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摩訶不思議食堂のほっこり飯  作者: 修羅観音


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14/20

第14話:千葉理沙の受け身を知るほっこり飯

京都、四条烏丸の喧騒を見下ろす大手百貨店の統括マネージャー室。

そこには、寸分の乱れもないスーツを纏い、鋭い眼光を放つ1人の女性が座っていた。


千葉理沙、40代後半のキャリアウーマン。

彼女は、京都で幼少期を過ごし、親の転勤に伴う神戸での生活を経て、再びこの古都の繁華街へと舞い戻ってきた。

大震災という激動の時代を多感な時期に経験し、逆境を跳ね返す強さを身に付けた彼女にとって、人生とは常に「攻め」の姿勢で勝ち取るべき戦場であった。


百貨店に入社以来、理沙が積み上げてきた実績は凄まじいものだった。

新人の頃から現場の売り場に立てば誰よりも早く、そして力強く客へ声をかける。

「積極性こそが正義」という信念は、彼女の血肉となっていた。


その強引なまでの営業スタイルゆえ、意にそぐわない買い物をさせられたというクレームを受けることも少なくなかったが、理沙はそれを「熱意の裏返し」と断じ、数字という絶対的な結果で周囲を黙らせてきた。

常に売り上げトップを走り続け、職場結婚で得た家庭も円満。

絵に描いたような出世街道を歩み、今や各フロアを統括する立場にまで上り詰めた自負があった。


しかし、その輝かしいキャリアの裏側には、徹底した「弱者の切り捨て」が存在していた。


理沙の管理職としての手腕は、積極性のない者への冷徹なまでの選別にある。

会議で発言を躊躇う者、客に対して一歩引いて接する消極的な社員。

彼女の辞書に「内気」や「慎重」という言葉は存在しない。


基準に満たない引っ込み思案な部下たちは、逃げ場のない正論めいた言葉の数々でまくし立てて、とくには手を上げる事もあって執拗に糾弾され、精神的な限界を迎えるまで追い詰められた。

自主退職という名の脱落を強いることが、組織を最適化し、自らの正しさを証明する唯一の方法だと信じて疑わなかったのである。


鏡に映る自分を見つめる理沙の瞳には、一切の迷いも陰りもない。

順風満帆なキャリア、統括マネージャーとしての地位、そして積み上げてきた圧倒的な実績。

自分こそが仕事の真理を体現しており、積極性さえあれば道は開けるという確信。

それが、千葉理沙という女性を支える強固な背骨となっていた。


彼女は今日という日も、己の正義が絶対であることを疑わず、鋭いヒールの音を響かせながら完璧な笑顔で売り場へと向かう。


---


ある日、理沙が統括する百貨店の各店舗に新人が配属されることとなった。

その中には、京都本社にあるクレーム対応部署に所属する、入社2年目の若手である聞子きくこという女性が含まれていた。


彼女の第一印象は、理沙が最も嫌うタイプそのものだった。

見た目も性格も大人しく、控えめで、自分から前に出るような覇気が微塵も感じられない。

理沙がこれまで築き上げてきた「積極性の塊」のようなキャリア像とは、正反対に位置する存在だった。


靴売り場に配属された聞子の働きぶりを、理沙は遠巻きに鋭い視線でチェックする。

客が足を踏み入れても、聞子は即座に駆け寄ることも、明るい声で呼びかけることもしない。

ただじーっと客の動きを観察し、声をかけられるのを待っている。その姿は、理沙の目にはやる気のない「受け身」の極致に映った。


理沙の堪忍袋の緒が、音を立てて切れる。


「聞子、ちょっと来なさい」

理沙は低く威圧的な声で呼びつけると、有無を言わせぬ足取りで聞子をバックヤードへと連行した。


段ボールが積み上がった無機質な空間で、理沙は振り返るなり聞子に詰め寄った。

「あんたなあ、何やっとんの?やる気あんのか?」


「え?」

聞子は驚いたように、小首をかしげた。その反応すらも、理沙の苛立ちを逆なでする。


「え、やないねん!客来てんのに、何で声かけへんの!?黙って突っ立ってるだけで売れると思ってんのか!?」


怒声がバックヤードに響き渡るが、聞子は怯える様子もなく、静かなトーンで答えた。

「先程の御客様ですか?まずはじっくり見たいと思われる御様子でしたから。お一人で選ぶ時間を楽しまれているようにお見受けしました」


理沙は鼻で笑い、さらに声を荒らげた。

「何を悠長に構えてんねん!そうやないやろ?しっかり売り込まんかい!今月出たばっかりの新商品、一足でも多く売りまくるチャンスやろが!客の顔色伺ってんと、あんたから仕掛けんかい!」


