終焉
一
聖禽が指を鳴らした瞬間、国江、栗原、沼津の三人を取り囲むようにして、瞬間的に青い炎が立ち上る。突然の事で三人は身構える余裕もなく、炎に包まれてしまい、あまりの熱さに悲鳴を上げていた。
「せい、きん……っ!」
うまく動かない体を無理矢理動かし、棗は聖禽の腕を掴む。
「棗、もうしばらく待て。もうすぐでお前の呪も解け、その痛みに苦しむ事もなくなる」
「っ……私は、そんな、事、望んでないっ! 智咲、三人を、救えっ」
聖禽の言葉に、棗は息苦しそうにしながらも、ハッキリと言い切って見せる。智咲は棗の指示に従い、三人を覆う炎に大量の水を浴びせ、消化させる。
「何をするっ!」
「聖禽……彼女たちは、殺しては、ならない……」
もう、呪に侵されていない所が何処なのかさえわからなくなってしまった棗の姿。肌の見える所は全て、黒ずんでしまい、命が果ててしまうのも時間の問題だと言うのが見て取れる。
「だが、その呪を何とかしなければ……!」
「わかっている……。私が、何とかする。だから……」
棗の必死さが伝わったのか、聖禽は言葉を詰まらせ、眉を顰めて棗より後ろに下がった。
智咲の消化によって助かった三人はそれぞれ火傷を負い、その場に崩れ落ちる。
「国江、だったな……」
棗は国江の傍に寄り、そう口を開く。国江は苦しげに顔を顰め、棗を見上げた。
「お前の恨みは、陰陽師……晴一だろう? 正確には、先代の当主、か……」
ポツリポツリと零される棗の言葉に、国江は下唇を噛み締め、顔を逸らした。
「先代はとうに亡くなっている……また、国江を追放した、陰陽師幹部たちも、同様だ。原因はわかっていない……、復讐する相手は、もう、居ないんだ……」
「………知ってるよ」
棗の諭すような言葉に、国江は呟くように発した。それはあまりにも弱々しく、何と言ったのか、聞き取るのもやっとの言葉だった。
「だったら、何故……」
「仕方ないだろう……この恨みや辛み、ぶつける先が無くなってしまったんだ! もう、陰陽師や志獅、その誰でもいいからぶつけたかったんだよっ!」
国江の発言は、もはや八つ当たり同然。だが、もし、自分たちが同じ立場であれば、きっと、当事者でなくても、その関係者であるのなら、そこへぶつけていくしか他に方法がなかっただろう。
「…………すまなかった」
当事者ではない。だが、国江を追放した陰陽師、その関係者である事は事実。棗は膝をつき、頭を下げて、謝って見せた。国江は言葉を失い、目を涙で潤ませる。
「……私たちは、許さないわよ」
そう、ぼやくように聞こえて来た声は、栗原だった。
「謝って、私たちの両親が帰ってくるなら許すわよ。でも、帰ってこないじゃない」
「謝るくらいなら、初めからしないでほしかったわ……」
彼女たちの言い分も尤もだ。死んだ人や妖怪は、戻ってこない。不死の生物でない限り、有り得ないのだから。
「っ……、では、代わって、私が罪滅ぼしをしよう……死ねと言うのなら、死んでもいい」
棗の言葉に聖禽や虎鉄たちは絶句し、栗原たちはほくそ笑んだ。
「だが、これだけは、覚えておいてほしい」
間もなく、棗が言葉を続ける。
「例え、私がここで死んだとしても、負の連鎖は止まらない。今の陰陽師や志獅が在る限り、あなたたちのような半妖は、増え続ける。……それだけは、忘れないでくれ」
その言葉に、栗原と沼津はお互いの顔を見合わせた。
何度となく言い続けている言葉。その言葉に何の力もないが、これは変える事のない事実。減る事は当然ない。だが、確実に増える一方の事実。それを加味した決断を、棗は二人に委ねるのだ。
二人はお互いの顔を見合わせたまま、考え込んでしまう。
「棗っ!」
ドサッと音がしたと思うと、棗は虫の息の状態で倒れ込んでしまっていた。虎鉄たちが棗の傍へ駆け寄る。完全に呪が回り切ってしまっているのだろう。目を閉じたまま、ただ目を開く事さえも出来ないくらい、深刻化している。
「なぁ、もうやめようぜ! あんたたちが両親を亡くして恨むように、俺たちは棗を亡くしたら、俺たちはあんたたちを恨むぜ!」
「これも、負の連鎖……わかっとるよな?」
「棗ちゃんっ! 嫌っ、死なないで!」
「今ここで、棗の命が尽きたら、この場でお主たちを燃え散らしてやる」
全員が激しく睨みつけるよう、二人を見つめ、棗の心臓に手を当てる。ゆっくりとだが、着実に心音が停止へと近づいて行くのがわかる。息も徐々に薄らいでいく。
