第十四話《エルの秘密》
第一層の終わりに、冒険者ギルドはあった。全身鎧に身を包んだ、屈強な男や、その鎧の面積で、何を守るつもりなのかと思わずにはいられない、軽装具を身に付けた女性が吸い込まれるようにその中へ入っていく。
エルとクオンもその中へ入る。左の壁には、大きな掲示板があり、そこに依頼が張り出されている。それをあれでもないこれでもないと、冒険者たちが腕組みで選んでいた。
右手にも掲示板があるが、そちらは依頼を共同で行う仲間を募集するためのものらしい。ギルドが発行した契約書の下にスペースがあり、そこに《弓兵求ム!》とか《《爪》級の魔術を使える魔術師の方は『光るにゃうにゃう亭』の五号室まで》など書かれている。その下には、幾人かの名前と、泊まっている宿や、自身の家の住所が記入されていた。後日その契約書を見て、受注者がスカウトに行くのだろう。
正面は幾つかに仕切られたカウンターで、受付嬢が座っていた。エルは、その一番右端の《冒険者登録》の看板が出されたカウンターに向かう。
「あの、すいません」
「はい、何ですかッ?」元気の良い受付嬢だ。輝くような笑顔で対応してくれる。
「私は旅の者で、路銀を稼ぎたいので冒険者登録をしたいんですが……」
「かしこまりましたッ! 以前どこかで冒険者登録はされておいででしょうか?」
「いえ……私は学院の生徒でして、基本学院内のものしか受けていないので、正式なものは何も……」
「まぁッ!」そういうと受付嬢は立ち上がり、エルの手を取った。
「私の妹も学院に通ってるのッ! 知らない? ヴェルズって言うんだけどッ!」
「うーん……聞き覚えが無いです、申し訳ない。何巡生ですか?」
「えっとね、今三巡のはずよ」
「ああ、一個上になりますね。私二巡なんです」
「そうなのッ! じゃあこれから大変ねッ!」
そう言いながら、受付嬢は上げた腰を再度椅子に下ろす。
「ごめんなさいね、つい嬉しくなっちゃって」
「いえ」エルは苦笑しつつも、構わないといった態度を取った。悪い人ではなさそうだ。
「では、私マーガレットが、冒険者登録のご説明を致しますね」
そういうと、バインダーに挟まれた用紙を机の下から取り出し、カウンターに置いた。
クオンもエルの頭越しに、その用紙に目を落とす。
「ここに氏名と、それから今取っている宿と部屋の番号をお願いします。それと、登録には登録料をお支払いいただくか、試験用に幾つかの物資を納品してもらう必要があります。どちらにしますか?」
そう言いながら、用紙を指差した。
登録料は――うっ、五万レジドだ。
そうか、金に物を言わせて装備を整えたり、仲間を募ったりするタイプの人間用のコースという事なのだろう。金持ちの道楽の一環で冒険者の真似事でもしたい時には、煩わしい手順をすっ飛ばして此方を選択することもあるのかもしれない。
しかし、基本的には、試験用の納品依頼をこなすのが正規なのだろう。エルとクオンは、納品のリストに目を通した。リストには品名と、ご丁寧にも、その用途まで書かれていた。
その一、《コカトリスの尾羽》用途は、石化治癒薬の精製。
その二、《黒牙狼の大牙》用途、魔装具の素材として。
その三、《シロタマゴアカマダラアオジマタケ》用途、食用。珍味として。
「最後のキノコは、結局何色なんです?」
「さぁ……わからん……」
じゃあ、これで、とエルは《コカトリスの尾羽》を指差した。実は、王都近郊の森で何度か捕まえて食べた事があったからだ。味はほぼ鶏肉であるが、その中にもマスタードのような辛みがあって、そこそこ美味しく頂いた。後日、その辛みはコカトリスの体内で生成された毒素に由来するものだと友人に教えてもらった。死後、毒性は弱まるが、あんまり食べない方がいいとも。それ以来は口にしていない。
「この子も一緒でいいですか?」エルは後ろにいるクオンを指差した。
