一章 その12
「ミコトちゃん? ちょっとまって。」
サラさんは僕が魔法を唱えようとしたら、ストップが掛った。
「いま、ミコトちゃんはボディリカバリーの2段階目を本来は唱えようとしたのよね?」
「うん」
うん、けどIIだと治らないから、IIIで治そうとしてるんだよ。
「けど、それじゃ治らないと判断して、さらにその上なのね?」
「うん、そうだよ?」
「ちなみにいま、ミコトちゃんが無詠唱で唱えると、生命力はどのくらい消費するのかしら?」
「えっと……。」
そういえば、ボディリカバリーって結構消費したような……。
えっと、いくつだろ……うわっ。
「えっと……今だと2割だね。」
「それってヒーリングで何回分なの?」
……えっと、いち、じゅう、ひゃく……
「150回ちょっと……」
「150!? んんっ! ……2割も減るなら呪文詠唱をしましょうね?」
え~……僕、呪文詠唱なんて殆ど覚えてないよ?
「ぼく、呪文詠唱苦手……難しいんだもん」
「この子は……。はぁ……ミコトちゃん、前に私が言った事、覚えてる?
魔力じゃないんだからね? 慎重に使わなくちゃダメなの。 いい?」
「うん……。」
えっと……メニューから魔法表示を出して、詠唱を……カンペを……よしっ!
「レンさん、お待たせしました! 今度こそ行きます!」
「……はい。お願いします。ミコト様。」
レンさんのお腹に右手を当て、右手の上に左手で持った僕の羽根を乗せ魔法を詠唱する。
呪文で詠唱するなんて久しぶりだよ。
「我らが聖なる母よ、清らかなる光よ、欠けし身に慈悲を、欠落せし肉叢を復元せん……ボディリカバリーIII !」
魔法を詠唱すると、青白い光がレンさんの体を包み、僕の手を置いてる場所に空中から同じ色をした収束された光が落ちてくる。
まるで光が僕の手を貫き、レンさんのお腹に向かうように収束された光が降りて来た。
(お願い……治って!)
僕は祈る。コウさんもレンさんもこのままだと可哀そうだよ。リンちゃんだってせっかく弟か妹ができたはずなのに。
赤ちゃんができないなんて酷いよ。
しばらくすると、サラさんの周りを包んでいた光も薄くなっていき、僕の手に降りていた光も消えて行った。
左手に持っていた羽根も消えている。
羽根も消えていると言う事は詠唱が成功したんだ!
「何か、お腹が温かく……?」
レンさんにも治った変化が解るのかな?
ターゲットしていたレンさんの状態を確認する。
状態異常が消えてる! 身体欠損がないよ!
「やった!! リンちゃんのお母さん! 治りました! 」
「真でございますか……?」
「私も確認するわ。」
サラさんがレンさんのお腹に手を翳し、目を瞑る。
触診を行いつつ、レンさんに質問を行い。診断していた。
サラさんホントにお医者さんみたい。 あ、ヒーラーってここではお医者さんなんだ。
「月のものが来れば完璧なんだけどね。レン、おめでとう。 確実に治ってるわ。 ミコトちゃんもね? お疲れ様。」
「はい! レンさん、お疲れさまでした。」
「……。」
レンさんは自分のお腹をさすり、呆然としていた。
ふいにレンさんは僕を抱きしめて来た。
「わわっ!」
「ミコト様……! ありがとうございます! ありがとう……ございます。」
レンさんは僕を抱きついて涙を流していた。
僕はレンさんへ腕をまわしてレンさんを慰める。
「レンさん。リンちゃんに弟か妹を見せてあげて下さい。あ、僕も見たいです。
コウさんの事や、一昨日の事はそれで水に流しましょう?」
「はいっ! 必ず……! 必ず!」
レンさんが落ち着くまでそうしていた。
よかった。治って本当によかった。
レンさんが落ち着いてきて、僕とレンさんは離れる。
「もうしわけありません。感極まってしまい……。」
「いえ、気になさらないでください。」
指でレンさんは涙を拭う。
「サラ、あなたにも感謝を。まさかまた子を儲けられるなんて……」
「私は何もしてないわよ? すべてミコトちゃんよ。」
「そんなことないですよ?」
だって、この案は僕もサラさんも、おんなじ考えだったわけだしね?
