顧清婉
大晟王朝、晟京。
春の陽光が都を包み、
冬の名残を残していた風にも、いつしか柔らかな温もりが混じるようになっていた。
城内を流れる水路には薄紅色の花びらが幾重にも重なり浮かんでいる。
柳の枝は淡い緑をまとい、軒先に吊るされた風鈴が、吹き抜ける風に微かな音を奏でていた。
晟京の春は、一年のうちでも殊更に華やかだ。
貴族の邸宅では庭園に花が咲き競い、街の茶楼には春摘みの茶が並ぶ。
市井の人々もまた、穏やかな陽気に誘われ外へ出て、花見や遊興を楽しんでいる。
そして今日、皇城の御花園では皇帝と皇后が主催する春の花宴が催される。
皇族をはじめ、朝廷の高官とその家族、都の名門貴族たちが招かれるこの宴は、春の訪れを祝う宮廷の恒例行事であった。
御花園には各地から取り寄せられた珍しい花々が咲き誇り、
池のほとりには朱塗りの欄干を備えた東屋がいくつも設けられている。
白い石畳の道は庭園の奥へと続き、その両側には桃花や海棠が枝を広げていた。
風が吹くたび、薄紅色の花びらが舞い、池の水面へと静かに落ちていく。
まるで一幅の絵巻の中に入り込んだかのような美しさ、と評される華やかな庭園へ、二台の馬車がゆっくりと近づいていた。
どちらも顧家の馬車である。
「お嬢様、そろそろ到着いたします」
車内から外を眺めていた顧清婉は、侍女の蘭枝の声に顔を向けた。
「もう着いたのね」
「はい。御花園の入り口が見えております」
蘭枝は清婉の衣の裾を整え、乱れていないかを確かめる。
今日の清婉は、淡い月白色を基調とした衣を身につけていた。
裾には薄桃色の花枝が繊細な刺繍で施され、袖口には銀糸が控えめに光っており、
髪は高く結い上げず、艶やかな黒髪を半ばまとめて、白玉の簪と小さな真珠の飾りを添えている。
細部まで丁寧に整えられた装いではあるが、
皇家主催の催しにも関わらず質素なのには理由があった。
清婉の顔立ちは、人目を引くほど整っている。
透き通るような肌に、すっと伸びた眉。
切れ長の目元は穏やかでありながら、どこか聡明な印象を与え、薄く紅の引かれた口元は常に柔らかな微笑が浮かんでいるが、その眼差しには周囲を静かに見つめる落ち着きがあった。
「少し寒くはございませんか?」
「大丈夫よ。今日の風は穏やかだもの」
そう答えながら清婉は袖口に目を落とした。
「母上が好んでいた色ね」
蘭枝の手が、ほんの僅かに止まった。
「……奥様も、きっとお喜びになります」
清婉は小さく微笑んだ。
「そうだといいわね」
母が亡くなってから、もう六年が経つ。
母は花を好み、とりわけ桃花の咲く季節を楽しみにしていた。
庭に花が咲けば、清婉をそばに呼び、枝に触れぬよう気をつけながら一緒に眺めたものだ。
花の名を教え、季節の移ろいを語り、時には古い詩を口ずさむ。
その声を、清婉は今も覚えている。




