一章 その8
リンちゃんが族長の子供?
この世界での、この国の族長の娘なんだ。
僕、普通にお友達感覚でお話してたんだ……。
なんで言ってくれなかったんだろう、僕ずっと失礼なことしてたの?
「リンちゃん、そ、そうだったんだ。あ……リンさん、今まで失礼なことばかりして、すいませんでした。」
「ちがうの! まって! 父上! ミコトの精神状態は報告で申し上げたはず! どうしてこられたのですかっ!? これでは、水の泡でしょう!?」
「何事!? なっ、コウ!? どうしてあなたがここにいるの!? 」
「おや? サラ族長、悪いが家に上がらせてもらってるよ。」
サラさんも族長!? ということは……
「サ、サラさんも? ということはターヤ君も……?」
「もしかして、ミーシャちゃん……も?」
「おや? 聞かされてなかったのですかな? 左様でございます。ミーシャもこの国の代表であるラナンキュラス代表ネコ族族長 ロドリグの娘でございます。」
そんな、みんな族長の子だったなんて、どうして隠してたの?なんで?
「あ……、あぁ……どうし……て?ごめんな……さい、ごめん……なさい……」
僕、この国の偉い人達に迷惑かけてたの?
なんで言ってくれなかったんだろう。言ってくれれば僕は
「ふむ? どうしてお謝りになられるのか? 何かあなたご自身に都合の悪い事がおありなのかな?」
「ひぃ!!」
「まちなさい!! コウ!! 彼女は!」
「動くなサラ、お前達も全員だ。」
男の人が僕に近寄ってきて、リンちゃんを僕から遠ざけた。
こわい、こわいよ。なんでそんなに僕を睨んでいるの?。
僕に都合の悪い事ってなに?
「正直に言おう、お前は工作員の嫌疑がかかっている。先ほどの話しを聞いたら余計にその疑いが深くなった。」
「こう……さくいん?」
こうさくいん?工作員? なんの工作員だっていうの?
僕はそんなんじゃないよ!
「そうだ。まさかキュウコからとは思ってなかったがな。」
「ち、ちが」
「まぁ、そうであっても普通はそう答えるな?だが……」
「ひぃ!」
僕の肩に男の人の腕が触れる。肩を手で強く掴まれた。
顔が近くて怖い。目が怖い。
やだやだ!!怖い!!怖いよ!!
「ふむ……簡単に触れさせるとは、だか好都合だ。」
「あ……あ……?」
何? 何なの?頭がぼーっとする。
怖いのもなくなって、泣きたいのも収まって。
なんなのこれ……
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「お前も知っているだろう。キツネ族の能力は感情を操る。内なる感情の起伏から嘘を付いているかの判断もできる。これからお前を尋問する」
コウはミコトの肩に手を置き、自身の能力を使った。
ミコトの感情から発せられる恐怖を取り除く。
「コウ族長!おやめください!!」
ターヤが叫ぶも、コウはそれを無視し尋問を続ける。
「知……らない。知ら……ないよ」
「……ふむ、知らなかったようだな。それに随分と恐怖を感じているようだ。安心しろ、恐怖でも、他の感情の起伏は全て発生したら私がかき消してやろう。素直に話すんだ。」
ミコトは無感情になり目の光は抜け、まるで人形のような状態となった。
腕はだらんと垂れさがり、どこか遠くを見ていて催眠状態のようになっている。
「父上!! そのような」
「だまっていろ」
「っ!」
リンは父親のコウの非情な行動が信じられず、コウに一睨みされ動けなかった。
「では、まず第一だ。今のお前の姿は化けているのか?」
「化ける……?」
「そうだ。変身とも言うか。今は随分と神々しい姿をしているが、お前の元の姿はなんだ?」
「元の姿……? 鳥翼人です。」
「鳥翼人か、戻れるのか?」
「……戻れない。けど、似た姿なら戻れます。」
「……戻ってみろ」
「……はい。」
ミコトは言われるまま、3対6枚の翼が光を発し、2対の翼が光を弾くように消え、1対の一周り大きな翼へと変わった。