サラさんと僕はお互い笑っていた。
「さて、お爺様とリンに報告してくるわ!」
レンさんは、駆けて看護室を出て行った。
……え? レンさん! 裸のままだよ!
「ちょ、ちょっとレンさん!?」
「これは、まずいわね……」
看護室の外からリンちゃんの悲鳴が聞こえてきた。
「リン!お爺様! ミコト様は本当に素晴らしい御方ですわ!」
「きゃ!! お、お母様!? ま、まさか本当にミコトと……」
「レン!? まさかとは思うておったが……」
まずい、まずいまずいまずい!!
リンちゃんは看護室のドアの前に居たらしく、僕を見て後ずさりしながら顔を赤く、青くしていた。
あ! そういえば僕も裸だった!!
勘違いをさらに加速させちゃったかも!?
「きゅう……」
僕を見て、目を回し倒れてしまった。
リ、リンちゃん!? 勘違いして倒れないで!! リンちゃん!
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僕とレンさんは身支度をして、改めて全員集まって話し合いをしていた。
もう……嬉しいのは解るけど、レンさんのせいでリンちゃんとお爺ちゃんに変な勘違いをされちゃったよ……。
……最初はレンさんも勘違いしてたっけ。
なんでなの……? ねえ、なんでなの?
落ち込んでいる僕を見計らってか、サラさんが変わりに説明をしてくれた。
「なんと……。本当に、本当にレンの体は治ったのか?」
「はい。僕が診ても、サラさんも診断して同じく治っていると。ご安心下さい。
レンさんにも先ほどお話し致しましたが、今回は僕がこの国に滞在する為にも必要なことだったのです。
そして、コウさんの件、また一昨夜の件については、リンさんとコウさんに妹か弟を見せてあげて下さい。 それでこの度は水に流しましょう。」
リンちゃんのお爺ちゃんが震え、突然また土下座をしはじめた。
「ありがとうございまする! ミコト様の寛大なご差配、感服致しました!」
もう……僕、頭下げられるの嫌なんだけど……
「レン!リンよ! ここまで寛大で素晴らしい御方だ。仕えるのは名誉ある事ぞ。」
「ええ、もちろんですわ。」
「もちろんでございます。わたくしも望んで参りましょう。」
ん? なんだか嫌な予感。
「ミコト様、どうか我が孫娘のリンを是非とも御身の配下にお加えください。」
は? はあああああ!?
「キツネ族は成人すると大半の者がこの国に忠を誓い、国に尽くすのが通例となっておりますが。しかし、まだリンは未成年。是非とも、リンをミコト様のご配下に!」
あ、頭が痛くなってきた……。
サラさんの方を見てみると、同じように頭を抱えている。
どうしたらいいの?
「お気持ちは嬉しく思います。しかし今の僕は国主ではなく、今やこの国に助けられている身です。高貴の身分ではありません。私の配下となっても名誉ある身分をご用意することはできません。」
「何を仰いまするか、今は国主ではなくとも、四大天使様と同位の御方でございましょう。しかし、私ども先ほどのご差配に感服したのでございます。国主ではなくとも、また天界のご身分がなくとも、御身のお人柄や寛大な御心は変わらぬものでございましょう。ただ御身に仕えることこそが名誉ある事であるかと私は思いまする。」
なんかものすごい褒められ方してぞわっときた。
そんな僕、すごくないよ……
さっきから、リンちゃん達は正座をしてずっと頭を下げている。こちらは見ていない。
サラさんの方を見ると、サラさんも僕と同じように頭を抱えていた。
僕にはもうどうすればいいのか解らない。サラさんの裾を少し引っ張り僕はサラさんに助けを求めた。
「?」
(た す け て)
サラさんにとっても、この状況は悩ましいことだと思う。
だから僕を助けて! お願い!
