第十八話《雄トメの自己防衛本能》
「はいッ! コカトリスの尾羽二枚、確かに確認いたしましたッ! では、こちらが証明刻印になりますので、お二人とも手の甲を出していただいていいですか?」
二人は、コカトリスを狩ったのちに、依頼の品を納品するために、冒険者ギルドに寄っていた。コカトリスの尾羽をマーガレットの窓口に提出すると、笑顔でスタンプのようなものを持ってきた。インクなどが染みている訳では無いので、魔装具の一種だと考えられる。
二人は言われるがまま手の甲を差し出す。そこにマーガレットはスタンプを押した。一瞬だけ緑の光が放たれたかと思うと、手の甲に文様が描き出される。しかし、すぐに消えた。
「こちら、窓口で登録されている冒険者かどうか確認できる刻印になっております。全国のギルド共通になってますので、これでどこの冒険者ギルドでも依頼を受けることが出来ますよッ!」
先ほどから、別の窓口で依頼契約を結んでいる冒険者が、手を差し出しているのは、この刻印のチェックのためらしかった。
ギルドでは冒険者ごとにランクが付けられており、そのランクまでの依頼しか受けられない。そのランクも、甲に押した刻印で分かるのだという。エルとクオンはその序列の一番下、《駆け出し》のランクからのスタートになる。
「あのついでに、コカトリスの鶏冠って、今、依頼の品になってませんか?」
エルはマーガレットに尋ねる。マーガレットは驚いた表情で、エルに尋ね返した。
「エルさん、オスのコカトリスを討伐されたんですかッ!?」
ええ、まぁ、と返すと、マーガレットは、今回もエルの手を握り締めて言った。
「流石、学院の生徒さんですねッ! 《駆け出し》ランクの冒険者じゃ返り討ちにあってしかるべきな危険な魔獣を倒すなんてッ! オスのコカトリスは、今の序列から二つ上のランクに位置する魔獣ですから、一気に《ベテラン》のランク刻印を押しますね」
そういうと、新しいスタンプを、握りっぱなしのエルの手の甲に押した。今度は赤い光が一瞬走り、すぐ消える。そうして、マーガレットは椅子に座り直すと、カウンターの裏手から依頼の契約書のコピーがまとめられたファイルを取り出す。
「えーっと……、コカトリスの鶏冠、鶏冠……あ、ありますね。街の料亭が依頼を出してますよ」
それを聞いたエルは、自身の荷物袋から、鶏冠を引きずり出して、カウンターに乗せる。びたんっ、と音をたてながら、カウンターの上に跳ねた。通常の鶏とは比べ物にならない大きさと厚みである。人間の赤ん坊程度は優に超える重さだ。表面は粒状に毛羽立っており奇妙に輝いている。そのグロテスクな赤みに、マーガレットは顔を引きつらせる。どうやら想像よりも現物が気持ち悪かったらしい。
「え、えっと……コレ、今納品されます? それとも自分で持っていかれますか?」
「あ、ここで納品して、報酬を頂くことは可能ですか?」
「え、ええ、可能ですよ。でも、この契約書と、鶏冠を一緒に料亭に持って行っても、依頼主から報酬は貰えますから、どちらかというとそちらをおススメするんですけど……」
どうやら、鶏冠に触れたくないらしい。ここに納品すると、どうしてもその保管と管理はマーガレットがやらなくてはならない。他の窓口でも、納品された物品を、皮布で包んだり、ガラス瓶に入れたりして、上から日付や達成者の名前の書いたラベルを貼るのは、その窓口の受付嬢がやっている。この、巨大な煮凝りのような質感を持つ、ブツブツの紅い塊に触れるのは、年頃の娘が嫌がるのは当然だろうか。
しかし、エルはその心中を察するも、この後すぐに、昨日の防具屋で装備を新調するつもりだったので、即金で報酬が欲しかった。
「すいません。やはり、ここで報酬もらえますか?」
マーガレットはしゅんと肩をすくめると、渋々といった様子で、「わかりました……」と呟いた。そうして一度カウンター裏に引っ込むと、すぐに契約書の巻物と、報酬金を持ってきてくれた。
「えーっと、一応欠損部位が無いか確して……」といいながらマーガレットは鶏冠を睨む。欠損の確認の為に裏返したり、顔を近づけてみるのも嫌らしい。エル自身も群集恐怖症の気があるので、表面のブツブツを見ていると気持ち悪くなってくる。マーガレットも同じ気持ちなのだろう。
「……まぁ、大丈夫です。大丈夫ですよね? うん、もう、いいです。では、こちら、契約書ですね。オストリスの鶏冠、欠損無しで三万レジドですね」
三万レジド。中々の額だ。少なくとも《鉄のふわふわ亭》になら十連泊は出来る。それで構いません、とエルが言うと、ギルド印を契約書に押し、更に達成の印を上から押した。
すると、クオンがエルの後ろから顔を出し、マーガレットに話しかける。