聞子の控えめな言葉を「甘え」だと断じ、理沙は人差し指を突きつけて叱りつける。

「ええか?売上をしっかりと上げろ!積極的に声かけろ!ええな!返事は!?」


「……はい」


「わかればよろしい」

理沙は吐き捨てるように言うと、聞子をその場に残して足早にバックヤードを後にした。


---


### 選別と監視


フロアに戻った理沙は、ちょうど靴店に客がいないタイミングを見計らい、他の新人たちの前へと歩み寄った。

そこにいるのは、理沙の教え通りに積極的に声をかけ、見込みがありそうだと判断した「動ける」新人達だった。


理沙は彼女たちの顔を一人ずつ見渡すと、低く冷徹な声で告げた。

「ええか?あの聞子とかいうの。あいつがまた受け身になってぼーっとしてたら、すぐに私に報告しいや。あんなん放っておいたら店の恥や。私が直々に教育したるからな」


新人たちが緊張した面持ちで頷くのを確認すると、理沙は満足げに鼻を鳴らした。

「期待してるで。あんたたちはあんな風になったらあかんで」


理沙は鋭いヒールの音を響かせ、フロア内の次の店舗へと、獲物を探す鷹のような足取りで向かっていった。

自分こそが絶対的な正義であり、あの「動かない新人」を矯正することこそが自分の義務であると信じて疑わなかった。


---


翌日。

百貨店の開店から数時間が過ぎ、昼前の穏やかな客足が靴売り場を包んでいた。

そこには聞子を含む3人の新人と、彼女たちを指導する教育係の先輩2人が持ち場を守っていた。


フロアの巡回に余念がない理沙が、鋭いヒールの音を響かせながら靴売り場の近くまで差し掛かった、その時だった。


通路を歩いていた一人の老婆が、自身の足元をもたつかせ、前のめりに転びそうになった。

売り場にいた全員の視線が、一瞬その光景に釘付けになる。


「あっ」と声を上げた他の新人達が硬直する中、誰よりも早く、弾かれたように駆け出したのは聞子だった。

普段のおっとりとした表情からは想像もつかないほど俊敏な動きで、彼女は倒れ込む寸前の老婆の体をしっかりと支え、最悪の事態を回避させたのである。


「大丈夫ですか? お怪我はありませんか」


聞子は老婆の顔を覗き込み、落ち着いた声で寄り添った。

しばらくして老婆から事情を聞き出した聞子は、売り場に残る教育係の先輩に向かって、凛とした声で進言した。


「少しお時間を頂いても宜しいでしょうか。こちらの御客様はお孫さんと一緒にお越しだそうですが、はぐれてしまわれたようで……。インフォメーションセンターまでご案内させて頂けませんか?」


その言葉を聞いた瞬間、他の新人2人と教育係の先輩たちは、顔を見合わせてくすくすと忍び笑いを漏らした。


「ええよ、行っといで。売り場の仕事より、お守りの方が得意そうやもんね」

先輩の一人が、嘲笑を含んだ声で許可を出す。


「有難う御座います」

聞子は深く一礼すると、再び老婆に向き直った。


「では、御客様。無骨な腕で申し訳ありませんが……私の腕に捕まって頂けませんか? センターまでお供いたします」

老婆の手を優しく、それでいて力強く引いて歩き出す聞子の後ろ姿を、理沙は遠巻きに冷ややかな目で見届けていた。


---


### 現場の「ノイズ」への落胆


聞子がインフォメーションセンターへと向かい、フロアから姿を消したタイミングを見計らって、理沙は悠然と靴売り場に足を踏み入れた。


「なあ。なんなん、今のあれ? 喜劇でも見せられてる気分やわ」

理沙が呆れたように吐き捨てると、新人の中の一人が迎合するように声を上げて笑った。


「ああ、あれですか。気にしないでください、マネージャー。あいつ、うちらの『引き立て役』なんです。ああやって時々売り場からいなくなってくれた方が、うちらも積極的に声かけやすくて助かりますし」


