第二話 お隣大妖怪さま、ここに見参!(4)
「と、いうことだ。・・・わかったか?」
「は、はあ・・・・」
青い髪をした三人目の妖怪客は話し終えて一息をついた。
ごく当然のように話していたが、その内容が半端ないのだから、僕は思わず唸ってしまう。
承安さんの次に僕たちの古書店に来た客人はなんと妖怪だった。
姿かたちは人間なのに、僕にしか見えない古書の思念体の「心得」が見えるのだ。
聡駕さん曰く、思念体も妖怪も同じ「世界」のものだから見えるんだと。
・・・よく理解できなかったけれど。
「えっと、じゃああなた方は、承安さんの依頼を達成する手伝い?をしにきたってことですか?」
「おうよ!」
事情が呑み込めずに、自信なく僕が言うと、金髪のふりょ・・・神楽さんが元気よく返事をする。
コタツに一直線に向いて座っている彼らは、右から順に金髪さんが神楽さん、真ん中のお坊ちゃまな少年さんが能さん、神楽さんと能さんの喧嘩をまるく治めた三人目の妖怪客が聡駕さん・・・というらしい。
そして先程聡駕さんが自己紹介とともに僕に言ったのが・・・彼らは承安さんの家に仕えている妖怪であり、承安さんが僕に託した例の依頼を達成するために助手にしにきた、ということ。
どこからみても人にしか見えない彼らが妖怪を名乗っているのは変ではあるけれど、僕は自分でも驚くほどにあっさりとそれを納得してしまった。
それはきっと、彼らが幽霊のような体をしている心得が見えて、尚且つおびえないから。
心得が見えても反応を示さない奴等はきっと、僕と同じ力を持っているか、人でないかのどちらかでしかない。
本音を言うと、同じ力を持っている人間だったらよかったなと思ってしまったけれど、言えるわけがなかった。
僕のような怪異の力を持っている人なんてそうそう巡り合えるものでもないし、もしかしたら僕一人だけかもしれない。
・・・でも、もし妖怪だったらもっとこう・・・・、凝った感じの格好するのでは?
いや、今も結構凝ってるが。神楽さんとか神楽さんとか神楽さんの服装とか。
けれど、妖怪と言ったらもっとファンタジックな感じではないのだろうか?羽とかついてたり角とか生えてたり。それなのにこの三人は普通に人間の服を着ている。
逆に人間である承安さんの服装が変とか・・・なんだろう、この複雑な感情。
とりあえず僕は彼らに疑問をぶつけてみた。
「でも・・・三人が助手になるなんて回りくどいことをしなくても、承安さんが直接あなた方に命令すれば達成できるんじゃないのですか?僕一人じゃ力不足だって言ってたし・・・」
僕に助手を与えるぐらいなら、直接この三人の妖怪たちに命令すればことは早く済むのではないのだろうか。
聡駕さんの話を聞いてから、ずっとそれがわからなかった。
この三人を依頼の助手につけることは、つまり彼らはどうやって依頼を達成するのか、方法を知っているはず。
方法を知っていたら彼らが依頼を達成すればいいのに。それになんで僕が依頼を?
古書店だから?それともおじさんの友達だったから?