「あの、僕たち明日、樹海に行こうと思っているんですけど、何か樹海がらみの依頼はないです?」
確かに、樹海関連の依頼があれば、それをこなしつつ樹海の調査も出来る。金と情報を一挙に手に入れる好機だった。それに気が付くとは、中々視野が広いじゃないか、とエルは感心する。
「樹海……ですか? 今はギルフォード卿から、樹海にあまり近づいてはならないというお達しが出ていますから、こちらも、樹海の深部に入らなければいけない依頼は、受理しないように命令されているんですよねぇ」
マーガレットはそう言いながらも、ファイルを開いてくれる。そして、あるページで捲ることを止める。
「これなんてどうです?」 言いながら、開いたページをエル達に提示した。
《木登り蛙熊の二股舌》/用途:趣味用
そう書いてある。木登り蛙熊とは、熊のように巨大な茶色の蛙で、背中が樹皮のように茶色く深い皺が刻まれている。大樹の側面に、頭を地面に向けてへばり付く、そうして樹に擬態して獲物を待つ。鹿などの中型草食動物がその下を通ると、その強靭な二股舌を伸ばし、獲物に巻き付け、窒息させながら、ゆっくり巻き上げて飲み込んでいくという習性をもつ。そんな奇怪な生き物の舌を、趣味に、どう使うのかは想像したくなかった。
ランクとしては《ベテラン》に位置付けられており、エルなら受けることが出来る。報酬も二万レジドと悪くはない。
「じゃあ、これで受けます」
「では、契約書にサインを」
マーガレットが広げた巻物にエルはサインをする。その後、マーガレットの言う通り、自身の刻印が押された手の甲を巻物に触れさせると、一瞬赤く光り、刻印が残った。
「これで、契約完了になりますッ! 契約書は此方で保管しておきますね」
エルとクオンは頷くと、マーガレットにお礼を言いながら席を立つ。
エルが去り際に一言。
「納品、またここでお願いしますね」
「え、ま、まってッ!」マーガレットが呼び止めるより早く、二人は扉の外に消えた。
マーガレットは、自身の机に乗る鶏冠と、これから乗せられる蛙の舌の事を考えて、溜息を吐いた。次回はちゃんと言おう。ここは登録者窓口なので、次から隣の窓口へお願いしますと。
◇
「じゃあ、これから私は、製鉄特区に行くけど、クオン君はどうする?」
尋ねられて、クオンは意外そうな顔をする。てっきり一緒に行くものだと思っていた。
「いや、直すにしても、買うにしても、多分体に合わせて調整しなきゃいけないから、結構時間喰うと思うんだ。だからその間退屈だと思って。街の外に出なければ、観光してみるのもいいんじゃないかな」
エルとしても、これから王都で暮らす前に、街というものを、自分の視点で見てほしかった。村とはまた違って、第二次産業と三次産業が中心となって経済が回っていく、その一端を学んで欲しと思っていた
クオンは少しだけ腕組みで考えると、すぐに顔を上げて答えた。
「じゃあ、お言葉に甘えて、少し街を見てきてもいいです? 遅くならないように《鉄のふわふわ亭》に戻れば大丈夫ですか?」
「そうだね、夕飯は一緒に食べようよ。あ、あとこれ」
そう言いながら、エルはクオンに五千レジドを渡した。子供の使いにしては大金だ。
「何か気になるものがあったら買ってもいいよ。市場なんかでは値切るのが当たり前だから、その辺の交渉もしてみるといい。後は、なるべく気になったことは全部質問すること。そうやって触れ合う事でしか学べないことも多いからね」
これはアザミからの受け売りだった。学院の寮での生活に馴染めず、また《秋の新星》ということで、周りからも嫌厭されがちだったエルに対しての最初のアドバイスがこれであった。
『お前の個人なんて誰も知らないんだから、知ってほしいなら自分から突っ込んでいけ。そうしたら勝手にお前が周りを知る機会も増える』
学院内で初めて友人が出来たのは、それから数日しての事だった。
「こんなにいいんですか?」
「嵩張るものは買わないでほしいけど、それ以外ならいいよ」
クオンはお礼を言いながら紙幣を受け取る。村で食料品を買い付けることはあったが、個人的な嗜好品などはついぞ購入したことが無かった(そもそもそう言ったものがサイレールの村では売られていなかった)クオンにとって、街での買い物は非常に興奮するイベントだった。
二人は冒険者ギルドの前で別れた。
エルが製鉄特区の門を潜ろうとすると、その前で見覚えがある影が、衛兵に止められていた。昨日は衛兵なんていなかったが、どうやら警備が強化されているらしい。あるいは、あそこで騒ぎ立てている人物が、いらないトラブルを呼んだのかもしれない。
「なんやのんッ! ウチはちぃーっとお買い物をしようとしとるだけやないのッ!」
昨日聞いたばかりのエドリナ訛りが響く。レミィだ。
