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志獅  作者: 長村 侑真
2/5

好き嫌い


     一


 棗に呼ばれて招集された、東李と虎鉄。今居る場所は地方の大きな寺院。ここに集められたのは他でもない、主の晴一による任務のため。

「おせぇよ棗っ!」

「悪い、遅くなった」

 寺院へ入る門から、棗が申し訳なさそうに姿を現した。招集時間は深夜の二時。それを二十分オーバーしての到着だった。

「今日は凰巳や智咲たちは呼んでないの?」

 東李が集められたメンバーに首を傾げて問いかけた。

「今日はいいかと思ってな。数は多少居るが、問題ないだろう」

「数ってどれくらいだよ」

「ざっと三十か。面倒なのは居ないはずだから、三人で何とかなるだろ」

 虎鉄に問われ、思い出すように晴一から受けた任務内容を思い出し、棗が言い切った。

「三人で三十って中々大変じゃない? 一人十体計算だよ」

 東李が眉を顰めて棗に問うが、棗はそれを取り合う様子もなく口を開く。

「どうでもいいが、早く済ませるぞ」

 時間が深夜の二時三十分を回ろうとしていた。棗の促しに東李と虎鉄は頷き、三人は寺院の奥へと向かう。

 寺院の中に入ると、石畳で出来た道が本堂へと続き、所々に灯篭が立っている。本堂から漂う妖気に、東李と凰巳は眉を顰める。

「本堂の中だ。住職には本堂の中に入れるよう配慮してもらっている」

「……なるほど、だからこのメンバーなんだね」

 棗の話を聞いて、東李が納得するように声を上げた。しかし、その意味を虎鉄は理解出来なかった。それを見て東李が口を開く。

「ほら、凰巳や智咲だと本堂を汚しちゃうでしょ? 場合によっては燃やしちゃうし。その点、僕は植物を操るだけだし、虎鉄は体術で何とかなるでしょ?」

「おい、それじゃあ棗は何だよ」

「棗は……監督?」

 東李は言葉に詰まらせて言うと、軽く笑って見せる。だが、それで虎鉄が納得するわけがない。

「それいるのかっ?」

「仕事はちゃんとする」

 虎鉄が声を上げた瞬間、棗が何かを持ち上げた。それは一本の刀だった。

「ああ、その六尺刀か」

 刀は通常より長く、虎鉄の言う通り、六尺ある。一尺、約三十三・三三センチと言うのを踏まえると、約二百センチはある事にある。

釛釖(かねとう)だ。これがあれば何も妖力なんて使わなくてもいい」

 これは棗の愛刀。二百センチもあれば手に余る物。それを棗は上手く使いこなす。

「入るぞ」

 棗は本堂の前に着くと、棗は本堂の中へ繋がる扉に手をかけ、そう声をかける。東李と虎鉄は声もなく頷いた。

 ギッ、と木の軋む音が本堂内に響く。開いた隙間から夥しい程の妖気が溢れ、三人に浴びせた。扉を開き切った瞬間、何体かが勢いよく三人に向かって飛び出してきた。

「避けろっ!」

 棗がそう声を上げると、持っていた釛釖の鞘を抜き、飛び出してきた妖怪を切り裂く。綺麗に切り裂かれた二体の妖怪がビクビクと痙攣するようにして地面を這った。

「東李、虎鉄くん、こいつらを外へ出すなよ!」

 そう言うと棗は中へと入ってしまう。東李と虎鉄は顔を見合わせると、すぐに棗を追いかけて中へと入り込んだ。東李が扉を閉め、中を再び見ると、暗い中にいくつかの目があるのに気が付いた。

「東李……これ、視えてなかったのか……?」

 虎鉄が微動だにせずジッと何かを見つめ、一筋の汗を垂らしながら声をかけて来た。

「視ようとしてなかったから、視えてなかった……まさかこんなだとは……」

 そこはまるで妖怪の巣窟。決して広い訳ではない本堂の中は片付けられている。その開けた隙間を縫うかのように、大中小それぞれの大きさの妖怪たちが固まってこちらを睨みつけるように居る。

 妖気によるあまりの重圧に圧される。ここに居る妖怪たちの強さは五段階で言えば、二段階くらいだ。だが、三十体が集まると相当な重圧だ。

「行くぞ」

 棗は釛釖を構え、妖怪の群れの中へと突っ込んでいった。それに合わせて妖怪たちも棗へと襲い掛かる。出遅れながら東李と虎鉄は走り出し、各々の出来る術を持って妖怪と対峙した。

 襲い掛かって来た妖怪はおよそ二十体。残りの妖怪たちはまるで重い腰を据えるようにしてこちらを見ている。

 動き出した妖怪たちが何の妖怪なのかの判別もせず、棗は長さなどものともせず釛釖を使って真っ二つに切り裂く。東李も植物の種を握って植物を発生させ、妖怪を縛り上げて息の根を止める。虎鉄は得意な体術で妖怪を殴り落とす。

「チッ、手間がかかり過ぎる!」

 虎鉄が苛立ちを見せながら吠えるように言った。すると、重い腰をゆっくりとした動作で見物していた妖怪が立ち上がった。

『我らに何用か?』

 一体の妖怪が言葉を発した。人の言葉を理解する妖怪は少なくない。決して驚く事はないが、この現状になってそれを問われた事に、東李や虎鉄は目を丸くした。

「何用……見てわからないか? お前たちの清掃だ」

 淡々とした口調で棗が妖怪の問いかけに答えた。それを聞いた生きている妖怪たちは顔を見合わせ、何かを会話する素振りを見せた。

『住職が話しておったな……主ら、もしや陰陽師の……』

「志獅だ」

 妖怪が言い切る前に、棗が言い切った。同時に、他の妖怪たちがざわめきだした。

『やはり……』

 何かを納得して見せると、考えるように妖怪は目を閉じた。

 よく見ると、生き残った妖怪たちは何かに怯えているようだった。今、目の前にしている志獅に怯えているのが妥当な考えだろうが、棗は別の何かに怯えている気がした。

「何を怯えている?」

 棗は妖怪たちが口を開く事をしないので、単刀直入に問いかけた。それを聞いて妖怪たちは囁くようにお互いの意見を交換し合う。

「話によっては聞いてやらない事はない。何に怯えている」

『……我らはある者から身を潜めているのだ』

「ある者……?」

 妖怪たちから出た言葉に棗は眉を顰め、聞き返す。妖怪は一度頷き、再び話し始めた。

『その者は我らをエサのように喰らい、また、生贄とする。もう何十年、何百年となかったのに、何故再びこのような事になったのか……』

「誰だ、そいつは。名はわかるのか?」

 棗の問いかけに妖怪はゆったりと首を横に振った。

『わからぬ。だが、アレは人間だ。人間が意図して妖怪を生み出している』

「人間が、妖怪を……?」

 流石に予想していなかった言葉に棗は息を呑んだ。

 人間が妖怪を生み出す。それはさして珍しい事ではない。何故なら、人間が好んで耳、目にする都市伝説や百物語。他にも様々に創り上げられた話はあるが、人間の創造した妖怪や化け物は、言霊によって実現になってしまう。言霊は一種の催眠術や思い込み。居ると思えばソレは居るし、居ないと思えばソレは居ない。その居ると思う人間が多ければ多い程、想像から創造へと変わり、ソレが実体化してしまうからだ。

 だが、この妖怪が発したのは、「意図的に生み出している」と言う事だ。つまり、多勢の人間の思い込みなどで創られた妖怪ではなく、妖怪の言う「ある者」がたった一人で妖怪を創りだしていると言うのだ。

