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第十二話《世界観を学ぼう『種族編』》

 ――パチン。


 焚火の中で、小枝がぜた。


 ゲルト海道脇の木の陰で、今晩は野宿となった。



 その後、先に目を覚ましたのは、エルではなくヴォルグだった。クオンが人狼が居なくなった旨を伝えると、恩人だとか、救世主だとか、大層な言葉で褒め称えてくれる。


それを制するように、ボロ負けした挙句、情けで見逃されたと意気消沈の表情で話すと、「生きているだけで、儲けもんなんだよ。だってまた儲けられるチャンスは来るんだから。死んじまったら儲けもクソも無いんだよ。おじさんはそう思うね」と笑ってくれた。


 二人で、横転した馬車を起こし、生きている方の馬の、折れてしまった右前脚に添え木をしてあげた。とりあえず、馬車はそのままにして、一度サイレールまで戻るという。


 積み荷の茶葉は、既に乾燥させてあり、日持ちはするとの事で、新しい馬を連れて、またカンメルを目指すと決まった。ヴォルグは、脚の折れた馬を連れていくことになるので、危険だが夜通し歩かないと間に合わないと言いながら、松明を作り、サイレールの方向へと歩いて行った。


 エルが目を覚ました時には、クオンが少量の干し肉と、塩、それから乾燥豆のスープを温めているところだった。クオンは未だ頭の働いていないエルに、スープを注いだ皿を渡しながら、ここまでの顛末てんまつを説明した。


「また、負けたんですね……私……」


 エルの自分規律(ルール)として、『敗北は年三回まで』というものがある。既にクオンに一度負けている上、今回の亜人デミ戦も入れると、既に二回負けている事になるので、もう後が無かった。エルは性格上、敗北の際は、うだうだ悩むことよりも、即再戦を望むようなタイプなので、今回の敗北は、むしろ生きていられたこと(=再戦のチャンスがあること)に喜んでいた。しかし己の力不足も痛感する。やはりまだ、修行が足りない。この旅の中で強くならねばならぬ、と思った。


 逆にクオンは思い悩んでいた。別に今更旅に怖気づいたとか、己の力量不足に悩むとか、そういったものではなく、あの時《垂れ耳(ロップイヤー)》に言われた「樹海で待ってる」の言葉が引っかかっていたのだ。


 クオンは、スープを頬張るエルに質問を投げかける。


「あの、《亜人(デミ)》ってなんなんでしょう」


 エルは、はじめきょとんとした顔をしていたが、スプーンをくわえたまま思案する。そうか、少しでも魔術と関係のあることは全て秘匿ひとくされていたのか。人間以外の種族に関しても満足のいく説明は受けていないのだろう。


「クオン君は亜人デミを見たのは初めて?」


「いえ、『魔女の館』の森で何度か。でも亜人デミたちは魔女を怖がっているので、あまり交流らしい交流はしたことがありません」


 エルは、なるほど、と相槌を打ちながら、近くに落ちている小枝を拾い上げると、焚火たきびの傍に絵を描き始めた。


 三角形の頂点に《魔力(エーテル)》、《氣勁(オド)》、《神性(プネウマ)》、そして中心に、《人間》と書き加えた。


「えっとね、この世界に生きる全てのものは、この三つの要素から成り立ってるのは知ってる?」言いながら、頂点のそれぞれを枝の先で指し示す。


「はい、以前師匠(せんせい)に軽くですが、説明を受けました」


「ふぅん。一般常識レベルは入っている訳ね。んで、この三つの構成比率の違いで、種族が異なってくる」


小枝で《人間》を指す。


「人間は、この三要素がバランスよく均衡を保っていると言われているね。人によって総量は異なるけど、人間である限り、そんなに違いが無い。でもやっぱりそのバランスにはちょっとした差異は存在して、その差が『才能』とか呼ばれるんだろうね。」


