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第十三話《製鉄の街カンメル》

「うわぁあッ!」


 クオンが感嘆かんたんの声を上げる。二人の眼前には製鉄の街『カンメル』があった。


 その構造は、まるで巨大な巻貝。街が渦を巻きながら、中心に向かって徐々に高度を増していく。それ自体が一つの巨大な山岳のようだ。街の外壁は鉄板をいくつも継ぎ合わせ、堅牢に守られており、製鉄が一大産業であることを感じさせた。


 その渦の頂上には、上等な屋敷が見え、エルは、あれがカンメルとその周辺を統治する領主『ギルフォード伯』のものだと説明した。


 この町の入り口は、北側にしかない。これは、南側のエーブリ海から、ガヴェリン軍が海路で進撃してくる可能性を考慮してのものだ。


 しかし不便な面も多い。


 例えば、この町は製鉄の街な訳だが、その資源を全て国内でまかなっている訳ではない。ウィンダムでは、鉄鉱石と石炭の採掘量は多いのだが、石灰石は殆ど採ることが出来ない。大陸が鋼鐵こうてつの龍《クルルゥス》の上に成り立っているために、生物由来の地層に乏しいからだ。そのため、石灰石のみは、清水の国『エドリナ』からの輸入に頼っている。代わりに、この街で作られた鉄鋼や、各種地下資源を輸出している。


 しかし、港は街の南にあるのに対して、街の門は北にあるので、それらを街内に運ぶには、街の円周上をぐるりと回ってこなければならない。他にも、南側だけは、外壁が少し高くなっているので、その真下の箇所は日当たりが悪いなど、幾つかの問題を抱えている。


 だが、それも安心と安全のためと、住民たちも割り切って生活していると聞く。また、領主のギルフォード伯も、名主と名高く、この町の発展と治安は、彼が成したものであると、王都でも評判だ。唯一、亜人デミに対しての取り締まりだけ厳しいとされているが、背後に樹海を構えているのでそれも致し方なし、と言ったところか。


 エル達も、ゲルト海道を来たので、西側からぐるりと回って、北の門にたどり着く。


 巨大な正門は、今は開け放たれており、荷馬車を駆る行商人たちがひっきりなしに出入りしている。数十名の役人が、荷馬車の中を検閲し、その内容と量で税を徴収しているようだった。さらに正門の脇には、この都市の堅牢な守りを体現したかのような鎧を身にまとった衛兵が待機しており、不逞ふていやからに目を光らせていた。


 エル達は行商をする訳ではないので、荷馬車の列には並ばずに、その脇を抜ける。すると、衛兵の一人がこちらに走り寄り、話しかけてきた。携えた斧槍ハルバードと、閉じられた兜がかなり威圧的だったが、その面頬バイザーをパカリと上に開けると、そこから人懐こそうな青年の顔が現れた。


「旅の方ですか?」笑顔を絶やさずに青年が聞く。


「私、王都の龍騎士学院の学生で」そう言いながら、エルは腰の騎士剣を見せた。騎士剣の鞘には学院の意匠が刺繍されているので、これを身分証明の代わりに使う学生は少なくなかった。エルもその一人である。


「うわッ! 凄いですねッ! 僕も十五の春に受けたんですけど、落ちちゃって。秋試験もチャレンジしようとしたんですけど、両親に泣いて止められまして、『死ぬかもしれないんだからッ!』って。おっとすいません、つい余計な話を。兵長にまたどやされちゃう」

 そういってもう一度顔を崩した。そして、エルの脇に居たクオンを視止めた。


「お連れの方は……?」


「ああ、これは私の弟です。この春に学院の試験を受けるので、それまでに王都での生活に慣れてもらおうと思って、故郷から連れて来たんです。まぁ、王都に着いたらみっちり訓練ですけどね。今晩はここで宿を取ろうかと」エルも笑顔で返した。


 無論これは嘘な訳だが、クオンの事を正確に説明すると何かと面倒なので、それで済ませた。クオンもそれを察したのか、急にエルの外套マントの端を掴んだ。弟の演技をしているらしい。