 前者の事を考えると、そんな事は到底有り得ない。だが、この妖怪たちが嘘を吐いているようにも棗には見えない。もし、これが真実だとすると、在ってはならない事だ。

『我らはその者から逃げている……。喰われたくないのだ。ここならば見つかる事はないと身を潜めていたのだが、潮時か……』

 諦めるような表情。棗は額を抑え、軽く息を吐いた。

「……わかった。お前たちに住処を与える」

「棗っ?」

 棗の判断に驚いた東李と虎鉄が、声を揃えて叫ぶ。棗はひらひらと二人に手を振り、抑えるよう促した。

『いいのか……?』

 流石の妖怪たちも意外な判断に驚いたように声を上げる。

「どうやら、お前たちは人間に危害を加えるつもりがあってここに居座っているわけではないようだ。身を隠したいだけであれば、主様の預かる寺院を紹介しよう。だが、そこで人間に危害を加えるような事があれば、生きていられるとは思うな」

『ありがとう、本当に。切り捨てられた同胞は仕方ないが、主らの温情、痛み入る』

 妖怪たちは手を合わせ、まるで拝むかのように頭を下げた。

「い、いいのかよ!」

 黙って聞いていた虎鉄だったが、我慢の限界に達したのか、また吠えるように叫んだ。

「……構わないだろう。本来、志獅は人間に害を成す妖怪を退治するのが目的だったんだ。それに、こいつらは条件を呑んだんだ、もし何かあればすぐに殺される。主様にはきちんと説明するさ」

 棗は釛釖を鞘に納め、踵を返した。そして、再び口を開く。

「お前たち、主様の預かる寺院へ案内する。私たちが先頭に立つから、後へ着け。この時間だ、人目は付かないだろうが、あまり大きな動きはするなよ」

 そう言いながら棗は本堂の扉を開け、一歩外へ出た。東李と虎鉄は顔を見合わせるが、諦めたかのように一息吐き、棗の後を追う。その後ろから生き残った妖怪たちが付いてくる。

 棗は寺院から出ると、すぐに人様の家屋の屋根へと飛び移った。それに続き、二人と妖怪たちが飛び移る。しばらく屋根伝いに動き回ると、人里離れた山奥の一つの寺院へと辿り着く。先程の寺院とは比べ物にならない大きさの寺院だ。

「ここは主様の分家が管理する寺院だ。それに加え、一般の人間の出入りはあまり多くない。人間を喰らいたくなったらここから出ていけ。もし街中でお前たちを見つけたら、即排除する」

 棗の言葉を聞きながら、妖怪たちがぞろぞろと中に入って行く。

「お前たちの言うある者、と言うのが誰を指しているのかわからないが、ここならば簡単に見つかる事もないだろう。もし、そいつが来た時は、ここの人間に言ってくれ。主様を通して私たちの耳に入るはずだ。そいつが何者かはわからないが、人間に危害を加えないお前たちの妖怪が住まう事の出来るこの国を、取り戻してやるよ」

 フッと不敵に笑む棗に、妖怪たちは安堵するような表情をして見せた。それには東李と虎鉄は驚き、まじまじと妖怪たちの顔を見てしまった。

「では、私たちはこれで失礼する」

 棗の言葉に妖怪たちは深々と、額が地面に着くくらいにまで下げて棗たちを見送った。棗たちは寺院を後にし、そこから少し離れた所で東李が口を開いた。

「……あそこ、蘇芳(すおう)の管理地だよね」

「蘇芳って言や、主様の分家で一番お人好しな家じゃなかったか?」

 東李の言葉に虎鉄が反応し、思い出したように口を開く。それらを聞いて棗は軽く笑って見せた。

「お人好しだからに決まっているだろう? 妖怪たちにはああ言ったが、何かあればこちらへ直接連絡するよう言うつもりだ。晴一様の事だ、絶対伝える事を忘れるだろうからな」

 呆れたような表情をして、軽く頭を掻いて見せた。晴一の事をよく知っている棗の言う事だ、東李や虎鉄は口出しする事が出来ない。

「けど、よかったのか、こんな事して。主様に怒られたりしないのか? これ、一応任務放棄になるだろ?」

「まあ、な。だが、あの寺院内は片付いただろう? 目的は達成されている。大したお咎めもないだろう」

 一瞬言葉を渋った棗だったが、吐き捨てるようにしてそう言った。

「予定より遅くなったが、帰ろうか。哥白や智咲、どうせ起きて待ってるんだろ?」

 棗の言葉に東李と虎鉄は驚いたように棗を見た。棗は軽く笑みを零し、帰路へと着いた。


     二


「智咲ー、起きなっ」

 棗の住むマンションの五階。そこに東李と智咲は同居している。その理由は両親同士の考え合っての事だ。時間にルーズな智咲と、きっちりと世話好きな東李。初めは嫌がっていた二人だったが、高校に入ってから三年目ともなれば慣れてしまう。

「……あと十分……」

 あまり喋る事を得意としない智咲は普段、寡黙でクールな存在だと思われている。だが、頭首である棗が絡めば饒舌になり、仕事熱心だ。このオンオフがはっきりしすぎていて、同居する東李も初めは手間取った。

「あと十分寝たら準備できないだろー? ほら、起きろって」

 まるで母親のような態度で、東李は智咲の被る布団を捲り上げ、小さく丸くなる智咲を起き上がらせる。健全な男子であれば、ここで襲ったりもするのかも知れない。だが東李はそれをせず、せっせと智咲の世話を焼いている。

「制服、出しとくから着替えておいでよ。朝食は出来てるから」

「んー……」

 わかっているのか、わかっていないのか。曖昧な返事に東李は苦笑し、智咲の部屋を出て行った。

 この部屋に帰って来たのは、今朝の四時。智咲は半分眠そうにしながら待っていた。東李が帰って来たのに気付くと、まるで死んだかのようにその場で眠りに落ちた。流石に待ちくたびれていたのだろう。先に寝ていいと言伝ていたのだが、待っていてくれた事に東李は少し顔が綻んだ。

 だが、東李は智咲より身長が低い。身長は百六十丁度。決して低すぎるわけではないが、女子より低いのは気にしている。そんな東李が智咲を抱えて智咲の部屋へ連れて行くのは少し手間取った。力は一般男性と大して変わらないが、寝ている人間を運ぶのは大きな岩を抱えるのと同じくらい重い。何とか運び込むのに十分ほどかかった。

「……ご飯……」

 そう言ってやっと智咲がリビングへとやってきた。一応制服は着ているが、男女兼用のネクタイが結ばずに首にかかっている。

「ああ、ほらネクタイちゃんとしてっ。何でウチは女子もネクタイなんだろ……、リボンなら簡単なのに……」

 ぼやきながら東李は智咲を椅子に座らせ、ネクタイを結ぶ。それを智咲は眠そうに見るだけだ。

「……東李……眠ない?」

「え? ああ、平気だよ。一応、二時間は寝たし。眠かったら昼休み、少し寝るよ」

 黙っているだけだった智咲に問われ、一瞬何を聞かれたのかわからなかった。だが、すぐに思い返して理解すると、東李は優しげに笑んで答えた。

「……ホンマ、真面目……サボればええのに」

「まぁ、それでもいいんだけどね。ほら、虎鉄見張ってないと棗に何するかわからないじゃん? はい、ネクタイ出来た。朝食食べちゃって」

 綺麗にネクタイを結び終えると、智咲をテーブルに向かわせた。

「…………け……ええのに……」

「ん? 何か言った?」

 ポツリと何かを呟いた智咲に気付き、東李は首を傾げて問いかける。だが、智咲は首を横に振って用意された朝食に手を付ける。智咲の行動を怪訝に思うも、東李も時間がないため朝食に手を付けた。