・・・僕には承安さんの意図が全くわからない。
しかし、それにいち早く返事をしたのが、なんとあまり賢くなさそうな顔をしている神楽さんだった。
「あー、そりゃ無理だわ」
「・・・え?」
意外な返答に僕は首をかしげる。神楽さんは心外だ、というように目を見開いた。
「あ?お前、承安から聞いてねーのか?依頼にはお前が必要不可欠だ、って」
「一応・・・そう言ってはいたけれど、」
「ああ、もしかして詳しく聞いてない系なの?」
「はい・・・」
途中で話しかけてきた能さんは、それを聞いて「ああー・・・」と眉をひそめる。
能さん、もといいハリセンを神楽さんに食わした妖怪の少年は、自己紹介で酒呑童子という鬼だと名乗っていた。
僕はなんとなく「鬼」という字に乱暴さを感じていたが、彼には全くそんな感じはない。
一つ一つの動きが優雅というか・・・服装と同じく上品な妖怪だ。
なのにハリセンを持ち歩くなんて・・・本当に承安さんの周りの人はなぞだらけだ。
「はあ~・・・言ってなかったのかよアイツ!ったく余計な仕事を増やせやがって!帰ったらこの前減給された分を奪い返してやる!」
神楽さんがやり場のない怒りをコタツの机にぶつけている。ああ・・・コタツが壊れそう・・・。
「君と意見が合うのは不本意だけど、全くだよ。あの人は妖使いがとことん悪いんだから」
「同感だ。幼いころはまだよかったが、今はもう立派な大人。姫にいつまでもあの方が懐かれているのを見るのはおれの忠誠心が耐えられない」
「また姫かよ・・・お前それ嫉妬、」
「忠誠心だ」
上司の愚痴を言いながらコタツで鬱憤を晴らしはじめている妖怪三人衆を、僕はオロオロと見ていた。
一番普通に見える聡駕さんまで同意している。忠誠心とかはよくわからないが・・・承安さんはそんな性質の悪い人なのだろうか?そうは見えなかった・・・まあ、少々強引な所はあるみたいだが。
「えっと、とりあえず・・・ごめんなさい?」
そう謝ると、三人はいっせいに僕のほうを向いて首をかしげた。こういうときだけは息が合っている。
「ああ、別にお前が謝ることじゃねーぞ?承安がちゃんと説明しなかったのが悪いわけだし。なんかごめんな~。あいつ、昔っから見た目に背いて面倒臭がり屋なんだよ」
「は、はあ・・・」
どう反応していいかわからない、とはこういうことなのだろう。
初対面でものをいうのも失礼だが、承安さんをみて僕は彼を真面目な人だと思っていた。
だから少し驚いてしまった。・・・しかし、承安さんに妖怪三人衆はなぞが多いから、こういうギャップは勿論存在するのだろう。
「早速本題に入るけど、」
そう思考を回らせているときに、能さんが少々疲れ気味にそう切り出した。大方「依頼」についての説明が面倒くさいんだろう。
・・・僕のせいじゃないけどなんか罪悪感が生じる。
そんな僕をよそに、能さんは淡々と奇怪なことを言い出す。
「杏璃くん、君の役目は物語の世界に入ってそれを修正することだよ」
「あ、はい・・・?」
・・・・・・・・・・ん?
なんか凄くファンタジックなことを聞いたような気が。
能さんを見ると、彼は真面目な顔で僕をまっすぐ見つめていたものだから、思わず少し後ずさった。
「あ、あの、物語の世界って・・・?」
そう聞くと、彼は少し眉をひそめた。
「難しい質問だね、それ。まあ当然の質問ではあるけれど」
言葉を切って、出されたお茶に口をつける。その動作が一々端正なものだから、思わずそこに目がいってしまった。
「ぼくもその世界には行ったことがないから詳しいことは言えないよ。けれど・・・承安さんから聞いた話では、物語の世界っていうのはこの世界と繋がりを持ち、この世界の人間たちの空想によって作られた存在するはずでしない世界らしいんだ」
「存在するはずでしない世界・・・」
そういって茶をもう一口。僕は能さんの言った言葉を繰り返してみた。
存在するはずでしない世界とは何なのだろう。存在する「はず」で「しない」のだから、存在してない世界のことなのだろうか?
そして僕は、その「存在しない世界」に行って依頼を解決しなければならない・・・?
「それは・・・杏璃が我のことを見える、という定理と同じなのか?」
今まで珍しく黙って話を聞いていた心得が思案顔で言い出した。
物語の世界と、僕が心得が見える能力を持つことになんの接点があるのか、よくわからず首をひねった僕だった。
が、それに聡駕さんはそうだな、と頷いた。
「ああ。それと似ている。いや、むしろ同じか・・・」
「え、どういうことですか?」
「・・・つまりは」
僕の能力はこの世界の存在原理と同じ、普通の人から見れば存在するはずでしないものだから、この世界と僕は似ていると、聡駕さんは説明をした。
・・・うん。どうしよう。ますますわからないや。
別に僕は馬鹿じゃない。これでも成績はいつもトップクラスだ。自慢じゃないけど、学校に行ってないのにトップクラスなんだ。