「そうかそうか。じゃあお兄さんのためにも頑張らなきゃねッ! こんなに逞しくて、強そうなお兄さんに訓練してもらえたら、きっと《鬼獣(オーガ)》並みの力が付いちゃうよッ! あっはっは」


 衛兵の一言で、クオンが固まる。恐る恐ると言った形で、側面からエルの顔を覗き込む。


 エルは口の端をヒク付かせながら、入っても? と衛兵に聞いた。内心は穏やかではないようだ。


「ああ、すいません。ようこそ製鉄都市『カンメル』へ」


 衛兵はそういって大仰に両手を広げたが、エルは無視して市内へと進んだ。慌ててクオンが追いかける。


「エルさ――」クオンが話しかけると同時に、エルは口を開いた。


「クオン君。私は思うのだが」声に抑揚がない。


「やっぱり、男に間違われるのは、間違われるような容姿をしているということになるよね。だったら悪いのは私だ。先の衛兵は私の外見で、兄だと判断したわけだから。じゃあその男と判断されたポイントを虱潰しに潰していけば、いずれちゃんと女と判断されるに至るのだろうか。だったらさっきの衛兵に全部聞かなきゃいけないかもしれないね。私のどこを見て男と判断したのか。というか貴様は、人を見かけで判断する才に長ける程眼力があるのか。ていうかそんなチンケな観察眼しかないから学院の試験も落ちるんだとか、そう言ったことをつぶさに聞いてみるのも面白いと思うんだが、どうですかね」


 一気にまくし立てたかと思うと、くるりときびすを返し、門の方向に歩いていく。今のを衛兵にぶつける気だ。


「ちょちょちょッ! エルさんッ!」クオンは外套を引っ張る。


「後生だッ、クオン君ッ! 私には積年の疑問をぶつける権利があるッ! んだよ《鬼獣(オーガ)》ってッ! なめとんのかアイツァッ!」


「エルさん、髪型ですよッ! 髪が短いからですッ! 伸ばせばちゃんと乙女に」


 言いながらも引きずられていくと、丁度先ほどの衛兵が、街の娘に声をかけていた。髪の長さはエルと同じくらいだった。違ったのはその体つき。服に無理やり押し込められている双丘が、はち切れんばかりに衣服を押し上げている。


「美しいお嬢さん。今日はどちらまで?」


「あ、……えっと、父に《残滓管(カートリッジ)》の買い付けを頼まれてるんです。家のかまどが最近不調で」


「そうですかッ! なんていいタイミングなんだ。僕はあそこの店主とは顔なじみなんですよッ! 僕もご一緒しましょうッ! きっと割引間違いなしですよッ!」


「でも、お仕事あるんじゃないんですか?」


「いいんですよ……僕の仕事は街の人を守ること。貴女もこの街の一員。それは僕にとって守るべき、大切なものだという事です。貴女をお守りすることと、正門の警備に貴賎なしッ! どちらも尊い仕事なのです。……いえ、今は、この街よりも、貴女を守りたい……」


 そう言いながら、衛兵は、女の右手を取ると、その甲に口づけをした。


「さぁッ! 行きましょうッ! 明るい未来が僕らを待ってるッ!」


 そういって、女の手を引くと市内に消えていく。


「……髪型です」クオンが呟いた。


「――嘘つけよッ! 顔だろッ!? 体だろッ!? 馬鹿にしやがってよぉぉおおおッ! 次会った時がアイツの命日だッ! 夜道に気を付けろよッ! 《鬼獣(オーガ)》に襲われっかもしれねェからなぁッ!」


 既に聞く者のいないその叫びが、カンメルの門前広場に響いた。


 ◇


 カンメルの市内は独特の構造をしていた。


 先ほど外から見たとおり、渦を巻くように石畳の大通りが、長い坂道を作っている。


 まず正門をくぐると、すぐに門前広場にたどり着く。広場では市が開かれており、青果や装飾品などが、簡易的に作られた商店に広げられていた。


 広場を抜け、大通りが一周するまでを第一層と呼び、ここには個人商店や各種ギルドの工房や経営店。宿屋などが並んでいる。商業と産業に特化した区画となっているようだ。


 次に二周目には、この街に暮らす人々の家々が立ち並んでいた。ここが居住区画となっており、第一層とは幾つかの階段で直接繋がっている。


 三週目は《富裕層(ブルジョワジー)》の居住区画となっていて、二層目よりも大きな屋敷が並んでいる。第一層のギルドの長や、商業で財を成した者がここに暮らしているようだ。


