1・帰らずの森
――さて、どこから話そうか、そうだなぁ――
王国の外れ、霧深き森の中、迷いの森の奥、泉のそばの木の根本、そこに騎士がうなだれて座っている。身を包むのは銀の鎧。ただ、ちょっと壊れて片方の肩当てが無い。
「……どうして、こんなことに……」
その男は苦痛に耐えるように眉間に皺を寄せる。悲しげな顔もまた美しい、見目麗しい騎士。
長い金の髪をさらりと流して、蒼い瞳には小さく涙が浮かぶ。
悲壮感漂う姿も、これはこれで保護欲をそそって抱きしめたくなるというか、逆にもうちょっと苛めて泣かせてみたくなるというか、乙女であればなんかしたくなるような美男子じゃね?
その騎士の近く、泉の中から話し声。
「どうして、こんなことにって、わかりきってることじゃない? ねー」
「そうねー、今更、嘆いても。でもこれはこれで絵になるいい男よねー」
「憂い顔もそそるわねー」
近くの泉からにょっと顔を出すのは泉の妖精たち。嘆く騎士の悲哀をうっとりと堪能しがらお喋りをする。
金の髪の騎士は泉の妖精をキッと睨みつけ、
「知らなかったんだ! 彼女が妖精の女王だったなんて!」
泉の妖精は、きゃ、コワーイとか言いながらパシャパシャ水音立てて騎士から離れていく。
「でも女王を怒らせたんだから仕方ないじゃない」
「そして女王に気に入られちゃったんだから、もう諦めなさいって」
「「ねー」」
美しい騎士は両手を固く握り締めて、フルフルと震わせて、
「私は、私は騎士なのだ。王国に忠誠を誓った騎士なのだ」
「頑張るわねー」
「諦め悪いわねー」
これは妖精の女王に呪いをかけられた騎士、ターム=レィインの物語。
後の世にちょいと語られる妖精の騎士。まーいろいろ脚色されたり? 子供に聞かせられないとこカットされたり?
社会の都合と大人の事情で改編改造魔改造されたところの多い物語のひとつ。おもしろおかしく演出されたり、卑猥だからとカットされたり。
そんな妖精騎士の伝説のもとになった素敵男子、ターム=レィインがどんなヤツだったかというと――
王国の外れにある森は霧の森。妖精達の住む迷いの森。
近くの村の猟師も木こりも、妖精に惑わされ帰って来れないと恐れて森の奥には入らない。
何時の頃からか、この森に単眼巨人が住み着いた。
この単眼巨人、どうやら1体のようなんだが実に迷惑極まりない。近くの村の畑を荒らしたり、家畜の牛とか豚を勝手に持って帰っていく。身体はデカクて大食らい。ただの村人には巨人の無銭飲食は止められない。
村の住人は単眼巨人に怯えて、なんとかして欲しい、助けくれ、と国に訴えた。
王様としても領土を荒らされては黙っていられない。
「我が国で最も強き騎士を単眼巨人討伐に向かわせよ!」
と、王命を下したのは良かったけれど、この国で1番強い騎士というのがちょっと訳有りだった。
剣の腕は文句なしで誰よりも強い。強いけど見た目マッチョじゃ無い。ここ大事。その上、姫や令嬢が羨むような長い金の髪をキラキラ翻す美丈夫ときた。
すれ違うだけで女を恋に落とす見目麗しさ。
誰よりも強いけどそれを自慢すること無く謙虚。その上優しい性格。鼻につく貴族とも違って身分をひけらかして偉そうにしたりもしない。これでモテないワケが無い。城では身分を問わず、いつも女性達の噂の的。
おもしろく無いのは男達。同じ騎士団の男達はターム=レィインには剣でも敵わず、顔でも人の良さでも勝てない。挙げ句には親が決めた婚約者なんかも口を開けば『キャー、ターム=レィイン様ステキー!』となるのだから実におもしろくない。
強いわカッコいいわで身分以外では何やっても勝てない完璧騎士。どんだけ神に愛されてんだよこんちくしょうとギリギリ歯噛みしてやっかむのは同じ騎士団の男達。
なんかもういろいろ諦めて、この王国1番の騎士と仲良くやってる友達はひとりだけ。
