表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

葉待つころ

作者: 笹川 捺穂
掲載日:2026/05/17

或る秋の終わりのことである。

私は書斎の机に向かい、思索に耽っていた。窓の外には、裸になった欅の枝が寒空に爪を立てており、その間を灰色の雲が重苦しく流れてゆく。ペンを握りしめた右手の指先には、思考の停滞による鈍痛が纏わりついている。

ふと、十年前に失った一つの言葉を思い出した。それは心の奥底に沈み、もはや形も色もない記憶の欠片なのだが、時折、こうして無風の午後に浮上し、私の精神を掻き乱すのであった。


私の生活は、極めて平穏というには程遠いが、少なくとも外形的には整然としていた。

毎朝決まった時刻に起床し、黒いコーヒーを啜りながら新聞の活字を目で追い、その後は原稿用紙に向かって無意味な文字を並べる。そうして得られた微々たる収入で、妻と二人、質素な暮らしを営んでいる。妻は無口な女で、彼女の沈黙は時として部屋の空気を鉛のように重たくするが、かえってそれが私には安らぎであった。互いに深淵を覗き込まず、ただ表面を撫で合わせて生きる。それが私たちの暗黙の契約だった。


その日、私は珍しく街へ出る用事ができた。

町並みは既に冬の気配に包まれており、往来の人々の外套の襟が高く立てられている。

私は目的の書店へと足を速めたが、途中、古びた喫茶店の前を通りかかった時、一瞬、足が止まった。そこはかつて、彼とよく語り合った場所であった。

「君は、人間の本質とは何だと思うか?」

彼は白い陶器のカップに手をかけながら、そう問うた。その目は常に何か遠くを見据えており、現実の風景を掠めているようだった。

「本質などというものはないさ。あるのはただ、積み重なった習慣と偶然の連鎖だけだ」

私はそう冷たく返答した。

当時の私は、虚無と驕りが奇妙に混ざり合った青年で、全てを軽蔑することで自分を保っていると思い込んでいた。

彼は静かに笑った。

「そうか。ならば、君にとって『価値』はどこにあるか?」

その問いには答えなかった。答えられなかった。今思えば、あの時、私は既に彼の内に宿るある種の危うい熱情を感知し、無意識に避けたのだ。彼はまるで、自らの魂に火を灯し、その燃えさかる様を人々に示そうとする者のようであった。私はその火の粉が、私の平穏な暗闇に飛び来ることを恐れた。


書店で用を済ませ、帰路に着こうとした時、私は突然、ある光景を目にした。

路地の隅で、一人の老婆が小さな植木を売っていた。それはごく普通の、葉を落としきった矮木で、特に目を引くような特徴もない。しかし老婆は、その鉢を両手で抱えるようにして、通り過ぎる人一人一人に無言で見せているのだ。その佇まいに、私は理由もなく心を動かされ、思わず近づいた。

「これは、何という木ですか」

老婆はゆっくりと顔を上げた。その目は、深い皺の奥に、澄んだ水が湛えられているようだった。

「これは何にもならない木よ」彼女はささやくような声で言った。「花も咲かなければ、実もならない。ただ春になれば淡い緑の葉を出すだけ。それでも、この木には物語がある」

私は彼女の言葉に、僅かな嘲りを込めて反応した。

「物語ですって? そんなものは、誰かが後から貼り付けるだけの飾りに過ぎません」

老婆は首を振った。その動きが、何か哀しい肯定のように見えた。

「違うよ、坊や。物語は、最初からそこに埋まっているんだ。君のように、頭だけで生きようとする者には見えないだけさ」

「坊や」と呼ばれたことに、私は少しむっとした。私はもうとっくに青年でもない。

しかし、彼女の言葉は、私の胸の奥の、錆びついた扉を微かに揺らした。私は無言で財布を出し、理由もわからぬまま、その何にもならない木を買ってしまった。


家に戻り、その鉢を書斎の窓辺に置いた。妻は怪訝そうにそれを見たが、何も尋ねなかった。彼女の沈黙は、時に赦しに似ており、時に無関心に似ていた。

夜、机に向かいながら、ふと窓際を見やると、そこには老婆の言葉が、暗闇の中で微かに息づいているように感じられた。「物語は最初からそこに埋まっている」――あの男も、きっと同じことを言ったに違いない。


