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18・奴隷を買ってみる

 奴隷商人とアリサさんが何やら交渉している中。

 腰が抜けてしまった俺は床を這い蹲りながら、ベルの元へと近付いて小声で語りかける。


「ベル……お前、本当にあの商人達の奴隷なのか?」


「ベ、ベルは奴隷になった覚えはないのです! ただ……」


「ただ?」


「昼頃、王都に来てお腹が空いたなぁ、って思ったんです。だから料理店に入ってたらふくご飯を食べさせてもらいました」


「ふむふむ」


「でもお金がなかったから、急いで店から逃げようとしたら……怖い人達がやって来て……『お金がなかったら奴隷になるしかないな』って言われて、変な首輪を付けられて……」


「それが原因じゃねぇかぁぁぁあああああ!」


 思わず大きな声で叱ってしまう。

 何ということだ!

 こいつ、食い逃げをしてお金を払えなかったら奴隷の身分に堕ちたというのか!

 何という間抜け……頭もイヌ並の出来なのか。


「ふうん——まあそこが落としどころってところかしら。でも正直、こっちが悪いんだから自警団に行ったり、そちらがシーフギルドに対して裁判を起こすことは出来るわよね?」


「…………」


「いくら私でも裁判で敗訴して、国を相手になんて出来ないし……そうしないのはそっちの落ち目があるから。きっと奴隷基準法も何も守ってないんでしょ? そうじゃないと、こんな野蛮な方法で取り返しにこないわ」


「むむむっ……ま、魔女!」


「アリサ」


「ア、アリサシーフギルド長! あんたは何が言いたいんだ。確かに俺達は正規のちゃんとした奴隷商人じゃないが……」


「別に? ただそっちが奴隷基準法も何も守っていない悪徳奴隷商人なら、話の進めようがあるってこと。私はそっちが出した提案で良いわよ。この子をあなた達に返す、って話でね」


 ベルを一瞥するアリサさん。

 怖がって俺の服の裾を掴んでくるベル。

 アリサさんのことが怖いのだろうか……?

 まあペットとかにあんまり好かれるタイプには見えないけどよ、アリサさん。


「でも——あなたはどうしたいの?」


 次にアリサさんの視線が俺へと移る。


「お、俺っすか?」


「そう。この国では奴隷基準法っていう法律もあって、奴隷でも身分は保障されているんだけど……それでも奴隷という身分は自由を束縛されてしまうわ。相手はあんまり上等な奴隷商人には見えないしな。このままベルを返してしまおう……って私は思っているんだけど、あなたはどう思っているの?」


 俺がどう思っているか?

 服の裾を掴んでいるベルの腕が震えていた。


「カケルさん……」


 潤んだ瞳で見上げてくるベル。

 奴隷商人の元に帰るのが怖いのだろうか?


(——んー! もう!)


 そんな目を見ていたら放っておけなくなるじゃないか。

 俺はアリサさんと向き合って、


「俺は……出来ればベルを奴隷商人には返したくありません」


「へえ?」


「何でこんなこと思うのか分かりません——強いて言うなら、可哀想だからってところでしょうか」


「あなたのその気持ちが聞けたところで十分よ」


 アリサさんが優しげな笑みを向けた。

 何だろう——こんな柔らかい笑顔はアリサさんからは初めて見たような気がする。

 次にアリサさんは奴隷商人の方を見て、


「あなた達? このベルを何Dで売り払おうとしていたの?」


「それは……」


 奴隷商人が詰まりながらその値段を口にする。

 それは俺にとっては大金。手元に10万Dもない俺からすると夢のような値段であったことだけを説明しておこう。

 そんなお金……俺にあるわけがない。


「じゃあこれで」


 ポイッ、と。

 無造作な動作でアリサさんは革袋を放り投げた。

 ドサッ、とした重い音と金属製の高い音が部屋に響き渡った。


「そこにあなた達が言った三倍のお金が入っているわ」


「ど、どういうことだ……?」


「言ってて分からない? 私が相場の三倍の値段でベルを買ってあげよう、って言ってるのよ」


 その言葉を聞いて奴隷商人の背筋がピンと伸びる。


「い、良いのか——いや、良いんですか?」


「ええ? それともあなた達は嫌なの?」


「い、いや! 願ってもない話しだが!」


 いくらベルが上等な品であっても、売り残ればそれだけ維持費もかさんでいくだろう。

 そう考えればアリサさんの提案、即決で相場の三倍の値段というのは奴隷商人達にとっては破格のものだったに違いない。

 三人の奴隷商人はしゃがみだし、袋の中のD……金貨を手に取って確認した。


「た、確かに……三倍の金がある」


「そう? じゃあ商談成立ね」


 ニコッ、と微笑みかけるアリサさん。


「ま、まいどありがとうございました!」


 最初の威圧感は何処に行ってしまったのだろうか。

 奴隷商人達は最上級の営業スマイルを見せ、百八十度のお辞儀をし、お金が入った袋を担いでそのまま部屋から出て行ってしまった。


 そして残されたのは俺、アリサさん——そしてベルだ。

 嵐のような一幕である。


「はい。これでベルはあなたの奴隷ね」


「お、俺の奴隷ですか?」


「そうよ。あの奴隷商人からベルを買ったんだからね。ああ、そうそう。お金はあなたに貸しているだけなんだから、地下迷宮で一杯稼いで返しなさいよ? 急がなくていいから」


 ウィンクするアリサさん。

 この人……あんな大金をすぐに用意していたこといい、全て計算尽くだったのだろうか?

 ドSドS、悪魔悪魔、と思っていたアリサさんが今だけは後光が差す女神にも見えた。


「カケルさん! よろしくお願いします!」


 嬉々として腰のところに抱きついてくるベル。

 柔らかい感触。イヌ耳を見ると嬉しそうにピンピンと動いていた。


「ア、アリサさん! ありがとうございます!」


 異世界モノのテンプレ!

 獣人族の奴隷少女ゲットキター!


 しかもベルのように美少女で従順な感じの娘なら、なおポイントが高い。

 俺はベルの頭をくしゃくしゃと撫でていると、


「ああ、そうそう。急がなくてもいいけど、利子は複利計算のトイチ(十日で一割の利子)だから」


「えっ」


 前言撤回!

 やっぱりこの人、悪魔だよ!

 俺の目では、アリサさんはただの悪徳高利貸しにしか見えなくなっていた。

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