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悩める古道具屋 -戯れ騒めく天狗共-

作者: 與七

幻想郷の白狼天狗といえば、妖怪の山を見周り、侵入者を追い払う警備人の役目を果たしているわけだが、平たく言えば見張り役の下っ端、といったところだろうか。彼らは天狗の中では身分が低いため、そのような仕事になるのは致し方ない事なのだろうが・・・。ある白狼天狗の青年は「俺たちは番犬じゃねえんだ」と憤っていたそうだが、差し詰め彼女も同じような気持ちなのであろう。


「んー、とっても美味しいです。いいお茶使ってるとは聞きましたけど、これ程までとは思いませんでした!」

尻尾をぱたぱたとご機嫌そうに振りながら言う椛の顔は、満足感に満ちていた。

「いやー、ここに来て正解でしたね。噂通りに面白い道具は沢山増えてるみたいだし・・・」

「・・・」

「最近はあっちこっちで見つかるらしいですね、外の世界の品物。私も探してみようかな。ちょっとしたらお宝みたいなのがあったりして」

「・・・」

「あーあ、大した出来事でもないのにあっちこっち飛び回って・・・鴉天狗の皆さんはそんなに忙しいものなんでしょうかねえ。時間が少しでもあれば、こっちの仕事も手伝ってほしいくらいです」

「・・・」

「大体、同僚はみんな上手い具合にサボって、ごまかして、ずるいですよ。一生懸命真面目に頑張ってる私が間抜けみたいじゃないですか」

「・・・」

「そういえば、アイツ今頃先輩と一緒に何やってるんだろ・・・仕事そっちのけでデートみたいなことしてたりして。あー絶対そうだ。今思えばあれ、そういう意味だったんだきっと」

「・・・」

「うーん、やはりこれ、美味しいです、とても。これから贔屓にしてもいいですか?ここまで病みつきになるお茶を出す店、山には無いんですよ」

「・・・」

「あのお、店主さん」

椛が不安そうな顔で僕の顔色を窺っている。

「さっきからだんまりで・・・どうかしましたか?」

「えーっとだね」

色々とまあ突っ込みたいけど、とりあえずは重要な事を言っておくとしよう。

「あのね、ここは喫茶店でも人生相談所でもないんだよ。いきなりやってきて、喉が渇いたって言うからお茶は出してあげたけど・・・買い物をする気が無いのなら・・・」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」

椛が慌てた様子で言う。

「ここって結構、相談に来る人が多いって、風の噂で聞きましたよ。なんでも、店主さんが親身になって優しく相談してくれるって事を」

・・・まあ確かに間違ってはいないんだよな、その情報は。ただ、僕の本業はカウンセラーではなく―

「古道具屋だよ。ここは。それははっきりと言っておくからね」

「あ、はい。それは最初から存じております」

椛はケロッとした顔でいう。

「ただ、色々と相談に乗ってもらったらいいかなーと思って、ついついお喋りを」

「そう・・・」


やれやれ、まいったな。以前から僕の店は、買い物もしないでただお喋りをして帰る人が多かったが、最近はそういう人ばかりが訪れているような気がしてならない。彼女のように、お茶を飲んで雑談をして、買い物はせずに帰る・・・それが香霖堂のイメージとして固定されては困る。店主として、ここは腕の見せ所かもしれないが・・・

「それで?相談したい事って言うのは何だい?」

「えーっと、まず一つ目はですね・・・」

「ちょっと待った」

僕は椛の言葉を遮った。

「・・・もしかして、沢山あるのかい?相談したい事って」

「あ、はい」

椛は平然とした顔で答える。

「えっと、ですね。さっちチラッと言った鴉天狗の―」

「はいはい、やめだよ、やめ」

僕は椛の目の前で手をダメダメというふうに振る。

「さっきも言ったけど、ここは人生相談所じゃないんだ。ちょっとした雑談くらいなら、と思ったけど、余計な長話で時間を潰されたらこっちとしては―」

「余計な―」

椛は眉を寄せ、キッとした目つきで僕の顔をじっと見据えた。

「余計な、って言いましたね、今」

椛は低い声で僕に言う。

「あ、ああ。余計はちょっと言葉が悪かったね。長話が―」

「店主さん」

椛の顔は、まるで野性の狼の顔の如く鋭い表情になっている。

「本気で悩んでるんですけど。私は」

「あ、ああ、そうみたいだね」

「最初の一つくらい、聞いてくれたっていいでしょう」

「まあ、確かにそうだね。ただ―」

「ただ、何ですか?」

椛の表情がますます険しくなる。

「一つだけ話し終わったら、出ていけとでも言うつもりですか」

「いや、そんな・・・」

「親身に相談に乗ってくれるっていうから来たのに、この様ですか。私がどれだけ辛い思いしてるか、わからない癖に」

「いやいや、それはわかって」

「わかってないでしょうが!」

椛が怒りを込めた声で僕に言う。大きな怒鳴り声というわけではないのだが、獣の如き荒さが声の質から感じ取れる。

「じゃあいいですよ。もう」

急に椛の声のトーンが落ちる。が、表情は変わらぬままだ。

「え・・・」

「帰りに鴉天狗の知り合いにちょっと話しておきますから。今日のこのお店での事」

「なっ・・・」

「これから新聞で店主さんがどう扱われるか、見物ですね」

椛の表情は狼のそれのものを維持したままである。

まずい、ゴシップ上等な天狗の新聞に書かれたら大変な事になる。今の不機嫌な椛は僕の事をボロクソに言うだろうし、それ以上に話が盛られた記事が書かれる可能性は高い。そうなれば―