「そうそう。それに、あんな要領悪いのが一人いてくれると、自分たちがどれだけ動けてるか際立ちますからね」

新人たちの嘲笑混じりの返答を聞き、理沙は深く、重いため息をついた。


彼女にとっての「百貨店員」とは、商品を売り込み、数字を積み上げる戦士であるべきだった。

迷子の案内や老婆の介助など、専門のスタッフに任せればいい雑事であり、最前線の売り場に立つ人間が時間を割くべきことではない。


「……何であんなんが、最前線の現場に配属されてんのやろ。人事は見る目ないな。現場をなめてるとしか思えんわ」

理沙は苛立たしげに吐き捨てると、手元のメモ帳に鋭い筆致で何かを書き留めた。


積極的に客に食らいつき、数字を追い求める自分たちの哲学。

そこに、あの「受け身」で「お人好し」な新人の居場所など、一ミリたりとも存在しないと確信していたのである。


---


さらに翌日。百貨店の開店直後、凛とした空気の流れる靴売り場に、理沙は並々ならぬ気合を纏って現れた。

「ええか、今日一日、私が直々にプロの接客というものを見せてやる。よう見ときや」


理沙はそう宣言すると、売り場に足を踏み入れる客に対し、電光石火の速さで声をかけ始めた。

ターゲットの視線が少しでも商品に触れれば、その瞬間には横に立ち、滑らかな、しかし逃げ場を許さない流暢なセールストークを展開する。


聞子以外の二人の新人は、理沙の勢いに気圧されながらも、その背中を追うように不器用な積極営業を繰り返した。

客を「数字」として捉え、一歩も引かずに商品をアピールし続ける。その甲斐あって、午前中のうちに数足の売り上げを上げることに成功した。


理沙は、汗をかきながら食らいつくその二人には満足げな視線を送ったが、一方で聞子に対してはイライラを募らせていた。

聞子は相変わらず、ただ静かに売り場の隅に立ち、客の動きを遠くから見守っているだけだったからだ。

声をかけた形跡すら一度もない。


---


### 「選ばれた」お嬢さん


理沙が聞子を怒鳴りつけようと足を踏み出した、その時だった。


「お嬢さん、昨日は有難うねえ。お蔭様で、孫と会えましたでな」

昨日、通路で倒れかけていた老婆が、迷いのない足取りで真っ直ぐに聞子の元へと歩み寄ってきた。

老婆の顔には、心からの安堵と感謝を込めた柔和な笑みが浮かんでいる。


「それはよう御座いました。わざわざ、有難う御座います」

聞子は、昨日と変わらぬおっとりとした笑顔で、深々とお辞儀をして挨拶を返した。


その様子を横目で見ていた理沙の脳内で、瞬時に計算が弾かれた。

老婆の身なりは派手さこそないが、身に着けている紬の質や所作から、かなりの資産家であることは明らかだった。


(この客は「太い」。私があの聞子の代わりに決めてやるわ)

