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第十五話《亜人と領主その1》

「え、エルさんって……凄い人なんです……?」


 誰にとも知れずに放った質問には、若者が答えた。


「す、凄いなんてもんじゃないよ。この国の陸軍の実質的な最高司令官の娘だ。この国に生きててヴァルター家を敵に回すなんて、正気の沙汰じゃない。正直、新聞記者なんて、小指の先で消し飛ぶかも……」

と言いながら、女をチロリと見る。


「ぺ、ペンは剣よりも強し……なんて言ってる場合やないねぇ。こらアカンわ。すんませんでした。もうこれ以上は、無しや」


 女は素直に頭を下げる。それから、ハンチングを取ると、頭をぐじゃぐじゃと掻き回した。この状況に素直に引き下がる以外の選択肢がないのは分かっているが、諦めきれない、と言った様子だ。


「あーッ! せっかくの特ダネやったのにぃッ! これでまた編集長にドヤされるわぁ。こんな金物臭い街で、一つでもぶっ飛んだ記事書かれへんと、王都に戻ってくんな言われて、もう無理やぁ……」


 そう言ってしゃがみ込んでしまった。そのまま日頃の愚痴をこぼし始める。


「ああ、王都の《神々の舌(ゴッドタン)》の特大苺パフェ食べたいなぁ。あと、こんな仕事着やなく、もっと可愛らしい服も買うて……。なんでや、ウチがなにしたいうんや。あ、何もしとらんからトバされたんか、はは……」


 この人にも事情があるらしい。だからと言って、人権を無視したような取材をしていい訳では無い。それが、この国のメディアの中枢を担う王都新聞の記者とあれば、メディアリテラシーを歪めるような記事を書かせる訳にはいかないだろう。


「まぁ、気を落とさずに、真っ当に取材したらいいんじゃないですか?」

 エルはフォローのつもりで声をかける。何となく、このまま放置するのは寝覚めが悪くなりそうだと思ったからだ。

 すると、先ほどまで落ちていた女は、すくッと立ち上がると振り向いた。そのまま両掌を打ち合わせる。いい考えが思いついた、の表情をしていた。


「せやなぁ、真っ当に取材するわッ! 我が国の英雄クラウス上級大将の娘に密着取材ッ! これやッ! これは当たるでぇッ! な、な? もう心入れ替えるから、最後に、助けると思って、ちょこっとだけお話聞かせてくれへん? なぁ、お父様の経歴に傷付けたくないやろ」先ほどと同じような脅し文句が炸裂した。言いながらにやりと笑う。


「コイツ全然反省してねぇッ!」エルが叫ぶ


「しとるっちゅーねんッ! 偉大なる貴族の令嬢の成長を記録し、国民に届けるのもジャーナリストの義務やねん。そうやって貴族と市民を繋ぐんや。普段何となく偉そーでいけすかん金持ちやと思われている名門貴族が、実は自分たちと同じように泣き、笑い、葛藤し、そういうシーンを切り取って伝えることで親近感が湧くはずやッ! 

 これでお宅らも、『貴族の子供が、平民に混ざって遊んでたら、その子の親が飛んできて、土下座』みたいな悲しい出来事にさよならできるでぇッ!」

 女はそう言って両手を広げた。


「ああもうッ! 話が通じねぇッ! 行くよッ! クオン君」

 エルはそういって店を飛び出したが、女は付いてくる。メモを片手に。


 辺りはすっかり暗くなっていた。製鉄所の方向だけが、炉の灯りでぼんやりと光っている。


「なぁなぁ、ウチ、レミィいうねん。よろしく」


 製鉄特区を抜けても、女はウロチョロとエルとクオンの周りを回ってくる。先ほどの提案を受けるまでついてくるつもりなのだろう。正直その辺の衛兵にでも突き出してやろうと思ったが、こいつに身分を知られた以上騒ぎを起こすのも得策とは思えなかった。


