めてだし、俺を相手にして可愛いとか言ってくれる男は、妖精騎士だけだし……」


 なんかブツブツ言い出した。

 ジャネット王女はそんなラノゥラの肩をポンと叩いて、


「何も恥ずかしがることは無いぞ女剣士よ。世の中には鞘兄弟という言葉がある。ならばここにいる余もレヴァンもエレンディラも皆、聖剣姉妹よ。余も騎士タームに抱かれて叫んだ。レヴァンも乳首をレロレロされて「うわぁジャネット王女ー!」」


 女騎士レヴァンは慌ててジャネット王女の口を塞ぐ。もがもがするジャネット王女。


「これが噂の王国の暴れ馬(クレイジーホース)……」


 驚いているのは女娼館長エレンディラ。


「王女様もそこの騎士様もあの妖精騎士にヤられたってことですか?」


 ジャネット王女は、ぷはっ、と女騎士レヴァンを引き剥がして、


「そういうことだ。エレンディラにも目的はあるだろうがここはひとつ余の為に力を貸してくれないか?」

「そう言われても、私の娼館から見れば今の霧の森がそのままある方が性病対策には良いですし……」


 実際に病気の娘を霧の森に連れていって、妖精騎士にお願いしたらあっさり治った。移動は手間でもこれなら薬もいらない。

 体力だけ落ちないようにして1回ヤッてもらうだけだから簡単で安上がり。


「孕まずの呪いに病殺しの呪い、か。これが使えれば国も栄えるか?」

「王女様も興味がおあり?」

「当然、これでも王族のひとりだ。国のことを考えている」


 エレンディラは悩みつつも先のことを考える。王族なんて税をとる側で、エレンディラにとってはかつて自分が売られた原因のひとつが税。

 だけど、王国の暴れ馬(クレイジーホース)は民衆の味方ってことで人気のある王女様。

 ここで恩を売るのも悪くない。できればいろいろと都合もつけて貰えたらいい。


「ジャネット王女が私の経営する孤児院を支援してくれるなら、考えましょう」

「孤児院? 娼館だけでは無いのか?」

「いろいろ手広くやっています。大っぴらには無理でも影から助けていただけると有り難いですね」


 ジャネット王女はエレンディラの目をじっと見る。軽口を止めると途端に雰囲気が変わった。気圧されまいと微笑み返すエレンディラ。互いに相手の底意を見定めようと見つめ合う。


「ひとつ訪ねる」

「なんでしょう?」

「エレンディラが望むものは?」


 ――今は孕まずの呪いに、病殺しの呪い。でも、ジャネット王女様が聞いてるのはそんなことでは無さそうね。私を脅して言うこと聞かせることもできるでしょうに、なんだかおかしな王女様だこと――


 営業用の微笑みを消して真面目な顔をしたエレンディラが応える。


「うちの店で働く娘達とその子供達が、笑って暮らせるように」

「うん、気に入った。たいしたことはできんかも知れんが、余に手伝わせて欲しい」


 ジャネット王女は握手しようと手を伸ばす。


「この魔女娼婦エレンディラと握手ですか?」


 王族貴族ならば下賤と蔑む娼婦に堂々と手を伸ばすジャネット王女を、不思議そうに見るエレンディラ。

 しかしジャネット王女は手を伸ばしたまま笑う。


「余の聖剣姉妹になんの遠慮が必要か?」

「それを言い出すと私たちの聖剣姉妹は200人を越えますよ?」

「それはいい。いきなり賑やかな大家族だ」


 ――娼婦上がりの私を笑って家族と、姉妹と言いますか――


 エレンディラも笑ってジャネット王女の手を握る。


「まいりました。王国の暴れ馬(クレイジーホース)。姉妹として応援させていただきます」

「よろしく頼む」


 身分を越えた奇妙な繋がり。しかし二人が目指すのは子供が笑って暮らせる未来のため。

 そんな信念をお互いの瞳に見た王女と女娼館長は、固く握った相手の手の温もりを、そこに込めた思いを感じていた。

 そんな素敵な一幕をアネッサは不思議に感じながらも感動して、流石はジャネット王女です、と忠誠心を一際厚くしていた。


 ただ、そのちょいと熱い場面の片隅で、部屋の隅では女騎士レヴァンと女剣士ラノゥラがしゃがみ込んで、顔を近づけてボソボソ小声で話している。


「……それで、妖精騎士は顔を近づけて……」

「嘘……、そんなとこ、ペロペロさせたの?」

「うん……、恥ずかしかった……」

「恥ずかしかったの?」

「うん……、気持ち良かった」

「うっわー、ターム、うわー」

「そっちは?」

「わ、私はそんなに激しくは、でもタームは私の……を、……で……、」

「えぇ? そっちの方がスゴくないか?」


 アネッサさんはチッと舌打ちひとつ。


「そこの二人、マジメな話の途中です。静かにしなさい」


 エロ娘二人がマジメなメイドさんに怒られて、その隣では王女と女娼館長が握手しながら見つめあい微笑む。

 なかなかにこの王国はカオスだね。霧の森にも負けず劣らず。


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