理沙は瞬時に完璧な営業スマイルを張り付かせると、聞子の横をすり抜けるようにして老婆に歩み寄った。


「いらっしゃいませ、御客様。昨日は大変でございましたね。本日は私が、直々に御案内を承ります。宜しければ、こちらの最新作などいかがでしょうか?」


理沙は自信満々に、最も高価な棚の商品を指し示した。

しかし、老婆は理沙の放つ強烈な営業オーラをひらりとかわすように、ふふっと小さく笑った。


「こんにちは。ふふ、今の時間やったら、『お早う御座います』やね、まだ午前中やもんね。」

上品な京言葉でさらりと老婆自身の挨拶のタイミングをたしなめ、理沙は一瞬言葉に詰まった。


老婆は理沙には目もくれず、愛おしそうに聞子の瞳を見つめる。

「えっと、お嬢さんの名前は、聞子さんっていわはりましたな。ほな、聞子さんと一緒に見せて貰いましょか。丁度、新しい靴買わなあかんと思うてましてね」


「畏まりました」

聞子は老婆の腕をそっと、しかし大切に抱えるようにして支えた。

老婆の歩幅に合わせ、安全を確認しながら、ゆっくりと、そして極めて緩やかな速度で売り場の奥へと消えていく。


---


### 効率の外側


その様子を苦々しく見守っていた理沙の横に、一人の新人が忍び寄って耳打ちした。

「あの御婆さんは、あの子に任せときましょうよ、マネージャー。あんなにゆっくり歩いてたら、一足売るのに何時間かかるか分かりませんし。回転数、全然稼げませんやん」


新人の言葉は、理沙の価値観そのものだった。

百貨店は戦場であり、一分一秒でも多く、一人でも多くの客に商品を売りつけなければならない。

あのような手のかかる老人に付き合っていては、効率が悪すぎるのだ。


「……それもそうやな。あんなノロマな接客、見てられへんわ」


理沙は鼻で笑い、聞子と老婆の背中に見切りをつけた。

そして、入り口付近に現れた、いかにも購買欲の強そうな新しい来店客を見定めると、鋭いヒールの音を響かせて再び声をかけに向かった。


理沙の頭には、今月出たばかりの新商品のノルマをいかに消化するか、そのことしかなかった。

聞子が老婆と交わしている静かな時間の中に、何が隠されているのかなど、想像することすら拒絶していたのである。


---


売り場の一角で、理沙は時計の針が刻む音を聞くかのような苛立ちとともに、その光景を凝視していた。

老婆はじっくりと商品を手に取り、時折思い出したように聞子へ問いかける。


対する聞子は、決して自分から「こちらがおすすめでございます」と割って入ることはない。

ただ老婆の言葉に深く頷き、穏やかな相槌を打つだけだ。


理沙の目には、それが接客ですらない、ただの「時間の浪費」にしか見えなかった。

老婆は途中で足の疲れを訴え、店内の椅子に腰を下ろしてゆったりとくつろぎ始める。

聞子はそのペースを乱すことなく、老婆の身の上話や、孫と行く予定だというレストランの話題に、一言も漏らさず耳を傾けていた。


(いつまで無駄口叩かせとんねん。さっさと一足決めて、次の客に行かんかい!)

理沙の心の中で、効率という名の計算機が激しく火花を散らす。

しかし、老婆の話をじっくりと聞き終えた後、聞子の口から飛び出したのは、理沙の想像を絶する「提案」だった。


「御客様の御話を聞かせて頂きましたところ、お孫様と行かれるレストランの格式を考えましたら……この店舗にございますカジュアルタイプの靴では、少々不釣り合いではないかと思われます。あのレストランのドレスコードに相応しいお足元でしたら……」


聞子は一呼吸置くと、迷いのない瞳で老婆を見つめた。


「この百貨店のすぐ近くにございます、高級で格式高いこちらのお店に、レストランへ行かれる際に相応しい靴が見つかるかもしれません。こちらの店主様はドレスコードにも大変御詳しい方で、私も以前、格式のある場所へ伺う際の靴を相談させて頂いたことがございます。確かなお店だとご提案出来ます」


その瞬間、理沙の脳内で何かが激しく弾けた。

(あいつ、正気か!? 他の店を紹介するやと? 自分の店の売り上げをドブに捨てて、何さらしてくれとんねん、あほか!)