「さて、香霖堂の評判は、どうなっちゃうんでしょうね」

椛が僕に不敵な表情を向ける。

「脅すのかい?」

僕は内心焦っていたが、それでも表情はなるべく崩すまいと思いつつ、椛に言う。

「ふん。そんな事は一言も言ってませんけど」

椛は僕に敵意のある表情を向けたままだ。

・・・参ったな、完全に相手のペースに呑まれてしまった。ここは悔しいが、素直に話を聞いてあげるべきか。

「椛」

「はい?」

「悩みを聞いてほしいんだったね。何でも僕に話してくれ」

「・・・」

「さっきは申しわけない。君が色々真剣に悩んでるとは知らずに、あんなことを言ってしまって」

僕は椛に向かって頭を下げた。

「・・・ぷっ」

「ん?」

「くぷぷ・・・きゃははははは!!」

椛が急に大声を上げて笑い始めた。僕は呆気にとられたまま、彼女の高らかな笑い声をしばらく聞いていた。

「あははは、店主さんてば、私が本気で怒っちゃったかと思いました?ははは・・・」

椛は余程おかしかったのだろう、微かに目に涙を浮かべた笑顔で僕に言う。

「あー、えっと・・・」

「いやーごめんなさい許してください。ちょっとからかってあげよっかなー、なんて考えてたら予想以上でしたよ」

椛は鋭い牙を見せながら満面の笑みを見せている。・・・やられた。なんて子だ、まったく。

「いや・・・その」

「あ、あ。そんな深刻そうな表情はしないで下さいよ。私のスマイルでチャラにして下さい。ねえ、いいですよね、ねえ」

牙を剥き出しにして笑顔で必死に訴える椛に対して、僕はやれやれと肩をすくめながら言う。

「あのねえ、あんまりそうやって、他人をからかうもんじゃないよ。僕はまだいいけど、相手が相手だったら、大揉めする場合があるからね」

「あ、はい。存じております。もうすでに何回も経験済みですので」

「・・・」

過去にそういう経験があったというのなら、少しくらい反省しているのだろうか?いや、そんな事はどうでもいい。とりあえず話を戻して、と。

「で、さっきの悩み相談の件だけど・・・」

「あ、はい。全部話すと結構時間が掛かるので、なるべく簡単に話します」

椛は僕の目をじっと見据えながら、自身の悩みについて語り始めた。


「・・・妥協するしかない、ですか」

「そうだよ。誰にだって大なり小なり不平不満はある。だから少しの妥協や我慢は必要だ。そうしないと、社会の仕組みそもそもがガタガタになってしまうからね」

「はあ、やっぱりそれしかないですよね・・・言い辛いなあ」

結局椛の悩み相談は、簡単にと言いながらも数時間に及んだ。もう、完全に僕の読書スケジュールはパアだ。・・・ああ、どうしてこうなってしまうんだろうか。

「でも、色々と本音で話せて、すごくすっきりしましたよ。ありがとうございました」

椛は嬉しそうに尻尾を振りながら、僕に頭を下げる。

「いやいや、どういたしまして」

「お茶もとても美味しかったです。また、飲みに来てもいいですか?」

「ああ、構わないよ。いつでも歓迎―」

あ。

そうだ、まずいぞ。ここで帰られては困る。彼女に「お客さん」として、何か品物を一つでも買っていって貰わねば。

「店主さん?」

椛が不思議そうな顔で僕を見ている。

「あの、どうかしました―」

―カランカラン

「こんにちは」

ふいに扉が開き、一人の少女が店の中に入ってきた。

「ふう、取材取材の連続だと、疲れるんですよねぇ。店主さん、何か飲み物下さい」

髪をツインテールに束ねた鴉天狗の少女は、天狗の扇をパタパタさせながら近づいてくる。・・・だからここは喫茶店じゃないんだけどな。

「取材帰りですか、はたてさん」

椛がはたてに大きめの声を掛けた。

「あ、椛じゃん」

椛の姿を見たはたては、溜息をつきながら彼女に言う。

「こんなところで油売ってないで、さっさと自分の持ち場に戻ったら?それとも今日は非番?」

「今は休憩中です」

椛の顔が徐々に強張っていく。

「あのですねはたてさん、ちょうど今、鴉天狗の皆さんの書いた記事について話していたところなんですけど」

「え、誰と?あ、店主さんとか。で、その話っていうのは?」

はたては僕と椛の顔を交互に見ながら言う。

「非常にお怒りのようですよ、記事に書かれた方々が」

「え、ちょっと待って。最近はそんな誰かが怒るようなことは書いてないってば。それ花果子念報じゃないよね?」

「違います。別の鴉天狗の方の書いた記事です。ただ、その記事の中に、はたてさんからのコメントも載っていたようなんですけど」

