16・勘違いロンリーナイト
騎士タームはぼんやりとひとりで泉を眺めている。
静かな霧の森の奥、遊ぼうと誘ってくる妖精達を、ちょっと考え事したいから、と断ったので辺りは静かなもの。
――ジャネット王女は、なぜ、あれほど私に執着しているのか――
ジャネット王女がこれまでの乙女たちとはなーんか違うってことがちょいと気になってる様子。
鏡のように静かな湖面に映るのは、騎士タームの綺麗な顔。
美しい、綺麗、カッコいい、奇跡の美貌、美麗な騎士よ、なんていろいろ言われてるけど、当のターム本人はこの顔で得をしたことは無かったり。
トラブルを招き寄せたりやっかいごとに巻き込まれたり、録でもないことばかり。
女の子大好きー、ひゃっほー、って性格なら得した見た目なんだろうけどね。
ただ、その見た目に寄ってきた女達とは、ジャネット王女の好意というか執念というのは、似てるけど濃さが違う。
この辺りはいずれジャネット王女が騎士タームに話すことなんだろうけどね。
まー、人ってのはいろいろとままならないもの。騎士タームもモテるのは顔の造りだけじゃ無くて、その性格の良さとか真面目さが、目とか表情とか態度に出てて、そこに女が惹かれるんだけど。
知らぬは本人ばかりなり。
それどころか本人は自分のことを、顔と器用さ以外は大したこと無いと思い込んだ努力の鬼だったりする。
回りの連中が期待する理想の騎士に、頑張ればなれちゃう騎士ターム。
その騎士タームが理想の騎士を目指したのは、はたして誰のためだったのか――。
少し離れた木々の中、妖精女王はこっそりと騎士タームを見る。
「ん、少しはマシになったかよ……」
呟いて微笑む。いつもと違う優しい目で、そっと騎士タームを見つめている。
ところかわって王国の王城。
ジャネット王女がお帰りに。
「ジャネットー!」
真っ先に出迎えたのはこの国の王様、ジャネットのおとーさま。
「ジャネット! 10日も何処に行っていたの?」
「父上、落ち着いて。ジャネットは霧の森でイッてました。遅くなりましたが書き置きには7日ほどで戻ると書いておいたでしょう?」
「書き置きがあればいいってものじゃ無いでしょう。もー、心配したんだからね」
「このとおり戻って参りました。心配は不要です、父上」
「ジャネットぉ!!」
次に足音高く突っ込んで来るのは兄王子、ジャネットのおにーさまね。駆け寄って即ジャネットをかかえて抱き上げて。
「ジャネット! ジャネットぉ! 無事か? 怪我は? キズは無いか? お腹すいてないか? いつもの遠出と違って黒のメイド隊が何も教えてくれなかったのは何故?」
「余は無事……、ですが?」
「え? なんで途中で止まって疑問系?」
「兄上のほうこそ大丈夫ですか?」
おにーさまはジャネットの髪に鼻を埋めて、くんかくんかすーはーすーはー、はーはーはー。
「あぁ……、やっと禁断症状が治まってきた」
「余は兄上専用の麻薬ですか?」
ほんとに大丈夫なのかこのおにーさま。
「父上、兄上、余がふらふら街に行ったりするのはいつものことではないですか。それにレヴァンとアネッサもついております」
おとーさまはため息ついて、
「なんで誰もジャネットを止めてくれないのよ?」
おにーさまはジャネットを抱っこしたまま。
「ジャネットの行いで王都の小悪党はいなくなり、民も王族に親愛と敬意を感じているので。やり方は問題あるが結果として国のためになっているのは父上も知ってるのでは」
「ミハイルがそうやって甘やかすからー」
城の者達が集まり、王女様お帰りなさいとか今度の武勇伝は? とか賑やかに。
王女ジャネットはおにーさまの手の中から降りてコホンと咳払い。
「父上、兄上、お話があります」
姿勢を正してふたりを見る。