 人間は、このバランスがいいから、能力の汎用性が高く、故に今この世界で一番繁栄している種族とも言える、とエルは追加で説明した。


 次にエルは、《魔力(エーテル)》を指す。


「《魔力(エーテル)》が構成比率の半数を占める存在を、魔女と呼ぶ。君の師匠、ザクロさんがそうだね。《魔力(エーテル)》は理性と知性を司るから、必然的に魔術に秀でている事になる。この世界で、始祖龍の遺骸を使用しなくても、七大魔素に関する魔術を使えるのは魔女だけだよ。火や水を、龍の加護かごなく使役できるのは、やっぱり人間には真似できないね」


 クオンは、ザクロがたまに薬草ハーブ園の水やりに、魔術を用いていたことを思い出す。更に、お風呂が冷めた時に、炎の魔術で温めていたことも。あれは相当な能力の無駄遣いだったのでは、と思い至る。


 エルは説明を続ける。


「でも、感情に乏しくて、思考は合理かつ打算的な場合が多いよ。ザクロさんは魔女の中では感情豊かな方に入るんじゃないかな。それでも、人間と比べるとかなり感情が読み取りにくいよね」


「あれ、ずっと眠いからだと思ってました」


「あ、確かにそんな感じだね。年中寝起きの人みたく見えるね。ウチの学院にも魔女の教官がいるから分かるよ」


 続けてエルは枝の先で、《氣勁(オド)》を指した。


「《氣勁(オド)》が構成比率の半数を占めると、亜人になる。《氣勁(オド)》は野性と本能を司り、これが多ければ多い程、身体能力や、自然治癒力に秀でてると言えるね。《首折りの狂亜人(ワイルドハント)》と闘ったクオン君なら理解できるよね。あれもやはり人間では有り得ない」


 確かにそうだ。あの跳躍力や、鉤爪の斬撃、素手で馬の首をぎ取る怪力。どれも人間離れしたものだった。


「その代わり、若干知性が劣る種も多いから、ほんの百年前までは、奴隷として人間に使役されることが多かったみたい。嫌な話だけど、王都の大部分は、その奴隷の亜人デミたちを無理矢理働かせて造られたって聞いたことがあるよ。

 まぁ、今では法律によって権利が認められているけど、ガヴェリンなんかでは、まだ奴隷制度は廃止されてないみたい。正直ウィンダムでも差別的な扱いは無くなっていないけどね」


 亜人への差別。

 ウィンダム政府では度々議題に上がるワードだ。知性の低い種の多い亜人デミたちが人間社会に溶け込む事は、困難とする派閥と、適切な教育環境を与えて、社会へ所属させるべきとする派閥の大論争は、王都の新聞でも良く取り扱われている。


 当然、後者の方が倫理的にも適当だ、と思いきや、その実、亜人デミたちの封鎖的な慣習のせいで話が前に進んでいないのが現状だ。最近では、国内に自治区を作り、そこに亜人デミを押し込めるような政策をとるべきだという主張も増えてきている。


 そもそも全ての亜人デミを同一に扱うこと自体に誤りがあるとエルは思う。


 人間の社会に関わることなく、自然の中での生活を望むものもいれば、人間然とした暮らしを望むものもいるだろう。人間にだって犯罪者はいるし、何も亜人デミだから危険という訳ではない。


 しかし、全ての亜人デミ、いや、生き物を幸福にする社会や法が存在し得ないことも、エルは理解しているつもりだ。


 という旨をクオンにも語ってみせる。


 これから王都に行くのだ。王都にも数は少ないが亜人デミ達は暮らしている。あるいはそう言った差別的な場面に遭遇することも増えるだろう。その時に、自身がどのスタンスで亜人デミに接するのかをしっかり考えてほしいと伝えた。


「教官が良く言うんだ。『自分の反対側にも血の通った奴がいるって考えろ』って。意見が対立している時って、どうしても対立している奴を《同じ生き物》と認識するのがすごく難しいんだって。でもその人にはその人の人生があって、自分と逆の考えに至るに足るだけの経験があったはずなんだ。それをまずは聞いてみるのはどうだっていうんだ」