「最近、王都新聞の記者が迷惑な強行取材を行っていると、特区の商人から苦情が来ていてな。まぁお前の事だよ」
「ウチ、今日だけは記者ちゃうもん。お客様やもん。あんたお客様は神様言う言葉しらんのかい?」
「ウィンダムはエドリナと違って、信仰に厚くないんでな。神様とかは信じてないんだ」
衛兵はそういうと、捨て猫を掴むように、エリィの首根っこを持つと、ポーンと放った。
華麗に着地はしたが、今の扱いに怒り心頭なようで、エリィは地団駄を踏みながらこの世のものとはつかない奇声を上げている。と、丁度エルと目が合った。
「あら、エルちゃんやないの。いややわぁ。こんな恥ずかしいとこ」
言いながら、おほほ、と口元を隠した。
ヤバい。仲間だと思われると、自分も特区入りを制限されるかもしれない。そう思ったエルは、一切無視の早歩きで、その場を通り過ぎようとする。
「な、なんで無視するんッ!?」
急にレミィがエルの外套を引っ掴んだ。
「や、止めてくださいッ! 衛兵に仲間だと思われるッ!」
「仲間やんッ! 友達やんッ! 共犯やんッ!」
「なんのッ!?」
「一緒に殺人事件のホシ上げるって、夕日に誓ったん、あれは嘘かいなッ!」
「貴女と会った時には、もう夜でしたッ!」
レミィがエルの外套を引っ張ると、エルも負けじと引っ張り返す。詰りあいながらのそんなやり取りを察してか、衛兵が近づいてきた。
エルはチャンスとばかりに助けを求める。
「え、衛兵さーんッ! 強姦魔ですッ! 女強姦魔が私の衣服をはぎ取りにくるんですッ!」
「な、何だって――――ッ!!」
衛兵は唸りを上げて突進してきた。レミィは慌てて外套を離すと、エルに向かって叫ぶ。
「あ、アホォッ! 言うに事書いて、その肩書はあかんやろがッ! せめて痴女にして、それならまだ言い訳がッ!」
「お前ッ! 今日は記者ではないというのはそういう意味かッ! 今日だけは一匹のメスとして、その女の子の花びらを散らすというのかッ!」
衛兵も衛兵で、変な方向に思考がヒートアップしている。二人の前まで衛兵が駆けよって二人の間に入る。そうしてレミィに向くと、言った。
「この街の治安を揺るがす淫魔めッ! 罪無き乙女に手を上げるなど言語道断ッ! 見ろ、こんなに怯えてるじゃないかッ! こんなに怯えて……」
言いながら、エルを指差す。が、最後の言葉は頭に浮かんだ疑問でかき消えた。
「き、君は……男か?」
瞬間、無言の鉄拳が、衛兵の鳩尾にめり込んだ。
「え、衛兵さぁあああああんッ!」レミィが反射的に声を上げた。
衛兵の身体がゆっくりと地面に吸い込まれていく。どさりという重たい音が聞こえた時、エルは既に特区の方へ歩みを進めていた。
レミィも慌てて後を追った。
「あれだな、ヘルムの面頬が下りてたから視界が狭かったから、あれだな、あんまりよく見えなかったのかも、ああしかも今日風邪気味だし、なんかいつもより声が低い気がするな。あー、あー、よっしゃ低いわ。いつもよりも二オクターブ低いわ。重病だわコレ、そりゃ男に間違えられるかも知れんな、そうだな視界悪いし、こっちも風邪気味だしな。様々な偶然が重なるとそうなることもやぶさかではないかもな。むしろ良かった。今日で良かった。風邪気味じゃないと、多分殺してたな、うん。調子悪いから、むしろ良かったわ。うん」
物凄い早口で自己保身を唱え続けるエルの肩をレミィが掴む。瞬間、その手を振り払われ、逆に胸倉を掴まれた。
「ちょちょッ! 待ってえなッ!」
「ねぇ、私、男に見える?」
その顔に笑顔は無い。金色の短髪が、鉄工所から噴き出る蒸気でザンバラに乱れる。目つきは鬼神の物だった。
「み、見えへんよぉ~。エルちゃんは可愛らしい女の子やんなぁ~」
レミィの声は、頭のてっぺんからすっぽ抜けたかのように裏返っている。しかしその様子にも気づかずに、エルは急に笑顔になった。
「そ、そうですよねぇ。女ですもんね私」
女は、大の男を失神させる正拳を放たない、とレミィは思ったが、言うのは止めておいた。
「せやで、あの衛兵多分遠視なんや。近づきすぎて顔の造形が分からんかったんよ。ほら、エルちゃん身長はち~ぃっと大きいやん? せやから身長だけで判断されたんよぉ」
「ああ、身長ですか! 盲点だった~。身長でも判断されるのか~。あいたたたた、ちょっと私平均より大きいからなぁ。身長かぁ、そっかそれは仕方ないですねえ~。ああ~、身長なぁ~」
どうやら新たな慰めのワードを発見したことで、かなり平静を取り戻したようだ。
「何か髪飾りでも買うて、付けてみたら、もっと女の子に見えるんちゃう?」
「あんまりそういうチャラついたの、付けたくないんですよね。激しく動くと取れるんで」
もうすっかり、乙女に無頓着のエルに戻っていた。




