お嬢様と執事と友達 3
「カルナス、あの、私ご、ごめんなさぃ。貴方に酷いことを言ってしまって。あの、だから、あの…」
「お嬢様、私こそ申し訳ありませんでした。お嬢様が見習いの彼らの為に行っていたこと、ご自身の目で城内を確認していた事。
彼らが先程教えてくれるまで私は知らなかった。知ろうともしていなかった。
また、貴女様を傷つけようとしていた・・・申し訳ありません。私は執事失格ですね」
カルナスさんが膝をつき、お嬢様と目線を合わせながら哀しそうに笑った。
「そんなことない!カルナスは私にとってかけがえのない家族で執事なんだからそんなことないよ!」
涙を溜めた大きな瞳がカルナスさんをまっすぐ見据える。
「ありがとうございます。お嬢様。」
カルナスさんはギュッとお嬢様を抱きしめると今にも消えてしまいそうな儚い笑みを浮かべた。
こうしてカルナスさんとお嬢様の喧嘩は幕を閉じた。
反省会が終わり、自室で明日の資料に目を通しているとコンコンと小さなノックが聞こえた。
「はい?」
扉を開けば水色のワンピース型の寝巻きに袖を通し、丸型枕を抱きしめたお嬢様が立っていた。
「お、お嬢様!?何してるんですか?もう寝る時間ですよ。」
「わ、分かってるんだけど、その…」
お嬢様は何故か口ごもり、僕の服の裾を握りしめる。
なんだこれ。
てか、夜に室内から勝手に出る場合もあるのか・・このお嬢様は。
対策が必要だな。いくら城内でも夜はあまり良くないから。
とか考えていると、お嬢様が僕の顔を覗き込む様にして(上目遣いで)枕をよりいっそう抱きしめる。
「あのね、なんだか寝付けなくて。だからあの、一緒に寝ちゃダメ?」
ん?一緒に?僕と?
あっ、やばぃなんかクエスチョンマークがいっぱい飛んでる。
「お嬢様?あの、せめてアイリスに頼みませんか?何故僕なんです?」
「だって、」
「だって?」
・・・暫し沈黙・・・。
「シャーロットが1番同じ境遇だと思うから。」
同じ境遇?それはいったいどういう事なんだろうか。
「みんなに見えないものが見えてそれに脅えてる。アイリスとカルマは多分感じてるけど見えてないと思うから…一緒にいて見てたら分かったから。」
あぁ、そういう境遇か。
確かにそれは1番僕が近いだろうな〜。
「あとね、お願いもあるから。」
ダメ?という素振りがなんとも愛らしい。
というか、お嬢様を羽織も着ずにこんな廊下で長いさせてはいけないと思い「分かりました」と答え、お嬢様の自室に向かう。
それから大きなベッドに二人で横になり、いつから見える(妖怪が)のか、今日はありがとうとか、明日の朝食の話、僕の暮らしていた城下の話などをした。
お嬢様はとても嬉しそうに話してくれたし、聞いてくれた。
「あのね、お願いがあるの」
そうお嬢様は一段落つくと、天井を向いたまま僕の手を握りしめて静かに呟いた。
「なんですか?」
「私とシャーロットの関係は主従関係でしょ?私ね、主従関係の人は周りに沢山いるの。
それが好意があろうと敵意があろうと…。
でもね、同世代の友達が一人もいないの。周りはいつも大人。城から出ることは出来ない。
だからね、友達が欲しいの。」
お嬢様が僕の方を見つめる。
月の光を反射して輝く綺麗な瞳。
城は確かに子供は僕ら4人しか居ない。
今までずっと大人の中にいたこのお嬢様はどれだけ孤独だった事だろうか。
見えることを理解されないあの頃の幼き日の自分と重なって見えた。だから、
「なら、僕と主従関係と別に友達から始めてみませんか?」
気づけば口が先走っていた。いや、別に取り消すつもりもない内容だからいいんだけど…
こう、口からポロリとこぼれていた。
「! いいの?」
お嬢様はパァァァァ!と顔を輝かせる。
それが可笑しくてクシャりと笑う。
「構いませんよ。似たもの同士仲良くした方が楽しいでしょうからね!」
「じゃぁ、改めてよろしくね!シャーロット!!」
「はい。よろしくお願いします。お嬢様」
こうして僕とお嬢様は友達になった。
西館のとある外階段
「今日もあの子達は順調かい?」
階段を上る足が止まる。
声がした方に顔だけ向けて微笑みながら報告する。
「えぇ。彼らはきっと優秀な側付きになれますよ。今日はお嬢様の執務について少しお嬢様と揉めてしまったのですが、今まで気づかなかったことをたった5日、お嬢様の側に居た彼らに教えてもらいましたよ。」
「そうか。それは素質があっていい事だ!」
ワッハッハッと笑う男性は目尻に優しい皺をつくる。
「貴方が直接指導をなさらなくてよかったのですか?」
ん?と小首を傾げる。
「あぁ、シャーロットの事か?まぁ、直接指導は3ヶ月のお試し期間が無事に終わってからだ。
今のうちにビシバシしごいて3ヶ月後には居なくなりますってなったら私が悲しいからなぁ!」
「身内に厳しい御方ですね。」