受付嬢――マーガレットは、クオンを見つめると、「問題ないようですが、その場合は尾羽が二枚必要になります」と説明した。
「それで構いません。よろしくお願いします」
「はい、では今から契約書を発行しますから、少々お待ちくださいね」
そういうと、カウンター奥の書類棚から、二枚の巻物を持ってきた。これが契約書なのだろう。そこにギルドの印を押すと、エルとクオン、それぞれに手渡す。
「こちらにサインを。依頼の品と、この契約書を一緒に窓口に持ってきてくだされば、登録完了になりますッ!」
二人は契約書にサインし、冒険者ギルドを後にする。
「これを達成すれば、僕も冒険者なんですねッ!」クオンが嬉しそうに、巻物を太陽に翳した。
「まぁ、秋試験の前哨戦ってことで。登録されても、一番低級だけどね」エルは呑気に返す。
「次は何処に行くんです?」
「鍛冶屋だね。マーガレットさんに場所を聞いたよ。第一層の西の区画の奥だってさ」
「奥……ですか?」
「うん、この街の市壁の外に、たんこぶみたいにはみ出した区画があるらしくて、そこに製鉄と鍛冶関係の設備は全て押し込められているんだって」
「なんでまた、そんなところに? 製鉄の街じゃないんです?」
「火事対策だってさ。製鉄も鍛冶も炎を扱うから、延焼が怖いでしょ? 『パン屋も火を使いますから、もし別区画だったら、買いに行くの面倒ですね。鍛冶屋だけで良かったです』、ってマーガレットさん言ってたよ」
東の方角から煙が上がっている。成程、何で気が付かなかったのか、その煙は紛れもなく、そこに製鉄所があることを示していた。
◇
製鉄特区、それまでの賑やかな街の様子とは違い、皆忙しそうで、寡黙だった。まさに職人の街といった様子である。この区画だけ、霧が出ている。そんな事有り得るのか、と思ったか、すぐに解決した。区画の一番奥の建物群から濛々《もうもう》と煙が上がっている。恐らく、炉を高温にするために蒸気機関を使っているのだ。その蒸気の一部が、ああやって吹き出しているらしい。プシュウ、という空気の抜ける音が上がる度に、煙が吐き出される。
その手前には、幾つもの鍛冶商店が軒を連ねていた。武具店に、防具店。戦馬用鎧専門の店もある。金細工や金属で出来た日用品も、この区画に店を構えている。不思議とどの店にも人気は無かった。
「なんかここ、不気味ですね」
「この蒸気のせいで、薄暗いってのもあるけど、なんか静かだよね。買い物客があんまりいないっていうか、まぁ、そりゃ年がら年中武器と防具が飛ぶように売れる街も嫌だけどさ……」
言いながら、二人は、《フランネル防具店》の看板が吊るしてある建物に入った。
店の中は整然としており、種類ごとに壁掛けにされていたり、素材や品質で棚も分けられていた。その店の奥ぐまった所で椅子に腰かけている若者がいた。
新聞を片手に、つまらなそうな表情で煙草を吸っている。先ほどからしていた煙草の匂いはこの若者が発していたらしい。
若者はエル達に気が付くと、驚いたように口を開けた。拍子に、煙草が口元から零れる。慌ててそれを拾ったが、指先にそれを摘みながら短く逡巡したのちに、灰皿に捨てた。
「ああ、すまんね。客なんてくると思わなかったから」
そういうと、力なく笑った。
「で、何かご入用で?」
「あ、いえ……その、私の胸部装甲を直すか買い替えるかしたくて」
言いながら、エルは胸部装甲を自身の身体から外し、店員に手渡した。
「ありゃ、すごいねこりゃ。依頼でも受けたの?」
胸部装甲は、脇腹の部分が斜め上に押し上げられるように、大きく凹んでいる。
「鉄球か何かが、ぶつかったのコレ。ていうか良くこんなもん身に付けてたね」
「ああ、何かつけてないと落ち着かなくて。でも凹みが思いっきりあばら骨に当たってたから痛かったんですよね……」