「嫌っ! 嫌だよっ!」
哥白が涙を目いっぱいに溜め、棗を抱きしめる。少しずつ、体温が下がっていく。ピクリとも動かない棗の体に、恐怖と言う感情が全員に押し寄せた。
「っ…………退けっ!」
グッと哥白たちの肩を掴み、棗から引きはがそうとしたのは、驚く事に国江だった。
「あんた、何を……!」
「呪を、解いてほしいんだろっ」
ギッと睨むように国江は虎鉄を見上げた。国江の言葉に驚きが隠せないが、もし、本当に解いてくれるのならと、全員が棗から離れる。
国江は左肩に手を当て、ブツブツと何かをしばらくの間唱えた。何の言葉かは理解出来ないが、きっと、呪術に使う呪文のようなものなのだろう。それを唱え終えると、スゥッと棗を覆っていた黒ずんだ色が嘘のように消えていく。虎鉄たちは再び棗の傍に寄り、それぞれが棗の体に触れると、下がっていた体温が徐々に温かみを取り戻して行くのがわかった。
「どうして棗を助けた……」
棗の容体が回復へ向かうのがわかると、虎鉄は国江に問いかける。すると国江は複雑そうに眉を顰め、笑みを作りながら答える。
「……わからないよ。でも、この子は志獅だ。俺の恨みがあるのは、陰陽師だからな……」
「…………ありがとう」
虎鉄はフッと笑みを漏らし、そう言うと棗の手を握った。
「私、たちは………」
棗が助かると、栗原と沼津はどうしたらいいのかわからなくなったと言わんばかりに言葉を漏らす。
「…………い、今のままでいい。今のままでいいから、私たち志獅に、時間をくれないか」
「えっ……?」
棗が目を覚まし、哥白に支えられながら体を起こす。棗の言葉に栗原と沼津は眉を顰めた。
「今すぐには出来ないが、きっと私が、全てを変えて見せる。その後で、二人が納得出来ないと言うのなら、甘んじて指示に従おう。だから、結果を出す時間をくれないか。きっと、納得出来るような結果を出して見せるから」
棗の言う結果が何を示しているのかは、わかっている。今の志獅を壊し、新しい志獅を作る。それは、人間と妖怪の共存出来る世の中を作るために。
共存が本当に可能なら、半妖である栗原たちも居場所が出来る。気負う事無く過ごせる日々が送れるのだ。
いつになるかわからない、その結果。それでも、それに納得出来なければ、改めてこちらの出した結果に従うと言う。何故、そこまで出来るのかがわからなかった。ただの、型にはめられた組織の一員ではない。それだけはわかった。
「……わかったわ。待っててあげる。でも、私は気が短い方なの。早めに結果を見せて頂戴ね」
「ははっ、厳しいな。でも、努力するよ」
哥白に支えられながらも困ったように笑みを零し、しっかりと先を見据えた目で棗はそう答えて見せた。
「やれやれ。やっぱり、お前たちじゃ無理だったか……」
二
突然、まるで風が吹くように聞こえて来たその声に、国江や栗原、沼津は身を強張らせた。同時に、志獅たちも耳を疑った。
「……どう、して…………」
木の影から月の光を浴びて姿を見せた一人の男。その姿に、棗は必要以上に言葉を詰まらせ、目を見開いた。
「久し振りだな、棗。元気だったか?」
ニッコリと笑みながらも、凛とした立ち振る舞いに見惚れてしまいそうな男。棗は食い入るように男を見つめ、開いた口をゆっくりと、震わせながら動かした。
「葵、兄さん…………」
その男は、紛れもない棗の兄、葵だった。もう何年も姿を見る事はなかったが、血が騒ぐようにしてすぐにわかった。
だが、理解出来ない現状。何故、国江たちまで驚き、身を強張らせているのか。そして何よりも、先程の言葉の意味がさっぱりわからない。
「せっかく俺が発破かけてやったのに、どうして最後まで全う出来ないのかな、国江?」
「も……申し訳、ございません……」
「もしかして、棗が俺の妹だから助けちゃったの? 困るなぁ、そう言うの。俺言ったよね、相手が誰であってもやる事はやれって」
「しかし、葵様っ!」
「言い訳なら聞きたくないな。俺の時間を返してくれる?」
淡々と責める葵の言葉に、国江が土下座をしながら反論しようとするが、ついに言葉を詰まらせて押し黙ってしまう。
何故、葵が国江を従わせている? 何故、葵がこの場に居る? 何故……。
「不思議そうにしてるね、棗。あ、それは虎鉄たちもか」
爛々と目を輝かせ、面白がっているのがわかる。何を意図してここに居るのか、棗たちにはわからなかった。ずっと探していた。どれだけ、どんな手を使っても見つけられなかった人。なのに、どうしてこのタイミングで、どうしてこの状況を……聞きたい事は山ほどある。
