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一章 その2

「……清潔にして、着換えさせたわ。」


 部屋から出てきたウサギ族の女性は、血に染まった衣服とタオルが掛った水桶を持ちながら、ターヤに告げた。

 ミーシャ、ターヤ、リンの3人は少女の早急な治療をしてもらうため、ビショップであり、錬金術、薬の作成などのベテランであるターヤの母がいる家へ向かった。


「ありがとう、お母さん。それであの子の容態は?」

「出血の傷痕からして背中から腹部まで貫通しての刺傷……だと思うわ、既に治癒魔法かポーションで治癒されてたの。けど出血がひどかったようね、生きてるのが不思議な程よ。かなり衰弱しているわ。傷の原因の特定は、もう治癒されてたから判断が難しいわね。命に別状はないわ安心して。」


 ターヤの母は微笑み、ターヤへ穏やかに告げた。


「よかった。」


 ターヤはほっとし、肩の力を抜いた。母はただ……と言葉を続ける。


「ターヤも解ると思うけど」


母が眉をよせ言葉を続ける。


「目を覚めた後が問題だと思うの。」

「そうだね。」


 ターヤも顔を曇らせる。おそらく刺された事に対するショック、命の危険に晒された事での精神への負荷でパニック、過剰な不安、恐怖に小さな少女は侵されてしまうのではないかと考える。


「しばらくはあの子のそばに居ることにするよ。」

「ええ、そのほうがいいわ。念の為に他の薬を後で持ってくるわ。ターヤ、御夕飯はどうするの?」

「あの子が起きてくるかもしれないし、部屋で食べるよ。ああ、体に優しいもので草粥とかお願いしていい? あの子が起きてきたら食べさせるから。」

「わかったわ、じゃあ後はお願いね。」


 母が去るのを見て、ターヤは部屋に入った。


「ターヤ」


 リンが部屋に入ってきたターヤに声を掛けた。リンが居るのは母と一緒に少女の着換えなどを手伝っていた為だ。ベットの隣の椅子に座り、少女の様子をリンは見ていた。


「リンちゃん、お疲れ様。」

「ううん、いいのよ。」


 ターヤは寝ている女の子の様子を見る。出血のせいだろうか顔色は悪く、若干苦しそうに息をしている。ターヤはため息をつき、リンに話しかけた。


「この子は一体どこから来たんだろうね。」

「さぁ、この子を見ると……天界? なんて思ってしまうわね。」


 天界……。冗談のように聞こえるかもしれないが頭の上の輪っか、そして翼を見ると、おとぎ話に出てくる四大天使のような容姿に似ている。


「おとぎ話のような話なのに、この子を見るとあながち間違ってないかもしれないね。」

「さっき、ターヤの母上と一緒に着換えさせて解ったんだけどね。」


 リンは寝ている少女の翼に触れようとする。


「ちょっと、リンちゃん失礼だよ。」


 リンはターヤの静止を聞かず触れようとしたが、なんと翼には触れられずリンの手が通り抜けた。


「血で汚れた服を脱がせようとしたときに気付いたんだけどね。最初どうやって脱がしたら良いのか解らなくて。どうやら、この子の翼って魔力か何かで出来てるんじゃないかな。」


 有翼人の翼が魔力で出来ているなんて聞いたことがない。


「人間種とかエルフ種の服のように、翼位の部分を避ける構造になってなかったのよ」


 鳥翼人も竜翼人も触れられる実体のはずだ。もちろん気安く触ってよいわけではないが。            

 翼を自由に動かすために、ターヤ達獣人族の尻尾と似たように衣服には考慮している。


「なんだか本当に幻想的だね。」


 ターヤは少女の翼を改めて見る。一切の汚れ、他の色の混じりを許さないような純白。触れれば翼の手触りはさぞ良いのだろうと思えた。


「それと、この子が乗っていた騎獣は大昔に王族や、種族長しか乗ることは許されないって言われてた、幻獣のグリフォンじゃないかしら。」


 この子が乗っていた騎獣は街に戻る際、振り向いたら消えたかの様に居なくなっていた。ミーシャにこの子を預けて、まるで役目を終え消えたかように……。

 外されてベットの横にあるチェストの上に置かれたリングと首飾りを見る。精巧に作られた、まさに芸術品。装飾品それぞれから魔力が感じられるということは、魔法具なのだろう。血で少し汚れてしまっているが、非常に価値のあるものに違いないとターヤは思えた。


「この子の綺麗な翼に幻獣……あのローブと豪華な装飾品を見たら、現実的に考えれば私達の知らない遠い大陸……、ディモルフォセカ大陸以外の王族か縁のある高貴な者……。あたし達キツネ族のように他の大陸から逃げてきたんじゃないかな。」


 リンは悲痛な顔をして、少女を見ていた。

 リン達キツネ族は、この大陸から遠く離れた小さな島国、キツネ族主体のキュウコと呼ばれる国で内乱があり、一部の王族とその配下を連れ、このディモルフォセカ大陸ネコ族とウサギ族の国、ラナンキュラス国へ亡命してきた。百年程前の話である。

