籠の中の鳥は何を求める、4
いつも読んで下さりありがとうございます。
「で、紗凪の手にキスしたんですか?」
「・・・・」
練習直後の汗を拭きながら隣に立つカルマに一昨日の件を話した。
「した…。でも、意味は変じゃないだろ?」
「確かに間違ってはいないですけれど。シャロは大胆ですね」
「お前それ馬鹿にしてるだろ」
「いや、素直に褒めてますしすごいと思いますよ。僕には出来ないので」
カルマは他の訓練生の練習風景を眺めながら羨ましそうに答える。
「とりあえず俺が赤面してなかったかだけ確認しといてよ」
「どうして?」
振り向いたカルマと目が合う。
紗凪に赤面を見られてカッコつかなかったのが恥ずかしいだなんて言いたくないし…言えない。
「今朝会ったのなら大丈夫なんじゃないんですか?」
「今朝は・・・いつも通り過ぎてわかんなかった」
「ソレって…」
あぁー、目線が刺さる!そんな目で見んなよこっちを!!
「そ、そうだよ!緊張し過ぎてわかんなかったんだよ」
「本当に君って変わってますね」
「うるさいぞ」
キッとカルマを睨み、鍛錬場に背を向ける。
「一応確認はしといてあげますよ♪友情割引で」
楽しそうなカルマの声を背中に聞きながら自分の仕事へと戻る。
内心あいつに頼るんじゃなかったとかは思ったが仕方ない。相談したのは自分だからどうしようもない。
そうは思ってもやはり、何とも言えないやるせなさが苦笑いをさせる。
夕方
書類をめくる音。印をついて書類に押す音。万年筆をインク瓶にぶつける小さな音。それらが絶えず響く執務室・・・・
「紗凪様、本日はここまでです」
ピクっと猫耳カチューシャが微かに動き、書類に向けられていた顔がだんだんと持ち上げられる。
「お、」
「お?」
「お…わったぁぁぁぁぁ一!!」
顔とともに腕も勢いよく上に伸ばし伸びをする。椅子の上で少し体を捻るだけでボキボキ鳴っている。
「本日の夕食はリクエストだったハンバーグだそうです」
「ハンバーグ!!」
「食に弱いですね」
書類をまとめながら手際よく明日への引き継ぎや本日中に各部署への提出書類を選別する。
「カルマはあまり食べたとこを見ないけどお腹空かないの?」
紗凪が不思議そうな顔で僕を見つめてくる。
「まぁ、そういう訓練をしているので…」
そこで思い出す。友人から紗凪に確認して欲しいと頼まれたことを…
「ねぇ紗凪。最近シャロとなんかありました?」
ゴフッッ
ケホッケホッ。
紅茶を飲んでいる最中だった彼女は盛大にむせている。コレは答えるまでもないほどのわかりやすさだ。
「な、どうしたの?急に」
顔を真っ赤にしながら息を整える紗凪。どうしたのはこちらが聞きたいぐらいだ…。
「いや、少し気になっただけですよ?」
自分でも少し意地の悪い顔をしたと思う。
紗凪が悔しそうに、物言いタゲに僕を見つめる。
「ーーーシャロが手に口づけしてきたの。昨日」
「そうでしたか。それで紗凪はどう思ったんです?」
「どうって云われてもビックリしただけよ」
彼女はサイドの髪をくるくると指に絡めて遊びはじめる。目線を合わそうとしない。
「その後シャロはいつも通りに?」
「えぇ。まるで昨日のことは何も無かったかのように今まで通り過ぎて私だけが緊張してるみたいで・・・恥ずかしかったわ」
「そうですか」
まさかの言葉で危うく吹き出しかけた。
お互い緊張し過ぎていつも通りの反応だったとは…ある意味凄い。
これはシャロが心配するようなことは何も無いだろうと勝手に結論づける。
「どうしてカルマはそんなことを聞くの?」
薄いピンク色の瞳と視線がぶつかる。まっすぐな綺麗な瞳ー
「さぁ、どうしてでしょうかね」
ニッコリ笑って答えると紗凪はムッとした顔で頬を膨らませる。
年齢らしい可愛い顔だ。
「そんなことより早く夕食を召し上がらなければ冷めてしまいますよ?」
「! 本当ね!早く行きましょう」
小さな体が椅子から跳ね上がり、僕の手をひいて執務室を後にする。
夜 会議室
「ーー以上が今日の報告です」
「「了解です」」
見習い3人が顔を合わせての報告会が終わりそれぞれの部屋へと解散となる。
「シャロ」
「ん?どうしたカルマ」
友人がタオルで頭を拭きながら振り向く。
風呂上がりのためか頬が熱をおび、紅くなっている。
「聞いてきましたよ。紗凪に」
タオルに添えた手が止まる。
「ハハハハ、仕事早ぇー」
引きつった笑いを漏らすシャロに悪戯っぽく微笑む。
「お褒めいただけて何よりです」
「てか、場所変えよう」
そう言ってシャロは顔を片手で覆いながら、自分の部屋に入るよう促す。
「お邪魔します」
「お邪魔されます。それで・・・」
「単刀直入に言うとシャロの問には気づいていなかった様ですよ」