頭の上にあった黄色く輝く天輪も光を失っていくように消え失せた。
「ふむ。確かに鳥翼人のようだ。 翼は減って、頭に合った輪がなくなったな。似た姿と言ったが、何が違うのだ」
「3対の翼は鳥翼人が転生し織天使になった証。智天使の階位から翼が増えます。下の階位は見た目は殆ど元の種族と変わりません。天輪は……頭の輪っかは天界人の証。この翼は智天使以上の階位は光翼になります……今の翼も実体ではありません……。」
「ふむ、それでは触れることはできないのか?」
「実体化をすれば他の人にも可能です。」
コウはミコトの翼に触れようとするも、翼をすり抜けて触れることはできなかった。
「確かに今は触れられないな。やってみろ。」
「……。」
ミコトは実体化の指示をされるも、動かず何もしていなかった事にコウは気付き。
彼女の顔は真っ赤になり、彼女の感情から羞恥心が発生している事に気付いた。
コウは羞恥をかき消す。
「どうした、早くしろ」
「はい……。」
ミコトは自分のワンピースを脱ぎ、ショーツ1枚の下着姿になる。
今は羞恥を消されてはいるが、ほんのりと今は顔は赤みがかっているにも関わらず一切体を隠そうとしない。
ここに居るものすべてがミコトに注目していた。驚いて目を見張っているのではない。
ミコトから目を離す事ができなかった。と言うのが正しいのかもしれない。
肌は日に当たった事などないかのように白く、ほんのりとピンクの肌はまるで赤子の肌を思わせるようなシミなど一切なく美しい瑞々しさがある。
ミコトの特徴的なピンクの髪の色も相まって、余計に幼く感じられた。
異性には普段曝け出す事のない、ミコトの手で握り拳の大きさもない小さな膨らみを見せてしまっている。
そして、もう既に実体化されたのか、ミコトの翼は先ほどより美しく白く光輝いていた。羽の一つ一つが鮮明に光沢があり、触れれば柔らかそうな羽毛が彼女の呼吸に合わせ揺れているかのように見える。
コウは自身の感覚に悩んでいた。
彼女の美しさは何なのか? 確かに翼は美しい。彼女の体には似あわぬ大きな翼は白く輝いており、触ればさぞ柔らかく肌触りの良いものなのだろう。今まで見てきた他の鳥翼人と比べるべくもない。だが、彼女の翼だけで魅力は計れない。
幼い彼女は決して女の魅力を持っているわけではない。
顔は確かに可愛く、成長すればリン並、いやリン以上に魅力的な女になるのかもしれない。
体はまだ子供だ。胸はまだ小さく、くびれもなく子供特有のプロポーションで色気もない。
性格は感情を抑えてしまっている。娘と話して居た時は純真無垢な子供のようだった。今は見る影もない。
しかし、同性の者すら目線を外さず、この少女にまるで見惚れているのは何故なのか。
確かに絶世の美女の会ったかのような印象を受ける。彼女のすべてが美しいとしか形容できないのが不思議でならない。
「っ!? 父上! お止めください!」
「……。実体化しました。」
「触るぞ?」
「はい……どうぞ。……ひうっ!?」
コウは一旦思考を切り替え尋問を再開した。
ミコトはコウが触れやすいよう翼を広げ、コウは広げた翼の片側に手を置くように触れると、ミコトは触れた直後に体を緊張させた。
「やめ、ひあっ、あああっ!」
確かに実体化されているようだ、羽毛の感触、そして翼の腱も感じる骨もあるようだ。
鳥翼人と同じように翼に触れられるのは敏感であるらしい。
それにしては服を脱ぐことには抵抗をしていたが、翼には割とあっさりと触らせていた。
今まで触らせる経験はなかったのか?
「やぁ! んうっ! あっ。 あぁ……」
敏感な場所に触れたことによる刺激の影響か、ショーツを濡らし足を伝い、水滴が床へと滴り落ちて、水たまりを作り始めている。
浮いていたミコトは力が抜けバランスを崩すようにその水たまりの上に落ちて、座り込んでしまった。
「ふむ、確かに実体化しているようだ。
どうやら鳥翼種と翼は変わらんようだな。だが、漏らしてしまったか?