「え、マジ?」

はたてが驚愕の表情を見せる。

「それって何の記事?」

「河童の危険な化学兵器製造疑惑ですよ。その中にはたてさんがコメントしてて・・・」

「ああ、あれかぁ。でもそれって人伝に聞いた話でしか知らないんだけどな。あれ、私それに関して何か言ったっけ?コメントっていっても覚えないんだけどなあ。仮に言ったとしても、他の新聞に載せていいって言った記憶もないし・・・」

何だか二人の間で会話がヒートアップしている。完全に僕は蚊帳の外である。しかし、こういう会話なら尚更店の外でやってほしいものだ。

「え、そうだったんですか。てっきりはたてさんもその現場にいたのかと・・・」

「いやいや、多分それ、私全然関係ないし。え、何?私も悪いみたいな扱いになってるの?ひょっとして」

「ええ。ほら、これがその記事ですよ」

椛ははたてに新聞のある一面を見せる。それを見たはたての表情が見る見るうちに青ざめていく。

「・・・ちょっと、何これ。完全に捏造じゃん。私、こんな事言ってないんだけど」

「あちゃー、やっぱりそうでしたか」

椛は尻尾をだらりと下げ、頭を抱えて唸る。

「まずいですね。河童さんたち、記事に関連した人は全員許さないって息巻いてるみたいですよ。『これは事実無根だから徹底的に訴える』ってカンカンだそうです」

「・・・椛」

はたては新聞記事をクシャリを握り潰すと、覚悟を決めた表情ですくりと立ち上がる。

「今から付き合ってもらっていい?あとでそっちのお上の方に話は通してあげるから」

「え、あ、はい。そういう事情なら構いませんよ」

「ここまでコケにされて黙っているわけにはいかないもんね。鴉天狗の風上にも置けない。過ちは正すべし、抗議に行くわよ。河童のみんなも可哀想に」

「ですね。私も読んでいてとても不快でした。行きましょう、一刻も早く」

「ありがとうね。そういえば文はこの記事の事は知ってるの?」

「それは・・・わかりません。ライバル新聞のチェックはしてますから、もしかしたら知ってるかとも思いますけど」

「文にも伝えてあげようよ。知らないまま悪者扱いされてるなんて最悪だし」

「ですね。でも今何処にいるんでしょうか?」

「まあ、大体検討は付くんだよね。私に付いてきて」

はたては大股で店の扉の方へ向かう。

「分かりました」

椛も立ち上がると、はたてのあとに付いて店を出ていこうとする。・・・ああ、この状況下では、もう引き留めようがないかな。二人店に来たのに、結局何も買わずで―

「あっとそうだ」

はたてがくるりと踵を返し、僕の方に足早に近寄ってくる。

「すみません、店主さん。騒がせ賃です。お釣りは結構ですから」

僕の手にお金を押し付けたはたては、再び僕に背を向けると、店の扉を勢いよく開けて出ていった。椛が慌ててその後に続く。

唖然とする僕の耳に、彼女らの微かな声が入る。

「今日は私の奢りだから。気にしないで」

「あ、ありがとうございます」

「店主さんにはいつも買い物しないで迷惑かけてるし」

「確かに、悪い事しちゃいましたね」

その後、二人は空に浮かぶと、そのまま風の如くあっという間に去っていった。


「やれやれ、嵐のようにやって来て、嵐のように去っていったな」

僕は店の天井を見上げると、顔に諸手を当てて唸った。

・・・一切買い物をしていかなかった彼女たちだが、一応は代金を払ってもらったからよしとするか。いや、これは・・・。

「よく考えたら、これじゃちょっと足りないよな」

僕は思わず呟いてしまった。お茶代とお茶菓子代、それプラス数時間の悩み相談代。僕の見積もりだと、これでは不足している。

「まあでも、無銭飲食している子たちよりは良心的、なのかな」

どこかの魔法使いや巫女さんも見習ってほしいものなのだが・・・いや、もうあの二人は別格として扱うべきか。

「さて、これからどうしようかな」

僕は読む予定だった本をちらりと見る。椛の相談タイムが無ければ、一冊は読めただろう。もったいないが、まあ仕方がない事だ。おや、気が付かないうちに、もう夕方に近くなってきている。

「さて、今日はあと何冊読めるかな」

僕が本に手を伸ばそうとしたその瞬間―

―カランカラン

ご来客。・・・あはは。あはははは・・・勘弁してくれ。さて、お次は誰かな?

僕は扉を開けて入ってきた人物に乾いた声で言う。

「―いらっしゃい」

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