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10・山が呼ぶ、風が呼ぶ


 霧の森の奥、泉の側で素っ裸の男と女がせめぎあう。

 その様を霧の森の妖精達が観戦する。

 いつもは静かな霧の森がまるで小さな闘技場のように盛り上がる。

 エレンディラと騎士タームの戦いは騎士タームがリードしてやや優勢のようだ。

 騎士タームの手が触れる度にエレンディラの身体がピクンと跳ねる。


 それをワイン片手に眺める妖精女王。

「なんか騎士殿の手って凄い気持ち良さそうよのー。あれはお主の技か? リャナンシーよ?」

「一通り仕込んだけれど、あれはいったいなんでしょね?」

 これについては妖精女王もリャナンシーも解らないから俺から説明しようか。


 妖精女王の呪いのせいで騎士タームは乙女に激しく欲情してる。しかし騎士タームは強靭な精神力で暴れそうになる身体を抑えている。

 呪いそのものを止めることができないけれど、乙女に激しくしようとするその身体を意思の力で騎士タームは捩じ伏せているんだ。

 その結果として騎士タームの肉体の中では妖精女王の呪いと騎士タームの意思が争っている状態。

 このふたつの力がぶつかり合い拮抗した結果、騎士タームの指先は細かく震えているのだ。

 この細かく震動する指先が、胸を脇腹を太ももをさあっと撫でると、

「んああっ!」

 人の手では有り得ない刺激と快楽が襲う。

 これぞ妖精女王の呪いと騎士タームの意思の混成高等技術(ミクスハイテクニック)

 妖精騎士の指先、だ。

 ちなみにリャナンシー達が気づかないのは妖精女王の呪い、荒々しき情欲が妖精相手には発動しないからなんだ。


 戦況は騎士ターム有利で進んでいる。なんせ騎士タームが触れる度に未知の刺激に襲われるのだから、エレンディラにはたまったもんじゃ無い。


 ――なにこの指! ヴヴヴヴヴとかいってるし! くぅっ!


 騎士タームがエレンディラの上に馬乗りになる。このまま決着がつくのか、というときにリャナンシーが叫ぶ。

「あれは! ガードポジション!」

「知っておるのか? リャナンシー!」


「……素手格闘において倒れた相手の上に馬乗りになるマウントポジションは、そのまま勝利が決まると言われるほどに有利な体位よ。そのマウントをとろうとする相手を仰向けに寝転んだまま、その両足で相手の胴体を挟み込むのがガードポジション。一見不利な体勢に見えるけれど、下から相手の胴体を挟んだ両足で相手の体勢と重心をコントロールする。ガードポジションとは戦況そのものを支配下に置こうとする熟練者の技よ! これは不味いわね……」


「く……」

 騎士タームの動きが止まる。その胴体はエレンディラの足が巻きついてがっちりと押さえ込まれている。

 妖精騎士の指先を警戒したエレンディラは両手で騎士タームの手首をホールド。

 騎士タームの身動きを完全に封印する。

 エレンディラは余裕を取り戻した笑みで誇る。

「これこそ幾人もの男達を落とした私、エレンディラの必至技! 悦・狼顋抜刀牙!!」

 まさしく、くわえた獲物を逃さない狼の(アギト)! 

 相手の刀を()くための牙!

 騎士タームは胴体とその剣をしっかりと挟み込まれて身動きが取れない。動こうとしてもその姿勢を下からエレンディラにコントロールされて自由にならない。


「く、ううっ!」

 騎士タームの口から苦悶の声が漏れる。


 ――勝った。けっこう危ないところだったけど、私の勝ち。なかなかヤるじゃない妖精騎士。褒めてあげる。


 エレンディラは勝利を確信した。

 しかし妖精女王はその様を見てニヤリと唇の端を上げる。

「緩んだの、女」


 武術の世界に残心という言葉がある。

 戦いの決着をつける一撃の後、これで終わったと思われる相手が死に物狂いで反撃に出ることがある。

 瀕死の身体に残る力の全てを込めて、最後の一閃を。

 故に相手がくずおれるまで警戒を解いてはならない。

 倒れぬ敵に心を残す、戦いの終わりを見定めるまでは、相手の目に光がある内は。

 勝利を感じた慢心の油断にこそ、敗北は音もなく忍び寄るのだから。


 妖精女王は椅子から立ち上がり片手を宙に掲げて笑う。

「うくくくく。我が呪い、回復の泉は相手が満足するまで枯れることなく無限に湧き出る精の泉よ。この妖精女王の呪いを人並みの絶倫と同じと思うたか」


 エレンディラは驚愕する。

「そんな……、果てた剣が、折れない……」

 騎士タームの剣は、前にも増して大きく堅くそこにある。

 勝利の確信に油断したエレンディラの意思(ココロ)と身体はすぐに戦闘状態には戻れない。

 騎士タームはその隙を逃さない。自由になった妖精騎士の指先がエレンディラの両肩を抑える。

「それでは次はこちらから」

「え? ちょっとまって?」

 ニコリと笑う騎士ターム、つられてエレンディラもニッコリ。

「お覚悟を」

 騎士タームの怒涛の反撃が、猛攻の連撃がエレンディラを襲う。

「んあああああああああああ!?」


 人の技の(いただき)を極めた達人。しかし、エレンディラの敗因は妖精女王の呪いでも騎士タームの技術でもなく、ほんのわずかの油断だった。

 勝者、妖精騎士ターム=レィイン!

