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第十九話《胸部装甲を買い替えるし、乙女の威厳も取り戻す》

「いらっしゃ――ああ、君か、それと……」


 エルがフランネル防具店に入った時、二人の人物が話し合っていた。


 一人は、この店の店員。店員はレミィの顔を見咎めると、露骨に嫌な顔をした。エルはそれに気が付くと、何か気に障ることを言ったら私が追い出しますので、と断りを入れる。

 もう一人は、何か大きなものを布で包んだものを抱えた男性だった。この店で防具を購入したのだろうか。それにしても防具にしても形状が縦長だ。むしろ両手剣などの武具であるように見受けられる。


 エルはその男性の顔に見覚えがあったが、直ぐには思い出せなかった。右頬に大きなトライバルの刺青が入っている。龍のうねりのような刺々しいデザインだ。


 しかし、男性はエルに気が付くと、ひどく驚いた顔をする。そして、向こうから話しかけてきた。


「あれ、昨日の龍騎士学院の学生さんですよね?」


 エルは、その言葉と声色で、やっと誰だか理解する。昨日カンメルに入る時に話しかけてきた衛兵だ。昨日はヘルムをしていて、面頬を開いた時の顔の前面しか見えていなかったので、刺青は見えなかったのだろう。昨日の出来事が瞬時にエルの脳内でフラッシュバックする。私を《鬼獣(オーガ)》扱いした無礼者だ、と。


 エルは、何かを言い返そうと考えるが、それよりも先に、衛兵の驚愕の表情に眼がいった。何となく自身のボディラインを舐めるように見られている気がする。二度三度と頭の天辺から、脚の先までを、衛兵の視線が行き来するのを感じていると、唐突に、衛兵が、こちらを指差し、弱弱しい震えた声で呟く。


「お、女……の子……だったんですか?」


 レミィは咄嗟に身構えてしまう。先ほどのやり取りと同じように、この男にもエルの正拳突きが炸裂すると思ったからだ。しかし、数秒しても、一向にエルが動き出す様子はなく、むしろ喜んでいるように見えた。


「そ、そうですよ。私は女なんです。き、昨日男に間違えられた時には、もう、凄く傷ついたんですから」


 エルは、ニヤニヤしながらそんな事を言った。男は頭を何度も下げながら言葉を続ける。


「す、すいませんッ! 昨日は胸部装甲キュイラス外套マントだったので、しかもゲルト海道を子供と二人で歩いてくるなんて、男の方としか……。よく見れば、顔もお可愛いのに、僕の眼がどうかしてました、申し訳ないッ!」


 可愛い、の言葉がエルの脳髄で反芻はんすうされる。レミィがその顔を覗き込むと、歓喜と嗜虐しぎゃく的な欲望が混ざり合ったような、形容しがたい複雑な表情をしていた。


「分かってもらえれば、いいんです。私も、髪が短かったりしますからね。いいんですよ、私は、お可愛いので、ゆ、ゆるす……ふ、フフッ、許します……」


 肩をヒク付かせながら、不器用に対応している。よほど嬉しいらしい。


「ああ、自己紹介忘れてました。僕はクエルドと言います。この街の警護を任されている《カンメル護兵団》に所属してます」


 そう言って男――クエルドは頭を下げた。


「クエルド、もういいかい? その方は俺の客なんだが」


 一連のやり取りを見ていた店員は、クエルドを後ろから押しのけると、彼も自己紹介をした。


「昨日は、その後ろの奴のせいで自己紹介もままならなかったので。俺はボンドと言います。この店の店員兼鍛冶師見習いです。何卒お見知りおきを、エルフリーデ様」


 そう言って大仰に頭を下げた。エルはそれを見て、自分の眼前で両手を振りながら、


「そ、そのような態度は不要です。私の事は、龍騎士学院の学生として扱ってください」


「はは、そう言っていただけると、私も、こういったのに慣れていなくて」


 ボンドも困ったような表情で頭の後ろを掻いた。そのボンドの脇腹を、クエルドは突く。こそこそと耳打ちするが、声が大きいのか、少しだけ内容が漏れ聞こえてくる。どうやら、先ほどのボンドの態度で、エルの身分が高い事を察したのだ。ボンドがチラリとエルを見やると、エルはどうぞ、と言ったように掌を差し向けた。それを見て、再度ボンドがクエルドに耳打ちをする。クエルドの表情が再び驚愕の表情に変わった。