サラさんはため息を付き、言葉を紡いだ
「ゲン老、横やりながら失礼します。 リンはこの国のヒザクラ家の者です。この国にとっては名家の出身、それだけでも身分ある出です。
そのような者が、公には私の弟子となる者の配下となれば、ヒザクラ家の看板に泥を塗ることとなるでしょう。私は賛成できません。」
「何を言われるか、サラよ。 ウサギ族の族長を度々行っている名家で、ヒーラーの鬼才と世に知れ渡るそなただぞ?
その弟子にそなたが指示し、レンの治す事が今までできなかった傷を癒したと公にしたとして、実績のある弟子ならば泥どころか誇りとなれよう。問題はあるまい。」
サ、サラさんって、そんなにすごい人だったの?
あれ、僕が弟子になって良かったのかなぁ……不安になってきたよ。
サラさんは、僕に顔を向け悲しそうな目で首を振った。
ええ!? サラさん。たすけてよお!!
……どうしよう? ホントにどうすればいいんだろう?
僕、リンちゃんを配下、えっと部下にだなんて欲しくないよ?
ストレートに言うわけにはいかないし。どうしたらいいんだろう。
リンちゃんはホントはどう思ってるのかな?
ホントに僕の配下になりたいと思っているの?
「お話しが変わるのですがお聞きください。
サラさんには先日お話ししましたが、いつかは……、いつかは……僕の国を復興を遂げたいと考えております。
ご存じの事と思いますが、いま僕の島は非常に多くのアンデットがおります。
それを浄化し退け国を復活させたいと考えています。アンデットを浄化するだけなら、僕だけでもすることは可能かもしれません……。
しかし確実な方法ではないのです。今その手段は見つかりません。
もし、近い将来その手段が見つかれば、僕はこの国を出ることとなるでしょう。」
うん、僕はこの国をいつか出なきゃいけないんだよ。
だから、リンちゃんを配下になんて加えられない。
「先ほどは僕は申し上げました。リンさんにお子さんを見せてあげて下さいと。
僕はこの国を出るかもしれないのです。 ですので……」
「なれば……なればこそ!! 父や私共の失態を御許し頂き、また母の癒えぬ傷を癒して頂いた大恩ある御方でございます! また、先ほどのお話しを伺い微力ながらお力になりとう思います! どうか私めをご配下にお加えいただきますようお願い致します!」
え? リンちゃん!?
まさか、お爺ちゃんじゃなくて、リンちゃんから直接くるとは思わなかった。
ああ、もう! これはストレートに直接いうしかない。
リンちゃんの近くにいき、正座しているリンちゃんの前に座る。
「僕は、僕はリンさんを配下にしたくはありません。」
「そ、そんな……。」
リンちゃんはとても驚いた眼をして、悲しそうな顔をして涙を浮かべた。
あーもう! そんな顔しないでよ! まだ続くんだから!
リンちゃんの手を取り、言葉を続ける。
「僕はリンさ、リンちゃんとお友達になりたいと思っています。それでは……駄目でしょうか?」
「っ!?」
「リンちゃん、いまの僕に配下は必要ないの。 だからお友達になってくれないかな?」
リンちゃんは体を震わせ、涙を流し始めた。
「わ、わたしは……」
「どうかな?」
僕はリンちゃんと手を握り、言葉を紡ぐまで待ち続ける。
友達になりたいのは僕の本心だ。
リンちゃんのお父さんの事や、一昨日の事抜きで僕はリンちゃんとお友達になりたい。
「私も……、私も……ミコトと友達に……なりたい!なりたいと思ってたの!」
「うん! これからもよろしくね? リンちゃん。」
僕は泣き続けるリンちゃんを落ち着くまで抱きしめる。
よかった! リンちゃんも友達になりたいと言ってくれた!
