1・プロローグ 〜素早さが高いだけの俺が勇者に勝てた理由〜
「遅すぎる——っ!」
中丸——いやアスカの剣筋は児戯にも等しかった。
アスカの持つ剣が微動した瞬間、俺の足は高速で動き後ろに回り込んでいたのだ。
「な……っ!」
ほう。
とっくに回り込まれてからでも、俺の動きを認識することが出来るのか。
しかし——何もかもが遅すぎるんだ。
「これがお前等に対する憎しみの分だ」
俺は魔剣ウロボロスで何度もアスカを斬りつける。
——今思えば、俺の人生はいつも逃げてばかりであった。
人と接したくないから、教室でも遠巻きにリア充集団の動きを眺めているだけ。
この異世界にやって来てからでも顕著であった。
シーフという不遇ジョブを与えられた俺は真っ先にクラスメイトの前から姿を消した。
今、戦っているアスカは俺とは正反対の人間だ。
クラスの学級委員を務め、人望がある主人公体質。
異世界に来てからも神ジョブである『勇者』を引き当てたアスカ。
俺とアスカ——そこには決して交わらないための大きな隔たりが存在していた。
「がぁあっ!」
アスカの体が血塗れになっている。
素早さが高いだけの俺とは違い、アスカはHPも防御力もチートクラスの値を誇っているのだ。
一度斬りつけたところで鋼鉄のようなアスカの体に傷を付けられるとは思わない。
「百閃——百一閃——」
だから俺は——。
この素早さを活かして、アスカに何度も剣を放つ。
防御力のせいでダメージが1しか与えられない? しかも相手のHPが100を超えている?
ならば百回でも千回でも斬りつけるだけであった。
「く——っ!」
斬撃の空間からバックステップで逃げるアスカ。
流石、勇者。第一段階の最速では仕留めきれないか。
「ならば——【加速Ⅱ】」
スキル【加速Ⅱ】によって、常時より三倍の素早さを手に入れた俺。
アスカを追尾し、一方的な斬撃を再開する。
「くはっ!」
口から血を吐き出すアスカ。
自分の血液で足を滑らせ、尻餅を付いてしまうアスカ。
「無駄だ」
すぐに立ち上がろうとするアスカを逃がさないように、首筋に魔剣の刀身を当てる。
——シーフという不遇ジョブを与えられながらも、俺は諦めずに高みを目指した。
誰よりも強く——っ!
シーフギルドに入り、戦い方を教えてもらった俺は誰も追いつけないような『速さ』を手に入れた。
最速であろう俺にいくら勇者アスカであっても追いつくことはない。
「ゆ、許してくれ……ちょっとやりすぎたかもしれない」
アスカの口から命乞いが漏れる。
「俺は最初からお前のことが嫌いだったんだよ」
自分でも驚く程、冷めた声を口から発することが出来た。
アスカの瞳には恐怖が浮かんでいる。
それを見ていると自分の中に秘めていた残忍性が湧き上がってきて、それは憎しみによって増強されていくようであった。
(俺は……誰よりも強くなったんだ……)
憎しみは人を強くする。
当初の目標通り、俺は誰にも負けない強さを手に入れることが出来た。
「終わりだ」
戦いを終わらせるため。
俺はアスカの首を一気に刎ね上げ——。