「ジャネットは霧の森で妖精にイタズラされて処女を無くしました」
「「は?」」
あたりにピシリとなんか罅が入るような音。硬直するおとーさまとおにーさま。
「なので父上。結婚予定の相手にジャネットは処女では無いと教えてやって下さい。ま、妖精慣れしていない他国から見れば、男遊びをしたふしだら王女が相手の男を庇おうと妖精のせいにしている戯れ言、などと言われてしまいますか? あっはっは」
「え? ジャネット? ヤっちゃったの?」
「はい、ばっちりしっかりヤっちゃいました」
明るくにこやかにイイお返事のジャネット王女。
フラ、フラフラ、パタリコ……、と真っ白になって倒れるおとーさま。
メイドのアネッサさんが手を叩いて、
「はい、国王がお倒れになりました。医師を呼んで、国王を寝室に。3日もすればもとに戻るでしょうがそれまで安静に。皆さん、緊急事態ですが慌てずしっかりとした対応を」
ワタワタと慌ただしくなる城内。
「ジャネットぉぉぉぉぉ!!」
天も落ちよと吼え叫ぶのは兄王子。
「相手は! 相手はどこの誰だ? ジャネット!」
「兄上、それを知ってどうします?」
「ジャネットを傷物にした奴は殺す! ぶっ殺す! 捕まえてダブルギロチンの刑だ!!」
「ダブルギロチンとは?」
「ジャネットに悪さした亀の首をギロチンで落とす様を見せつけてから、そいつの首をギロチンで落としてやる」
「なかなかに斬新な処刑方ですが、やめて下さい兄上。それに妖精を捕まえるのは無理です」
「それなら霧の森を焼き払って、」
「落ち着いて下さい兄上。我が国は何をするか解らない妖精が住む霧の森を抱えることで、他国への牽制になっております」
「しかし、ジャネットぉ」
「それに余は敬愛する兄上を妖精の呪いで失いたくはありません。自重してください」
「あぁ、ジャネット。己のことよりこのおにいちゃんのことを思ってくれるなんて」
「それに余が尊敬する兄上ならば、妹の恋路を邪魔するなど無粋なことはなさらないでしょう?」
まるで天使のように微笑むジャネット王女。おにーさまは泣きながら。
「その言い方はずるいぞ、ジャネットぉぉぉ。あぁ、俺が血の繋がった兄で無ければ! いや、血の繋がった兄だからこそ逆に!?」
「逆になんでしょう? 父上が倒れた今、兄上が頼りです。父上がもとに戻るまで国王代行ができるのは兄上だけです」
「それはそうだが、ジャネット」
「このジャネットに兄上の頼り甲斐のある頼もしいところを見せてください、兄上」
「うー、ジャネットはずるい。だが可愛い妹の頼みを断る兄など存在しない。この兄に任せろ、ついでにジャネットの結婚話を白紙に戻してやる。ジャネットに結婚なんてまだ早いから」
「素敵です兄上」
国王代行の仕事のために政務に戻るおにーさまを手を振って見送るジャネット王女。
微笑みながら小声で兄王子に聞こえないように、
「アネッサ、兄上に監視を」
「心得ております。暴走しないように配下に見張らせます」
そのあと暫くはジャネット王女もおとなしくしてた。表向きは。
魔法使いや呪い師を呼んで妖精の呪いについて調べたりしてたんだけどね。他には霧の森近くの村の年寄りに、黒のメイド隊が聞き込み調査。
「妖精王、妖精女王クラスの呪いは人の手には負えんか」
結果は芳しく無い。アネッサさんがため息ついて、
「教会が王女が妖精について調べていると知ったようです」
「それで?」
「銀の十字架に祝福された聖水を高値で売ろうとするので追い返しました」
「妖精を悪魔と勘違いしてないか? 効くわけないだろうに」
「それと教会から王子に申請が。結婚税のカタに初夜権以外に差し押さえできるものが欲しいと」