怒鳴りつけたい衝動が喉元までせり上がったが、売り場という建前が辛うじて理沙の理性を繋ぎ止める。

拳を強く握りしめ、理沙は奥歯を噛み締めた。


老婆は驚いたように目を見開いたが、すぐに申し訳なさそうに、けれど心底嬉しそうな顔をして聞子の手を取った。

「そうでしたか。わざわざご丁寧に、有難うねえ。……堪忍やで、せっかくここまでしてくれはったのに、売り上げに貢献出来ひんで」


「恐縮でございます。御客様が楽しく、何より快適にお過ごし頂けるよう最善のご提案をさせて頂くのが、私の勤めでございますから」

聞子は満面の笑みを浮かべ、一点の曇りもない澄んだ声で答えた。


老婆は何度も感謝の言葉を口にしながら店を出ていき、聞子はその後ろ姿を、腰を深く折った丁寧なお辞儀で見送る。

その、あまりにも静謐で完璧な「見送り」の姿。


それを見た理沙の怒りは、ついに沸点を超えた。


自らの店の商品を否定し、ライバル店へと客を誘導したその「愚行」。

理沙の額には青筋が浮かび、視界が怒りで真っ赤に染まっていく。

百貨店員としての誇りも、ノルマへの執着も、すべてを踏みにじられたという屈辱感が、理沙の全身を激しい震えとなって駆け巡っていた。


---


営業時間が終了し、百貨店の華やかな照明が落とされた。


集計された売上表には、残酷なまでの数字の差が刻まれている。

お手本を見せていた理沙の売上はダントツのトップであり、積極果敢に攻めた他の新人二人も、それなりの成果を上げていた。


しかし、聞子の売上数はその半分にも満たない。

数名の客とはじっくりと話し込み、満足げな笑顔で見送ってはいたが、理沙からすればそれは単なる「効率の悪い無駄な時間」でしかなかった。

理沙の苛立ちは、すでに制御不能なレベルまで膨れ上がっていた。


「聞子、ちょっと奥に来い」

低く地を這うような声で呼び出し、二人がバックヤードに入った瞬間だった。


理沙は、やってきた聞子の頬を力任せにひっぱたいた。

乾いた打撃音が、静まり返ったバックヤードに響き渡る。


「お前、どういうつもりやねん!? あのババアに他の店紹介するとか、頭いかれてんのか!? 自分の立場わかってんのかコラ!」


叩かれた頬を押さえることもせず、聞子は静かに理沙を見つめ返した。

その瞳には、恐怖も怒りも浮かんでいない。


「え? ああ、本日一番に来られた金本様の事ですか? ババアではありません、素敵な御婆様です。駄目ですよ、マネージャー。そんな言い方なさっては」


「そんな事はどうでもええねん! 返答の仕方もなめとんのか!」

理沙は怒髪天を突き、さらに距離を詰めて怒鳴りつける。


「うちはそこまで高級路線やないけど、そこまで安物でもないのは知ってるはずやろが! どんな手使ってでも、店で一番高い靴売ればよかったやろうが! それが商売やろが!」


「……一番高級な靴でも、金本様が行かれるレストランの格式には不釣り合いでしたから。あのレストランのVIPルーム貸し切りともなると、やはりあちらの靴屋さんのものでないと、御客様が恥をかいてしまわれます」


「口ごたえすんなや!!」

理沙の腕が再びしなり、聞子の反対側の頬を激しく叩いた。


---


### 決別と宣告


理沙は荒い息をつきながら、軽蔑しきった目で聞子を見下ろした。

「呆れたわ。こんな足引っ張るアホがおるなんて、信じられへん。百貨店の看板背負ってる自覚ゼロやな。……ええか、覚悟しとけよ。明日すぐに人事に言うて、どっか辺境の倉庫にでも飛ばして貰うからな。あんたみたいな疫病神、二度と私の視界に入るな!」


吐き捨てるように言い放つと、理沙はヒールの音を荒々しく響かせ、一度も振り返ることなくバックヤードを立ち去った。

彼女の中では、聞子という存在はすでに「排除すべきゴミ」として処理されていた。


一人、薄暗いバックヤードに取り残された聞子は、赤く腫れた頬を撫でることもせず、ぽつりと呟いた。

「金本様、あの靴屋さん行かはったかな。お孫さんと、素敵な時間が過ごせはったらええんやけど……」


その声は、どこまでも穏やかで、外の世界の喧騒とは無縁な優しさに満ちていた。

理沙が信奉する「数字」や「効率」という嵐が吹き荒れる中で、聞子だけが、全く別の、もっと深い場所にある「何か」を見つめていた。


---


翌日から、理沙の「特別教育」という名の執拗な追及が始まった。

理沙は午前、あるいは午後の一定時間、自ら靴売り場の店頭に立ち、模範を示すという名目で聞子を監視し、営業時間終了後はバックヤードでいびり倒した。


折しも、百貨店は新商品のセール期間に突入していた。

理沙ら上層部が弾き出した「販売数ノルマ」は、現場の疲弊を顧みない過酷な数字だったが、理沙はそれを達成することこそが百貨店員の至上命題であると信じて疑わない。

彼女はフロアを縦横無尽に駆け回り、客の動線を遮るようにして声をかけ、矢継ぎ早に新商品を勧め、強引なまでの熱量で売り上げを積み上げていった。


そんな喧騒の中で、聞子だけが異質な静寂を保っていた。

理沙の放つ殺気のような営業オーラを平然と受け流し、彼女は相変わらず客の言葉に耳を傾け続けている。

理沙が新商品を売り込もうと睨みを利かせる中、聞子はあろうことか別の定番商品を提案し、時には他店を案内し、果ては「修理すれば、まだまだ履き続けられますよ。お靴を大切にして、一緒に過ごしていらっしゃったのですね」と、販売機会を自ら潰すような「修理の提案」まで行い始めた。


(……こいつ、わざとやってるんか?)

理沙の血管が浮き出す。


確かに聞子は、新商品のカジュアルな靴が客の用途に合致すると判断した時には最終的にそれを提案していた。

しかし、理沙が求めているのは「客を説得して売ること」であり、聞子のような「客の伴走者」としての在り方ではない。


理沙にとって聞子は、もはや矯正すべき部下ではなく、自らの輝かしい実績に泥を塗る、排除すべき異物でしかなかった。


---


### 不適合の烙印


新商品セールの期間が終わり、百貨店全体の数字が確定した。

理沙と、理沙の御機嫌を取るのが上手い販売員達による獅子奮迅の働きにより、靴売り場の販売数ノルマは何とか達成された。

しかし、その祝杯の席とも言える実績報告会議の場を、理沙は聞子を処刑するための断頭台へと変えた。


「今回、数字こそ達成しましたが、現場には深刻な爆弾を抱えています」


理沙は冷徹な声で、会議室に集まった幹部たちに向かって言い放った。

彼女が配った資料には、聞子の圧倒的に低い売上数と、客を他店へ誘導した回数、そして販売機会を損失させた「修理提案」の記録が、悪意を持って詳細に記されていた。


「入社2年目の聞子は、組織の利益よりも自己満足を優先する、極めて不適合な人材です。店長やマネージャーの指示を無視し、あえて新商品の販売を妨げるような言動すら見受けられました」