 朝食を済ませ、後片付けをすると、二人は学校へと向かった。学校へ着いても同じクラスなために、常に顔を合わせる事になる。しかし、智咲はフラッと姿を消し、教室へ戻って来ない事が多々とあるが、行先は常に屋上。成績が悪い訳でもないために、教師たちは何も言わない。

「おう、東李、智咲」

 玄関口で虎鉄とばったり出くわした。声をかけて来た虎鉄に振り返り、東李も口を開く。

「おはよう、虎鉄。珍しく一人?」

「何だよ、別に毎日哥白連れて歩いてるわけじゃ……」

「じゃなくて、棗だよ。今日は会わなかったの?」

 妹の哥白を連れて歩くのはシスコンである虎鉄にはよくある事。シスコンが高じて哥白に言いよる男共は全て排除されてしまっているために、凰巳も哥白と親しくしている所為で餌食となっている。

 だが、哥白と肩を並べるようにして虎鉄の隣にはよく、棗が居る事がある。単純に言えば、虎鉄が棗をライバル視しているからだ。幼い頃から虎鉄は棗にコテンパンにやられているため、一度も勝った事がない。その割に棗が手を抜くとひたすら怒り、その時の勝負はなかった事にする、とても馬鹿正直な奴だ。

「何でアイツと一緒に学校来なきゃならねぇんだよ!」

「いつも口喧嘩しながら学校来てるでしょ? 学校中知ってるよ。また痴話喧嘩してるって」

 一年の棗と三年の虎鉄。そんな二人が一緒に歩いているだけでも話題の的なのに、毎日顔を合わせる度に口喧嘩していれば、しなくてもいい想像をしてしまうのが思春期の男女だ。

「痴話喧嘩じゃねぇよ! アイツが突っかかって来るから俺は……」

「誰が突っかかって来るって?」

「あ、棗。おはよう」

 虎鉄が全てを言い切る前に、棗が割り込み、東李は驚く事もせずに挨拶をした。だが、虎鉄は相当驚いたのか、肩を震わせて目を丸くしていた。

「おはよう、東李、智咲。あと虎鉄くんも」

 面倒臭そうな表情をして棗がそれぞれに声をかける。虎鉄は嫌そうな表情をして棗を見ると、すぐに視線を逸らした。

「棗、いつまで虎鉄の事そう呼ぶの?」

「それはそっちに聞いてほしいな。満足するまで呼び続けるさ」

 化け猫と対峙したあの日から、棗は虎鉄の事を敬称付けで呼び続けている。たまには虎鉄の言う事を聞いてやろうと言う思いがよくわかる。けれど、それに虎鉄は決して満足しているようには見えなかった。

「だ、大体、年上を敬うのは普通だろ! 満足も何もねぇよ!」

「御尤もだ。返す言葉もないよ」

 虎鉄の言い分に棗は否定する事無く、むしろ肯定して見せた。すると虎鉄の表情が更に嫌そうなものへと変わった。それを見て東李はある事を悟った。

「……虎鉄。君、棗が素直に意見を認めるのが嫌なの?」

「そ、そんな訳ねぇだろ! むしろありがたいね、反論してこなくて!」

 一度小さく肩を震わせたが、まるでそれをなかったかのように取り繕う虎鉄の様子に、東李は思わず笑った。

「な、何笑ってんだよ!」

「いや、ごめん。本当、虎鉄は棗の事気に入ってるよね」

「……確かに、あれだけ悪態つかれても口を利くんだもんな。お前、実はマゾなんじゃないのか?」

 東李の笑いに敏感に反応した虎鉄。それを謝る東李の言い訳に、棗が賛同して口を開いた。それを聞いて虎鉄はギュッと眉を顰めて大声を上げた。

「んなわけっ……」

「棗ー、おはようっ!」

 虎鉄が否定している所に割り込むようにして、凰巳が現れた。それも棗を後ろから抱きしめるようにして現れたが、当の棗は驚いてない様子だ。

「相変わらずだね、凰巳。そんなに棗は抱き心地がいい?」

 抱き付く凰巳を見て虎鉄の表情が凍って行くのが東李にはわかった。その様子に思わず失笑しそうになるのを耐え、凰巳に問いかけた。

「そりゃ俺より小さいから、すっぽり丁度はまるのがいいんだよっ」

「哥白にもやって嫌がられてるよね」

「う……それは言わないでよ」

 気が付くと哥白に軽く「好きだ」だとか「愛してる」などと言っている凰巳。何が本心なのかよくわからないが、哥白には相手にされていない。同時に、虎鉄からの睨みにいつも笑いが出そうになる。

「棗も大変だね」

「そう思うならこいつら躾けといてよ」

 虎鉄と凰巳に挟まれる形になってしまった棗は、面倒臭そうな表情を崩す事無く言って見せた。

 棗の本心もよくわからない物だ。仲間思いなのはずっと一緒に居ればわかる。だが、この二人の事をどう思っているのか、そう言った心理は一切読み取らせようとしないポーカーフェイスだ。

「僕は智咲の世話で手一杯。たまに虎鉄を抑え付けるくらいしか出来ないよ」

「だろうね。やっぱり、東李に智咲を任せて正解だった」

「え? どういう事? 同居は親が決めた事だよ?」

 フッと笑みを浮かべて言う棗の言葉に、東李は違和感を覚えて問いかけた。

「私が提案したんだよ。智咲、私だけじゃなくて東李の言う事はちゃんと聞くみたいだったから」

「……そうだっけ?」

 確かに、言われてみれば智咲は東李の言う事は意外と聞いてくれている。多少わがままでマイペースな所があるが、それは仕方ない事だと思っていた。

「そうだよ。それに……っと、そろそろ教室に行かないと」

 何かを言いかけると、棗は凰巳の手を振り払い、自分の下駄箱へと向かって行った。東李はそんな時間かと身に付けていた腕時計を見たが、始業まであと二十分はあった。何を急いでいるのかと首を傾げる。置いてかれた男三人はふと視線に気付き、その方を見る。すると相変わらず眠そうな表情をしているにもかかわらず、恐ろしくダークな雰囲気が漂う智咲が立っている。

「お、おい……何で智咲怒ってんだ?」

 コソコソと智咲に聞かれないよう東李と凰巳に虎鉄が問いかける。

「さ、さあ? 虎鉄さんがうるさかったんじゃないの?」

「あー……それあるかもね」

 智咲の雰囲気に呑み込まれた三人は、見なかった事にしようとすぐに目を逸らし、それぞれの下駄箱へと向かった。

「智咲、機嫌悪いけどどうしたの? 今朝はそんな事なかったよね」

 隣を歩く智咲に、東李が問う。すると智咲はジッと東李を見つめ、何も言わずに教室へと入って行ってしまった。だが、東李からしたら智咲は、何かを言うのを躊躇っている様子に見えた。