「そりゃこんだけ凹んでればねぇ……。で、何があったんだい?」
「サイレールからここに来るまでの道中で《首折りの狂亜人》と思われる亜人に襲われて……」
そこまで言うと、みるみる店員の眼が見開かれる。そしてエルの肩を両手で揺さぶると、
「そ、それは本当かッ!?」と大声を上げる。
「は、はいッ! はっきりとは断定できないですけど、馬車馬の首を片手で捩じ切ってたので、おそらく、そうではないかと――」
それを聞いた若者は、エルの肩から手を放し、ふらふらと椅子まで戻ると、腰を下ろした。
「ど、どうしたんですか?」尋常でない様子に対して、クオンが聞く。
「殺されたんだよ……」
二人同時に、え、という声が上がる。それに呼応するように若者は続けた。
「親方が《首折りの狂亜人》に殺されたんだ。先週。この区画で」
クオンの脳裏に、あの時の情景が浮かぶ。狩りを楽しむような狂乱の亜人。馬の首から滴る血液を美味そうに舐めていた。
「親方だけじゃない。もう何人も、この区画で殺されてる」
だからこの区画は閑散としていたのか。誰もが恐れをなしてこの区画には近寄らないのだ。
「領主様も討伐隊を編成して、《首折りの狂亜人》を討ち取ろうとした。でも駄目だった。領主お抱えの戦士長も重傷で……」
「俺たちの武器だった。俺たちの防具だったんだ。その討伐隊の装備は全部ッ! でも敵わなかった。俺たちにはこれしか能がねえのに、それで人も救えやしねぇ……。親方も……殺されて……」
そういうと両掌で顔を覆った。
「首が無かったんだ。腕の火傷跡で、親方って分かったけど、首が……捥ぎ取られてたんだ……」
クオンが拳を強く握る。エルを見ると、エルの手も固く握られていた。
「なぁ、なんであんた達は生きていられたんだ? そんなに強いのかい?」
顔を手で隠したまま、若者は二人に聞いた。
「私たちも、負けました。殺される寸前で、見逃されたんです。」
「そっか……でも、生きてるだけ、すげぇよ……」
そういうと、指の隙間から大きく息を吐く音がした。
若者は顔を上げる。泣いてはいなかったが、代わりに泣き顔よりも悲しい、弱い笑顔が張り付いていた。
「すまんね、関係の無い話で。まぁ、そのお詫びと言っちゃなんだか、商品、安くするよ。これは直す方がお金かかちゃうと思うし」
そうですか、とエルは言うが、今の話を聞いて、とても買い物を楽しむ気にはなれなかった。今、持ち合わせがないので、また後日買いに来ますと伝え、店を後にしようとしたその時、誰かが店内に入ってきた。
防具を買う――にしては体つきは一般人よりも細く、深緑のハンチングと白のブラウス、それから黒いズボンをサスペンダーで吊った女性。手にはペンとメモを持っている。
「またアンタか」若者は嫌な顔で横を向いた。「もう話すことなんてないよ」
「またまたぁ、そんなこと言うてぇ」女性はしなを作りながら、この国では珍しい、エドリナ国北部の訛りで喋る。
「別にアンタのとこの親方以外でもええんや。この街で起きとる殺人事件で知っとることがあれば聞かせてほしいんや」若者とは対照的に至極明るい表情で言う。
「後は……せやなぁ、次に事件が起こりそうな、めぼしい場所とか……なんか暗がりとか袋小路とかあるんと違う?」
「いい加減にしてくれッ!」若者の怒号が飛ぶ。
女性は、耳を塞ぎながら、キャンッ、と言って飛び跳ねた。馬鹿にしているように見える。そのままペンをくるくると回しながらにやりと笑う。
「別に、教えたくないんやったらそれでもええけど、でも、なんかある事ない事書きたなってまうなぁ」横目で若者を見た。
「ぐっ」
「あんたもこれから、親方の居なくなったギルド立て直さなアカンのと違う? 天下の王都新聞に、あーんな事や、こーんな事書かれたら、そういう訳にもいかななるわなぁ」