理沙の言葉に追随するように、同じ靴売り場で働く他の販売員たちからも、冷ややかな口添えが相次いだ。

「本当です。私たちが必死に声をかけている横で、彼女は世間話ばかりして……」

「積極性が全く感じられず、フロア全体の士気が下がっています」


会議室に流れる空気は、一気に聞子を「問題児」として断罪する方向へと固まった。

理沙の絶対的な実績と、その威光にひれ伏す部下たちの証言。


それらを前に、店舗内の人事部も現場の声を無視するわけにはいかなかった。

こうして聞子は、百貨店のエリート街道から完全に外され、組織内の「不適合人材」という消えないレッテルを貼られることとなった。


理沙は、会議を終えて席を立つ際、勝利を確信した薄笑いを浮かべた。


邪魔者は消える。

積極性のない弱者は、淘汰されるのがこの世界の理なのだ。


彼女は、自らの正義が守られたことに満足し、鋭いヒールの音を響かせて会議室を後にした。


---


新商品セールの熱気が落ち着きを見せ始めたある日の午後。


理沙が靴売り場の応援に足を踏み入れると、そこには異様な光景が広がっていた。

理沙が「見込みがある」と高く評価していた新人の一人が、売り場の隅で顔を覆って泣きじゃくっている。


その傍らでは、かつて聞子が接客したあの老婆・金本が困惑した表情で立ち、その隣には身なりの良い、背の高い青年が鋭い眼光を放って立っていた。

青年から発せられる激しい怒りの波動が、フロア全体の空気を凍りつかせている。


「御客様、如何なさいましたか? 私は当百貨店のマネージャーを務めております、千葉と申します」

理沙は瞬時に最敬礼の姿勢を取り、事態を収拾すべく割って入った。


青年は理沙の名刺を一瞥もせず、冷徹な声で言い放った。

「上層部の方ですか。……今し方、こちらの店員が祖母を負傷させようとしましてね。謝罪で済む問題だと思っているんですか?」


理沙が驚きに目を見開く中、語られた事実は凄惨なものだった。

理沙の教え通り「積極的に声をかけ、売上を逃すな」と躍起になっていた新人が、足の不自由な金本に執拗に付き纏い、次から次へと商品を差し出した。

それだけならまだしも、奥の商品を見せようと金本の腕を引き寄せ、無理に誘導しようとした結果、金本はバランスを崩して危うく転倒しかけたのだという。


「誠に、誠に申し訳ございません。当方の教育不足でございます……」

理沙は冷や汗を流しながら、幾度も深く頭を下げた。


金本は青年の腕をそっと宥めるように叩き、困ったような、それでいて慈悲深い笑みを浮かべた。

「まあ、売りたい気持ちがあるのは当然やと思いますけどねえ。私は今日、聞子ちゃんにお礼を言いに来ただけやけど……。あの子、今日はお休みやろか?」


理沙は慌てて手元のシフト表を確認する。

聞子は今、遅めの昼食休憩に入っており、ちょうど戻ってくる頃合いだった。

理沙が再び金本たちの元へ戻ると、フロアの向こうから、いつものおっとりとした足取りで戻ってくる聞子の姿が見えた。


「あ、聞子! はよおいで!」

理沙が切迫した声で促すと、聞子は何事かと驚きながらも、金本の姿を見つけるなり顔を輝かせた。


「あ、金本様、いらっしゃいまし。本日はお孫様と御一緒でしたか。お会いできて光栄です」


聞子の迷いのない、澄んだ笑顔。

それを見た瞬間、金本の顔が笑顔になり、先程まで荒れ狂っていた青年の怒りが、魔法が解けたようにすっと引いていくのを理沙は目撃した。


「聞子ちゃん、御無沙汰してます。……聞子ちゃんの紹介してくれた店で、ええ買い物出来ましたえ。大事な会食も、ばっちりやったでなあ」

金本は少女のような可愛らしい仕草で、聞子に向かってVサインを作ってみせた。


その様子を呆然と見つめることしかできない理沙の横で、聞子は心底嬉しそうに微笑んだ。

「左様でしたか、何よりで御座います。ふふ、金本様はお洋服を上品に着こなされる方ですし、当日着用されると教えて下さったお洋服にピッタリな靴を、あの店の店主様が選んで下さったみたいですね」


