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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

魔女はナイフで死なない

作者: 赤城涼

 魔女はナイフに刺されて死にました、みたいな終わり方が理想的だった。

 呆気なく。

 みっともなく。

 くだらない。

 そんな死に方で良い。

 ブスッとある程度力を入れないと突き進まない刃物。

 グフッと口から血を吐きだす魔女、もとい少女は地面に横倒れている。

 少年は少女の体を足で跨いで座っている。

 死んだはずだ。

 そうでなくては、こちらが困る。

 だけれど、未だに彼女から生気が感じられた。

「いい加減、死んでくれませんか?」

 少年は少女の腹部に果物ナイフを抜いては刺す、抜いては刺すを繰り返していた。上下運動を繰り返しても、少女は白い顔色も青い瞳の色の変わらずに、じっと空の方向へ顔を向けていた。

「いい加減、手が疲れてきたな」

 そう言いながら、手は休めない。

「あ、そうか。腹部じゃ即死はしないか」

 そう言って、少年はナイフの刃を抜くと、今度は胸の中心に向かって勢いをつけて振りかぶった。

 胸の間にちょうどそびえ立つナイフの取っ手部分。

 なんかエロいな。

 しばらくすると、ギョロッとと少年に瞳が向けて、彼女は口元から血を垂らしながら言った。

「失敗ね。死ねないもの」

 どいてちょうだい、と少年に自分の上から退くように促した。

 少年は少女から離れると、彼女は自分でナイフを持つとゆっくり抜く。抜き終わるとそこらへんに放り投げてしまった。

 上体を起こして、再び少年を見る。

「使えないわ、使えなすぎよ」

「果物ナイフはそもそも人殺し用の物じゃないからな」

 普通の人なら死んでるんだけどさ。

「違うわ。使えないのはあなたよ」

「無理を言うんじゃない。そもそも拳銃に撃たれても死なない人間が今更ナイフで死ぬわけがないだろうが。何が初心に戻ってここはナイフで、だよ。顔色一つ変えないじゃないか」

「あなたが魔術師だったら少しはダメージがあったかもしれないわね。なんであなたは魔術師じゃないの?」

「残念ながら、僕は一般ピーポーだからね」

「一般ピーポーは殺人癖じゃないわ」

 少年は彼女が投げたナイフを回収すると、ポケットからハンカチを取り出して、刃に付着した血糊を拭き取りはじめた。

「魔女様は一体いつになったら死んでくれるんですかね」

「私が死んだら、あなたは殺人衝動の拠り所が無くなっちゃうんじゃないの?」

「適当にそこら辺のをやればいい話だろ」

「それじゃあ、あなたは本当の人殺しになってしまうわよ。私はなかなか死なないけど、普通の人間は先ほどの最後の一刺しで死んでしまう。脆いのよ、人間は」

「魔女が、人間を語るか?」

「魔女も元を辿れば人間よ。ただ、認識している世界と常識は違うけれど」

「それは最早人間とは言えないな」

「それはあなたも同じよ、殺人未遂君」

 少女は長い髪を掻き分けると、言った。

「君も普通の人とは違うでしょ。認識している世界と常識が違うのならば、あなたの認識している世界はおそらく普通じゃないわ」

 いつの間にか、胸の間から流れる血が止まっていた。もう刺し傷は塞がったのか。便利な体だな。……いや、不便な体なのか。

「まだあなたはある程度人間側にいる。だけど、人を殺せば、今度は本当にあなたは私と同類になる」

「普通じゃなくなるかもしれないけど、君の同類にはならないと思うよ。それに君は魔女を名乗っているけど、魔女とも違うような感じがするよ。まあ、僕は普通の魔女を知らないだけどさ」

 魔女でも、ナイフで刺されれば死ぬだろう。

 そもそもその前に刺しに来る相手を排除するだろうけど、それでも胸部の中心に刺されれば死ぬだろう。

「そうね、私の同類なんていないのかもしれないわね。私も他の魔女は婆様しか知らないけど、少なくとも婆様は私みたいに丈夫じゃないもの」

 少年がナイフをホルダーに収納すると、少女は起き上がって腕を伸ばし始めた。

「お似合いね」

「何が」

「私とあなたが」

「一緒にしないでくれ」

 そう言って、少年は歩き始めた。家へと帰るためだ。

 少年には帰る家はあるが、彼を迎える人間はいない。

「いいえ、私とあなたは似た者同士なんです。私は魔女の仲間外れ、あなたは人間の仲間外れ」

「仲間、外れか……。なるほど、確かにその通りだね。だけど、それだけじゃあ似た者同士とは言わないだろう。それに、別に僕から彼らのことを仲間と思っていないさ。寧ろ御免だね、あんな連中と一緒にされるなんて」

「一匹狼を気取っているところ悪いけど、あなたは一人じゃないから」

 少女は、少年の隣を歩き始めた。

 同じ方向を、同じ家を、同じところを目指していた。

「私がいる」

「さっきから言ってるじゃないか。君と僕は」

「じゃあ、似た者同士じゃなくてもいい。結局、あなたは私を必要とする」

「だから、それもほかのをやればいいのであって」

「そうすれば、あなたは欲を一回満たしてしまう。一回でも満たしてしまえば、あなたは味を占めて更なる欲に駆られることになるわ。そうなってしまったら、もう元には戻れない。だから、私にそのナイフを突き刺して、中途半端に発散するのが一番良いのよ」

「その中途半端が嫌なんだ」

「その中途半端が今のあなたを保ってる」

 少年は自分の住み慣れた町を歩き続ける。

 殺人事件など無縁で平凡な町の夜は、静かである。そんな田舎町に明りは見えない。

 少年は、この暗闇が心地よかった。

 少女は、この暗闇が怖かった。

 彼女は言った。

「私は死ねない」

「知ってるよ」

「私は魔女よ」

「知ってる。未だに魔法とか使ったところ見たこと無いけどな」

「端くれだもの。何も知らない。教えてもらう前に祖母は死んじゃったから。死なないこと以外は、ほぼ普通の人間なの」

「この前も、その前も、そのさらに前にも聞いた」

「私が死なない限り、あなたは人を殺せない」

「だからさ、ほかの人間を殺せばいいだろ?」

「殺させないわ」

 少女は少年の前に立ちはだかって言った。

「あなたを人殺しにするつもりはない」

「……分かったよ」

 少年と少女は歩いている。

 自分たちの家へと。

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