 四週目は、領主の親類にあたるものと、王都から派遣された執政官達が暮らす層となっている。


 そして最後に、その頂点に、領主であるギルフォード伯の館が立っていた。館、というよりは城に近く、その壁は、製鉄の街に相応しく鉄で覆われれていた。


 エル達は、広場を抜け、まずは宿を取ることにした。暫く坂を歩いていると、第一層の東に、宿屋の看板を見つけた。


 《鉄のふわふわ亭》というらしい。


「変わった名前ですね」クオンが看板を見ながら言う。


「ベッドが固いのか柔らかいのか気になるところだね」エルはそう返しながら扉を開いた。


 エントランスには、背の高い円卓がいくつか並んでおり、数名がそこで立ちながら酒を飲んでいた。正面は受付らしいが、右には別のカウンターがあり、その奥に酒が並んだ棚と、グラスを置いた棚がある。受付のカウンターには誰もいなかったが、右のカウンターには人がいる。


 赤い頭巾をかぶった女性だ。エプロンを腰に掛けているが、それ以外の部分の布面積が妙に小さい衣服を着用している。胸元はざっくりと開いており、形の良いものがちらちら見えている。クオンは思わず顔を逸らす。


 前髪で顔の右半分が覆われている。左には、切れ長の目と泣きぼくろが、通った鼻筋の下には、ぽってりとした厚い唇があった。


 そんな人物が、カウンターの奥ではなく、カウンターに直接腰を据えながら、煙管パイプをふかしていた。


「酒? 宿?」少し威圧的な声で、女はそう聞いた。


 女性の一言で、先ほどまで談笑していた酒飲みたちの会話が止まる。視線が一気にエルとクオンに集まった。


「宿をお借りしたい」エルは者物怖じすることなく答える。エルは割とナチュラルに上から目線なところがあり、対人で二の足を踏む事は無かった。が、クオンは、ちょっと怖いな、と思う。あまり異性と接したこともない人生で、知り合いは、ザクロやエルのように気の強い女性ばかりだったので、何となく女は怖い生き物だという思想が形成されかけている節がある。


「ふぅん」女性はにやりと笑うと、カウンターから降りた。


 そのまま二人に近づくと、クオンに手を伸ばす。そして肩口を掴んで引き寄せると、後ろから抱くようにした。


「お代、この子でいいよ。部屋は二階ならどこでも空いてる」酔った客がドッと笑った。


「あわ、あわわわ……」頭の後ろに柔らかいものを感じながら、その衝撃でクオンは身動きできないでいた。代わりにエルが食って掛かる。


「ちょっ、ちょっとッ! その子は私の弟ですッ!」


「ふぅん、似てないね」より一層クオンをきつく抱きしめる。


「お、お金で払いますからッ! その子を離してくださいッ!」


 エルはクオンの腕を引こうとするが、女が身を捩りそれを躱す。


「一泊三千レジド。ご飯は出ないし、連泊なら掃除はそっちがして。それでいい?」


 一泊三千レジドはかなり安い。この規模の都市で一泊しようとしたら七千レジド以上かかるのが普通だと覚悟していたほどだ。その分サービスは悪いようだが、雨風を凌げ、ベッドで寝られるなら十分な程だ。