「アッ、エッ、 お、おれ、死んだかもしれないッ!」


 叫びながら右往左往歩き回り、とんだご無礼を、とか、馬に四肢を括り付けられて、とか、焼けた鉄棒を、とか、そんな事を早口に呟く。


「いや、大丈夫ですよ、私はお可愛いので、気にしてないですから」


 エルは、そう言いながら、慣れない余所行き用の笑顔で答えた。


「ああ、何と慈悲深いッ! ありがとうございますッ! ありがとうございますッ!」


 クエルドは、ひざまずき、両の掌を組みながら、何度も祈るようなポーズを取った。


 またエルは歓喜と嗜虐性の色を滲ませた表情をしている。どうやらそういった性癖があるらしいとレミィは思った。



 ◇



「じゃあ、胸部装甲キュイラスの事だけど」


 ボンドが切り出す。


「君の身に付けていた胸部装甲キュイラス、あの後預かりっぱなしだったから、少し調べて見たけど、鋼鉄製で、女性か身に付けるには少々重すぎたんじゃないかな? 製造年代も古くて、今なら安くて、もっと良いものが買えるよ」


 そういいながら、胸部装甲キュイラスや、板金鎧プレイトメイルが陳列してある一角にエルを案内する。


「おススメはこれなんだけどね。カルス山脈北部でしか産出しない特殊な鉄鉱石を使用したクラーク鋼で作られてるんだ。あの辺はクルルゥスの遺骸が地表近くまで来ているから、鉄鉱石自体がその影響を受けているんだよね。流石に始祖龍の龍鱗や爪を使用した《龍性機構兵器(ドラグニカ)》には劣るけど、普通の鋼鉄製の物よりも、重さは五分の一で、強度は二倍だよ」


 そう言いながら、ボンドはそれを手に取ると、エルに投げ渡してくる。


 エルは面食らいながらもそれを受け止めると、そのあまりの軽さに驚きを隠せない。自身の帯びる騎士剣とほぼ同じくらいの重さだった。投げ渡したのも、その軽さを実感させるためのパフォーマンスだったのだろう。拳で軽く叩いてみると、鉄の塊を殴ったというよりも、鐘や鈴を鳴らしたような澄んだ音色が響く。


「いいですね、コレ」


「だろ? もちろん、君の身体に合わせて調節をさせてもらうから、更に動きやすくなるはずだ。どうだい?」


 ボンドは笑顔で胸を張った。しかし、エルは即答しない。無論、良い品だと分かっているからこそ、値段が気になるところだった。凡作の胸部装甲キュイラスでさえ十万レジドを超えることはザラである。今の所持金から言っても、使えるのは先ほどのコカトリスの鶏冠分くらいだ。


「これ、お幾らします? 正直持ち合わせに自信がないんです。急きょ決まった旅路で、そういった用意も十分でなく出発したので……」

 

さらに、先の《首折りの狂亜人(ワイルドハント)》の一件から、本来は一泊程度で済まそうと思っていたカンメル滞在も長引きそうだったので、押さえられる出費は押さえておきたいというのが本音だった。


「えっと、予算はいくらくらいですかね?」ボンドにそう聞かれ、エルは正直に三万レジド以内と答える。ボンドは少し逡巡すると、すぐに顔を上げた。


「うん、じゃあそれでいいよ」


 あまりのあっけらかんとした答えに反応したのは、エルではなく、レミィだった。


「あ、アンタッ! それ、普通に五十万レジドとかする品物ちゃうのん!? クラーク鋼言うたら、一般で流通しとる鋼鉄の中では最上級やんッ! いくら相手がヴァルター家のお嬢様やからって、そこまでびることないんちゃうのん?」


 商売人気質を備えているレミィにとって、この値下げは看過できないものがあった。自分以外の人間が露骨に得をするのが好きではないという歪んだ性格も影響しているのかもしれない。


 ボンドは、レミィの言葉に、もっともだ、と笑いながら応えた。


「これは、親方の遺作の一つでね、最後に作った防具なんだ。その親方の言葉を思い出してさ。『最近の成金冒険者共は、自分で戦いなんかしやしねぇのに、武器武具だけは一等品ばっかり揃えたがる。俺の商品はそういうんじゃねぇんだ。泥臭く、必死に生き残りてぇって、血反吐はきながらも、何かの為に戦わなくちゃいけねぇ、そういう奴にくれてやりたいね』って、いつも言ってたから。《首折りの狂亜人(ワイルドハント)》と戦って、生きて帰ったアンタに着けてもらえれば、親方も喜ぶだろうなって……」


 言いながら、視線を床に落とす。しばし沈黙が訪れた。


 エルは、そのクラーク鋼の胸部装甲キュイラスをボンドの方に差し出すと、ボンドに言った。


「では、遠慮なく、三万レジドで頂きます。私、この後もう一度《首折りの狂亜人(ワイルドハント)》に会う事になると思うので。無論仇討ちなんてしませんけど、出来れば話し合いで解決できればと思っていますけど、それでも剣を交えることになるかもしれません。その時に、やっぱり死にたくないので。そんな理由でいいですか?」


 ボンドは笑う。



「十分さ、お買い上げ、ありがとう」

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