 そんなエルの心中を知ってか知らずか、女――レミィはマイペースに話を続けた。


「お腹空かへん? 二人とも、この街で見かけたことないから、今日来たんやろ? ウチええ店知っとるんや。お姉さんに着いてこーへん?」


「行きません」エルはレミィの申し出を断る。魂胆が見え透いていた。


「そんないけずなこと言わんと、お姉さんが奢ったるで?」レミィが親指と人差し指で丸を作って、エルとクオンに見せる。《(レジド)》を表す符牒ふちょうらしい。


 それに対して、エルはそっけなく返した。


「じゃあ私たち、その間一切口を利きませんが、それでもいいですか?」


「なんでそんなに意地悪言うのん?」


「さっきのやり取りを見て、貴女と楽しく食事が出来そうにないからです」

 レミィはエルの冷たい態度にわざとらしく首をすくめると、指を弾いて音を鳴らした。名案を思い付いた、とでもいうらしい。


「うーん、じゃあこうせえへん? ウチが、この街について知っとる事を教えたるから、君らがそれに見合うと思うだけ、なんかお話してくれたらそれでええわ。それならええんちゃうん? 旅慣れないお嬢様には、この辺りの情報とか入り用やと思うけど、どや?」


「情報……樹海や、《首折りの狂亜人(ワイルドハント)》の事も知ってるんです?」クオンが割って入る。


「なんやボク、亜人デミに興味あるん? もちろん、この街は今亜人(デミ)の脅威に晒されとる訳やし、その手の情報もお手の物やで」そういうと、レミィはウインクをしてみせた。昨日エルが見せたものよりも自然で、やり慣れているようだ。


「エルさん……《垂れ耳》のこととか……」


 確かに、エルとクオンには、この街の情報も、樹海の情報も足りていない。昨日《垂れ耳》に言われた『樹海で、待ってる』も、もしかしたら、自分たちの考えている《SOS》などではなく、もっと狂気を孕んだ意味合いかもしれない。より正確にその意味を推察するには、まずはこの街を取り巻く背景を知らなくてはならないことは分かっていたし、いずれ街の人間に聞き込みを行うつもりでもいた。


 その手間が省けるのであれば、悪い提案でもないのかもしれない。


「……そうだね。でも、面倒なことは話さないよ。それでも良い?」


「言いも何も、ヴァルター家のお嬢様に独占取材を敢行できるだけで、ウチのお給料一ヶ月分支払ってもお釣りがくるわッ!」


「当たり前だけど、私が特定できるような記事は書かないでね」


「まぁ、その辺は上手くやるわぁ。匿名令嬢の旅道中なんて面白そうやんなぁ」


 レミィは、じゃあ、ご飯でも食べながらゆっくり話そ、といいながら、二人の前を率先して歩く。


 ◇


 第一層の東の区画へとやってきた。


「ここが、ウチのおすすめ店やッ! この街でエドリナ料理を食べられる唯一の店やでッ!」


「あー……」エルが唸る。


「ここ……」クオンも看板を見て、声のトーンが下がる。


「え? 何? 知っとるん?」


 《鉄のふわふわ亭》。自分たちが宿泊している宿だった。エルはその旨をレミィに話した。


「えー、そうなん? じゃあもうここでご飯食べてもうてるん?」


「いえ、僕たちは昼間に宿を借りたので、その時はチェックインだけでした」


「へぇ、昼間なら、レキシ―がおる時間やねぇ。会うた?」


 クオンは昼間のやり取りを思い出す。後頭部の柔らかな感触が蘇り、思わず赤面してしまう。あといい匂いがしたなぁとか、そんな事を思い出す。


「あの子、小さい男の子好きやんなぁ。何か悪戯されたんと違う?」

「あ、いやッ、そんなことはッ!」顔の前で腕をぶんぶん振りながら否定するも、その態度から、何か良からぬ事があった事が筒抜けだ。


「まぁ、法に引っかかる事はギリギリせえへんのがレキシ―のプライドらしいから、まぁ安心しとき。いうても、朝起きたら、一緒の布団で裸で寝とるとか、そんなもん違う?」


「十分痴女だと思うんですが」


「まぁまぁ、ご愛嬌の範囲やろ」


「そんな愛嬌はいりませんッ!」

 エルが常識に乗っ取って突っ込んでみるが、レミィは飄々と躱しながら、

「男の子には必要やんなぁ?」とクオンに振った。


「ぼッ、僕はッ、一人で寝れるのでッ!」

 それはちょっと返し方違うぞ、とエルは思ったが、それを正確に説明できなさそうなので、直前で飲み込んだ。


 昼間の飲んだくれの集会場のようだった薄暗い雰囲気とはうって変わって、店内は喧騒と歓声に溢れていた。様々な装備の冒険者たちが、酒を飲みかわし、料理に舌鼓を打っている。それぞれが今日の成果や、情報交換。賭け事に興じている一団もいる。


 その奥で、一人の女性が、あくせくと働いていた。


「おーい、ドロシーちゃぁん。三人入るでぇッ!」


 レミィが、腕を振り上げながら、その女性に声をかけるッ!