 東李も教室に入り、自分の席へ着く。

 少しの間クラスメートと雑談を楽しむと、朝礼のチャイムが鳴り響き、担任があまり見覚えのない制服を着た生徒を連れている。

「はいみんなー、ちゃんと席に着いてーっ」

 ほぼ着席している生徒たちに向かって、担任が声を上げた。生徒たちは担任の横に居る生徒が気になって素直に着席する。

 制服から判断するに、その生徒は女子。棗に負けない程の凛々しさを感じさせ、とても落ち着いた雰囲気を醸し出す。

「みんなこの子が気になると思うから先に紹介するね。彼女は転入生の栗原(くりはら)綾香(あやか)さん。みんな仲よくしてねー」

 そう言うと担任は栗原に席の場所を教え、栗原はその席へと着く。そこは東李の隣の席だった。それを見て担任は思い出したかのように口を開く。

「あ、麻木、あんた委員長だから、栗原さんの校内案内頼んだわよ」

「わかりました」

 東李は頷くと、担任は連絡事項を適当に伝え、朝礼を手早く終わらせた。

「栗原さん、残り少ないけれどこれからよろしくね。僕は麻木東李って言うんだ」

「麻木くん……。こちらこそよろしく」

 小さく会釈をし、初めて聞いた声は優しげなものだった。それを聞いて東李も微笑み、昼休憩の時に校内案内をする約束を取り付けた。


     三


 昼休憩時間。校内の誰もが弁当や購買で買った食べ物を持ち、各々の思う場所で昼食を取り始めている。

「四ノ宮さん」

 そう声をかけて来たのは、棗のクラスに転入してきた堀本(ほりもと)奈々(ななえ)だった。棗は手に持っていた本を閉じ、机に置くと堀本を見上げた。

「堀本さん、だったか? どうした?」

「よかったら校内案内してもらえるかな? 他の子にお願いしてみたんだけど、委員長の四ノ宮さんに頼んだ方がいいって言われちゃって」

「ああ、構わないよ。今から行こうか」

「え? でも四ノ宮さん、お昼ご飯は?」

 承諾して立ち上がる棗に、堀本は驚いた表情で問いかけて来る。昼休憩になってからまだ五分と経っていない。弁当を食べたにしては少々早すぎる。

「ああ、私は昼を食べない性分なんだ。堀本さんはもう済ませたのか?」

「まだだけど……」

「誰かと食べる約束は?」

「ううん、誰とも。案内ついでに四ノ宮さんと食べようかと思って」

 堀本は首を振り、苦笑交じりに答えて見せた。それを聞いた棗は「そうか」と納得すると、席を整えた。

「弁当を持ってきているのか?」

 棗に問われ一度頷き、手に持っていた弁当を棗に見せる。

「なら、案内しながら何処かで食べよう。先に購買へ行ってもいいかな?」

 堀本が頷くと、「行こうか」と声をかけ、教室から出て行く。堀本も慌てて棗の後を追った。

 廊下に出ると、弁当を抱え歩く女子の姿が多く、時折パンをかじりながら談笑する男子の姿も見受けられた。それらを目にしながら、階段を下り、また真っ直ぐ行った所で生徒によってごった返している場所が見えた。

「あそこが購買だ。昼になったばかりだから人は多いが、十分もすればだいぶ数は減る。ちょっとここで待ってて」

 そう言うと棗はその中へと姿を消した。待つよう言われたのは構わないが、制服が違うために集めてしまう好奇の目。居た堪れない思いを抱え始めると、棗が戻って来た。

「大丈夫か? 顔色があまりよくないようだが」

「え? あ、ううん。ちょっと恥ずかしくて。早くみんなと同じ制服が着たいと思って。それより、何か買ってきたの?」

「ああ、少しな。さて、校内案内をしよう」

 そう言って棗が再び歩き出した。堀本もそれに着いて行く。

 高等部の校舎は二校舎あり、西と東の二つ。美術や家庭などの専用教室が配置されているのが西校舎。教室と職員室、それと購買が配置されているのが東校舎。その二つは渡り廊下が両端に設けられ、そこから行き来する。南側に見える高いフェンスは中等部との境界。フェンスには扉があり、自由に行き来する事が出来る。グラウンドと体育館や武道場は中等部と高等部の共用。

 ざっくり説明して歩くと、中庭へと二人は出た。

「ここは見ての通り中庭。ここで遅くなったが昼にしようか」

 近くにあったベンチに座り、堀本は弁当を広げた。棗も先程購買で買った袋を膝に乗せ、中から飲み物を二つ取り出した。

「何がいいかわからなかったから、お茶で申し訳ないが、堀本さんに一本あげるよ」

「えっ? そんな、よかったのに……」

「何も飲み物を持ってなさそうだったからな。それに、君一人で弁当を食べさせるのも忍びなかっただけだ。気にしないで」

 棗はそう言って堀本へ手渡す。堀本も礼を言って受け取り、嬉しそうに一口そのお茶を飲んだ。

「大体の配置はわかった?」

「うん。と言っても、校舎の役割くらいだけど」

「西校舎はその時になってからじゃなければわからないだろう。特に入り組んでいるわけではないから、すぐに覚えるさ」

 そう言って棗は自分の分のお茶を軽く飲む。

「あれ、棗? 棗も転入生の校内案内?」

 ひょっこりと現れたのは東李だった。隣には堀本と同じようにして制服の違う女子生徒が居る。

「そうだが……東李もか。二人はもう昼を食べたのか?」

「うん、僕たちは教室でね。あ、この子は栗原さん」

「ああ、よろしく。と言っても、私たちは一年。先輩と会う事なんてほとんどないでしょうけど」

「えっ、二人、先輩なのっ?」

 そう驚いたような声を上げたのは堀本だった。堀本の言動にも無理はない。栗原は口を開かないし、棗と東李は敬語も使わず話している。これでは同級生と思ってもおかしくはない。

「ああ、東李は三年生だよ。この容姿でもね」

「悪かったね、チビで」

「それより、智咲はまた屋上か?」

 顔をひきつらせて怒っているような表情をする東李を尻目に、棗は問いかけた。

「え? ああ、うん。なんか今日は機嫌悪くて、二時間目からずっと居るよ。何度か戻るようには言ったんだけど、嫌の一点張りでね」

 東李の話を聞き、納得した所で新たな来訪者が現れた。

「棗ちゃんっ、助けてっ!」

 そう叫び気味に現れたのは哥白だった。その後ろには凰巳とこれまた違う制服を着た女子生徒。

「どうした哥白。また凰巳か?」

「そう! 私が転入生の校内案内してたら急に湧き出て来て邪魔するの!」

 哥白は棗に抱き付き、汚い物でも見るような目で凰巳を見た。流石の棗も溜め息を吐き、凰巳を見た。

「あっ、棗! それに東李さんも。そして見知らぬ女子生徒が二人。もしかして転入生?」

 凰巳が棗たちに気付くと、堀本と栗原に目を移した。これは凰巳の悪い癖だ。女好きと言っては聞こえが悪いが、女を大事にする少々軟派な性格。だが、女の方から迫られるのはとても苦手で、気が弱い。

「こちら、堀本さんと栗原さんだ。お前、哥白と違うクラスだろ? 何やってるんだ」

「いやー、哥白ちゃんとお話したいなーって思ったら、この女の子と出て行ったって言うから追いかけたんだよ。そしたら哥白ちゃん、すげぇ嫌そうにして棗の所に逃げるんだもん」