他の騎士連中はこの単眼巨人退治に日頃の恨みを込めてやることにした。ちょっとばかりモテイケメンを困らせてやれと。
ひがみっぽい隊長が、
「ターム=レィイン。お前の腕を見込んで、単眼巨人の偵察を任せる。タームの報告を待って作戦を立てる」
とか言って、ターム=レィインひとりを単眼巨人にぶつけてやろうとした。みっともない男の嫉妬だね。
「わかりました」
と、あっさり応えてひとりで霧の森へと向かうターム。馬に乗って颯爽と。残された騎士連中の方が呆然だ。
ターム=レィイン、王国1番の騎士と呼ばれるのは伊達じゃ無い。
霧の森で単眼巨人の住みかを探してる内に、当の単眼巨人とばったり出くわした。
「おおおおお!」
「ガアアアア!」
そのまま巨人と一騎討ち。
たったひとりで半日と、単眼巨人と打ち合い、斬り会い、切り結ぶ。巨人がこん棒のように振り回す丸太で鎧の肩当てがひとつ吹き飛び、互いの血溜まりができる激闘の果てに、
「グアアアアアア!!」
ターム=レィイン、たったひとりで単眼巨人を打ち倒してしまった。
ズズーン。
討伐完了。
その一部始終を見てたのが霧の森に住まう妖精女王。
――いやー、もう、すっごかったー。
カッコ良かったー。
キラッキラしてたー。
単眼巨人相手にヒラリヒラリ、シャキーン、ズシャー、ガシッ、キラッ、 ズンバラリ。
そんなん見たらなー、
惚れるじゃろ?
惚れて当然じゃろ?
手元に置いて、愛でて飼いたくなっても仕方ないわいなー。
決めた!
「なので騎士殿、我に仕えてこの森の守護者となっておくれ」
「……あ、あのー」
「あの単眼巨人みたいなデカブツはなー、我の魔法とか効きにくいのよ。血の巡りの悪い頭悪い奴に幻術とか効果薄くてなー、おばか過ぎて話も通じんし、我も困っておったのよー」
「はぁ」
「騎士殿のような強者が護り手となってくれたら、この森も安泰よー。なので騎士殿。我に忠誠を誓い我の騎士になってたもー」
「美しきお嬢様、私は王国の騎士です。王国に剣を捧げると誓った身です」
「なんでじゃー? 怪我を治してやったじゃろー?」
「そのことについては、深く感謝しております。あのまま血を流していれば死んでいたかもしれません」
「なら、我の騎士になってたもー」
「それはできません。騎士の誓いは神聖なもの、私に二心はありません。怪我を治していただいたお礼は致します。ですが、貴女にお仕えすることはできません」
「なんでじゃー? いーじゃろー? なーなー?」
「いえ、こればかりは」
「給金かよ? 待遇かよ? よし家ひとつ建てちゃる! メイドもつける!」
「いえ、そういうことでは無くてですね」
気に入ったものはなんでも欲しがる妖精の女王と、頭の固ーい騎士のお互いの話を聞いてるんだか聞いてないんだか解らないよーな言い合いは延々長々と続いた。
人と妖精でわかり合うのは難しいね。妖精女王は頑固な騎士にイライラしてきた。
「なんでじゃー? 騎士殿は我のものになるのがそんなに嫌かー?」
「私の身はすでに王国のものなのです。貴女のような美しき方に仕えるのは騎士として誉れです。ですが、私はもはや主を決めた身です。諦めてください」
「諦める? 我が? この我が簡単に諦めたりするものかよー! うわあぁぁぁぁぁぁん! 金髪騎士がい、じ、め、るぅーーーー! あーーーーん!」
「あの、泣かないでください。あの、苛めてないですよね?」
「……呪いかけちゃる」
「え?」
こうして騎士、ターム=レィインは妖精女王にドカンと呪いをかけられた。
イタズラ大好きの悪ふざけ大好きな霧の森の妖精達。
人の基準では、うっわそれイタズラの範囲じゃ無いよね? シャレにならないよね? 死ぬよね? という限度を知らない妖精達。その女王が百二十年振りのガン泣きの勢いで呪いをかけた。