「はいッ、どうぞぉッ!」


 女性は、料理を運びながら、此方に振り返る。「ようこそ、《鉄のふわふわ亭》へッ!」


 赤毛の長髪を、シニヨンで纏めた溌剌はつらつとした子だった。レキシ―が月のような、暗闇で映える女性だとしたら、ドロシーは太陽降り注ぐ花畑でこそ美しく映るのではないだろうか。


「奥のテーブル空いてますんで、そちらへどうぞッ! はい、鳥のから揚げと、麦酒ですッ!」

 こちらの応対もしながらも、持っていた料理を、別の客の前に置く。そのまま別テーブルの注文も取り出す。大変そうだ。


 三人はテーブルを囲み、料理を頬張りながら話し出す。


 エルもクオンも、エドリナ料理を食べるのは初めてだった。多様な香辛料を使った、辛い料理が多いらしい。《トーフ》という豆から作った四角いプルプルを、赤くて辛いタレで煮込んだ料理がエルの口にはあった。《マーボ》というらしい。

 クオンは、《ギョーザ》を頬張っている。小麦粉を練った生地を小さく分割したのちに、薄く延ばし、それで挽き肉と野菜のみじん切りを練った種を包み、蒸し焼きにしたものだという。嗅ぎ慣れない匂いの《(ジャン)》という調味料を付けて食べるのが良いとの事だ。


 珍しい料理をひとしきり堪能した後に、レミィが話を振った。


「まずはそっちからでええよ。この街について、亜人について。何でも好きに聞いてきぃ。王都新聞カンメル支部調査報道班のレミィさんになんでも聞いてやってぇな」

 エルとクオンは顔を見合わせると、エルの方から話を切り出す。


「亜人について聞きたい。特に《首折りの狂亜人(ワイルドハント)》と《垂れ耳(ロップイヤー)》の亜人について何か知らないですか?」


「ふんふん。《垂れ耳(ロップイヤー)》は聞いたことないけど、《首折りの狂亜人(ワイルドハント)》なら、網羅しとるでぇッ!」

 レミィは言いながら、メモを開いた。


「《首折りの狂亜人(ワイルドハント)》。最初にニュースになったのは、半年くらい前になるなぁ。カンメルの領主のギルフォード伯っておるやんなぁ。あの方、なぜか偏執的へんしつてきなまでに亜人デミ嫌いでな。領内で亜人デミが事件を起こすと、すぐに議会を通して、私兵を投じて亜人狩りをしとったんや。

 まぁ、悪い事したんは亜人デミの方やから、同情するわけやないけど、ちょっと過剰なくらいやったわ。でな、半年前に、樹海の全面討伐が行われたんや」


 レミィは書き込みの無いメモ帳のページを開くと、そこに『カンメル』と『樹海』と描き込み、それをそれぞれ丸で囲む。そして、樹海の丸の中心に、『村』とだけ書き入れる。


「こんなところに村があるんです?」


亜人デミたちの集落や。樹海のど真ん中に居城を構えとる。」


「《不法居住区(ゲットー)》ですか」


「せや、その全面討伐は、この村を焼き討つっちゅーもんやった。これは新聞にも大々的に載せたから、エルちゃんは知っとるんと違う?」


「ええ、知ってますよ。何でも近隣の村で、子供が何人も亜人デミさらわれて、身代金を要求したとかで、中央政府も軍から討伐隊を編成するはずだったとか」


「そうそう、『はず』で終わったんや。理由は、カンメル領内の兵で何とかする、とギルフォード伯が政府に言ったからや。まぁ政府としても、ワザワザ、防衛費の一部を裂いてまで、王都軍を遠征させんで済むわけやから、それに越したことはないと了承したんよ」


「そこまでは新聞に載ってましたね」


「でもな、おもろいんはここからなんや。ウチらカンメル支部員たちがしらみ潰しに聞き込みをしたんやけど、誘拐された子供の個人名が一向に出てこない。それどころか、亜人デミが誘拐犯やというタレこみがされたという事実すら出てこーへん」


「それって……」


「まぁな、ウチらの憶測やけど、あの誘拐もなんもでっち上げで、亜人の村を焼き打つための口実づくりに過ぎんのやないかって――」


 レミィは、一瞬言葉を区切ると、辺りを見回す。そして声を潜めながら言った。


「ギルフォード伯が、亜人デミを殺すための」


 辺りの音が、一瞬消し飛んだような気がした。


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