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11・デンジャラスボウイ


 霧の森から出ようと歩くのは女剣士ラノゥラ。背中にはエレンディラを背負っている。

 たまにふらつくこともあるけど、それでもしっかりと歩いてる。

 背負われたエレンディラはボソリと呟く。


「なんとしても、欲しいわね」

「妖精騎士のことか?」

「彼も欲しいけれど……」


 エレンディラが娼館を経営してるのには訳があった。

 もともと、エレンディラ自身が貧しくて売られた村の娘。天性の素質か才能か、娼婦で稼いでその身の自由を買い戻した。

 貴族や商人に愛人にならないかと誘いは多く来たが、全て断り自分の店を持つことに。


 ――貧乏から子供を売る。そんな子供をみんな助けることなんてできるわけが無い。だけど、少しでもマシなものにするなら、私にだって――


 エレンディラの話を聞いてくれる貴族に頼んでパトロンになってもらい、売られた娘が少しでも良い環境で働けるような娼館を作った。

 いつでも身体を洗って綺麗にできるようにしたり。働く娘たちに食事と衣服で不自由はさせないように。

 そのぶんお金はかかるけれど、いつも綺麗な女がいるってことでエレンディラの娼館は人気が出た。

 これはエレンディラ自身の人生への復讐のようなもんだけど。

 娼館専属の医師を雇ったりとか。

 引退した娼婦を料理人として雇ったりとか。

 娼婦が仕事してたらできちゃう、父親の分からない子供を育てる孤児院みたいな施設も建てた。母親は解ってるから孤児じゃ無いか。

 だけど娼婦の中には仕事でできた子供に愛情を感じられなくて、母親ができない娘さんとかいる。みんながみんなそうでは無いけどね。

 エレンディラには子供ができなかったのは幸運なのか、不幸なのか。

 子供が産まれたならば、ちゃんと育てたい、美味しいものを食べさせたいってのはエレンディラの希望。それがエレンディラのお店で働く娼婦の子でも。


 ――だけど、孕まずの呪いがあれば、うちの娘たちは安心して働ける。妊娠してる間、稼ぐことができなくて困ることも無い。

 病殺しの呪いがあれば、性病に怯えることも無い。

 妖精にしか使えない魔法なのかもしれないけれど、なんとしても、欲しい――


「また、あの泉に行って妖精たちに会わないといけないわね」

「え? また行くのか?」

「森を移動するのにまた護衛を頼みたいけど、いいかしら? ラノゥラ」

「あ、えーと、うん。仕事なら、うん」

 

 というわけでエレンディラとラノゥラの二人組は月イチくらいで霧の森に訪れるようになった。

 リピーターって奴だよな。


「はーい、来たわよー。妖精女王」

「おぉ、来たかよエレンディラ。で?」

「はい、今日の貢ぎ物のお菓子です。王室御用達のお店の新作ですよ」

「ほぉう、これはなかなか。見た目も愛らしい凝った作りよなぁ」


 すっかり仲良くなっていた。まぁ、恥ずかしいところ全部見られて、お尻のホクロの位置も知られたなら取り繕うことも無いのか?

 妖精女王もこのふたりが気に入ったのか、霧の森に来れるようにしちゃったし。

 ボンヤリ見てる騎士タームにエレンディラが、


「妖精騎士、今日はうちの娘をふたり連れてきたからよろしくねー」

「……なんで?」

「娼婦の仕事をしようって女の子にとって、初めての男って大事なのよ。そこで乱暴されて男性恐怖症とかなったら仕事ができないじゃない。うちの従業員のお初を任せられるのは妖精騎士をおいて他にいないわ。優しくしてとびっきり良くしてあげてね」

「私じゃなくてもいいんじゃないのか?」

「ダメよダメダメ。初物を高値で買おうってのは録な男じゃ無いもの。そんなのにうちの娘を売れないわ。それに妖精騎士に抱かれた娘は性病にかかりにくくなるし、人気が出て売れっ子になるし」