彼の最期は、あまりにも唐突だった。

ある朝、彼が投身をしたという知らせが届いた。現場には遺書らしきものはなく、部屋には整理されたばかりの書物と、机の上に一つ、真っ白なメモ用紙が置かれているだけだった。誰もその理由を理解できなかった。彼には悩みも、挫折も、表面的には存在しなかったからだ。

人々は「突然の精神の病」という便利な言葉で片付けようとした。しかし私は知っていた。彼は病などではなかった。彼はただ、自分の中に埋まっていた物語の結末まで、真っ直ぐに歩いて行ったのだ。その速度があまりに速すぎたため、周囲の者には彼の軌跡が見えなかっただけなのだ。

それから私は、彼の歩みを理解できない自分自身を蔑むようになった。同時に、彼のあの危うい熱情が、妙な羨望の対象にもなった。

私は自分を守るために、言葉の皮を一枚また一枚と身に纏い、そうして重厚な鎧の下で、自分の核が空虚であることを忘れようとした。書く文章は技巧的になり、批評は辛辣になった。そうして築いた批評家としての地位は、私に一定の安堵を与えた。人々は私の鎧を評し、その中身が空虚であることに気付かない。いや、気付こうとしないのだ。世の中とは、そうして互いの空虚を看破しない紳士協定の上に成り立っている。


それから数日後、私はある雑誌の依頼で、新進の画家のインタビューをすることになった。彼の作品は、一つのモチーフを執拗に描き続けるという、特異なものだった。そのモチーフは、極めて単純な幾何学形態で、色も地味であり、多くの批評家は「退屈の極致」と断じていた。

アトリエで彼に会った。彼は物静かな、しかし目に強い意志を宿した男だった。

「なぜ、同じものばかりを描き続けるのですか」

彼は少し考えてから、静かに答えた。

「私は、『それ』そのものを描いているのではありません。『それ』を通して見えてくる、自分自身の形を描いているのです。同じものを描くたびに、少しずつ、自分という存在の輪郭が浮かび上がってくるような気がして」

その言葉は、老婆のそれと響き合った。私は内心で嘲笑う自分を抑えながら、さらに問うた。

「では、あなたの内側には、どんな物語が埋まっているというのですか?」

画家は窓の外を見つめた。彼のアトリエからは、荒涼とした工場地帯が見えた。

「それは言葉では説明できません。ただ描くだけです。私の物語は、言語ではなく、形と色彩で語られるべきものだから。たとえ、誰にも理解されなくても」

彼の言葉に、私は一種の嫉妬に似た感情を覚えた。彼は確信を持っていた。自分の中に「語るべき何か」が存在するという確信を。それは、かつての友人のそれに酷似していた。危ういが、確かな熱。私はその熱の前で、自分の内側の冷たさを否応なく思い知らされた。


インタビューを終え、家路に着く道すがら、私は再びあの老婆のことを考えた。彼女は今頃、どこで何をしているのだろう。あの「何にもならない木」を、なぜ売ろうと思ったのだろう。彼女自身が、その木の「物語」の一部なのかもしれない。あるいは、彼女は道行く人に、木という鏡を渡すことで、その人自身の内なる物語を映し出そうとしていたのだろうか。


家に帰ると、妻が台所で夕食の支度をしていた。彼女の背中は、長年の慣れによって無駄のない動作をしている。私はふと、彼女の中にも、語られることのない物語が埋まっているのだろうかと考えた。私たちは十年以上を共にし、互いの身体の癖や呼吸のリズムさえ知り尽くしていると思っていた。しかし、彼女の沈黙の奥底に何があるのか、私は真剣に考えたことがなかった。それは私にとって、単なる「背景」でしかなかった。