 一切悪びれる表情もなく、笑顔を絶やさないまま事情を話した。

「その内ストーカーとして警察に厄介になるんじゃないだろうな」

「やだなぁ、例えストーカーしても、棗か哥白ちゃんだけにするって」

「だそうだ、哥白。今すぐ警察に行った方がいいぞ」

「じ、冗談だよっ!」

 全く表情を変えずに哥白へ言って見せた棗に、凰巳は慌てて否定した。流石に遊び過ぎたと言わんばかりに肩を落とし、棗の隣へ腰を下ろす。

「しかし、転入生が同時に三人も来るとは驚きだね。珍しい事もあるもんだ」

 東李は制服がそれぞれ違う三人の顔を見回し、そう声を上げた。

 確かに、転入生と言うのは珍しくないが、同時に三人も来るのは珍しい。それも、それぞれ学年は違う上、所属していた学校も制服を見れば違う事がわかる。

「金原さん、その人たちは……?」

 ずっと黙っていた哥白の連れて来た転入生が声をかけて来た。

「あ、うん。この子は一年生の四ノ宮棗ちゃん。で、こっちは三年生の麻木東李さん。私の友達っ」

「金原さんのクラスに転入した、沼津(ぬまづ)亜紀(あき)です。よろしくお願いします」

 気立てがよく、愛想よく微笑んだ沼津は小さく会釈して自己紹介をした。まるでそれが合図だったかのように、堀本と栗原もそれぞれ自己紹介した。

「哥白たちは昼食食べたのか?」

「食べたよーっ。棗ちゃんはまたお昼抜き?」

 哥白は棗に抱き付いたまま答える。棗もそれを引きはがそうとはせず、軽く頭を撫でながら頷いた。

「ああ。だが、飲み物は飲んでいるよ」

「ちゃんと栄養取らなきゃダメじゃない。昨日の夜はちゃんと食べた? 今朝は?」

「夜は食べてないが、今朝はちゃんと食べた。君は心配し過ぎだよ」

 困ったように笑みを零す。それを見た哥白は少し不貞腐れているようだった。

「棗、ちゃんと食えよ。お前が倒れたら俺たちが心配するんだから」

「どさくさに紛れて肩を抱くな。東李に心配されるならまだしも、まさかお前にまで心配されるとは思わなかったよ」

 棗の肩を抱く凰巳の手を軽く振り払いながら、苦笑して見せた。

「四ノ宮さんって人望あるんだねぇ」

 弁当を食べ終えた堀本が、それを片付けながらそう呟いた。

「人望……まぁ、そうなのかもな。と言っても、こいつらにだけだが。本当に得たい信頼は得られていないよ」

「そうなの……?」

 棗の言っている事がわからない堀本は、そう問いかけると、棗は小さく頷いた。そして東李、凰巳、哥白は困ったような表情をしているばかりだった。

「さて、私たちは教室に戻ろうか。栗原さん、沼津さん、私たちはこれで。哥白も、そろそろちゃんと案内してあげな。凰巳は私が連れて行くから」

「うん、ありがとう。ごめんね、迷惑かけて……」

「凰巳や虎鉄くんの事なら慣れっこだよ」

 棗は哥白の頭を撫で、失笑交じりにそう言った。哥白は困ったように笑みを零し、棗から離れた。

「ほら、凰巳。お前は教室へ戻れ。哥白の邪魔ばかりしているな」

「はいはい。ちゃんと戻りますよ。棗が居れば俺は嬉しいしっ」

 嬉しげに笑み、凰巳は再び棗の肩を抱いた。それに対し棗は小さく息を吐き、対処する気にもならなかった。

 そうしてそれぞれは解散し、本来の目的、校内案内へと戻る。

「へぇ、上條先輩って金原先輩の事好きなんですか」

「そうなんだよ。でも中々相手にしてくれなくてね、困ってるんだ」

 女とあれば誰とでも仲よく出来る凰巳。その親しみやすさには感服するが、ものの三分と経たずに堀本と随分仲よくお喋りをしていた。

「お前が誰彼構わず女と見れば口説こうとするからだろ」

「そ、それは言わないでほしかったかな、棗ちゃん……」

 バッサリと棗は凰巳を言葉で切り裂き、凰巳は笑顔のまま硬直した。

「それにしても四ノ宮さんって顔が広いんだねっ」

「そうか? ただ単純に昔からの知り合いなだけだ。顔が広い訳ではないよ」

 当然それは志獅の事があるから。もしこれがなければ棗は特に親しい交友関係を持つことはないだろう。

「あー、だから先輩なのに敬語じゃなかったんだね! 納得。しかも呼び捨てだしっ。あ、でも一人だけ呼び捨てじゃなかったね。誰だっけ……」

「虎鉄くん?」

「そうそう、その人! どうして?」

「虎鉄さんが意地っ張りなんだよ。ちょっと前まで俺たち同様呼び捨てだったんだ。しかもその人、哥白ちゃんのお兄さんでね、気に入らない事があるとすぐ怒り任せに怒鳴るから、俺たちも結構困ってるんだよね」

 凰巳が苦笑交じりに言うと、再びそのまま硬直して見せた。突然の事でどうしたのかと堀本は凰巳を見るが、棗はその理由がわかっていた。

「凰巳、テメーまた哥白にちょっかい出してたな……」

 そう重い雰囲気を漂わせながら現れたのは、話題の虎鉄その者だった。

「し、仕方ないじゃない、だって好きなんだもん。ねぇ、堀本ちゃん」

「えっ、私ですかっ?」

 棗に助け舟を出しても助けてもらえない事がわかっているからか、凰巳は堀本へ声をかける。だが、突然の事で堀本も対処し切れず、慌てふためくだけだ。

「あまり虐めてやるな。お前のそのシスコン振りもいい加減直したらどうだ?」

「うっせぇよ棗。お前には関係ないだろ」

 どうやら、久し振りに見た凰巳の哥白へのちょっかいに沸点まで到達しているのか、まともに取り合う事が出来ない。このまま虎鉄を凰巳に近付けさせて喧嘩沙汰になっては面倒だ。

「ちょ、棗っ……虎鉄さんを煽るなよっ」

「煽ったつもりはなかったがな……」

 青筋が見える虎鉄に怯える凰巳。それに釣られるようにして堀本も棗の制服を握りしめて引っ付いてくる。また、廊下内に居る生徒たちも虎鉄の雰囲気に圧倒され、素早くその場を離れていく。

「落ち着け。ここで暴れるつもりか?」

「お前は黙ってろ。何度言っても聞かねぇ凰巳が悪いんだろうが」

 何がここまで苛立たせているのかはわからないが、棗も流石に頭を抱える。

 いつもならそろそろ頭を冷やし、笑顔で凰巳を牽制するが、そんな余裕もないようだ。

「し、四ノ宮さん……っ」

 校内案内の途中だ。あまり面倒な事は起こしたくない。それに、事を荒立てて教員たちに知られでもしたら更に面倒になる。

 棗は小さく息を吐き、虎鉄を真っ直ぐに見る。

「いい加減にしろ、虎鉄。お前、最近わがままが過ぎるぞ。大人しくお前の言い分を聞いてやっていたが、今回は聞く事が出来ない」

「あ? お前、そいつをかばうつもりか」

「そうじゃない。面倒をかけるなと言う事だ。凰巳や私にだけならまだいい。周りにも迷惑をかけるなと言っているんだ。それに、問題を起こして今後の事に支障でも出ようものなら、お前の立場、改めさせてもらう」

 ハッキリとした物言いに、虎鉄は少し気持ちが怯んだようだった。一歩後ろへ下がったのだ。それを見た棗はフッと笑みを作り、堀本の手を制服から離すと、虎鉄の傍まで歩み寄る。