「ええ、ほんまに。あそこの店主さんは、聞子さんが紹介してくれはった通り、物凄くドレスコードとかファッションに詳しい方で、一番ふさわしい靴を一生懸命選んでくれはったわ。有難うねえ、聞子ちゃん」

金本はそう言って、聞子の手を優しく包み込んだ。


聞子は、理沙が「不利益」だと断じたあの提案が、実は金本との間に、数字では決して計れない強固な信頼の絆を築き上げていた。

理沙の信奉する「攻めの営業」が客を傷つけ、聞子の「受け身の提案」が客に極上の満足を与えたという冷厳な事実が、今、理沙の目の前で鮮明に証明されて瞬間だった。


---


理沙と新人の店員は、目の前で繰り広げられる光景をただ呆然と見守るしかなかった。

自らが「不適合」と断じ、排除しようとしていた聞子が、この身なりの良い青年と上質な紬を纏った老婆から、まるで身内のような親愛の情を向けられている。


孫である青年は、改めて聞子を見つめ、静かに、しかし確かな重みを持って語り始めた。

「あの日、祖母が靴を新調してまで臨んだレストランでの会食は、僕の恋人を紹介する大切な日だったんです。彼女はファッション関係の大きな会社を経営する社長令嬢で、僕にとっても、家族にとっても、一歩も引けない重要な場でした」


青年は店内に並ぶ靴に一度視線を走らせ、わずかに首を振った。

「あの日に行く店は歴史があり、極めて格式の高い場でした。失礼ながら、この店のカジュアルなラインでは、どうしてもその場の要件を満たせなかった。あの場に相応しい靴を揃えられる店を的確に紹介してくれた聞子さんに、僕からも直接お礼を言いたかったんです」


金本もまた、孫の言葉に深く頷き、聞子に向かって慈しむような笑みを浮かべた。

「孫からね、お相手の女性はファッションに精通した御令嬢やと聞いてましたから。それを聞子さんに相談したら、最高の靴に出会う御縁を下さいましてなあ。それで、当日の私の服と靴を、センスある着こなしやって凄く褒めて下さいましてん。おかげで、そのままトントン拍子に結婚式はいつにしよかっていう話になりましてねえ」


金本の声が弾む。

「そんで、私らはイベントを手掛ける会社を運営してるんですけど、お相手のご家族とも意気投合して。ファッションイベントを一緒に出来たらええなあって、ビジネスの話までトントン拍子に。ほんまに、大満足の会食やったんです」


理沙の心臓が、嫌な音を立てて脈打った。

自分の「不利益」だという判断が、実はこの百貨店にとって計り知れない価値を持つ「上客」の人生の転機を支え、さらには巨大なビジネスチャンスの入り口になっていたのだ。


「そんな良縁を結んでくれた聞子さんに、孫と一緒にお礼が言いたくて言いたくて。他の店やと、たかが靴一つみたいに言われたり、押し売りされるばっかりやったけど、聞子さんだけでしたわ。あんなにじっくり話を聞いてくれはったんは。ほんまに、有難うなあ」

金本は何度も頷きながら、ニコニコと丁寧にお辞儀をした。


青年も穏やかな顔で言葉を添える。

「祖母からは、聞子さんの話を何度も聞いていました。店を出る頃には、まるで新しい孫娘が出来たみたいやって、本当に喜んでいて。……だからこそ」


青年の顔が、ふっと厳しさを帯びる。

「……今日の強引な接客には驚きました。祖母から聞いていたお話とは、あまりに真逆でしたから」


その言葉に込められた鋭い棘が、理沙の喉元に突き刺さる。

聞子は青年の言葉から、自分が休憩中に何が起きたかを瞬時に察した。


聞子は悲しげに眉を下げ、金本の前に進み出て深く頭を下げた。

「金本様……大変申し訳ないことを致しました。御客様に不快な思いをさせてしまい……」


「幸い、私は問題あらへんし、もう気にせんといてや。ふふ、聞子ちゃん、そんな他人行儀やのうて、私のことは『おばあちゃん』でええよ」

金本は聞子の手を取り、優しく宥めた。


そして、未だに震えて泣き止まない新人の娘に対しても、柔らかい眼差しを向けた。

「そちらの若い御嬢さんも、ごめんなあ、孫が怖がらせてしもて。お仕事、頑張りや」


老婆はそう言って、青年の腕に支えられながら、ゆっくりと、しかし確かな満足感と共に店を後にした。

その背中を見送る理沙の耳には、かつて自分が「積極性が足りない」と怒鳴り散らした聞子の声が、老婆から「おばあちゃんと呼んでいい」と言われるほどの信頼を勝ち得ていた事実が、重く響き続けていた。