えっ?と小さく漏らしたシャロだったがだんだんとその瞳に光が漲ってきてー
「マジか!?」
いつもよりワントーン高い声。裏返っている。
でもまぁ嘘はついてない。
正直に伝えるつもりもないので黙っておく。
「よかったですね。恥を晒さなくて」
「うるせぇよ」
余程安心したのか後ろ向きにベッドに倒れてその身をベッドに沈める。
本来執事にあるべき行為ではないが、それだけシャロが僕に気を許しているか、安心が大きかったのか、はたまたその両方なのかは分からないが…。
「次からは気をつけてくださいね」
「分かってるよ。ありがとうな!」
シャロから差し出された手を握り、互いに笑いながら部屋を後にした。
自室
殺風景な空間にベッドと机・椅子が1組。そして部屋のベッドの対面の壁には大きな地図が貼られている。
ここローズタスト王国を中心とした周辺国の国境や首都、川の流れや山脈の高さが記された地図。その土地の特徴などが書かれた付箋を貼り付けて。
地図を見る形でベッドに腰を下ろし、目頭を揉む。
自分が何のためにここにいるのか、どうしていかなくてはいけないのか考える。仮面が外れる心配はない。
だか、どこにいても心休まることはない。
地図を眺め、祖国を思い出す。
ベッドから机に移動し、1枚の紙とペンを用意してサラサラと2行程度の報告を書く。
封筒に入れることなく紙を折りたたんで窓を開けて口笛を吹く。
ピィィィーーーー
暗い外に目を凝らす。1羽のフクロウが薔薇園から飛び立ち、こちらに向かって一直線にくる。
腕を伸ばし枝の代わりにフクロウを止まらせてフクロウの足につけられたホルダーに先程の手紙を忍ばせ、手を思いきり振り下げる。
バサバサバサッ
夜闇に溶け込む様にフクロウの姿が消えてゆく。窓を静かに閉め何事もなかったかのようにベッドに横になる。
深く吐いた息はどこか自嘲気味なため息へと変わり、鈍い痛みが重りとなって胸を締めつける。
バサバサバサッ
ローズタスト王国の王城から南へ離れた所にある国立公園の外れー花園の真上を1羽のフクロウが優雅に羽を羽ばたかせる。
「なんだアレッ?」
夜目の利く伊鶴が手を横に持ち上げ、近くに咲いていた花の葉をちぎり口にあてる。
ピィィィィ
フクロウは綺麗な弧を描きながら旋回して伊鶴の腕に止まる。
フクロウの喉を指で撫でてやりながら足につけられたホルダーの中の物を取り出す。
出てきたのは小さな紙切れ
「なんだこりゃ?紙くず・・・にしては綺麗に折られてるしなぁ〜」
折りたたまれた紙を元に戻す。中には何か書かれているらしい。月が影ってしまい読む事が出来ない。
「んんん?」
どうやって読むか頭を使う。月は当分の間は出て来させる気がないらしい厚手の雲に覆われた。
どうしたものやら。
「伊鶴、貴様何をしている」
「よォ春志。なんだお前がここに出てくるなんて珍しいな」
かけられた声に振り向くことなく皮肉を口にする。
「別に見回りだ。あの方が居られない今はこうして妖の均衡を保つ為に見張りは欠かせんだろう」
春志と呼ばれた妖狐は淡々と皮肉に対しても答えを言う。つまらない奴だ。
「で、私の問に答えろ。この馬鹿鴉」
「はぁぁ?俺は馬鹿じゃねぇし鴉天狗だよ。ボケ狐」
「雛葉から人間に接触したと報告が来たぞ」
チッ。 あの女なんでもかんでもチクリやがって。
「もう一度聞く。お前は何をしている」
面倒臭いのに捕まってしまった。こいつのこの堅物な所がどうも気が合わない。
「別に。見かけないフクロウがいたから伝令のだろうと思って引き止めただけだ。」
「ふむ。その伝言にはなんと?」
「まず誰宛かもわかんないぜ。月は隠れて明かりがないからな」
「なら、こうすれば見えるだろう?」
パチンッ
春志が指を鳴らす。するとどこからともなく青白い炎がいくつも現れる。これは俗に言う狐火。
実際に物が燃えたりはしないので安心して近づける。
二人でその紙を狐火に照らし見る。
〈 任務順調 作戦達成まで3 〉
「任務ってことは潜入かなんかか?」
「国を知るのはこのフクロウだけらしいな」
「敵なら姫さんに知らせるが・・・・何ともだな」
春志が狐火を操り、森から何かを連れてくる。
小さな二足歩行の毛玉ー1つ目の妖。
「このフクロウに乗り居場所を掴め。またこいつが運び戻って来る際に私に知らせろ」
毛玉の妖がコクコクと頷き、フクロウの背に飛び移る。
手紙を折りたたみ、ホルダーに入れて「行け」と命じるとサッと飛び立って行く。
「吉とでるか凶とでるか…どっちだろうな」
春志に投げかけるとフクロウが飛んで行った先を見つめながら険しい表情をする。
「姫君に害がなければなんだって構わない」
その気持ちは同じだ。俺ら妖にとって国なんてどうでもいい。
ただ姫さんが笑ってくれさえすればなんだって構わないんだ。