「詳しい事は面倒だから省くけど、ぶっちゃけ、俺、志獅と陰陽師って嫌いなんだよな。ま、それで逃げ出して、ぶっ潰すために動いてたわけよ」
「……どうして……? 葵兄さんは、あの人と親友なんじゃ……」
「親友? ハッ、笑わせるなよ棗。あいつとはそんなんじゃない。まぁ、表向きそう見せてた頃はあるが、俺とあいつは、部下と上司。それだけだったんだよ」
葵の言葉で、棗の記憶がガラガラと音を立てて崩れ去る。幼い頃見ていた二人は、親友に見せかけた、ただの上司と部下だった。仲が良さそうに見えたのも、ただの演技。そんなの、幼い子どもには理解出来るはずがない。
「せっかく使えそうな奴を見つけたけど、大ハズレだったみたいだな」
やれやれと肩を竦め、首を横に何度か振って見せる。
「ま、いいや。他にも駒はある。じゃあな、棗。俺は次のために準備しないと。そいつらはお前たちの好きなようにしていいから」
そう言うと葵は、ピィッと指笛を吹くと、上空から赤黒い龍を呼び寄せ、それに乗って姿を消してしまった。
あまりにも衝撃的な事実を目の当たりにし、葵を制止する事が出来なかった。ただ茫然と見送ってしまう結果になり、後になって押し寄せてくる後悔に、下唇を強く噛み締める事しか出来なかった。
三
葵と想定外の再会をしてから数日。すぐに棗は東李と智咲を使って葵を探し始めたが、既に何処かへと姿を暗まし、また、見つけられない状態が続いていた。もちろん、晴一にも報告をした。全国の志獅にも伝達し、葵を探し出すように命を下した。それでも、見つけられない。悔しさばかりが募る。
葵の目的は、志獅の崩壊。棗の目的と被るが、葵の目的は未来がない。葵は、ただただ陰陽師と志獅を嫌っているだけなのだろうか。それすらも問いかける事が叶わない。
棗は眉を顰め、ただ葵を見つけたと言う報告を待つばかり。
「棗ちゃん……?」
「……ああ、哥白か。どうした?」
悲しげな表情を見せながら顔を覗かせる哥白に、棗はフッと笑みを作って聞き返した。
「棗ちゃん、あまり寝てないんじゃないの? お兄ちゃんや凰巳くんがすごく心配してるよ? それに、堀本さんたちも……」
「……そうだな。心配かけてすまない。これでも一、二時間は寝てるんだ。あまり気にしなくていいよ」
棗はあの日以来、本家に寝泊りをしていた。誰も居ない、ただ広いだけの屋敷に、一人きり。まるで、再び姿を消した葵の姿を見つけ出そうとしているようで、誰もが棗を心配していた。
「それより、国江や堀本さんたちはどうだ。少しは馴染めているか?」
国江、堀本、久田、栗原、沼津。この五人はあれから志獅が引き取るような形で仲間に加えた。当然、晴一から猛反対を食らったが、棗はそれを適当にやり過ごし、今は東李、虎鉄、凰巳のそれぞれの家へ分配して住む場所を与えた。彼らは志獅の頭首である棗の部下として身を置く事となった。
「うん。国江さんはまだ馴染めてない感じだけど、他の四人はだいぶマシになったと思うよ。まぁ、堀本さんはかなり馴染めてる方で、相変わらず棗ちゃんとお兄ちゃんの仲の事を周りに聞き歩いてるよ」
クスリと笑みを零し、哥白は五人の現状を簡単に報告する。それを聞いた棗は軽く息を吐き、眉を顰めながら笑みを見せた。
「棗様。主様より言伝をお持ちしました」
途端、目の前に現れた一人の女性。だが、それはすぐに煙に消え、ひらりと一枚の紙だけが残されていた。それを哥白が拾い、棗へ手渡す。渡された紙はいつもの式神だった。
「……はぁ。さしてゆっくりもさせてもらえないな」
棗は紙の中をサッと目を通すと、零すようにそう言った。そして、ゆっくりと立ち上がり、引き締めた表情で改めて口を開く。
「行こうか、哥白。主様からの任務だ――――」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この『志獅』は、終わり方から言って、続きがあります。が、まだ書いておりません。
どういった具合に……と言うのはもう出来上がっているのですが、いかんせん、モチベーションの問題で手を付けていないです。
ここで上げたフラグがまだ回収できていないものもありますので、きちんと回収しておかなければ、モヤッとした終わり方になってしまいますからね。
では、続刊をお楽しみに。しばらくの時間を頂きます。