「お前の気持ちもわからない事はない。だが、これからの事を棒に振るつもりか? 頼むから、私を幻滅させないでくれ。お前なしでは今後、やり辛くなるだろう?」

 そっと虎鉄の手を握り、囁くように声をかける。棗は志獅の事を言っているのだが、虎鉄はどう受け取ったのか顔を赤くし、耳まで真っ赤になっていた。

「わ、わかったよ……悪かった」

「それでいい。凰巳に謝らなくてもいいが、私の連れには謝れよ」

 そう言うと棗は堀本を手招きして傍へやって来させる。虎鉄は堀本を見て、軽く頭を下げ謝った。堀本は首を横に振り、問題ないと笑って見せた。

「四ノ宮さん凄いねっ」

「今度は何だ?」

 後方に虎鉄と凰巳を連れ、歩いていると再び堀本は棗を崇めた。

「あの人、金原先輩のお兄さんって事は上級生でしょ? それなのに臆する事無く怒って謝らせるんだもん、凄いよっ!」

「ああ、アイツは昔から私の言う事だけは何とか聞くんだ。妹の哥白の言う事も多少聞くが、抑え付ける事までは出来ないみたいでな」

「って事は、金原先輩は四ノ宮さんの事が好きなんだね?」

「好き? どうだか。私に逆らえないだけだと思うが」

 突拍子ない堀本の言葉に、棗は一瞬考えさせられたが、軽く笑って否定した。堀本は事情がわからないだけに納得はしていないようだった。

「ちょっと棗! どうして虎鉄さんも一緒に連れて行くのっ!」

 いい加減虎鉄と並んで歩く事にしびれを切らした凰巳が、吠えるように叫んで見せた。

「私は教室に戻れと言ったぞ? 着いて来ているのは奴の意思だ」

「やっぱり四ノ宮さん、好かれてるんだよっ」

「はは、そうだといいな」

 堀本の言葉を真に受けるわけではないが、棗はそう言って軽く笑って見せた。

「それにしても……視線が痛いね」

 ふと、堀本が呟くように言った。確かに、見渡すとほとんどの生徒がこちらを見ているのがわかる。

「堀本さんが転入生だからじゃないか?」

「そうなのかなぁ……。でも、金原先輩と上條先輩、凄くかっこいいから目立ってるんじゃないかな?」

「アイツらがかっこいい? へぇ、それは知らなかった」

 堀本に言われ、棗は虎鉄と凰巳を盗み見た。言われてみれば、確かに見た目はいい方かも知れない。背も見上げる程高く、顔は整っている方だ。黙っていれば女子にモテるだろう。

「四ノ宮さんもクールビューティーで人気あると思うなっ」

「……それは初めて言われたな。ありがとう」

 思えば、生徒から視線を浴びせられるのは今に始まった事ではない。何せ、虎鉄と口喧嘩している時や、他の四人と会っている時にもいくらかあった。特に気にしていなかったから、改めてその視線に意識すると、体に穴が開くのではないかと言うくらい浴びている。

「だーかーらーっ!」

 棗がそんな事を考えていると、虎鉄のそう叫び気味な声が聞こえて来た。棗と堀本は歩く足を止め、二人の方へ踵を返す。

「どうした、二人とも」

「どうしたもこうしたもねぇよ! 凰巳がしつけぇんだっ」

「虎鉄さんは棗が好きなの? って聞いただけだよ。ずっとはぐらかすから何回も聞いてたら叫び出しちゃって……」

 虎鉄と凰巳が事情を話す。先程の棗と堀本の会話でも聞こえていたのか、あまりにもタイムリーな内容に棗はすぐに声を上げなかった。

「あ、私もさっきその話してましたっ!」

 凰巳の話に堀本が乗っかる。

「でしょ? そう思うよねっ! 俺も二人の事昔から知ってるから気になってたんだよ」

「昔からですかっ! それはもう脈ありじゃないですかっ」

 和気あいあいと息ピッタリに話す凰巳と堀本。棗と虎鉄は唖然とし、その内ギャラリーまでもが参戦し始めた。

「あ、僕も気になってたっ! いつも二人を見かけると口喧嘩してるのに、その様子がすごく楽しそうでさっ」

「私もーっ。二人だけの世界って感じで、挨拶すらするの躊躇っちゃうのっ」

 あれよあれよと人数が増え、棗と虎鉄はその輪の中から放り出される。

「……何故こうなった……」

「俺が聞きてぇよ……」

 ワイワイと学年も関係なく、大人数で虎鉄は棗が好きだとか、棗が実は虎鉄の事が好きだとか、それぞれの意見を上げている。

「何々、この集団」

「随分な大人数ね」

 校内案内がある程度終わったのか、東李と栗原が棗たちに問いかけて来た。

「ああ、何か……」

「虎鉄さんが棗の事が好きかって話だよ。東李さん、わかる?」

 凰巳が東李に気付き、話題となっている内容を手短く話した。それを聞き、東李は特に驚くような素振りもなく、軽く答える。

「え? 好きだよ。本人は絶対認めないけどね」

 あっさりと答えた東李の答えに、周囲は大声を上げて驚き、共に納得していた。

「東李っ! 何でそうなるんだよっ!」

 黙って居られなかった虎鉄がその真意を問い質す。

「何でも何も、昔から好きだよね、虎鉄。じゃなかったら今もこうして一緒に居る事、ないと思うんだけど」

「それはこいつに一度も勝てないからであって、好きとかそう言うんじゃ……」

「あ、それは好きな人には本気になれないとか言う奴じゃないですかっ?」

 元気よく手を上げ、堀本が問いかける。それを聞いて凰巳と東李は納得した。

「あー、それね。だからだね、虎鉄が棗に負けちゃうの」

「なるほど。確かに、好きな子相手に勝てるわけないわ。絶対力抜けちゃうし」

「絶対それはない! 何でこんな生意気な奴を好きにならなきゃならねぇんだよ! 有り得ねぇ!」

 納得して口にした東李と凰巳の言葉に、虎鉄は過剰に反応して否定する。それがまた怪しいと、周囲はジッと虎鉄を見つめた。

「はぁ……どうでもいい。私はこいつの事、どうとも思ってないから」

 まるで虫でも見るような冷たい目を見せ、棗はそう言うとその場から離れた。棗の態度に誰もが絶句し、少しずつ集まった生徒は離れて行き、時折虎鉄の肩を軽く触れている者が居た。それはまるで、同情するかのような、慰めのような、地味に痛く思えるものだった。

「待って、四ノ宮さんっ」

 置いて行かれた堀本が、慌てて棗を追いかけて来た。

「四ノ宮さん、あれは言い過ぎだよ……」

「そうか? いつもと変わらないと思うが」

「けど、金原先輩、ショック受けてるみたいだったよ? 一応、謝っておいた方がいいんじゃない?」

 堀本は何処か申し訳なさそうな表情をして、棗に謝る事を薦める。それを聞いて棗は少し考え、「今度な」と軽く受け流した。


     四


 夜中、深夜の二時を過ぎた頃。晴一の任務によって招集された棗たちがとある神社へとやって来ていた。

「昨日は寺院で今日は神社?」

 そう声を上げたのは東李だった。メンバーは昨日と同じ。棗、東李、そして虎鉄。

 昼間の事が原因か、虎鉄は不機嫌そうにしている。

「その昨日の事があるからこのメンバーだ。内容もほぼ同じだ。ここに集まった妖怪たちももしかすると同じ理由なのかも知れない」

 棗はそう言い、神社へと続く石段を上がり始める。

「それはいいんだけど、棗。あの虎鉄、何とかしてくれない?」

「と言われても、どうすればいいんだ。不機嫌なのはいつもの事じゃないか」

 棗の言う通り、不機嫌なのは大して問題ではない。だが、度合いの問題だ。いつもなら文句を口にしながらも何だかんだとやる気を見せている虎鉄。しかし、今回は口を一度も開かずに黙々と後を着いて来るだけ。東李からしたらやたら不気味に思え、棗に頼るしかなかった。

「もしかしたら昼間の事でこうなってるのかも……」

「ああ、あのふざけた話か」

「僕、虎鉄は棗の事が好きなのは間違いないと思ってる。例え本人が否定しても、気付いていないだけだと思ってるんだ。ライバル意識ばかりしていた相手を、そう言う目で見ろって言われてもそう簡単に出来ないと思うしね。だから……」

「あの発言を撤回しろと?」

 諭すように言う東李の言葉に、棗は面倒臭く問いかけて来た。東李は軽く頷いて見せる。

「……はぁ。それは構わないが、それで元に戻らなければ本当にどうしようもないぞ」

「その時はまた考えるよ。だからお願い」

 手を合わせ、東李は必死に頼み込む。

 確かに、このままにしておけば任務所ではないだろう。間違いなく昨日と同じ理由の妖怪が居るとも限らない。万が一、人間に害を成そうと集まっている妖怪だとしたら、とてもじゃないが今の虎鉄は使い物にならない。

