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第三話《魔女の館その3》

「えぇッ!? 人、ってか子供じゃないですか!? ど、どういう事ですか!? か、隠し子ッ!?」

 

エルが今日一番の大声を張り上げる。アザミとクオンを交互に指差しながら、似てるだの、似てないだのを喚き立てた。


「阿呆、違わい。自分の子供をこんな薄気味悪い森に置いていくか」アザミはあきれ顔だ。


「私その薄気味悪い森に長い事住んでるんだけど」そこに鋭くザクロが返した。


 ジトッというザクロの目線を交わしながらアザミは続ける。


「話すと長くなるので詳細は省くが――コイツは『ヘンドリック』で見つけたんだ」


「ヘンドリック……」


 戦争孤児か、とエルは思考を巡らせた。


 ――ヘンドリック荒野。《死臭の坩堝(るつぼ)


 今から十五年ほど前、エル達の住まう鋼鐵こうてつの国ウィンダムは南に位置する烈火れっかの国ガヴェリンと熾烈な領土争いに突入していた。


 ウィンダムは《始祖龍の遺骸》の中でも鋼をつかさどる龍『クルルゥス』の遺骸を所有している。


 ――いや、所有しているというと語弊ごへいがある。その遺骸そのものの上にウィンダム、ひいては大陸が成り立っている。それゆえ、この大陸は鉱物資源が豊富で、この国の経済基盤となっていた。上質の鉄鉱石や、

それを加工した武具や魔装具デバイスを他国に輸出し、代わりに生産力に乏しい食料品を輸入している。


 それに対し、ガヴェリンはほむらつかさどる龍『アグニール』の遺骸の上に成立しており、灼熱しゃくねつの大地の上で、人々は生活している。鉱物資源に恵まれず、食物が育つ土地も少ないこの国は、『侵略と征服』によって国家としての基盤を形成している。既に植民地となった国もいくつかあり、二十年前の侵略戦争は、当然ウィンダムの潤沢な鉱物資源を狙っての事だった。

 

 その二つの大国の国境となっているのが、ヘンドリックと呼ばれる荒野である。

 

 この荒野はウィンダム国土であり、東西に延びる山脈と、その峡谷部に作られた要塞《巨狼の下顎》によってガヴェリンと分かたれていた。


 難攻不落と名高い要塞で、過去数度あったガヴェリン側の領土侵攻も、この要塞が全て弾き返していた。


 そのため、侵略戦争と言いつつも、その実三年以上もこの要塞の前後での小競り合いと、小規模な海戦だけで過ぎていった。


 しかし、十三年前のある日、突如として《巨狼の下顎》は陥落。そのままガヴェリンの軍は、ヘンドリック荒野に雪崩れ込んだ。


 それから約半年、ウィンダム―ガヴェリン間の講和条約が、清水の国エドリナの仲立ちによって結ばれるまで、ヘンドリック荒野は屍の絨毯が敷き詰められた地獄と化したと聞く。荒野には、小規模な村もいくつか存在していたが、今は存在していない。


 アザミ教官が、その戦役に龍騎兵第七師団を率いる師団長として参加していた事は知っていた。あの鼻筋を真一文字に切り裂く傷は、その戦役でガヴェリンを率いていた大将の副官と死合った時に付けられたとも噂されている。


 アザミはあまりその話をしたがらず、聞いてものらりくらりと躱されるので詳細は知らないが……。


 ともかく、この少年の年の頃合いとヘンドリックのワードから鑑みて、この少年がその時に運良くアザミ教官に助けられた事は間違いないだろう。


 そしてその子を魔女に預けた……?


「ヘンドリックって事は」エルは腕組みを解いて顔を上げる。


「まぁ、お前は勘がいい子だし、俺も勘がいいから、多分お前の考えで正解。この子はあの戦役で拾った子だ」


「あの戦役にはあたしも参加しててね」


 ザクロも口を開いた。


「たまたま停戦の知らせが届いた直後くらいでね。この子の状況も、現場どころか王都の医学でどうのこうのって状況じゃなかったから、引き取ったの」


 続ける。


「あそこで、あたしは殺し過ぎたから。殺して、殺して。なんか一個ぐらい善行を積みたくなった、そんなところかしらね」

 自嘲気味に口の端を吊り上げながらため息を吐く。エルはその表情から正確な感情を読み取ることが出来なかった。


 今度は少年に尋ねる。


「クオン君――だっけ? 君は知ってたの?」


 やや間があってから、「はい、昔師匠(せんせい)に教えてもらいました」と答えた。


 どうやらアザミが脇に抱えたクオンの頭を締め上げる力を徐々に強くしているらしく、クオンは苦しそうにしている。


「教官、放してあげてください」


「おっと、すまんすまん。ちょっと再会が嬉しくてね」アザミはパッと腕を上げると、クオンは逃れるように席に着いた。


「いたた……。ぼ、僕の方こそ命の恩人に会えて嬉しいですッ!」


 クオンは頭をさすりながらにんまりと答える。どうやら自分の状況をさほど不幸だとは捉えていないらしい。親無しながらもこの魔女が愛情を注いだのか、はたまた魔法で誤魔化しているのかは知らないが、ともかく戦争孤児特有の精神的な悲哀は感じない。いい笑顔で笑う子だとエルは思った。


