『プレスマン地蔵』
掲載日:2026/09/27
源平合戦のころ、木曽義仲の子義高は、鎌倉に、人質として送られていましたが、源頼朝の命を受けた義経によって、義仲は討たれてしまいました。
頼朝は、義高が長じて復讐を思い立つことを恐れ、義高を害することにしました。義高は、北条政子の計らいで、女の姿になって鎌倉を脱し、鎌倉街道を北上して逃げましたが、鎌倉方の追っ手が迫り、逃げ込んだ寺で、お地蔵様に祈ったところ、あたりが漆黒の闇に包まれたようになって、義高の姿は見えなくなり、追っ手から身を隠すことができました。お地蔵様は、少しやせ型で背が高く、あたりを黒くしたことで、プレスマン地蔵と呼ばれることになったそうです。
教訓:でも、義高は、結局、討たれてしまったのです。




