第十話《魔術を学ぼう『魔装具編』》
――ガタタン。ゴトトン
馬車の車輪の精度の問題なのか、はたまた荒れた海道のせいなのか、やけに揺れる。
エルとクオンは、積み荷である茶葉のつまった樽に腰かけながら、幌の隙間から覗く風景を眺めていた。
左手には、のどかな田園風景が広がり、麦の穂が夏の風に揺れている。その奥にはカルス山脈の連なりが見える。右手は、草原や林が交互に繰り返されていて、その切れ間からエーブリ海が、陽光を反射して煌めいていた。
出発から四時間ほど経過し、太陽の南中高度からいうと丁度正午くらいだろうか。
今の地点は、茶葉の街『サイレール』から、製鉄の街『カンメル』までの道程の五分の一くらいに位置するはずだ。今エル達が座っている茶葉をカンメルに卸し、代わりに幾許かの金銭と、各種地金を受け取り、再度サイレールに戻る。荷馬車の御者も兼ねる行商人は、そう教えてくれた。
エルは先ほどから、しきりに何かを触っている。その棒のようなものの側面をスライドさせると中に空間が現れ、そこに何かを入れたり出したりしては、首を捻っている。
「なんです? それ」クオンが尋ねる。
「あー、行きがけにザクロさんにもらったんだ。初心者用の《魔装具》」
そう言いながら、エルはクオンに《魔装具》の説明を始めた。
「えっと、昨日は《魔導符》の説明をしたよね」
「はい、覚えてます。意味を理解したうえで、魔力を放出しながら、符に術式を描くと、魔術が使えるんですよね?」
「まぁ、大体はそんな感じ」
でも、とエルは続けた。
「使える魔術は、かなり限定されていて、《七大魔素》に関連したものは発動できないんだ」
「《七大魔素》ってなんです?」
「あー……っと。超簡単に言えば、始祖龍が司ってる魔力の事だね。火を出したり、水を出したりは《魔導符》では出来ない訳」
クオンは何処からかメモを取り出し、そこに《始祖龍》と《七大魔素》を書き加え、線でつないだ。
「昨日クオン君に使った《停止》、物の動きを加速させる《疾駆》、物理的な衝撃を緩和する《防護》。こんな感じのは魔力さえ使えれば、一般人でも《魔導符》を作れる。実際、建設現場なんかでは、《疾駆》と《防護》はかなり有益らしいからね」
そこまで言うと、エルは先ほどまで手中で弄んでいた棒と、幾つかの部品をクオンの眼前に持ってきた。
「でも七大魔素を使役するには、魔力だけでは不十分。というか、高尚過ぎて人間には扱いきれないって感じかな。そこで、その制御に使うのが、この《魔装具》」
一つずつ手に取って、解説を始める。
「まずはこの棒。これがそのまま《魔装具》って呼ばれている部分。中に空洞があって、幾らかの術式が描かれてる。これは杖型って呼ばれてて、一番単純で、扱いやすいよ」
成程、見た目も単純だ。材質は黒檀なのだろうか、黒くて艶があった。表面に溝が走っており、何らかの意匠を彫り込んであるものだと分かる。持ち手の部分はスライドさせて開けることが可能で、中には、昨日《魔導符》に描き込んだ図形と近いものが並んでいた。空洞の反対側には、直径が指二本分程度の輪が付いており、その中心に向かって突起が伸びていた。
「で、次に《残滓管》と《魔晶管》ね」
エルは、二つのガラスの円筒を掌で転がす。《残滓管》と呼ばれた方には、紅く光る粒子が踊り、淡く輝いていた。《魔晶管》には、水晶のようなものが入っており、紫色の光を放っている。クオンはどちらからも強い魔力を感じた。
「《残滓管》には、始祖龍の遺骸の一部が詰め込まれてるんだ。これは《龍鱗》級と言って、鱗を砕いて粉状にしたものだね。他にも《牙》級とか《爪》級とか、上位のものが存在するんだけど、私は魔術の試験を受けてないから、学院生が扱える中でも一番低級の《龍鱗》級しか扱えないんだ。それ以外は所持だけでも違法になって即退学だね」
みてもいいです? とクオンが聞くと、エルはどうぞと《残滓管》を差し出した。
陽の光に翳すと、中の粉塵の煌めきがより顕著に分かる。焔が実体を持ち、結晶化したようだ。しかし管自体は不思議と冷たかった。恐らくこの管自体も、ただのガラスではないのだろう。
「で、次に《魔晶管》ね。これは術式の発動を補助してくれるもので、この石の魔力を溜め込む性質を利用しているんだ。術式は発動の瞬間に一番魔力を使用するから、それをこの《魔晶管》が肩代わりしてくれるって訳。その後は維持が必要な術式の場合は、自身の魔力放出に対象が切り替わる。この輪っかの中にある引き金を引けば、面倒な詠唱無しで魔術が発動できる」