リンちゃんとお互い抱きあいながら、僕も少し泣いてしまった。
なんとかリンちゃんを配下ではなく、お友達として今後もお付き合いできるようになったよ。
お話しは終えて、リンちゃん達はお家に帰って行った。
リンちゃんのお爺ちゃん達は、サラさんの弟子になり、無事この国に滞在できるようになったら、レンさんの快気祝いも含め盛大にお祝いしたいのでリンちゃんのお家に来てほしいと言っていた。
もちろん僕は喜んで了解したけれど。
「サラさん……ぼく疲れた……」
「ホントお疲れ様……、私もなんだか疲れたわ……。」
僕とサラさんはソファーに座りぐったりしていた。
リンちゃん達キツネ族は……なのかな?
なんていうんだろうドラマとかで見る、昔のお武家様というか、そんな感じがする。
「リンちゃんのお爺ちゃんというか、リンちゃん達はなんだかすごいね。」
「キツネ族って頭が固いのよ。義理固いというか何というか……」
サラさんも大変苦労しているらしい。
キツネ族の治療に行ったりすると、治癒し終わった後は一家親族総出でお礼を言われ、ものすごい歓待されるらしい。
感謝されるのは嬉しいんだけれど、度を超えてくるのだとか。
「な、なるほど……。」
「お祝いはとっても期待できると思うわ。さて……話は変わるけど、ミコトちゃん。」
ん? なんだろう、サラさんがとっても真剣な表情をしている。
僕は座る姿勢を正し、サラさんの言葉を待った。
「これで、ミコトちゃんはヒーラーとしての才能を公に示す事ができ、私の弟子となることを認めるわ。ただし、その上で1つお願いがあるの。」
「お願い?」
「以降、ボディーリカバリーIIIの使用を禁じるわ。禁術とします。」
え?使っちゃ駄目ってこと? どうして!?
「ど、どうして!?」
「ミコトちゃん、あの魔法は見た限り、損傷した……いえ、欠損した部位を文字通り復元する魔法よね?」
うん欠落、無くなってしまった部位を再生させる魔法になる。
「解りやすくいえば、私でも切断された腕や足をその場でなら、ボディリカバリーで接合することはできるわ。おそらくミコトちゃんのIIは長時間経ってしまっても接合できるのでしょう?」
うん、長時間ほおっておいたら、重度損傷となる。その場合IIか、ゲーム内では死に戻りしかない。
「で、問題のIIIよ。これは無くなってしまった手足を、復元蘇生させる魔法ね?
これはもう魔法と言うより奇跡としか言いようがないわ。それが危険なの。」
うん? 何が危険なんだろう。
「ミコトちゃんが冒険者をしてた頃は普通だったのかもしれないわ。けど今の世にそんな魔法は無いの。その魔法をどれだけの人が望むと思う? 酷い言い方になってしまうけれど、手足を失ってしまった人なんてザラにいるわ?
それにミコトちゃん、あなたは自分の羽根を代償としたわね?」
「うん……」
サラさんの目はとても冷たく真剣な表情をして、そして怖い目をしていた。
「そんなこと続けてごらんなさい。あなたに助けを求め続ける人達は増えに増え、あなたの翼は、羽根はあっという間に無くなるわ。癒した人はあなたを感謝し賛辞を贈るでしょう。
癒せられなかった人はあなたを僻み憎み、終いにはあなたを殺そうとするでしょう。」
「ヒーラーというのは、癒した人からはとても感謝されるわ。
けど、癒す事ができず、死なせてしまったりした時は親族、その友人に泣かれ、それだけならいいわ? 罵声を浴びせられ、恨みを吐かれ殴られ……そんな職業なのよ。」
サラさんは今までそんな経験をしてきたのかな?
僕に耐えられるだろうか? そんな……そんな……
僕は怖くなってきた。
元々病院でいつも入院してた僕である、人づきあいも得意ではない。
何度か会ったりする人には問題はないけど、初対面の人は怖いの。
そんな人に罵られたり、いきなり叩かれたりしたら……
震えてた僕をそっとサラさんは抱きしめてくれた。
「他にどんな奇跡のような魔法があるかは今はあえて聞かないわ。ヒーリングは個人差があるし問題はないでしょう。キュアもね。」
サラさんは僕の背中を叩きながら言葉を続けた。
「怖がらせちゃってごめんなさいね? だけど覚えておいて? あなたの為でもあるの。」
「うん……うん……」