すまんな、代謝はどうにもならんからな……。実体化はやめて構わん。さて、次だ。翼以外に違いは?」
座りこんでしまったことによって、コウに打ち消されていた恐怖心、羞恥心、そして嫌悪感が戻り、目には生気が戻りつつ涙が溢れ体を震わせていた。
しかし、コウはミコトをそのままに再度肩に触れ、尋問に不要な物を打ち消していく。
ミコトはまた心を奪われ、曇った目に生気の感じられない瞳に戻ってしまった。
「もういや……。……織天使と……座天使以下の違いで能力、魔法の効果や威力3倍以上違います。」
「ほう?」
「天界種と人界種との大きな違いは体力と魔力が統合され、生命力に置き換わります。
また欠点があり負傷した場合、自身の魔法でのヒールは行なえません。
天翼人はポーションや他の人のヒールに頼る必要があります。」
「魔法を使い続けて生命力が尽きるとどうなる?」
「したことはありません……しかし、生命力が尽きると文字通り死にます。」
「お前は……。本当に天界人で織天使だと言うのか?」
「はい。」
コウは顔を顰めた。今までの報告からミコトが天界人であり、織天使であるということに話半分でしか信じていなかったからだ。
だが、こうして能力を行使し尋問することによって真実であることを、自身の能力によって本当であるということを目の当たりにし、驚きを隠せなかった。
「……話を変える。お前は聞くに天界から浮遊島を下賜されたと言うが、本当か。」
「はい。」
「あの浮遊島は移動することはできるのか?あるなら、その方法は?」
「できます。お城の地下に制御室があり、そこで操縦できます。」
「それは誰でも操作できるのか?」
「できません。僕だけ。制御室にも僕しか入れません。」
浮遊島が動くということに危機を覚えたが、ミコト本人がいなければ動かす事ができない事を確認し安心する。
「……あの島にあった国の国王と言うのは本当なのか? その証はあるか?」
「はい。証……僕の付けてる指輪。それと、儀仗。王の証。」
ミコトはアイテムボックスから国の証である儀仗を取り出す。
突然湧いて出てきた杖にコウは驚く。
ミコトを見る、今は裸で何一つもっていない。重さや質量に関係なく収納できる魔法具も持っていないのにどこから出したのか解らなかった。
「っ!?なんだ?」
出現した儀仗に触れようとすると、まるで拒絶するようにコウの手を弾いた。
「僕だけしかこの杖は持てません……。指輪も同じように付けることはできません。
……指輪と儀仗に国章があります。
お城の正門に……浮いた島の岩石部にも同じ国章が彫ってあります。
今も残っていればですが……。」
「指輪を貸せ、付けなければ問題はないな? 確認する。……岩石部の国章はどのあたりにある。」
ミコトは言われるままリングを外しコウに手渡した。
指輪のデザイン、指輪のデザインを確認する。
エルフの国王、そして鳥翼人の代表のしている指輪のデザインに似ていた。
指輪の裏側に文字が彫られていた。
クイーン・オブ・ザ・リング ミコト・ニューフィールド
「はい……。港区の……飛行船停泊所の下にあります。けど今は港区も……瓦礫だらけだと思われます。かなり大きく国章が彫ってあります。……残っていれば一目で解ると思います。お城の方は危険です。夕方から瘴気がアンデットが……街中にアンデットがいっぱい湧いていました。たくさん……たくさん……。」
嘘は付いていない。そして恐怖の発生量が増大していることにコウは気付く
彼女の持っていた国の証、確かに指輪の台座部分には国章が彫られている。
印章指輪になるのだろう。確認をする必要がある。
だが、もう確認をする必要はないのかもしれない。
今まで質問をしてきた内容は殆ど素直に答えており嘘は言っていない。
本当に彼女は天界人であり、浮遊島の持ち主であり国主だったのだ。
「お前は……君は、なぜキュウコの文化や風習、食物にそんなに詳しいんだい?」
今までとは口調が変わり内容が切り替わった質問に、ミコトはコウを見て首を傾げる
「……? ……家族や友達、学校の先生に教えてもらったり、……冒険をして知りました。」
「キュウコへ行った事は?」
「ありません。」
「……最後だよ。君はキュウコ、または他の国の工作員かな?」
「違う、違う。」
明らかな悲しみを感情から発せられるのをコウは感じた。
間違いない。彼女は無実で工作員ではなかった。
「そうか……。すまなかった……。確認後、また来るよ。本当にすまなかったね。」
「ああ。あぁ……」
コウは肩から手を離すと、ミコトの目に生気が戻り始めた。
「この指輪はしばらく借りるだけだよ。必ず返すから。ではな。」
「ぼくの……だいじな……もの……だいじなもの……なの。
かえして……かえして」
ミコトは手を伸ばすが、コウは振り返らずサラ達の居る場所から離れ、家を出て行った。
「ミコト……。」
「や、やあ! ……こないで……こないでください」
リンがミコトを慰めようと近づくが、リンに対して恐怖の表情を浮かべリンから遠ざかる。
頭を隠して怯えるように。
「ミコト……?」
「こないでください……こないで……こないでぇ……」
「ミコト……ごめんね。ごめん……」
コウが先ほどまでミコトに対して行った行為は彼女を苦しめ、辱めたことを改めて思い出し、キツネ族に対して恐怖、嫌悪しているのではないかと思い胸が痛くなり、ミコトに謝った。
「……こないで、もう……やだ。ひぐっ。 うぅ~……うぅ~!」
「ごめん……ね……」
ミコトの悲痛な泣き声だけが、しばらくリビングの中を響かせていた。
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「コウ。あなた、あなたは何てことをしたの! 私は待てと、あの子が良くなるまで待てと伝えたはずでしょう!」
家を出たコウの後をサラは追い、なぜ突然このような横暴を働いたのか問い質す。
「サラ君……本当にすまない……。だがこの国の為なんだ。許してくれないか。
ロドリグには、彼女に脅威は無い事を報告する。後の事は任せてくれ。」
コウはそれだけを言いサラの元から離れようとするが、サラはコウの正面へ回り詰め寄る。
「コウ、あなたはロドリグの指示で尋問をしたの?
