16・侵入者(前編)
夜。
アリサさんの部屋に行き、ベルをベッドで。俺はソファーで寝ようとした時、
「一緒に寝ましょう! カケルさん!」
とベルが駄々をこねてきた。
いくらベルが幼女であっても、女の子であることは変わりない。
アリサさんと違い大人の色気はまだないが、ワンピースから見える太股は健康的なエロスを感じないこともなかった。
なので断固拒否……しようと思ったが、
「むーっ! 命の恩人であるカケルさんがソファーで、ベルがベッドって! そんなこと出来るわけありません」
そう言ってベルも譲ろうとしなかった。
まいったな……。
それにこの部屋に唯一あるベッドはそのままアリサさんの所有ということになる。
また朝起きたらアリサさんが隣にいそうで怖いんだよな……。
しかし押し問答をする体力も残っていなかったので、
「しゃあないな。ただしベッドの端と端、だ。それだけは譲らない」
「分かりました!」
元気よく返事をするベル。
頭に生やしたイヌ耳がピコンピコンと跳ねている。
消灯しベッドに潜り込んで、俺達は背中を向き合って目を瞑った。
ベッドに入った瞬間……ベルの寝息が聞こえてきた。
もう寝たのか? の○太かよ。
まあいいや……俺も寝よう。
——「それは不味いわね」
微睡む意識の中で浮かんできたのは先ほどのアリサさんの言葉だ。
(アリサさん……どういう意味だったんだろ?)
アリサさんはドSでしょうもない冗句を言ったりするものの、俺にとっては命の恩人であり、このシーフギルド長である凄い人だ。
そんな人の口から出てきた言葉なのだ。
(何事もなかったらい……んだけ……明日も地下迷宮で……)
意識が暗闇に溶けていく。
地下迷宮でレベル上げ、ベルの救済。
今日も色々なことがあって、体は予想以上に疲れているらしい。
意識がふっと途絶えようとした瞬間——、
ガシャガン!
窓ガラスの割れる音が鼓膜を震わせ、意識が一気に覚醒する。
「な、何だっ!」
ベッドから飛び起き、近くにたてかけてたったウロボロスを手に取ろうとする。
「——っ!」
しかし——何もかもが遅かった。
どうやら外から窓を突き破って何者かが侵入してきたらしい。
一……二……三人かっ?
不覚にも暗くて顔を確認することは出来なかったが、人数くらいは把握した。
だが俺に出来たのはそこまで。
外からの侵入者は獣のような俊敏さで俺の後ろに回り込む。
「ア、【加——】
「何もするんじゃねえ」
口元にナイフを当てられる。
刀身の冷たい感触が正常な思考を失わせた。
「な、何をしにきた?」
「お前には用はない……とはいっても後で口封じのために死んでもらうがな。俺達の目的はあの少女だ」
——見ると残り二人の侵入者がベルを取り押さえていた。
「ん——ん——んーっ!」
口を押さえられているため言葉を発することが出来ないベル。
四肢をジタバタとさせて脱出を試みるが、二人がかりで羽交い締めにされ身動きが取れなくなってしまっている。
「と、と、盗賊か?」
死の恐怖で頭が可笑しくなってしまいそうな中。
質問しながらも、この状況を打破する方法を考えていた。
「ハハハ! 盗賊か」
俺を押さえている侵入者の口から笑い声が漏れる。
「まさかシーフであるお前に盗賊呼ばわりされるなんてな」
「お、俺がシーフだということは、知っているのか?」
「妙なスキルもあるみたいだしな。調べさせてもらったら、それくらいは簡単に分かるんだよ」
「お前等は一体何者なんだ?」
「今から死ぬだけのお前にそれを説明する必要はない」
ガラスがなくなっている窓から見える月が妙にくっきりと見える。
藍色の海に満月が浮かんでいるようであった。
あの月はもしかしたら俺が元の世界で見ていた月だろうか?
(この状況から……どうやって逃げるか?)
いくら素早さが高くても、このように体を押さえられてしまえば逃げることも出来ない。
【とんずら】、【加速Ⅰ】といったスキルも使うことも不可能。
力がない俺ではこいつの拘束を解くことが出来ない。
(今度こそ……俺は死ぬのか?)
ナイフの刃が肌に食い込み、血を一滴流す。
頭を支配する恐怖のせいで痛みを感じることがなかった。
それだけが幸運ということなのか……、
(ベル……ごめんな? お前を守ることが出来なくて)
こいつ等の目的が何なのか分からない。
生への執念がなくなると同時に体の力も抜け——、
——その瞬間。
床に緑色の光り輝く魔法陣が出現した。
「な、何だっ?」
「これは魔法?」
「バカなっ! どうしてシーフギルドで魔法なんか目にかかることが出来るんだ!」
侵入者の慌てたような声。
「——《ブラッディー・バインド》」
夜を羽ばたく蝶のような声。
それが何処からともなく聞こえた瞬間——魔法陣から赤色の液体が現れ、それが一つの意志を持ったかのように侵入者に襲いかかる。
器用にも体が密着していた俺達を避ける形で侵入者のみを拘束する。
突如出現した液体状態の血液が蛇のように侵入者の体にまとわりつき、完全に動きを封じているのである。