 棗は小さく息を吐き、踵を返して虎鉄の近くまで戻る。

「虎鉄。お前の不機嫌はいつもの事だが、今日はどうしたんだ? 何が気に入らない」

「……別に。どうとも思ってない奴の事気にする暇があれば、この先に居る妖怪の事でも考えてろよ」

 棗から目を逸らし、虎鉄はまるで自棄になったかのように言い捨てる。

 この虎鉄からの言い分を考えると、間違いなく昼間の事を気にかけているのがわかる。棗はガシガシと頭を掻き、面倒臭そうにする。そして、棗は虎鉄の顔を両手で掴み、強引に自分の方を向かせると口を開いた。

「昼間の事を真に受けるな。あれは場を収めるために言った狂言。そこまでお前の頭が悪いとは思わなかったが?」

「狂、言……?」

「ああ。お前の事は今でもライバルだと思っているよ。ま、お前は私の事嫌いだろうが」

 フッと不敵な笑みを見せ、棗は虎鉄の顔から手を放す。すると放した手を掴まれた。

「俺はお前の事嫌いじゃねぇよっ! そりゃ時々言い過ぎたりしたかも知れねぇけど」

「なら、もう昼間の事は忘れろ。今の虎鉄の方がお前らしくて私は好きだよ」

 そう言うと虎鉄の力が緩み、棗は手を放させると再び踵を返して神社へと向かう。棗の言葉に一瞬唖然とした虎鉄だが、すぐに我に返ると、その表情は喜々としたものだった。

「問題解決、か?」

「そうみたいだね。よかった」

 棗に問われると、東李は虎鉄の顔を盗み見て嬉しそうに微笑んだ。

 石段を登り切ると、神社の境内からはやはり妖気が漂っている。今回の数はおよそ五十弱。昨晩の数よりは増えているが、これもそれほど強いわけではない。それを考えれば問題なく退治する事は可能だ。

 境内の前に来ると、棗は躊躇う事無く中へと続く扉を開けた。今回は妖怪が飛び出すような事はなかった。三人は注意しながら中へと入り込み、扉を閉めた。

「さて、この妖怪の中で話の出来る奴は居るか?」

 棗は早速妖怪たちへ声をかけた。すると奥から一体の弱弱しい妖怪が前へ出た。

『我らを退治しに来たのか……』

「まぁ、それが私たち志獅の仕事だ」

 棗の言葉を聞き、妖怪たちの警戒心が強くなる。

「だが、お前たちも誰かから身を隠していると言うなら手を貸そう。何、取って食おうなんて事は考えてない。ただ、交換条件として一つ、約束は守ってもらうが、どうだ?」

 警戒心を強める妖怪たちに臆する事無く、棗は淡々と交渉を始めた。それを聞き、妖怪たちはざわつき、近くにいる妖怪と何かを話しているようだった。

『手を貸すとは、どういう事だ』

「昨晩の寺院での一件は知っているか?」

『……ああ、そこにいた我ら同胞が志獅によって殲滅されたと聞いた』

 一瞬考えたように見えたが、妖怪は軽く頷き、睨むようにしてこちらを見て言い切った。

「それは誤報だな。確かに数体は退治してしまったが、残った妖怪たちは陰陽師の手によって保護されている。事情は詳しく知らないが、ある人間にお前たち妖怪が狙われていると聞いて、こちらも特別に保護しようと申し出た。今、保護している寺院でその妖怪たちはのうのうと生きているよ」

 棗は妖怪の誤った認識を否定し、簡単に経緯を話した。それを聞き、また妖怪たちがざわついて見せた。

『では、その同胞たち同様、我らも保護しようと言うのか?』

「そういう事。ただ、保護した先で人間に危害を加えれば、そいつの命は保証しない。そして、今その条件を呑まなければ、今ここでお前たちを排除する」

 スラリと持っていた釛釖を僅かに抜刀して見せた。代表として出た妖怪はしばらく考えた様子ですぐには口を開かなかった。

 しばらくして、ようやく口を開く。

『わかった。我らもそこへ案内してもらおう。所詮この程度の妖怪だ、人間へ危害を加えようとした所でたかが知れているだろう?』

「話のわかる妖怪で助かったよ。では、私たちに着いて来てくれ。すぐに案内しよう」

 そう言うと棗たちは境内を出、昨晩連れて行った妖怪たちと同じ寺院へと招待した。

 任務とは言え、こんな事でいいのかと東李や虎鉄は思うが、棗がいいと言っているのだ、逆らえるはずもない。また、昨晩の事で主である晴一が何も言ってこないのだから、これでいいのだと納得するほかない。

 妖怪たちの移動が完了し、東李は大きな欠伸をして見せた。

「二日続きだ、平気か、二人とも」

「何とかね。今日は早く済んだし、大丈夫だよ」

「俺は授業中寝てるし、問題なしっ」

 棗の心配を東李と虎鉄は笑って答えた。

「授業は起きてろ、虎鉄。せめて休憩時間だけ寝なさい」

「しゃあねぇだろ、眠いんだからっ!」

「まぁ、今日は早めに眠れるだろう。帰ろうか」

 棗の言葉に二人は頷いて同意し、それぞれの家へと帰宅した。

 妖怪たちの動きが変わってきている。決して今までになかったわけではない。だが、このような事態はほぼ初めての事だ。何が起きているのか、調べる必要がある。


     五


 翌朝、学校へ登校した棗。当然の事ながら、雰囲気は平和そのものだ。

「おはよう、棗ちゃんっ」

 哥白が学園の校門前で機嫌よく声をかけて来た。

「ああ、おはよう。今日は随分機嫌がいいな」

「お兄ちゃんが何か機嫌よくて、それが移っちゃったのかもっ」

 ふわふわとした機嫌のよさが、まるで花を模してこちらまで飛んでくる。明らかに幻覚ではあるが、それだけの雰囲気が今の哥白にはあると言う事だ。

「それはよかったな。しばらくはこれで平穏無事に過ごせそうだ」

 そう言うや否や、後ろから誰かが追突してきた。棗は驚き、後方を見る。不本意ながらもこの抱き付かれる感覚は、凰巳や智咲などではない。

「……お前は誰だ?」

 ほぼ同じくらいの位置にあった顔を見て、棗は眉間にしわを寄せる。

 見た事のない顔だ。東李とは引けの取らない愛らしい顔に、ニッコリと笑みを浮かべている。

「初めまして。お姉さん、高等部の人? 随分綺麗だけど、名前聞いてもいいかな?」

 性格はどうやら凰巳と同じようなものらしい。軽い軟派口調に棗は更に眉間にしわを寄せ、強引に離れさせる。

「人の名を聞く前に、自分から名乗るものではないのか」

「あっ、それもそうだね。僕、久田(くだ)観月(みづき)。中等部三年。あなたのお名前は?」

「高等部一年の四ノ宮棗だ」

 一応、名乗りを上げたため、棗も答えて見せた。久田は名前を聞き、嬉しそうに笑んで、今度は棗の手を握りしめた。

「ああ、やっぱり! 中等部でも噂になってたよ、棗さんっ。カリスマ的存在で中等部を統括し、圧倒的な存在感を放って高等部へ進学したって言う」

「……と言う事は、君は転入生か?」

「当たりっ! 凄い人だって言うのは知ってたから、会ってみたいと思ってたんだよねっ」

 握り締める久田の手に、少し力が入った。棗は表情も変えず、久田を見る。

「それで、何か用か、久田くん」

「今日の放課後、デートしませんか?」

 そう久田がデートに誘った瞬間、登校してきていた生徒たちが雄叫びのように大声をあげて見せた。

 結局、始業の予鈴が鳴り響き、デートの誘いが有耶無耶になりながら、それぞれは教室へと入って行った。棗は理解出来ないと言いたげに授業を受ける。

 久田との別れ際、また会いに来ると言って中等部へ向かっていった。あまりいい気がしない。それ以上に妙な不安感が胸の中を駆け巡る。その不安が的中しない事だけを少し、願ったりもした。

