事の発端
それはそうと事の発端は、現在猫の姿である元人魚が陸の世界の男に恋をしてしまった事が始まりであった。
ある日の夜、人魚は、陸の世界へに行くことにした。
チャプン……
人魚は、岩場の近くに顔を出した。
「すごい綺麗!」
空を見上げると、満天の星空が空に輝いていた。
人魚が陸の世界に遊びに来た理由は、魔女が教えてくれた情報を確かめるためであった。
「ねえ、今日は陸の世界で花火がみられるらしいわよ」
人魚は、首をかしげた。
人魚は、物知りの魔女の友達、サリノの家へ遊びに来ていた。
「花火というのはね……」
ズイッと人魚の方に顔を近づけた。
サリノに顔を近づけられた人魚は、ゴクリッと唾を飲み込んだ。
「は、花火とは?」
「ふふっ。まあ、百聞は一見に如かずよ。夜に陸の世界に行って実際に自分の目で見てみなさいな。きっと、驚くわよ?」
サリノは、人魚に近づけていた顔を離して紅茶を一口飲んだ。
──と、いうことなのだ。
だから、夜の陸の世界にやって来た。
「ところで、結局花火とは……」
サリノは、自分の目で見てみなさいと言っていたのだから花火というものは見るもので食べるものではなさそうである。
ヒュー……
「ん?」
何の音だ?向こうから変な音がしたぞ?
「うわあ!」
赤、青、黄、緑といった色とりどりの花が空一面に咲き始めた。
「何これ、何これ、何なのだ!?」
「何これって、花火だが……」
「花火?これが花火というものなのか!」
「そうだ。綺麗だな。」
「ああ、すっごく綺麗だ!」
人魚は、花火が終わるまで目をキラキラさせながらずっと空を眺めていたがつぶやいていた独り言に返事が返ってきていることには花火に夢中すぎて気付いていなかった。
そして、人魚の独り言に対して返事を返した人物は目を輝かせて花火を見ている人魚のことを微笑ましく見ていたことにももちろん気付かないでいた。
「ふう……。また見たいな」
「花火、気に入ったんだな」
「ああ、すごかった。……って誰だ?いつからそこにいたのだ!」
驚いて、声がする方に振り返ると、人間の男がいた。
「俺は、センリ。で、花火が始まる時にはここにいた」
「そうなのか」
「ああ。俺からも質問いいか?」
「なんだ?」
「なぜ、海の中にいるんだ?」
人魚は、センリに尻尾を見せた。
「やはり人魚か」
「やはり?」
人魚は、不思議そうな顔で人間の男を見つめた。
「君に俺は死にかけていた所を助けてもらった事がある」
「へ?」
「まあ、座れ」
センリは、自分の隣の岩場をポンっと叩いた。
人魚は、どうしようかと迷ったけれど結局岩場に腰を下ろした。
「俺が小さかった頃、家族で船に乗って出かけていた時に外の景色がとても綺麗でもっと見たくなって身体を乗り出していたら手が滑って落ちてしまった。突然のことで驚き焦って溺れてたら君が現れて俺を助けてくれた。そうだ、これ君のだろ?」
センリは人魚に水色の鱗の首飾りを渡した。
「あ、これ私のだ。そういえば、人間の男の子が海に落ちて来たのを助けたことがあったな。」
海の友達と追いかけっこをして遊んでいるときに、人間の男の子が海の中にいるのが見えた。
その子どもは、潮に流されながらも必死に助かろうともがいているが焦りすぎて泳げていない姿を見て、大変だ、助けなければ!と急いで子どもの元まで泳いだのだ。
そして、水面から顔を出すと人間の男の子は激しく苦しそうに咳込み水を吐き出してから気を失った。
一瞬、死んでしまったのだろうかと焦ったがどうやら息はしているようなのでホッと息をついてから、これからどうしようかと思い、取り合えず、どこから落ちたのだろうとぐるりと周辺の様子を窺っていると遠くの方に大きな船が見えた。
多分、あそこから落ちて流されたのだろうと思い偶々流れていた流木に人間の男の子を乗せて流木を手で押しながら船の方へと泳いだ。
船の近くにはたくさんのボートが浮かんでいて必死に落ちた人間の男の子を探しているようだった。
「おいっ!あれ!見つけたぞ!木の上に乗っかってらっしゃる!」
大きな男の人間が子どもの方を指で示しながら他の仲間らしい人間に知らせているのが分かった。
そして、ボートがこちらへ進み出す。