「……私っていったいなんなんだろう?」

「妖精騎士でしょ? 散花の妖精でしょ? はい、ふたりともこっちに来てー。このお兄さんがふたりの相手をしてくれるからね」

「「よろしくお願いしまーす」」

「どお? イイ男でしょー」

「わー、綺麗。キラキラしてるー」

「すごーい。ステキー」


 扱いとしては、とびっきり素敵な貫通式の道具なのかね。または病気の予防薬。

 遠い目をした騎士タームにガンコナーが、


「我が友よ、家族のためにその身を売った娘たちに、お前の力で夢と希望を取り戻すのだ。お前のハートの輝きはそのためにある。騎士ならばその勤めを果たす時だ」

「ガンコナー、私は騎士というものがだんだん解らなくなってきた」

「乙女の笑顔を守りたくは無いのか?」

「それは……」

「お前のハートは既に答えを知っている」


 いいこと言った、という顔してガンコナーはプカリとパイプを吹かす。

 エレンディラが続けて、


「街の女たちには嫌われて、バカにされたりするけども、これ以外に生きてく方法が無いのよ。妖精騎士が同情してくれるんならふたりを優しく抱いてやって」


 そんなふうに言われると騎士タームは断れない。改めてふたりに向き直りニッコリ微笑む。


「ようこそ、妖精郷へ。可愛いお嬢さん」


「そっちはどうよ?」


 妖精女王が向く方には、森の中には不釣り合いな大きなベッド。

 豪華な作りでところどころに彫刻で飾られている。

 ベッドの上にはカラフルなクッションがいくつも並ぶ。山羊の毛を詰めてフッカフカだ。

 これで仕上げとフェアリーがベッドの上に花弁を散らす。

 ちなみに妖精達が観戦しやすいように天蓋とカーテンは無い。

 そのベッドの横ではクッションとベッドを作ったグラシュティグとレプラホーンが、いい仕事したぜって笑顔で親指を立てている。

 早速エレンディラがベッドに駆け寄り手で触っていろいろ確かめている。


「このベッドの段差とクッションを使えばあの技が使えるわね。そしてベッドのスプリングを利用したあの秘技も」


 隣でリャナンシーが片眉上げて。


「そーいう道具を使う技は本人の実力では無い気がするけどねー。だけどこのリャナンシーの直弟子を相手にするには、そのくらいハンデが無いとおもしろくないかしら」

「あら、あなたが相手してくれてもいいのよ、リャナンシー?」

「人にしてはなかなかやるようだけど、リャナンシー流に敗北の二字は無いのよ」


 ふたりの勇士が視線の火花をバチバチ散らす。互いの実力を認めあった達人同士、なにやら奇妙なライバル心でも芽生えたようで。


「あ、あの、妖精騎士」


 女剣士ラノゥラが2メートル近い身長の背中を少し丸めて恥ずかしそうに。


「森の中じゃ甘いお菓子とか無いだろ? クッキー持ってきたんだ。あとで一緒に食べないか?」


 騎士タームはこんな霧の森のでたらめな日々に慣れてきた。慣れてきてしまった。

 人ってのは慣れてしまうものだからね。


 ――私は何を求めていたんだろう? このまま人の世界に戻れず、妖精郷で過ごしていくのだろうか。

 妖精達の玩具のまま、恥ずかしい見せ物を続けて。

 いつか妖精女王が飽きて捨てるまで。

 だが、それも悪くないのかもしれない――


 妖精達との暮らしのせいで、人としての常識とか倫理観とかいろいろ壊れてきちゃった騎士ターム。

 呪いのままに乙女を襲うのは変わらないけれど、そのあとに乙女の嬉しそうな顔や満足気な表情を見ると、なんだか嬉しくなってきたり、やりきった満足感とか感じてきたり。

 そんな己の心理に葛藤しつつも、王国の騎士団とはまるで違う環境の中、少しずついろいろ受け入れてきちゃった。

 妖精達と酒盛りするのも楽しくなってきた。

 バカな話でワイワイ騒ぎ、歌って踊って夜明けまで。