苦笑いを漏らしながらこの人とシャーロットがどこか似た雰囲気があるのを感じずには居られない。
「まぁそう言うな。お嬢様の件についてもあまり一人で気負わずあの子達も上手く使うべきだな。同世代だからこそ分かり合えるものもあるだろうしな。」
「わっ、ちょっとやめてくださいよ!執事長!!」
ぐしゃぐしゃと髪を掻き回される。
この男性…執事長であり、自分の部下であるシャーロットの祖父に当たるアルビネア・カルバンは私の師にあたる。
「まぁ、昔っからお前さんは苦労性だから少しは骨休めに若者の力を借りるのも時には大切だぞ!なぁカルナスよ。」
髪を掻き回したあとにそう言って力強く背中を叩かれる。
「分かりましたから!それより国王様は大丈夫なのですか?」
執事長とメイド長は国王陛下の側付きの為に交代制で病床に伏せられた国王陛下のサポートを徹底して行っている。
「いや、まぁ、大丈夫ではあるが・・・また昔のようになるのではとお心が病まれているから…。
紗凪様がウレーナ様と同じ道に行き着かなければいいのだがな。」
頭をポリポリとかきながら歯切れ悪く答える。
現状として、ローズタスト王国は国の執務をほぼ紗凪様が行い、外交は第2皇女のリズナ様が行い国王は国の政策に離れている。
この事実は国民、国外には伏せられている。
また、そのおかげで紗凪様は1度も城から出たことがない。国王はウレーナ様の時に城から出てしまった事が災いになったのだと思い紗凪様は鳥籠の中の鳥状態だ。
だがしかし、国の暮らしに少なくとも興味があるあの方が大人しく城内に縛られるのもいつまでももつとは考えにくい。
「親の心子知らずですね。」
「ん〜それもあるけど大人は子供心を知らずとも言えるからなんとも言えんな。」
どちらの心を知ることはきっととても難しい事なんだろう…
だからこそは人は悩むのだろうか。
誰か答えを教えて欲しいものだと苦笑混じりに見上げた月は眩しく輝く満月だった。
お嬢様とシャーロットが深い眠りについた頃
お嬢様の部屋のちょうど上=屋根では・・・
満月を背に漆黒の羽を羽ばたかせながら屋根に降り立つ青年・伊鶴と対峙する形で着物を身に纏い屋根に腰を下ろす女性・雛葉がいた。
雛葉の周りには低級妖怪が集まっている。
「ずいぶん遅いのね。伊鶴。」
薄く笑いながら低級達を手で弄ぶ。
「あの馬鹿が五月蝿いんだよ。自分は領地からあんまり出られないから。」
「また、駄々こねてるの?紗凪にまでそのうち馬鹿にされるわね。」
ふふふ、と笑う。だが、目が笑わない。
この女のこういう笑いがどうしても自分はいけ好かない。
「進展は?」
「紗凪が執事と揉めた。でも仲直りした。
仲直りさせたのは新人君。
新人3人のうち女の子は見えない。男の子は感じるけど見えない子と紗凪と同じ体質の子がいる。
このイレギュラーの子は今下で一緒に仲良く寝てるわ。」
「はっ?」
ピキっと握りこぶしに自然と力が入り、殺意が漲る。
「姫さんが人の子と一緒に寝てるだと?!」
「紗凪が頼んだのよ。自分から」
はぁ、と溜息をつきながら雛葉はこちらを指で指しながらまっすぐ見据える。
「だから邪魔しないで。」
「姫さんが必要以上に人の子にくっついたらどないなるか分からんやろ?!」
「そうね。
だけど、それであの子が傷ついて人を避けるなら次こそは私たちだけであの子を守ればいいだけよ。」
「それで手遅れになったら…」
「私は・・・」
雛葉が1度顔を背けてから凛とした声音で告げる。
「私はあの人達からの約束を守るだけよ。だからあの子の気持ちを第1に尊重するわ。」
憂いをおびた顔が胸を刺す。
満月の月明かりだけがそんな会話を見守っていた。
お嬢様と友達になって、改めてよろしくをした後の話
「んー。シャーロットって長いよ。幼名はなんて言ったの?」
「幼名ですか?幼名はシャロです。」
「じゃぁ、シャロって呼んじゃダメ?」
「えっ?」
「ダメ?」
うーん。幼名はそもそも5歳までの子が自分を名乗る時のものだから今更呼ばれるのはなんか恥ずかしいんだけど・・・。
チラリ。
お嬢様の顔が期待に満ちている。
これ断れなくないか?
「分かりました。いいですよ。」
「本当!?ありがとうシャロ!」
ん~~~なんかムズ痒い!
変な恥ずかしさが込み上げてくる。
「あとね、私の事も紗凪って読んで!」
「えっ!それは流石に無理で…」
「じゃないと返事しない。」
ジト目で見られる。
マジかよ。あぁーもうどうにでもなれ(やけクソ)
「分かりました。二人の時には使わせて貰います。」
「うん!あと敬語なしで!」
「・・・紗凪・・注文多くないで、ないか?」
「多くないよ。あと、アイリスとカルマがいる時もこのスタイルだからね。」
「えっ。」
「明日にはお友達になるの!!」
・・・明日絶対アイリス辺りに怒られる気がする。