「まったく教会は……、しかし、何故そんなことに? 市井で性の乱れでも?」
「『妖精に処女を奪われた』という新婦が増えているとのこと。これで教会としては初夜権を転売するなどできないため、収入が減ったことが不満なのでしょう」
「それで代わりのものを欲しがる、か。結婚税自体を無くしてしまいたいところなのだが」
――厭きっぽいはずの妖精が同じイタズラを3年も続けているのは、まさか――
考え込むジャネット王女にアネッサさんが頭を下げる。
「それと黒のメイド隊の一部が勝手に霧の森に入っております。申し訳ありません」
「どういうことだ?」
「もともと騎士タームファンクラブですから、黒のメイド隊は。騎士タームの所在を知り、最近のジャネット王女と騎士レヴァンの思い出しニマニマを見た黒のメイド隊の一部が、思いあまって霧の森へ」
「それでは黒のメイド隊の処女がいなくなるのか? その場合、どうやって再び霧の森の泉へ行けばいいのか。純潔の乙女で無ければ辿り着けぬというし」
「それについては、処女では無いものの何度も霧の森に行っている者がおります。娼館を経営しているエレンディラという者ですが、こちらから使いを出し協力を依頼しているところです」
「ではその者に頼れば処女で無くとも何度でもあの泉に行けるということか。しかし、騎士タームを取り戻すには良い方法が見つからん。ならば妖精女王に誠実に頼む以外に手は無い」
――妖精は人の想いをこそ愛で楽しむ、ならば余の想いがどれほど妖精女王を楽しませられるか――
天井を見上げて腕を組んで考えるジャネット王女。メイドのアネッサさんはお茶を淹れながら王女に訊ねる。
「ジャネット王女がそこまで執心する理由が解りませんが」
首を捻るアネッサを見るジャネット王女。
「これは余のワガママだ。それに騎士タームならばきっとアネッサの忌まわしき思い出も上書きして、その男性嫌悪も治してくれるだろう」
「私のことは別によいのですが」
「余とタームの一戦を見て顔を赤くしていたではないか? 少しは期待しているのではないか? アネッサ」
「……えぇ、まぁ、少しだけ」
ついっと顔を逸らして応えるアネッサさん。
「ですが見た目がどうあれ雄犬は所詮雄犬です。女と見れば盛って腰を振るだけのケダモノです」
「騎士タームは別格だ。余がタームを手に入れたならばアネッサにも試させてやる。とりあえず兄上を抑えておくか。アネッサ、この手紙を」
ジャネット王女が騎士ターム奪還を企てている間、騎士タームはひとり静かに湖面に映る自分を見ながら己を見詰め直していた。
騎士とは、男とは、人とは、王女ジャネットの思いとは、女騎士レヴァンとの友情とは、数々の乙女達のその想いとは――
「なんでメイドが、立て続けにー!」
だけど、見詰め直してる暇もない、対メイド無双のレッツパーリィに突入していた。
「ターム様ー」
「タムたーん」
次々に現れる黒のメイド隊。ブラウニーはシャカシャカとスケッチブックにメイドさんの似顔絵を描きながら、
「妖精騎士が黒のメイド隊、第01小隊から第02小隊まで撃破! 第03小隊と現在交戦中!」
木に昇ったアーチンが森を見回して、
「3時の方向から次の部隊が侵入! こちらに向かって来ます!」
妖精女王が森に向かって指示を出す。
「物量で押されては我が妖精騎士とて身がもたん! 各自、メイド部隊を惑わし撹乱し分断せよ! 妖精騎士が各個撃破できる舞台を整えよ!」
「「イエス! アイ、マム!」」
妖精女王はまさかのリアルタイムストラテジーごっこに興奮してた。
「よもやこのような手で攻めてくるとはな! ジャネット王女、侮れぬ小娘よ!」
霧の森はメイドさん達の矯声が途切れずに木霊する。
合間に騎士タームの悲鳴も添えて。