そう言いながら、先ほどまで若者が読んでいた新聞を目の端で捉え、「ご購読、ありがとう」と笑顔を作ってみせた。
見かねたエルは、その女の肩を掴むと、此方に振り向かせる。
「ちょっと――」
言うより早く、女が喋り出す。
「あんた、その服、学院の制服やんなぁ。めっちゃかっこええやんッ! なに? 今夏期休暇中なん? この街まで何しにきたのん? そっちのちっちゃいのは弟さん? もしかして、恋人やったりする? うわー学院の風紀乱れとるわー。不純異性交遊禁止せなあかんなぁ」
矢継ぎ早に捲し立てられたエルは、金魚のように口をパクパクさせるだけで二の句が継げない。
「お姉さん。あんまりいい人じゃないんです?」クオンが口を開いた。
「ん? どしたんボク。お姉さん、怖く見えてしもたかなぁ。でもな、こういう仕事やし、ウチも特ダネ見
つけて帰らんと、メシ喰われへんねん。そしたら死んでまうやろ? 堪忍なぁ」
女は飄々と返したが、クオンは表情を変えずに応えた。
「人の嫌がることをして、ご飯食べて、そうやって生きるくらいなら、それはもう人として死んでるんじゃないんです?」
「なッ!」表情が固まった。「なにゆうとるんこの子。ちょっとあんた保護者やったら――」
「エルさんに逃げないでください。今お姉さんは僕とお話してるんです。僕は貴女に聞いてるんです。人を苦しめて、ご飯を食べて、そうやって生きる貴女は何なんだって、聞いてるんです」
ズズ、とクオンの足元に黒い穴が開いたような気がした。その穴から無数の腕が這い出して来る。そうして、女の脚を這い上がり、大腿から脇腹を回り、胸を駆けあがり、首元へ伸びる――。
「な、なんやのこの子ッ!?」
女は慄いて、大きく後ろに跳んだ。
「クオン君、もういいよ」エルは、クオンの肩に手を置く。
瞬間、クオンは我に返ったような顔をして、その後エルの顔を見上げた。
エルは、ごめんね、と声に出さずに言う。ちゃんと私が言うよ、ごめんね、任せて。
「記者だったら何をしてもいいという訳ではないと思います。それ以上の横暴を続けるなら、此方にも考えがあります。」
「な、なんやのあんたまで。あんたみたいな女だか、男だか分からん奴に何が出来るん? 龍騎士学院の学生ゆうても、所詮は子供やん。自分で食い扶持稼いでから啖呵切らんかいッ!」
――カチン。何かの部品がはじけ飛ぶような音を、クオンは確かに聞いた。
「私は――」
言いながら、自分の首元に手をかける。首飾りのチェーンが見えた。普段は胸元にしまい込んでいるために、ク
オンも気が付かなかった。
それを引き上げると、女の眼前に突き出した。
「私は、エルフリーデ=フュルスト=フォン=ヴァルター。ウィンダム陸軍上級大将、クラウス=フュルスト=フォン=ヴァルターの第三公女です」
首飾りのヘッドにはペンダントが付いてた。盾の中に双頭の龍が描かれており、その盾に角の生えた獅子が噛みついている。
「ウソやん……それ、アンタ……ヴァルター家のッ!」女が驚愕の表情で叫ぶ。
「ま、間違いない。ヴァルター家の紋章……」若者が口を開いたまま固まった。
――ヴァルター家。ウィンダム五大貴族の一門。
王都西のウェストレム平野を領地とし、武芸、魔術に優れた者を数多く輩出している。多くの将校を抱えるヴァルター家の中でも、クラウス上級大将の名は高い。ヘンドリック戦役では幾つもの師団を指揮し、劣勢だった戦況を一気に覆したことで『救国の英雄』とたたえる人間も少なくない。
エルは指の先で首飾りをくるくると回しながら、言う。
「まっ、あんまりこういう風に、自分の実力以外の物を振りかざすのは趣味ではないんですけど、クソオヤジの威光も、たまには使わないと錆び付くかと思いまして」
それだけ言うと、紋章を、また胸元にしまった。
「王都新聞。私も学院では愛読してますよ。だから、ね?」
その後の笑顔は、無言の脅迫だった。