「許さんからのー! 我の願いを無下にしおってー! 泣いて謝ってもぜったいぜったい許さんからのー! 闇の鎖に影の衣! ニクルの花弁にユカラの荊! 繋いで縛って惑わせて! あとついでにガンコナーの呪いもオマケじゃー!」
泣いて喚いて怒って切れて呪いをかけた、かけまくった。
これ命に関わるものでは無いが、タームが拘った騎士の誇りというものを徹底的に汚してやろうとする、妖精らしいイタズラ心のこもったとびっきりの呪い。
まー、これが切っ掛けでターム=レィインは後に妖精騎士と呼ばれたりするわけだが。
「……また、泉か」
なんとか霧の森を脱出しようと歩き続ける騎士ターム。しかし森の中で方向を見失い、歩けども歩けども何故か泉のところへと戻ってしまう。
どんなに頑張っても、太陽で方角を確かめても、木に剣でキズをつけて目印にしても、まるで無駄。妖精女王の渾身の呪いが破れるはずも無い。
まっすぐ歩いてるつもりでも、気がつけば泉へと戻っている。何度試してもぐるぐる戻ってしまう。
歩き疲れて少し休もうと泉の水を手ですくい、顔を洗って泉の水をごくごく飲む。
その耳元にいきなり、
「私、さっきそこでオシッコしたのよん?」
ぶふううぅぅぅぅぅっ!?
と、盛大に鼻と口から泉の水を噴射する騎士ターム。
色男台無し。げっほげっほと咳き込む。
それを見てイタズラ成功した泉の妖精はハイタッチ、いえーい、とケラケラ笑う。
妖精女王が『あいつ苛めちゃえー』と言ったものだから妖精達もやりたい放題。
ピクシーが後ろから髪の毛を引っ張る、フェアリーが頭を花弁まみれにする、ドライアドに足首を掴まれる、ノッカーに剣の目釘を盗まれる、アーチンに左手の手甲の留め紐を盗まれる、ブラウニーに水筒に穴を開けられる、と、もういろいろされて、流石の騎士タームもかなり精神的にまいって来た。
妖精も妖精で負けず嫌いの騎士タームが半泣きになって頑張るところに、なんだかゾクゾクしたものを感じて楽しくなってきた。
色男を苛めて泣かすことに、これまで感じたことの無い喜びを覚えはじめた。
「……君たち、ちょっと、ひどくない?」
「いいかげん諦めて女王様のものになればいいのにー」
「それはできない」
「がんこものー」
騎士として女性と小さく弱い者には決して手を上げない騎士ターム。小さな妖精に暴力なんて振るわない。口で文句は言っても手は出さない。
そこがまた妖精達にとっては、これはおもしろい玩具ができたと大人気。
やり過ぎて死んじゃったらつまらないと、食事と休息はしっかりとらせて、長く楽しもうという取り決めができた。
「……君たち、ほんっとに、ひどくない?」
「苺、美味しくない?」
「美味しいよ、これは美味しいんだけどね……」
妖精達からもらった果実を食べながら、騎士タームはこの森から脱出する方法を考える。
この逆境にあっても挫けない精神の強さと、現状を打開するために頭を捻る騎士タームの在り方が、より妖精達を楽しませた。挙げ句に彼に纏わる伝説を作りあげることになるわけだが。
ターム=レィイン、とあるジャンルにおいて並び立つもの無き最強の妖精騎士となってしまうわけなんだが。
しっかし疲労でアンニュイな顔で果物食べながら、フェアリーがその金髪を三つ編みにして花を刺して遊んでても様になるってゆうのはスゴいね。座り込みボンヤリと泉を眺めながら苺を食べて、その頭と肩にはフェアリーが付きまとい。長い金髪でフェアリーが縄跳びしてても、まるで一枚の絵画のように。
このときドライアドが木の影からポーっと頬染めて見てるし、雨が降ってもいないのにグルアガッホも騎士タームを見に来てるし、リャナンシーに至っては誰が最初にモーションかけるかで、ジャンケンポン、あいこでしょっとかやってるし。
乱暴者の単眼巨人もいなくなって平和になった霧の森。久しぶりに迷い人を迎えて賑やか騒がしくなってきた。