 決まり手は、回帰する永劫の連撃エターナルチェーンコンボ


 今までに無い白熱した戦いにやんややんやと盛り上がる妖精達。

「ようやった! それでこそ我が騎士!」

「途中ちょっとヒヤッとしたけどねー」

 騎士タームは気絶したエレンディラの額の汗を拭い、そっと立ち上がる。

 そのままクルリと振り向きゆっくりと歩き出す。

 歩を進める先にいるのは。


「あ……、あ、」

 腰が抜けたのかペタリと女の子座りしてる巨体の女剣士ラノゥラ。

 そう、ここにはひとり、処女の乙女がいる。

 エレンディラの護衛の女剣士だ。


 辺りに立ち込めるのは花の香り。騎士タームの身体から放たれる妖精女王の呪い、魅惑の香り。

 その香りの中には騎士タームとエレンディラの汗と雄と雌の匂いが混ざる。

 それに当てられた女剣士ラノゥラは精神抵抗力を削られて、立ち上がる気力が出て来ない。


 ――逃げないと、エレンディラ様を抱えて、早くこの森から逃げないと。


 そう考える頭とは裏腹に、ラノゥラの目は近づく騎士タームの裸身に釘付けだ。


 ――!そうだ、指輪。


 念のためにとエレンディラから渡された銀の指輪。震える右手で左手中指に着けた指輪を抜き取るラノゥラ。


 ――銀の指輪を妖精騎士に捧げれば、無事に森から出られる、はず。この指輪を渡して、この森から出ないと。早くここから逃げないと、次は俺が襲われる。エレンディラ様のように。

 ……エレンディラ様の、ように?


 見ればエレンディラは草の上に横たわっている。上気した頬は薄く赤く、肌は汗ばみ満足そうに目をつぶって。


 ――エレンディラ様のように? 俺が? 銀の指輪を、渡さなければ?


 妖精騎士が近づいてくる。その蒼い目を見たラノゥラの身体は内側からポカポカしてくる。優しい目をした全裸の妖精騎士からもう目が離せない。


 女剣士ラノゥラは子供の頃から身体が大きくて、人並み外れた筋力の持ち主。そのせいで妖精の取り替え子(チェンジリング)とか大鬼(オーガ)の子とか呼ばれてたんだ。

 親に捨てられた孤児のラノゥラは変わり者の剣士に拾われて、そいつのおかげで剣士として身を立てるようになれた。

 そこでも恐れ知らずの大女とか、巨躯の剣士とか呼ばれてね。

 それでずっと処女だった。

 だけど、


 ――この機会を逃したら、俺を抱こうなんて物好きな男は、二度と現れない――


 なんて考えてしまったからますます身動きが取れない。右手の中に握り締めた銀の指輪をコソコソとズボンのポケットに入れてしまうラノゥラ。


 ――俺は、何をしてるんだ? このままじゃ、このままじゃエレンディラ様みたいにされる。されてしまう。エレンディラ様のように、されて、しまう? 俺が?


 何人もの男達を手玉にとってきたはずの娼婦エレンディラが、まるで小娘のように声を上げて妖精騎士にしがみついていた光景を思い出して。

 ラノゥラはゴクリと唾を飲む。

 間近に迫った妖精騎士は膝をついて顔を覗き見てくる。

 恐れ知らずの女剣士と呼ばれたラノゥラが、これまで感じたことの無い恐れと期待に身を竦める。

「あ、あぁ……」

「怖がらないで」

 カタカタと震えるラノゥラはもう逃げられない。

「あぅ、あ……」

 騎士タームの2戦目が始まる。

 いや、ボーナスステージ? エレンディラ戦に比べたら?

 それでも手抜きをしないのが騎士ターム。

 ラノゥラの髪を優しくなでて、小鳥がついばむようなキスをラノゥラの髪に、額に、瞼に、頬に。

 辺りに立ち込める花の香りに、身体の中から沸き上がる熱に、強い酒を飲んだように頭がクラクラするラノゥラ。

 騎士タームは互いの額をくっつけるようにして抱き締めて、

「怖がらないで、力を抜いて私に任せて、可愛いひと」

「……うん」


 ――スミマセン、エレンディラ様――


 怯えるラノゥラに優しく丁寧にしながらも、きっちりしっかりラノゥラが気を失うまで。

 もはや向かうところ敵無し、奇跡の美貌、蠱惑の視線に魅惑の香り、人知を越えた手技、折れぬ聖剣。

 ここに最強の妖精騎士が誕生した。



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