 リンは自分の種族と同じなのではと思ったが。考えすぎるのも良くないと思い、ため息を吐いた。


「まぁ、実際のところは本人に聞かないと、この子が起きてくれないとね。」

「……そうだね。」


 部屋の窓を見ると、外は薄暗くなっているようだった。一旦家に帰った方がよいかと判断しリンは立ち上がる。


「ターヤ、一度わたし家に帰るわ。」

「そうだね。暗くなってきたし」

「じゃあ、この子のことお願いね。」

「うん、また明日ね。」


 リンが退出したのを見送り、ベットに眠る少女の前へ座る。

 ターヤはふと、先ほど少女の装飾品が汚れていたのを思い出し見る。やはりかなり血が附着しており、綺麗にしておいた方が良いかと考え、清掃具を取りに一旦部屋を出ることに決めた。


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 リンと入れ替わり誰か来たのかドアをノックする音がする。


「どうぞ」

 現れたのは疲れた様子のミーシャだった。


「いや~まいったにゃ。族長達の話が長くてきっついにゃ。」

 もう既に夜遅く、ようやく解放されたようだ。


「お疲れさま、ミーシャちゃん。ずいぶん長かったね。」

 ミーシャ達がターヤの家へ少女を連れてきた後、ミーシャは事のあらましを族長達に伝えるため出ていた。ミーシャはテーブルにある椅子に座りぐったりとしていた。


「ミーシャちゃん。族長達は何て?」

「ん~。とりあえず、「大きなヒポグリフに怪我をした天使様を預けられましたにゃ!」って言ったら、なんの冗談? って最初は言われたにゃ。」

「はは。なんとなく想像はつくよ。」

「で、仕方ないから、ここに連れてくる途中に見かけた連中を引っ張って本当であることを門番からも話をさせて……。話半分で信じてくれたけどにゃ……あとは族長達の説教と長話に付き合わされたにゃ。」


 ミーシャはターヤと釣りに出かける前に、族長の手伝いを逃げてしまったため、その御小言もやはりもらっていたようだ。


「この子の事は族長様達は何て?」

「話半分でしか信じてなさそうだけど……難しい事は置いておいて、とりあえず回復してから話を聞こうって事にゃ。ま、当然だにゃ。」


 難しい事がちょっと気になるターヤだったが、ほっとしたターヤだった。


「で~。天使様の様子は如何かにゃ?」


 冗談めかして、天使様とは寝ている少女の事だろう。ターヤに寝ている少女の様子を聞いた。


「大丈夫だよ、静かに寝てる。ちょっと顔色は優れないけどね。」

「そかにゃ、それなら安心だにゃ。」


 ミーシャは机にうつ伏せになりながら、寝ている少女を見て思い出していた。

 少女を渡された事は、よくよく考えると本当に幻想の中の出来事のように思える。ヒポグリフとは思えない巨大な騎獣、そして絵本やおとぎ話ままの天使様を受け渡された私は絵本の主人公だったりするのだろうか。

 ミーシャは自身の考えに笑いそうになった。


「なんで……、なんで……」

 ターヤは寝ている少女から声がして、ベットの方へ振り向く。ミーシャもベットに近づいた。


「あぁ、く、くるしいよ……い、いた……」

「ターヤのお母さんを呼んでくるよ!」


 ミーシャは駆けだし、部屋を飛び出した。ターヤは近くにあるタオルを水で絞り、少女の額に浮かぶ汗を拭きとる。


「壊さない……で……、壊さないで……私の……国を……」

「呼ばないで……、呼ばないで……私を……」

 ターヤは少女の手を握る。小さい、ターヤより小さく柔らかい手だった。


「大丈夫、大丈夫だから。」

「……ああ、ユ……ト、ミナ……」

 部屋へ慌て駆け寄る音がしミーシャとターヤの母がやってきた。

 ターヤは椅子から立ち上がり、母と入れ替わる。

 ターヤの母は少女の額に手をあて、少女の胸にも触診を行った。


「顔色は最初見た時と変わらない……。悪化はしてないわ。」


 ターヤとミーシャは息をはく。体調が悪化したわけではないことに安心した。


「苦しい、痛いって言ってたの?」

「うん……」

「怪我をした時の事でしょうね……魘されてるのは。」


 ターヤは眉を顰め少女を見た。怪我をした時の出来事を悪夢で反芻し魘されている。

何があったのかを少女は魘され、口にしていた。ミーシャ達が入ってくる前に言っていた事ならそれは……


「ありがとう、お母さん。後は僕が看てるよ。」

「そう? もう遅いから私が変わってもいいのよ?」


 母が変わって看てくれると言うが、あの言葉を聞いた後では目が離せない。


「ううん、大丈夫。」

「じゃあ、私は戻るわね。何かあったら、必ず呼ぶのよ?」


 ターヤの母が戻り、ミーシャと二人になる。ターヤは少女の手を握り囁いた。


「大丈夫、もう安心して。ここはもう安全な所だからね。」


 掛けた言葉で反応したかのように少女はターヤの手を握り返していた。




 少女が目を覚ますのは、それから2日後の事だった。


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