 果実ばっかりで肉と魚が無いのは残念だけど、代わりに卵とチーズはあるし。

 これはこれでいいかもしれない。

 なーんて考えるようになってきた。

 だけど、こうなったときにそっとして貰えないってのも騎士タームって男なんだ。



 場面を移して王国の王城。

 そこには、ひとりの騎士が王女に呼ばれて歩いてる。


 ――タームがいなくなって、そろそろ3年、か――


 この騎士が、騎士タームが騎士団時代に唯一の友だった騎士ね。ふたりとも騎士団の中では浮いていたので、そこで気があったっていうのもある。


 ――そのタームの手がかりがやっと見つかったという。本当なのか? 生きているのかターム?


 騎士はひとつの部屋の中、王女の前にひざまづく。


「騎士レヴァン、御前に」

「顔を上げよレヴァン。余とレヴァンの間につまらない儀礼はいらない」

「はい、ジャネット王女」

「レヴァンを呼んだのは騎士タームらしい人物の噂を、余の黒のメイド隊が掴んだから」


 黒のメイド隊ってのは、かつてこの城で騎士タームがいなくなったことで悲嘆に暮れた城仕えのメイド達。


『ならば自分達で騎士タームを探すのだ』


 ジャネット王女の一声で彼女たちは立ち直った。

 様々なところから情報を集めるために活動を始めた。そのついでに諜報活動の訓練とかして。

 今では王国内の貴族の屋敷にメイドとして入り込み、最近では隣国の貴族にまで浸入している。

 メイドとして働きながら各国の貴族の屋敷に潜入し情報収集を行う、ジャネット王女直属の諜報活動部隊、それが黒のメイド隊だ。


「霧の森の奥に、花散らす妖精の騎士が現れるという噂がある。調べたところこれは昔からいる妖精とはどうも違うらしい。その妖精は見目麗しい騎士の姿をしているという」

「花散らす妖精の騎士……」

「見目麗しい騎士と聞いて、余は騎士ターム以外に思い浮かぶ者はいない。タームこそ余の婿に相応しい」

「ジャネット王女、なにかありましたか?」

「父上が余の結婚を画策しているようだ。兄上が教えてくれた。余は騎士タームを婿にすると約束しているのに」

「それ、ジャネット王女が小さい頃に『余はタームのお嫁さんになるー』って言ったやつですか?」

「余は今もそのつもりだが?」


 そしてジャネット王女こそがこの城1番の騎士タームのファンなのな。その一念で諜報部隊組織したりするくらいの。

 ジャネット王女は小首を傾げて。


「しかし、霧の森ならば騎士団が調査したのでは無いのか?」

「ジャネット王女、王国騎士団は森で霧が見えたところで引き返したそうです。調査したのは森の周辺だけ。二重遭難を恐れてのことですが、タームに比べたら腰抜けのヘタレばっかりですから、うちの騎士団」

「タームと比較すればほとんどの男はヘタレよ。タームと比べるのが可哀想ではないのか? ひとりで単眼巨人(サイクロプス)を倒す勇士なのだから。それでは改めて霧の森奥地の調査をしなければ」

「ジャネット王女、その(めい)、このレヴァンに」

「行ってくれるか?」

「はい。タームは我が友。私は王女の護衛が任務で調査に参加できなかったのを悔やんでいます」

「余の護衛以外にもレヴァンには黒のメイド隊の訓練を頼んでしまったし、余のために辛い思いをさせたの。では騎士レヴァンに霧の森奥地の調査を命じる。頼むぞ」

「お任せを」

「ときに騎士レヴァンよ、お主、処女か?」

「はぁ?」


 騎士レヴァン。

 騎士タームの友にして王国騎士団唯一の女騎士だ。

 騎士タームは男の友達はいないけど、女の友達はいたのな。その女騎士が王女の命で霧の森にやって来る。



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