もう大丈夫だろうと思い、最後に人間の男の子をチラッと見てから見つかる前に海の中に戻ったのだ。
「そうか、あの人間の男の子は君だったのか」
「あの時は、助かった。改めて礼を言う、ありがとう。俺が今も生きていられるのは君が溺れていた俺を助けてくれたおかげだ」
センリは、人魚の手を取りキスをして優しく微笑んだ。
人魚は、まるでタコのように顔を真っ赤に染まらせた。
「ど、どういたしましてなのだ。も、もう遅いし帰る」
「そうだな。あ、そうだ、それ俺が持っていてもいいか?」
と、鱗の首飾りを指で示した。
「えっ?そういえば、いつの間にか無くなってたんだがその時に落としていたんだな」
「助けてくれた時に俺の服に引っかかっていたんだ」
「そうだったのか、気付かなかった。いいよ、あげる。」
鱗の首飾りをセンリに渡した。
「ありがとう。大切にする」
首飾りを貰って嬉しそうにセンリは微笑んだ。
その微笑みを見てなぜだか無性に照れてしまい、海に飛び込んだ。
「あ、待て!」
センリは、慌てて人魚に呼びかける。
ポチャンと人魚は水面に顔だけ出してセンリの方へ向いた。
センリは、安心したようにホッと息をついてから言葉を口にした。
「名前を教えてくれないか?」
「……スイ。私の名前は、スイだ」
しっかりとセンリの目を見て答えた。
「スイ」
「なんだ?」
「また、会えないか?」
「……じゃあ、また夜にここへ来る」
「そうか!ありがとう」
満面の笑みで微笑まれて、なぜかまたドキドキした。
それから、スイは夜の陸の世界に度々顔を出すようになった。
センリとのおしゃべりは思いのほか楽しく陸の世界の事を色々と
教えてもらったり、反対にスイが暮らしている海の世界の事についてたくさん話した。
スイは、この時間が大好きだった。
そして、会うたびにいつも優しく接してくれるセンリのことがいつの間にか好きになっていた。
「魔女さんは、物知りなんだな」
「そうなのだ。だから、この前の花火の時もサリノが教えてくれたんだ。そして、見に来たらセンリに会う事が出来た」
「じゃあ、俺とスイが再会できたのはある意味魔女さんのおかげだな」
「フフ、そうだな」
と、いつものようにおしゃべりをしていると、足音が近づいてくるのが聞こえた。
慌てて、スイは海の中に飛び込み隠れた。
そして、女の人の声が聞こえた。
「センリ様?」
「ああ、ラブナ嬢か」
「はい。今日はあまりにも星が綺麗でしたから夜の散歩を楽しんでいたらセンリ様が一人で海を眺めて座っているのが見えましたの」
「そうか。だが、夜の女性の一人歩きは危険だ」
「心配してくださり、ありがとうございます。ですが、後ろに騎士を控えさせておりますから大丈夫ですわ。それに、ここは王族の敷地。むやみやたらには襲われませんわ。それよりも、小耳に挟んだのですけれども、最近、センリ様は夜になると護衛もつけないでおひとりでここにいらっしゃるとか……。何か心配事でもおありなのでしょうか?」
「大丈夫だ。何も心配事など無い」
「……そうですか。でも!何かお困りの際は、私に相談してくだされば微々たるながらもお力添えしますので遠慮なくおしゃって下さいね!」
「ああ。ありがとう。さあ、もう遅い。途中まで送っていこう」
センリは、立ち上がり声を掛けた。
「まあ、ありがとうございます。センリ様と歩いて帰れるなんて嬉しいですわ」
スイは、そーっと水面に顔を出して、隣同士並んで歩いて帰って行くふたりの後ろ姿を眺めていたら何だか羨ましく感じた。
「いいなあ。私もセンリと仲良く隣に並んで歩きたいな……」
じっと眺めていたら、センリが振り返りスイを見て口パクで呟いた。
『ま・た・な』と言ったみたいだ。
スイは、その言葉に微笑みながら手を大きく振った。
「ハハッ」
その姿を見て、センリは笑いをこぼした。
「?どうかされましたか?」
ラブナはセンリに声を掛けた。
「いいや、何でもない」
ふたりの姿はだんだんと遠くなりやがて見えなくなった。
「ああ、また会いに行くよ。」
今度は、センリと同じ人間になって会いたい。
と、言うことで、人魚は一大決心をして人間にしてもらうべく魔女に会いに行くのだが、何故か人間ではなくて猫になってしまって現在に至った。