「それで、貸したってことは、返してもらうってことですよね」


 エルは流れのまま、アザミ、ザクロ両者に投げかける。答えたのはアザミだった。


「そうだよ、そういう約束だった。十三年経ったら俺が引き取るって」


「じゃあ……」クオンの顔から初めて笑顔が消える。そのまま視線をザクロに向けた。


「あんた、いつか大きな街に行きたいって言ってたでしょ?」


「それは、そうですけど……」


「行けばいいよ。別にあたしはあんたをここに縛り付けておく気もないし」


「でも……」


「歯切れが悪いねぇ。なんか心配事でもある訳?」


師匠(せんせい)の――」クオンは言い難そうに指先を弄ぶ。そしてこの場の誰もが予想外の一言を言い放った。


師匠(せんせい)の介護は誰がやるんですか?」


 ブ、とアザミが飲んでいた紅茶を噴出した。そのまま失礼といいながら口元を押さえてはいるが、肩を震わせている。


「もうここ十年くらい、師匠(せんせい)は洗濯は愚か炊事も掃除も何もしてこなかったじゃないですか。酷いときには本を読むのを止めたくないからって、師匠(せんせい)が開けた口に僕が食事をスプーンで運んだこともありましたよね?」


「な、あんた、それ」初めて感情らしい感情を、ザクロは露わにした。そうなると本当に幼い少女のように見えてしまう。


「ご飯を食べた後で二階に上がるのが面倒くさいって言って、すぐに暖炉の前のソファーで寝るし。服だって脱いだら脱ぎっぱなしでその辺に放置するし。それにあんまり人前に出たくないって街への買い出しとかも基本僕でしたよね。一緒に行ってもずっと本屋で立ち読みして、帰りますって言っても帰ろうとしてくれないし。

 結局その本を買って、続きが読みたいって言って歩きながら読んでだら、いつの間にか迷子になったことも――」


 アザミはもう我慢する気も無いのか床を笑い転げている。エルも我慢の限界に達していた。口元を押さえる両の手の隙間から、笑いが漏れている。


「その時に僕が読んでた本に丁度、ボケたお婆さんのお世話をする青年の話があって。嗚呼、僕のやっていることは非常にこれに近しい事だなって思ったんです」


 ザクロはその話を遮るように、バンッ、とテーブルに両掌を叩きつけ、椅子から立ち上がった。


「ふ、ふっざけるんじゃないわよッ!? あ、あたしは魔女なの! 別に今まではあんたが居たから面倒なことはやってもらってただけで、やろうと思えば全部できるわ!」


 その宣言に、クオンは素早く切り返す。


「じゃあ、料理のさしすせそ言ってください」


「……」


「最近町の青果店の定休日変わったの知ってました?」


「……」


「万年筆のインクの替えはどの戸棚にしまってあるでしょうか?」


「……」


「……ほらぁ~」


「せッ、師匠(せんせい)の言うことを聞くのが弟子の――」


「そうやって都合が悪くなると師匠(せんせい)という肩書を振り回すのも心配の種なんです。だって振りかざす相手がいなくなったら寂しくないですか?」


 ギリギリと奥歯を噛み締めるザクロの肩をバシバシと叩きながら、涙目のアザミはお前の負けだな、と嘲笑する。

 

それから、よくもまぁ、立派に育てたものだ、とも。


「いやぁ、今のやり取りで心配事も吹き飛んだよ。俺の想像以上に人間の暮らしに馴染めそうだ。合格」


 並びの良い歯列をむき出しにしながら、クオンに笑いかける。クオンは、アザミとザクロを交互に見ながら、少し困った顔をした。


 エルは笑いを堪えながらも、状況がイマイチ呑み込めていない事に気が付く。


 ヘンドリック戦役で、このクオンという少年は教官と魔女の両名に拾われた。そして、この子の養育をザクロに任せる、15年後に迎えに来るという約束の下。そして、今日がその約束の日なのだろうか? すっかり魔女との、この森との暮らしに慣れ親しんでしまっている少年を、何故、どこに連れていくというのだろうか?


 ザクロにしてもそうだ。少年を手元に置いておきたいという気は微塵も見えず、むしろ突き放すような素振りさえ取っている。彼らは、何かを隠している。核心の部分には未だ靄がかかっているものの、そう確信する。


「教官、横からすいません」


 まるで講義中に質問するようにエルは右手を挙げた。全員の視線がエル一人に集まり、思わず少し仰け反ってしまう。気圧されまいとあえて前傾姿勢を取り直し、アザミ・ザクロ両名に向けて疑問を投げかけた。


「戦争孤児とか、十三年前のやり取りとか、おおよその事は私も何となく理解できたのですが、まだ少し疑問が残ります。その子をどこに連れて行って、どうするおつもりなんですか? 教官との二人暮らしでも始めるんですか?」


「ああ、うん、それなんだけどね」と言いながら、アザミは床に置いた荷物袋の中から一枚の羊皮紙を取り出した。


 クオンが感嘆の声を上げる。エルも目を見開いた。


 ――ウィンダム龍騎士養成学院入学志願書。その羊皮紙のタイトルにはそう記されていた。


 アザミはテーブルに志願書を叩きつけるとクオンを見やる。


「お前、龍騎士にならないか?」

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