「今日、インタビューした画家の話だが」私は不意に口を開いた。「彼は、同じ絵を描き続けることで、自分自身の輪郭を浮かび上がらせると言っていた」

妻は手を止めず、静かにうなずいた。

「そう」

それだけだ。いつものように、彼女はそれ以上を求めない。私は苛立ちを覚えながらも、その苛立ち自体が、いかに矮小なものであるかを感じた。

私は彼女に何を求めているのか。共感か、理解か。それとも、私の内なる物語を、彼女が先回りして語り出してくれることを期待しているのか。


その夜、書斎で一人、老婆から買った木を見つめた。月明かりが、その無惨な枝を窓ガラスに映し出している。そこには、確かに何の希望もない。春に葉を出すと言っても、それはただの新陳代謝に過ぎず、何か深い意味があるわけではない。老婆の言う「物語」など、存在しないのかもしれない。あるいは、存在するのは「物語がないという物語」だけなのか。

そう思った瞬間、私はあることに気がついた。私はこの木に、そして自分自身に、「意味」を求めすぎていたのではないか。意味がなければ、存在価値もないと。まるで、人生という果実が、甘美であることだけを条件としているかのように。しかし、この木は、ただそこにある。花も咲かず、実も結ばず、ただ存在する。それでいいのではないか。いや、それしかないのではないか。

思い出した。

あの日に前夜、私たちは最後の言葉を交わしていた。電話越しに、彼は妙に晴れやかな声で言った。

「お前の言う通りだよ。結局、習慣と偶然の連鎖なんだ。ただ、僕はその連鎖の、次に来るものが見えてしまった。それが、僕には耐えられなかった」

「何が見えるというんだ」

「虚無さ。そして、その虚無が、実は何物にも代えがたい優しさだということに」

私はその時、彼の言葉を理解できなかった。今、窓辺の木を見ながら、ふと彼の言わんとしていたことが、微かに理解できたような気がした。彼は虚無の底まで行き着き、そこで全てを赦す境地を見た。そして、その境地に生き続けることが、彼には不可能だったのだ。彼には、意味を求める衝動が強すぎた。意味がなければ、むしろ消えることを選ぶ。それほどまでに、彼は真摯だった。

私は彼とは違う。私は、意味がなくても、この「何にもならない木」のように、ただ存在し続けることを選ぶだろう。それが私の、消極的ではあれ、確かな抵抗なのだ。妻の沈黙も、この木の無意味さも、私自身の空虚さも、全てを「あるがまま」に受け入れ、その重さに耐えながら、日々を積み重ねてゆく。


明け方近く、私はようやくペンを置いた。原稿用紙には、この数日間の思いが、まとまりのない言葉で綴られていた。それを読み返し、私は苦笑した。結局、私は言葉でしか自分を表現できない。画家のように形にすることも、老婆のように無言で示すこともできない。これが、私という人間の限界であり、また存在形式なのだろう。


窓の外が白み始めた。その淡い光の中で、あの木の輪郭が、少しだけ柔らかく見えた。春までまだ遠い。しかし、いつか必ず、淡い緑の葉を出す時が来る。その時、私はこの木を、どんな気持ちで見ているだろうか。あるいは、もう見ていないかもしれない。それでもいい。ただ、今この瞬間、この木がここに存在し、私がここに存在する。それだけで、何かが静かに肯定されているような、そんな気がした。


私はゆっくりと椅子から立ち上がり、そっと木の鉢に触れた。冷たい陶器の感触が、指先に伝わってくる。そこには何の物語もない。しかし、触れているこの手には、確かな温度がある。それで十分だと、私は心の中で呟いた。十分なのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