17・侵入者(後編)
「——な、何だ? この魔法はっ!」
「ぐっ……っ!」
どうやら蛇のようになった血は侵入者の体を強く締め上げているらしい。
侵入者の口から苦痛の声が漏れる。
「あなた達——こんな夜に私の部屋に夜這いを仕掛けにくるなんて良い度胸ね」
いつからいたのか分からない。
声の方を振り向くと——そこにはドアの前で腕を組んでいるアリサさんの姿があった。
「ア、アリサさん……お、俺」
「全く……女の子一人も守れないなんて情けないわね。そんな輩一人くらい守ってみなさいよ。盗賊君」
上機嫌なような、それでいて不機嫌なような。
アリサさんが一歩ずつこちらに近付きながら、そう言葉を発する。
こうしている間にも《ブラッディー・バインド》の拘束を続いており、侵入者は逃げることも出来ない。
「やっぱりこいつ等が盗賊なんですか?」
そう尋ねると、アリサさんが呆れたように溜息を吐き、
「……あなたが盗賊なのよ。カケル」
「へ? お、俺がっすか? どういうことですか?」
俺が盗賊?
どういうことだ。
確かにシーフジョブではあるものの、今まで盗みと名の付くものをしたことがないんだぞ。
そんな度胸もないしな。
「あなた——そこの侵入者の顔をよーく見てごらんなさい。何か見覚えはないかしら?」
——窓ガラスが割られたせいで今宵は月明かりがよく部屋を照らしてくれている。
冷静になって血液に拘束されている侵入者の顔を見る。
「あーっ! こいつ等は!」
——街でベルに乱暴をしていた男達じゃないか!
「何と言うことだ。じゃあこいつ等はベルを取り返しに来た……ということなのか?」
何てヤツだ。
逆恨みも良いところである。
それにベル一人に対する執念が凄すぎるだろ……あの後、ベルと何をしようとしていたかは知らないか。
「ベル。あなたの首に付けられている首輪——隷従の首輪よね」
きょとんした表情になっているベルにアリサさんが問いかける。
「隷従の……首輪?」
「ええ。奴隷に付けることによって奴隷からの反抗を防ぐ魔法がかけられているわ。その隷従の首輪が付けられている、ってことは……ベル。あなたは奴隷なのよね?」
「ベ、ベルが奴隷なのですかーっ!」
いや何でベルが驚いているんだよ。
しかし……ということは?
「おそらくその男達は奴隷商人。そして売り物であるベルをカケルに取られてしまったから取り返しにきた。勝手に店の商品を盗ったあなたは立派な盗賊なのよ」
「し、しかし! 奴隷なんて酷いことをする男達なんて!」
「あなたの世界ではどうなったか知らないけど、この世界では『奴隷』という身分・商売・システムは国から認められていることだわ。あなたがとやかく言える権利はないわ」
「ベ、ベルが奴隷……」
俺はベルが男達に乱暴されていると思って助けてやった。だから今まで俺は自分が正義のヒーローだと思っていた。
しかし男達の視点になるとそれがこうなる。
『良い商品をお店に仕入れることが出来たね! あんちゃん!』
『そうだな。後はこれを売ることが出来れば借金も返せると思うんだが……』
『呼び込みは僕に任せてよ!』
『よっしゃー! はりきっていこ……うわ何だ! と、盗賊だ! シーフだ』
『僕達の大事な商品を奪わないで!』
『止めてくれ! その商品を仕入れるのにもお金がかかっている。それがなかったら一家まとめて路頭に迷うことに……』
いや台詞の内容は殆どが妄想であるが。
「うわぁぁああああああ!」
俺は頭を抱えて、喉が張り裂ける程に叫んだ。
何ということだ! 俺、本当にシーフ……犯罪者になっちゃったのかよ!
これで「シーフというだけで白い目で見るのは立派な差別だ。キリッ」なんて台詞を吐けなくなってしまったぞ。
「さて——どうしましょうかね」
アリサさんだけがこの惨状を楽しげに眺めていた。
落ち込んでいる俺を放って、アリサさんと侵入者——もとい奴隷商人の間で話は進んでいく。
「お、お前は魔女!」
「何てことだ! シーフギルド長の魔女だけには遭遇したくなかったのに」
「た、助けてくれぇ。お前んとこのシーフが悪かったじゃないか」
魔法の拘束を受け続けている奴隷商人の声に恐れが混じる。
だんだんと締め付けが厳しくなっているみたいで、奴隷商人達の顔が苦痛で歪んだ。
「そうね——まあ魔法だけは解除してあげましょうか」
奴隷商人から戦意がなくなったのを確認してから。
アリサさんは「パチンッ」と指を鳴らして血液の拘束を解く。
「い、生きてるよ……あんちゃん」
「ああ。しかし話はここからだ。何故ならシーフギルドの魔女と会ったものは一人残らず生還していない、と言われているんだからな」
さっきから「魔女」「魔女」と連呼しているが、まさかアリサさんのことだろうか?
妖艶で美しいアリサさんは魔女、と称されても何ら違和感がない。
しかし……奴隷商人達の声にはそれ以上の意味が含まれているような——。
「あら、そんなデマを信じてるの」
クスクス、と口に手を当てて小さく笑うアリサさん。
殺されそうになった俺から言わせると、あれだけ俊敏な奴隷商人達の戦意を一発で消滅させるアリサさんは魔女どころか魔王にも見えた。
「魔女……」
「魔女っていうの止めてくれる? 私、その呼び方あんまり好きじゃないから」
奴隷商人達の表情が強張る。
よく観察すると——アリサさんは「魔女」という言葉を聞く度に、害虫を素足で踏みつぶしたような苦い表情になっている。
魔女、という言葉に良い思い出がないのだろうか?
「単刀直入に言おう……本当は商品を返してもらったうえで、そっちの小僧を殺すつもりだったが」
視線だけで生きた心地がしない。
というかこいつ等、本当に奴隷商人かよ。何回も視線を潜り抜けてきた冒険者のような気配が漂っているのだが。
「だが、俺達はシーフギルドの魔女とは対立したくない。とはいってもこちらの面子というものもある」
「そうねぇ。元はといえばカケルが悪かったんだし」
「だから俺達はその商品を返してもらえればそれでいい。それで手を打とうじゃないか」