だから、聡駕さんの説明がわからないのは僕以外にもいることを信じたい、のだけれど・・・
能さんはああそうかそうやって説明すればよかったのかと納得しているし、心得も誇らしげな顔をして「我を称えよ」なんて言っている。唯一話についていけないのはどうやら僕と――、
「だあーっ!わかんねえよ!ぐちぐち説明してないで早く世界に入る手順に入ろーぜ?ほら、百聞は一見に如かずっていうだろ?説明するより体験するほうが早いに決まってるって!」
神楽さんだった。
この人と同レベルでちょっと気分が落ち込んだとか、そんなのは口が裂けてもいえないが。
「わお。君が四字熟語を知っているなんて驚きだよ。ぱちぱち~」
「っ、てんめえ・・・喧嘩売ってんのか!?」
能さんが乱入してきて、また修羅場になりそうな雰囲気になる。
どうしようかとまた視線をさまよっている僕に、聡駕さんが話しかけてきた。
「あの二人は気にしなくていい。・・・世界に入る手順を承安から教えてもらった」
小さく返事をすると、彼は早速例の依頼の本を見せるように促した。僕が驚いて今実行するのかと聞いたら、
「面倒事は好まない。日が暮れるうちに済ます」
と言う。
面倒臭がり屋はどうやら承安さんだけではなく、この人たちもそうみたいだ。
「怪談」を店番用の机から持ち出し、彼の指示通りにページが破れたところを開いて見せた。
すると聡駕さんはひとつ頷いて、ため息をつく。
「雪女の尻の部分か・・・最初に厄介なものを寄せてくれる」
「なにか問題が・・・?」
「いや・・・、では始める。いい加減落ち着け、あんたら」
聡駕さんの視線の先にはいつの間にか激しい攻防戦を始めている二人の姿。そしてそれをはやし立てる心得。
彼の言葉に振り向いた能さんは、満面の笑みをしながら神楽さんの攻撃を防いでいた。
「え~ひどいなあ風狸くんは~。僕はいつでも落ち着いてるよ~?九尾の落ちこぼれがちょっかい出すから、仕方なく遊んでやっただけだよ~」
「はあっ!?お前、よっぽど死にたいんだな!わかった今すぐ死なせてやるっ!」
「・・・落ち着け、九尾。・・・・・はあ」
これはいつものことなのだろうか。もし毎日こういうのが目の前でおきていたら僕の精神が持たない。
再度ため息をつく聡駕さんに、少し哀れみを感じた僕だった。
十分後に、彼らの戦いは終わった。家は少し散らかってしまったが、コタツが壊れていなかったのが幸いだった。
僕らは再び、その世界とやらに入る手順を始めた。
「破れているページは『雪女』のラストらへんだね~。雪女が巳之吉に正体を見せるところかあ」
能さんがコタツに置いた例の本を見てふうんと頷く。
心なしか面倒くさそうな顔をしている。申し訳ない気持ちになってきた僕に、聡駕さんが「いつもあんな顔をしているから気にするな」と話してくれたから、少し気が楽になった気がした。
この人は優しい人だな、と思った。
でも、その際に能さんに「そんな顔ってどんな顔なの?」と睨まれたのには冷や汗をかいたが。
温順な性格(毒舌らしいけど)をしていても、自分について言われるのは好きではないらしい。
いや、人に言われるのが好きなやつなんていないか。
「入り方は簡単だ。まず、手を本の上に置いて集中しろ」
「集中・・・?」
「心を無にする、と言ったほうが適切か・・・・?とにかく、なにも考えずに、その本にだけ意識を向けろ」
「わ、わかりました」
彼の言ったとおりに、心を無にして、本に集中した。
まるでなんかの儀式を行っているようで緊張を感じる。だが、それも数秒のことで、たちまち心を無にした僕の体に異変が起こり始めた。
「っ、」
体をなにかに支配されたような感覚。自分の体が自分のではなくなるような感覚。
単純に言えば・・・『何か』が僕の中に入ってくるような感じがした。金縛りにあったように、体が動かなくなったのだ。僕は素直に気持ちが悪かった。じわじわと体を痛みに支配される。
僕は思わず恐怖と痛みに噛み締めた声をあげ、目を閉じた。
「おい、杏璃・・・」
心得の声が珍しく驚いているようだった。それもそうだろう。
僕もなにがおこったのかがわからない。
混乱していると、再び聡駕さんの声が響いた。
「少々痛みを感じるだろうが・・抵抗はするな」
「っ・・・」
少々どころじゃないと反論したいが、今はそんな気力も無くなっていた。
抵抗せずにその『何か』を受け入れる。そばで妖怪三人衆がなにかの呪文を言っていたが、僕はそれに耳を傾けることさえできなかった。
そして、意識が黒に染まった。
二話、これで終了しました。
次からは物語の世界へトリップします!
杏璃はなぜ急に体が痛み始めたのか、これから行く『世界』で彼は一体どうなるのか!?
と、いうようなものです。
相変わらずの駄文ですが、期待してくれると嬉しいです!