あなたのキュウコに対する気持ちは理解しているつもりよ?
それとも、私怨であの子に」
「違う! いや……。ロドリグの指示ではない。
今回の件はすべて私の独断だ。だが、必要な事だったんだよ。解ってくれ!
確認が終わったら……、必ず責任を」
確かに私怨が無いとはいいきれなかった。ロドリグからの指示でもない。
すべて自分でやったことであった。
サラから逃げるように後にしようとした矢先にさらなる追手があらわれた。
「父上ぇえええ!! あなたは!! あなたは!!」
「リン……。」
「何故あのような真似を父上が! 信じられません! 何故ですか! 」
リンは激怒していた。コウを睨み納得する答えを聞き出さねば離れないかのように。
「本当にすまない。 だが、先ほども言ったように、この国に取って必要な事だったからだ。」
「ミコトにあのような事をすることが!あのような辱めをすることが何のためだと仰るのですか! ミコトは……、ミコトは!」
やりすぎた部分はコウも否定できない。しかし、彼女が本当にキュウコの手先であるのか、彼女がサラからの報告にある内容を改めて確認する必要があったのだ。
「リン……、まだリンには難しいかもしれないね。それがこの国でキツネ族の必要な役割なんだ。」
「私が彼女の御側に着いていたではありませんか! なぜ唐突にあのような尋問をなされたのですか!」
確かにリンが側についていた、しかしまだ人の心に関する操作、精査の技術に関してはまだ未熟で、正確な判断はできない。それにまだ子供である。
この国に悪意を持って近づいてきた者なのかという判断はできないだろうとコウは思っていた。
コウは今までサラ達から報告されていた内容から、工作員の可能性も含め彼女はこの国にとって脅威ではないのか? というミコトへの疑惑をリンとサラに説明した。
「リン、私はいつもいってるね? この国に取ってキツネ族は常に緩衝材、中道であらねばならない。それがこの国を末永く反映させていく事だと私は思う。
客観的に考えて見るんだ、この国の視点でね。
私がここに来た時に彼女は言っていたね? キュウコに随分と詳しかった。
そして、あの浮遊島の件だ。代表が言っていたが、アンデットを含めたあの島がもしこの国に着たらどうなる?
キュウコの件が、私の前に代表に知れてごらん? 疑惑はさらに深くなる。
ロドリグは本当に強行するよ? そうなったら私でも止められない。
私以上に、彼女には辛い尋問を行っていたかもしれない。
体が良くなる前に追放する可能性もある。もしくは……。
これでも……、これでも穏便にすませたつもりなんだ……。 解ってくれリン。
彼女には本当に申し訳ない事をしたと思っている。
借りた指輪で国章の確認が取れたら、彼女が安全と確認が取れた後に必ず責を取る。
そうだ、彼女を外に出すなら3対の翼は衆目に晒さない方がいい。注意しておくんだ。
彼女の価値は計り知れないものがある。他国の目には気をつけねばならない。気を付けるんだよ。
しばらくはサラ君の家に泊まっても構わない。彼女の側に居てくれないか? 」
「……ですが。ミコトは……ミコトは……もう!」
「すまなかったね……リン。また後でね」
コウは涙を浮かべるリンの頭を撫で、サラの家を離れた。
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「ミコトは……?」
リンがリビングへ戻ると、ミコトの姿はなくなっていた。
床も綺麗に掃除され、あの騒ぎの跡は無くターヤとミーシャの2人だけが居た。
「おかえりリンちゃん……。ミコトは部屋に戻ったよ。」
「そう……。」
コウが来る前まではミコトとリンで話をしていて明るい雰囲気だった部屋が、暗く重い静寂に包まれている。
「ミコトちゃん、謝ってた。」
「え?」
「本当にご迷惑をお掛けしましたって。」
「なんでそんなこと……? 迷惑だなんて思ってない!」
リンはやり場のない怒りをターヤに当てる。
「せっかく、せっかくミコトと仲良くできると思ったのに……。」
「リンちゃん……。」
「ミコトとお友達になれると思ったのに……ぐすっ、約束もしたのに。どうしてこんなことに……。」
リンはやりきれなく目線を下に向けると、視界の端に白く輝くものを見つけた。
「……? ミコトの……?」
実体化した時に落ちたものだろうか、ミコトの羽根が抜け落ちていた。




