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2・召還前のクラスでの一コマ

本日2回目の更新になります

「早坂君。どうしたの? 具合でも悪いの?」


 目の前には美少女。

 しかし反比例して、クラスの雰囲気は一気に殺気立つ。今まで眼中になかった存在が一気に『抹殺対象』として認識されたかのような視線だ。


 みんなが俺——早坂翔はやさか かける——に殺気を向けるのは無理もない。

 今、俺に話しかけている人物はクラス一の美少女でありアイドル。

 読ヶ原琴音よみがはら ことねさんだからだ。


「いや……別に具合なんて悪くないけど」


「嘘だ!」


 ちなみにこの時の「嘘だ!」は症候群に発症されていそうな言い方じゃなく、人差し指を俺の額にちょこんと当ててからの可愛い言い方。

 その後、読ヶ原さんは悲しそうな顔になって、


「だって早坂君……さっきから、ずーっと机に座って本を読んでるよね? 具合が悪いから活字を摂取して治そうとしているんだよね?」


「俺は本の虫か」


 そんなわけない……。


 今——クラスは一週間後の文化祭に控えて、教室で準備をしていた。

 何やらたこ焼き屋を出店するらしいが、スクールカーストにおいて底辺を彷徨う俺には関係のない話だ。

 とは言っても帰る度胸もなく、ただみんながワイワイと楽しそうに準備している輪から外れて、端っこでマンガを読んでいただけだ。


「読ヶ原さん。俺の体調は大丈夫だから……えーっと、読ヶ原さんは準備に戻った方が良いんじゃないかな?」


「どうして?」


 読ヶ原さんが首を傾げる。


「どうして……って」


 こうやって言葉を交わしているだけでも教室内のヘイトが溜まっていく。

 無理もない話であった。

 クラスの陰キャ……で通っている俺に美少女の読ヶ原さんが話し掛けている。

 クラスメイトの中にはそんな読ヶ原さんに恋心を抱いているヤツもいるだろう。

 それに陰キャである俺に対して、今回だけではなく何故か読ヶ原さんはよく話しかけてくる。


 嫉妬……妬み……この二つは同じか。自分の語彙力のなさに呆れる。

 そんなヘイトがパンパンに腫れていき、いつか爆発するだろう——。


「早坂君。体調が悪くないなら、手伝うべきなんじゃないかな?」


 ほら——早速、爆発した。

 ずんずん、と音を立てて近付いてきた男は中丸飛鳥なかまる あすか

 このクラスの学級委員長をしている。


「んや……」


「折角、読ヶ原さんがこう言ってくれているんだ。それなのに君は座ったまま……せめて立った方が良いんじゃないか?」


 読ヶ原さんは俺の上司か何かかよ。

 キリッとした薄い眉に、清潔感があるサラサラヘアー。

 クラスのお姫様が読ヶ原さんだとするならば、王子様はまさしくこの中丸であろう。

 イケメン……運動神経抜群……頭脳明晰……さらには性格も良く、クラスメイトからも好かれている。


 何だよ。このパーフェクトヒューマン。

 だが——俺はそんな中丸が大嫌いであった。


「琴音。そんなヤツのことなんか気にするだけ時間の無駄だよ」


「……さっさと手伝え」


 中丸、読ヶ原さんは間違いなくスクールカースト上層の人間だろう。

 それを取り巻くヤツ等がそんな風に非難の声を上げる。


(そうだ……これなんだ……)


 おそらく中丸本人としては「早坂翔は体調も悪くないのにサボっている。それを正すのが学級委員の仕事だ」とでも思っているのだろう。

 つまり本人には悪意が全くないのだ。


 しかし中丸程の影響力の大きい人物が喋ればどうなるか?

 一気に溜まりに溜まっていたヘイトが爆発し、クラス中の敵意がこちらに向けられてしまうだろう。


(だから俺はこいつのことが嫌いなんだ)


 俺が文化祭の準備を手伝わないのは面倒臭いからではない。

 友達もろくにいない、俺がワイワイと楽しんでいる輪の中に入れば空気が微妙になってしまうから。

 だからこそ空気と本を読んでいたというのに……。

 中丸の一言でそれを全てぶち壊しやがった。

 いやキッカケは読ヶ原さんなのだが……彼女の場合は中丸とは何か違うような気がする。

 何だろう?


「お、俺! 用事思い出したから、悪いけど帰らせてもらう!」


 そんな俺が選んだのは『逃げ』の一手だった。

 俺はバッグを持ち、机から立ち上がって……、


「早坂君! ダメだよ。早坂君も一緒に手伝お——」


「ちょ、ちょっ!」


 走り去ろうとした瞬間。

 読ヶ原さんに手を引っ張られて体勢を崩してしまう。


 転倒。

 見事に教室の床に後頭部をぶつけてしまう。


「痛たたた……」


 今日は散々な日だ……。

 それにしても目の前が真っ暗? それに良い香り? 

 どうやら柔らかいものが俺の顔に乗っかっているらしい。


 どういうことだ? 一体、俺の顔に何が……。


「ご、ごめん! 早……あれ? 早坂君はどこに行ったのかな?」


 上から読ヶ原さんの声が聞こえる。


 もしかして……これは……、


「こ、琴音! 下! 下!」


「へ? 下?」


 ——そう。

 俺の推測した通り、今俺の顔には読ヶ原さんのお尻が乗っかっているのである!

 それに気付いたであろう読ヶ原さんは、


「——っ! きゃっ!」


 短く悲鳴を上げ、すぐさまお尻を顔からどけたのであった。


「ご、ごごごごめん! 早坂君。重かったよね?」


「いや……大丈夫。それに重かったというより柔らかかった」


 まだクッションのような感覚が顔に残っている。

 ……うん、これから一週間。顔を洗わないでおこう。

 密かにそう考えていると、


「あ、あいつ……読ヶ原さんのお尻を」


「お尻を触るなんて最低なヤツだ」


「自分からお尻に顔を埋めるなんて……」


 事実がねじ曲げられている!

 さっきまで『言葉と敵意』で俺を追い詰めようとしてきたクラスメイトが一気に『拳』でボコボコにしようと、じんわりと距離を詰めてくる。


 も、もしかして。大ピンチ?

 今にも襲いかかろうとしてくるクラスメイトに対して、後ずさりをしていると、


「——! 何だ?」


 最初に気付いた中丸が声を上げる。


 ——下を見ると床に幾何学的な模様が出現したのだ。

 その幾何学的な模様は光を発し、やがて教室全体を包みだした。


「おいおい、何だこれ!」


「たこ焼き屋の照明か? 誰がこんなもん作りやがったんだ」


 一気にパニックに陥るクラスメイト。


 みんなが混乱している中、俺はその光を見て「幻想的だなぁ」とさえ思っていた。

 優しく包み込むような光だ。

 このままずっと寄り添っていたい、そんな考えさえも浮かんでくる。

 その光はどんどんと増していき、やがて視界が真っ白に塗り潰される。


「みんな! 大……夫。先生を呼んで……な……と」


 中丸の声が途切れ途切れに聞こえる。

 やがて意識が光で覆われていく。



 ——この瞬間。

 今まで文化祭の準備をしていたクラスごと異世界に転移してしまったなんて。

 この時の俺達では分かるはずもない。

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