 クオンはアザミの顔を思い出す。鼻筋を横に裂いた傷が浮かんだ。やっぱりあの人は凄い人なんだ、と思った。


 それから最後、と言いながら、エルは《神性(プネウマ)》を差した。


「これはね、正直説明不要なんだけど、《神性(プネウマ)》が大部分を占める存在を、《神霊(レプシオ)》って呼ぶんだ。けど、こいつは理論上の存在で、いるんじゃないかなぁーって言われてるだけなんだ。《神性(プネウマ)》自体がまだまだ発展途上の概念で、存在自体は確認されてて、魂を構成している要素の一つってことは分かってるんだけど、何を司ってるのかよく分からないらしい。今は一応《運》とか《運命》っていう学者が多いみたいね」


 あとは《魔力(エーテル)》と《氣勁(オド)》だけしか持たないものを魔獣と呼ぶとか、動物は《氣勁(オド)》以外が極端に低いとか、エルは矢継やつぎばやに説明した。正直この辺はエルもしっかりと学習を積んだわけではないので、クオンにそれを悟られぬうちに、サックリ済ませたかったのが本音だ。


「エルさん」クオンが右手を上げる。エルはぎくりと肩を跳ねると、ぎこちなく笑う。


「なにかな?」あんまり高尚な質問はしてくんな、というオーラを放ったつもりだ。


 しかし、そんなエルの考えも意に介さず、クオンは質問した。


「《龍》はどうなんです?」


 なるほど、それは説明していなかった。


「龍もね、人間と同じ。この三つのバランスが均等になってる」


「え、そうなんです?」クオンが、意外、という風に声を上げた。


 エルはそれを予測していたのか、少し大げさな語り口で言葉をつづけた。


「でも、人間とは、その総量が桁違いだ。人間の数千倍から数万倍の力を持っている、と言われている。だから私たちは言うんだ。龍は人間の上位種ってね」


 ゴクリ、とクオンが喉を鳴らした。言葉だけ知っていたのとは重みが違う。


 アザミと契約した龍、《ノワルクイン》の姿を思い出す。咆哮一つで、森の地形を変えてしまうような規格外の力を持つ生物。


 クオンの胸が熱くなる。自分もあんな龍と仲良くなれるのだろうか。


「エルさんッ! 早く王都に行きましょうねッ!」クオンは、スープを頬張るエルに、グイッと顔を近づける。エルは口からスプーンを離すと、その裏でクオンの額を小突いた。


「その前に、まずは『カンメル』ッ! 正直、その《垂れ耳(ロップイヤー)》だっけ? その子の言葉も気になるし、私の胸部装甲(キュイラス)も直しておきたいから、数日は滞在することになると思うよ」


「……そうですね」


 確かにクオンも、あの『樹海で、待ってる』は気になっていた。《垂れ耳(ロップイヤー)》は助けを求めている、そう感じた。アザミの言葉がリフレインする。『面倒ごとには首を突っ込め、弱者は救え』。困っているなら助けてあげたい。義侠心ぎきょうしんなどではなく、心からそう感じている。


 成すべき力で、成すべきことを成せ。


 エルもクオンも、アザミのその言葉に従って、『面倒事』に関わることは既に覚悟していた。故に、カンメルに宿をとり、樹海に行ってみるつもりであった。


 しかし、


「お金、足ります?」


「うーん……」


 エルは頭の中で、所持金と滞在期間、それから胸部装甲キュイラスの修理費を計算する。これから何があるか分からない旅の序盤で無駄遣いは厳禁だ。節約できるなら越したことはないのだが、だからと言って数日カンメルの外で野宿というもの困りものだ。


 いや、エル自身はそれでも最悪何とかなるのだか、育ち盛りの子供に野草を喰わせるのには良心が咎めた。

別に、「野草と干し肉(ジャーキー)は美味いんだぞぅッ!」と、にっこにこの笑顔でごり押ししても良いのだが、せっかくの機会なのだがら、ここでクオンに『都市』というものを学習させたかった。


 そうなると金銭的な余裕はあまり無い。ここはアレに頼るしかなさそうだ。


「お金は、自分たちで稼ごう」エルは言う。


「どうやってですか?」


 その言葉に、エルは笑顔で返した。



「行こうか《冒険者ギルド》」

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