「そ、それで構いません」


「ふぅん。じゃあ、部屋はアッチね」そういって階段を指差した。


「その子は離して貰えませんか?」


「だって、この子も全然抵抗しないし、いいんじゃない? 私の部屋で寝泊まりしてもいいよ。ベッドもふかふか、食事つき」

 酒に酔った男から、俺も泊めてくれーッと野次が飛ぶ。女はそれに舌を出して返した。


 その間、抱き留められたクオンは心ここにあらずと言った感じで、フワフワとした表情を作っている。これがこの店のふわふわ要素なのかもしれない。


「ちょっとクオンく――クオンッ! 男の子がデレデレ鼻の下を伸ばしてるんじゃないッ!」


 その言葉に我に返ったクオンは、慌てて女の胸元から飛び退いた。そのままエルの外套の後ろに隠れる。

 女は口元を隠すようにくすくすと笑いながら、自己紹介をした。


「私はレキシ―。この宿兼酒場の亭主。よろしくね、坊や」


 それだけ言うと、またカウンターの上に腰を下ろし、煙管パイプを美味そうに吸う。そのやり取りが終わるのを待っていたのか、客たちは女――レキシ―に向かって次々に酒を注文した。レキシ―は、お代だけ渡して自分で持ってて、と動く気配は無い。どうやらこの宿屋は《セルフサービス》が基本らしい。


「行くよ、クオン」エルはそういうと、クオンの手を引いて二階へと向かう。クオンが振り返ると、レキシ―は笑顔で手を振ってくれた。思わず振り返すと、より強い力で引っ張られる。


 エルは二階の角部屋を選んだ。サイレールでもそうだったが、エルは基本角部屋が好きだった。特に東向きに窓があるとなお良い。気持ちよく朝日で目覚めるタイプだからだ。二階は全て相部屋になっているのだろうか、部屋にはベッドが二つあった。


 荷物をベッドの一つに放ると、自分もそこに腰を下ろして、今後の予定をクオンと打ち合わせる。クオンも同じように荷物を置くと、向かい合うようにベッドに腰を下ろした


「まずは《冒険者ギルド》に寄って、冒険者としての登録を済ませよう。で、鍛冶屋に行って胸部装甲(キュイラス)の見積もりを出す。多分これだけで今日は終わりかな。多分冒険者の登録は登録料を取られるか登録用の《依頼(クエスト)》をこなすかのどちらかになるだろうから、金額を見て決めようか」


「エルさん、ギルドってなんです? 森は当然ながら、村にも無かったので……」


「ああ、簡単に言えば、職人同士の相互扶助組合かな。そこに所属していれば、徒弟の育成や、市場の管理、職人側からしたら面倒な仕入れや流通なんかも管理してくれる。その代わり、売り上げの何割かを支払う訳だ。

 でも怪我や病気の時は、それが治るまでギルド側がお金を工面してくれたり、もしそのまま死んでしまっても、家族にはある程度の生活費が出るんだ。まあ、街で商業を営むなら、所属しておいた方が無難かな」


「へえ、冒険者ギルドもそうなんです?」


「ううん。冒険者ギルドはちょっと仕組みが違うんだ。例えば、近くの農村が魔獣に襲われたとする。当然それを解決する義務は領主にあるわけだけど、この国の法律では領主に兵や軍の指揮全権があるわけじゃなくて、ちゃんと市議会を通さなきゃいけない。でも、その間にも、魔獣はどんどん田畑を荒らす。そんな時、代わりに依頼をこなすのが冒険者の役目って訳。


 後はそうだなぁ、《錬金術師(アルケミスト)》が、薬品の生成で危険度の高い魔獣の部位が必要になったり、《薬師(ファーマシスト)》が、森に薬草なんかを摘みに行く時に護衛したり、そういう頼みごとが、《依頼(クエスト)》として集まるんだ。冒険者って言っても色々で、私たちみたいに、腕に覚えのある旅人が路銀ろぎん稼ぎにこなしたり、あるいは稼ぐこと自体を目的として、依頼を受ける人もいる。そんな人と依頼を結びつけるのが、冒険者ギルドなんだ」


 エルは続ける。


「でも、腕の良し悪しが分からない人に、適当に依頼を任せるわけにもいかないでしょ? さっきの話でも、薬師の護衛にぽっと出の旅人を登用したら、クソザコで、二人とも狼に喰われて死にました、とかでは話にならない。だからちゃんと登録には試験が必要だし、受けられる《依頼(クエスト)》も、その冒険者のランクでしっかり区別されているんだ」


「僕も登録できるんです?」


「ああ、年齢制限とかは特にないはずだけど、あからさまに子供は流石に門前払いかな。クオン君は、まぁ大丈夫だと思うよ」


 じゃあ、行こうか。そういうとエルとクオンは宿屋を後にした。

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