 しかし、その願いもあっけなく、昼休憩、棗が東西の校舎をつなぐ廊下を東校舎に向かって歩いていると、久田は現れた。

「棗さんっ!」

「……久田くん、だったな。君、何故こんな所まで来ているんだ」

 久田一人ならまだしも、その周りには中等部の女子生徒を引き連れている。その様子に棗は溜め息が漏れ、一刻も早くその場を離れたかった。

「言ったでしょう、また会いに行くって。だから、来ましたっ!」

「それは律儀にありがとう。だが、校舎内にまで入ってくるのは感心しないな。早く中等部に戻りなさい」

「つれないなぁ、棗さんは。それより、デートのお誘いの返事、聞かせてくださいよ。いいって言うまで僕、出て行きませんから」

 ニッコリと屈託のない笑みを浮かべ、久田は言い切る。棗はその言葉に額を抑え、断る余地がない事に頭が痛む。

「悪いが、私は暇じゃないんだ。君の連れているその女子生徒たちとデートしたらいい」

「せっかく棗さんと出会えたんだよ? 高等部の話とか、今まで付き合ってきた元カレの事とか、色々聞きたいなっ」

 尚も引き下がらない久田に、棗は目を細める。

「高等部は見ての通りだ。付き合った男は一人も居ない。面倒な男たちの世話ばかりさせられているからな。これで満足か?」

「じゃあ、その面倒な男たちの話が聞きたいです」

「久田くん、君は何がしたいんだ? 私の事を知って、何の得がある。私の事なら中等部の二年と三年がよく知っているはずだ。それでも聞き足りなければ、私以外の誰かに聞きなさい」

 そう言うと棗は再び東校舎へと向かって歩き出す。久田は取り付く島もない棗に唖然とし、それを周りの女子生徒が慰めの声をかけていた。

 それからと言うもの、休憩時間となれば久田がちょくちょく顔を出すようになった。例えそれが棗の教室であろうと、中庭だろうと、トイレであろうと。ただひたすらに久田は棗を追いかけるようになっていた。

「何なんだアレはっ!」

 中々怒るような事をしない棗だが、流石に今回の事は頭に来ているようだった。

「お、怒っちゃダメだよ、棗ちゃん」

 逃げるように屋上へ来た棗。それに付き合うようにして哥白や凰巳、東李や虎鉄が集まっていた。当然、智咲も居るが、彼女は得意の昼寝タイムだ。

「確かに、ちょっとしつこいよね。棗の事が好きなのかな?」

「は? 転入生だぞ。噂を聞いたにしろ好きになる要素が何処にある。理解が出来ん」

 東李の言葉に棗は眉を顰め、ハッキリと切り捨ててしまう。それを聞いたメンバーは何も言えず苦笑を漏らす。

「あ、棗さん見つけたっ!」

 探し回ったのか、少し汗ばんで久田が現れた。一直線に棗へと近づき、棗の手を握る。

「何で逃げるんですか、棗さんっ。僕、ちょっと棗さんとお話したいだけなのに」

「……ああ、面倒な男たちの事だろう?」

「そうそう、それです。なんか面白そうだし、色々聞きたくて」

 棗は面倒臭そうな表情をしているが、その表情の裏では青筋立てまくりの苛立ちが隠れていた。

「その面倒な男たちを紹介するよ」

 そう言うと棗は久田の手を振り払い、虎鉄と凰巳のネクタイを引っ張った。突然の事で二人は対処出来ず、引っ張られるがままに引き寄せられてしまった。

「こいつらの事だ。この二人はどうしようもなく手がかかる男たちでな。ちょっと目を放すと面倒な事を起こしてくれる、いわば問題児だ。長い付き合いだから多少大目には見ているが、時と場合によっては鉄拳制裁を食らわせる程の男たちだ」

「なっ、ちょ、棗! 俺そんなに迷惑かけてないよっ」

「確かにちょっとお前に迷惑かけてるかも知れねぇけど、そこまで酷い事した事ねぇだろ!」

 凰巳と虎鉄はそれぞれ慌てて自分の身の潔白を叫んで見せる。だが、棗は一切表情も変えず、ネクタイも掴んだままで何の反応も示さない。

「へぇ、この二人ですか。かっこいい人たちですね。実は棗さん、この二人の事好きなんですか? だから僕のデート、断るんですか?」

 そう久田が問いかけた瞬間、凰巳と虎鉄のネクタイがグッと締まった。おかげで首が締まり、息がし辛くなる。

「誰が誰を好きだって? この二人を、私が? 有り得ないよ。この二人は私の手足だ。面倒だが、使える男たちだ。君とは違うよ」

 パッと棗は二人のネクタイを手放し、嘲笑するかの如く笑みを浮かべて見せた。自由になった凰巳と虎鉄はすぐにネクタイを緩め、首の締め付けを解放する。

「僕だって使えますよ。役に立ちます」

 再び久田は棗の手を握ろうとした。

「いい加減に……っ」

 流石に久田のしつこさが我慢の限界に達し、棗がそう声を荒げようとした途端、体が後方へ引っ張られた。

「おい中坊。あんまりこいつにちょっかいかけんな。目障りだ」

「面白くないなぁ、見ていて。今朝も抱き付いたんだって? そればっかりは黙ってられないよ?」

 がっしりと体を抱きしめられ、棗は何が起きているのか一瞬わからなかった。

 それは、虎鉄と凰巳が棗を引っ張り、ガードするかのように二人して抱きしめていたのだ。珍しく息ピッタリの行動で、黙って見ていた東李や哥白も目を丸くしていた。

「……二人とも、放せ」

 グッと虎鉄と凰巳の胸を押し、二人を自分から離れさせる。

「自意識過剰だとか思われたくはないが……まぁ、仕方ない」

 ポツリと棗がそう呟くと、久田の許へと改めて歩み寄った。そして、久田だけに聞こえるよう声を抑え、小声でありながらハッキリとした口調で元場を漏らす。

「あの二人、私の事がとても大事なんだ。その後ろにいる二人も同じ思いだ。私が君だけのために行動する事など、万に一つ有り得る事ではないんだよ。理解出来たかな?」

「……ええ、とっても。流石中等部の元生徒会長。人望は厚いんですね」

 フッと笑みを浮かべると、久田はそう言って屋上を出て行こうとする。それを見て、棗は少し気が楽になった。これで纏わりつかれる事はもうない。ただでさえ虎鉄と凰巳で手を焼いていると言うのに、これ以上面倒は御免したかった。

「はぁ……頭が痛い」

「………棗、大丈夫?」

 ひょっこりと扉の上の天井から顔を出した智咲。心配げに見る彼女に、棗は軽く笑みを見せた。

「ああ、平気だよ。ありがとう」

「二日連続で夜遅くまで仕事してたのがよくないんだよ。寝不足で沸点が低くなってたんだ」

「そうかも知れない……ふぅ。すまない、迷惑をかけたな」

 軽く右のこめかみを抑え、棗は苦笑気味に四人へ謝って見せる。四人は驚いたようにお互いの顔を見合わせ、軽く首を振って笑みを見せた。


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