そして最後に、とエルは先ほどの管よりも二回りほど大きいガラス管を取り出してみせた。まだ説明は続くらしい。しかしクオンにとっては新鮮で興味深い話だったので、続きが早く聞きたい、といった風に前傾姿勢になっている。
「これは《術式管》。この上の蓋が外れるから、その中に《魔導符》を詰めて、おしまい。入る限り何枚でも入れていいけど、発動の時にちょっとだけ魔力放出に指向性が必要になるから、初心者はあまり種類を入れない方がいいって言ってたっけ」
そう言いながら、エルは二枚の《魔導符》を袋から取り出すと、くるくると巻いてからその端をぺろりと舐めて、封をした。それを《術式管》に入れると、先ほどの二つと合わせて、《魔装具》」に挿入した。スライド部分をカチリと填めると、これでおしまい、と息を吐いた。
「あーめんどくさッ」エルはそう言いながら荷馬車の天井に顔を向けた。
「魔装具は、魔術が苦手な奴ら用の補助器具みたいなもので、本当は《魔晶管》も《術式管》も無しで、魔術が使える奴もいる。そういうやつを魔導師とか魔術師なんて呼ぶ訳だね。でも私には無理。まず術式の暗唱が全くできねー」
クオンからすると、この簡素な手順で魔術が扱えるなんて凄いッ! というものでも、エルにとっては酷く煩雑で億劫な作業に感じるらしい。この堪え性のなさが、エルを魔術に向かわせない原因の一端であることは間違いなかった。
「これで魔術が出るんです?」
いつの間にか魔装具を手にしてたクオンが、カチリ、とトリガーを引く。
「ワーッ!!」それに気づいたエルが、慌てて魔装具を引っ手繰ると後ろ手に隠した。
「こんなとこで魔術ぶっ放したら死ぬってッ! あっぶなッ!」
「でも出なかったですよ? どうしてです?」
「原理は昨日の《魔導符》と一緒。クオン君が《術式管》の中の《魔導符》の意味を理解してないから発動しないの」
ていうか、学院生でもないのに、無資格で魔装具使ったら違法なんだからッ! とエルはクオンに言い聞かせる。クオンは面白くなさそうに、分かりました、と首をすくめた。
しかしこれで、クオンにもう一つ目標が出来た。学院生になって魔装具を使用する。
うん、楽しみだ、とクオンは笑った。
だが、準備したのだから、術式の発動を拝みたいという気持ちも湧いてきた。
「せっかくですから、発動したところ見たいです」
「えー……」エルは幾らか逡巡した後、御者に声をかけた。
「すいませーん。今からちょっと馬車の後ろで火の手が上がるんですけど気にしないでください」
車輪の奏でる音が大きいので、御者のおじさん――名前はヴォルグさんというらしい――は聞こえているのか、いないのか、とりあえずと言った感じで生返事を返す。
エルは幌馬車の骨組みに手をかけて、上半身だけを幌の外に伸ばした。横から吹き付ける海風が、エルの和毛を散らす。
「行きますよ」言いながら、エルは引き金を引いた。
すると、杖の先に紅い光が術式を描き始めた。無論クオンには読めないが、ワクワクするものを感じている。術式が中空に全て書き出されると、更に術式の前に、小さな火種が出現した。人間の拳大の焔の玉で、揺らめきながら漂い続けている。
「ここまでは《魔晶管》が発動の魔力を代替してくれています。この後に、自身の魔力で、その火力を調整する……んですけどッ……」
エルの声が、途切れる。その代りに先ほどの火球が、鼓動を始めたかのように、大きくなったり小さくなったりし出した。急激に巨大化したと思えば、スリングショット用の銀玉レベルにまで小さくなる時もある。エル本人はその調整に難儀しているのか、額から汗が滲んでいた。
「めんどくせッ! もう放ちますッ!」言うや否や、エルは術式の名称を叫んだ。
「《焔弾》ッ!」
タイミングは最悪だった。
今まで調整した中でも、火球が最大級に大きくなった瞬間。
轟、という音と共に、焔の塊が射出される。速度はクロスボウにやや劣る程度だが、あまりにも巨大だった。それが数百メートル先の地面に着弾する、と同時に、海道の道幅いっぱいに火柱が上がった。それ自体回転しながら、迸った火炎を吸収するように巻き上げていく。遅れて、爆音が響いた。
その音に驚いた馬車馬が、大声で嘶く。
「ちょっとぉッ! 何してんのあんたはッ!」慌てて振り返ったヴォルグさんが、既に遠く離れた位置で、いまなお天高く渦を巻く火柱を見ながら憤りの声を上げた。
「す、っすいま、ご、ごめ、ごごごごめ、すま、すますん」
エルの目線があちらこちらに飛んでいく。いわゆる『キョドってる』と呼ばれる状況だ。
代わりにクオンが何度も頭を下げた。
魔術って怖い。改めてそう感じた二人であった。