理沙は、ようやく泣き止み始めた新人に、力なく目を向けた。

「……今日はもう、無理な接客はせんでええから。一旦落ち着くまで、奥で休んでなさい」


それだけを絞り出すように告げると、理沙は逃げるように靴売り場を後にした。

背中を向けて歩き出す彼女のヒールの音は、いつもより少し、湿った音を立てていた。


---


先程の失態により、理沙が目をかけていた新人の一人は完全に自信を喪失していた。

客が売り場に足を踏み入れても、恐怖で体が硬直してしまい、以前のような積極的な声かけなど見る影もない。

失敗を恐れて動けなくなった「壊れた戦力」を、理沙は苛立ちを隠さずに、商品整理や在庫チェックという、表舞台から外れた作業のバックヤードへと追いやった。


夕方頃、理沙が再び売り場の様子を確認しに戻ってくると、そこには異様な空気が漂っていた。

一人の少女が、高級なパンプスやサンダルが並ぶ棚の間を、無言で歩き回っている。

銀髪の長い髪に黒いベレー帽に、ズボンタイプの黒いセーラー服で、まん丸の大きな瞳に、どこか感情の読めない台形の形をした口元。


理沙の目には、ただの子供の冷やかしにしか映らなかった。


(何や、あの子。あんなん、さっさと追い返せばええのに)

そう思いながら、少女をニコニコと穏やかに見つめる聞子の姿に、理沙のイライラは募るばかりだった。


すると、少女が聞子に歩み寄り、不意に断定的な響きで言い放った。

「草履があらへん。えらいこっちゃ」


聞子は動じることなく、その少女の目線の高さに合わせるように少し腰を落とし、丁寧にお辞儀をした。

「申し訳ありません。当店では草履の用意が御座いませんので……せっかくお越し頂いたのに、ご期待に沿えず申し訳ない事です」


少女は無表情のまま、聞子をジーっと見つめる。

聞子もまた、柔らかな笑みを絶やさぬまま、静かに、そして深く、視線でその意を汲み取るように見つめ返した。


売り場の真ん中で交わされる、異様な沈黙の時間。


それを見かねた理沙が、営業スマイルという名の仮面を張り付かせて割って入った。

「御客様、お探しのものが御座いましたら私が承ります。草履をお探しなら、和装のフロアをご案内いたしましょうか?」


その瞬間。

少女の視線が理沙へと向けられ、瞬時にその本質を見抜くような鋭い光が宿った。

少女は理沙の言葉を無視し、再び聞子の方を向いて言った。


声聞しょうもんねえちゃん、えらいやっちゃ」

少女はそう言って、小さな手を差し出し、聞子に握手をせがんだ。


「有難う御座います」

聞子は光栄だというようにニコニコと笑い、その小さな手としっかりと握手を交わした。


そして、少女は再び理沙へと向き直った。

その台形の口が、びしりと、逃げ場のない真実を突きつける。


「押し売りおばちゃん、えらいこっちゃ」


「え……?」

理沙が言葉を失い、硬直する。


その隙に、少女は満足したように手をぶんぶんと振ると、独特の歩調で颯爽と店を去っていった。


「な、なんやったの、あの子。それに、押し売りおばちゃんって……」

理沙は唖然として、少女が消えていった通路を見つめることしかできなかった。


百貨店のトップセールスとして、統括マネージャーとして、これまで自負してきた「積極性」が、あの子供のような存在に「押し売り」と一蹴され、さらには「おばちゃん」という、プロとしての威厳を根底から揺るがす言葉で片付けられた。

隣で相変わらずニコニコとしている聞子の静かな佇まいが、今の理沙には、得体の知れない重圧となって迫ってくるようだった。


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##静かなる評価と揺らぐ正義


翌日、京都本社の会議室。

窓の外には古都の穏やかな平日の景色が広がっていたが、室内には各フロアの責任者が集まり、ぴりついた緊張感が漂っていた。

この日は、百貨店に寄せられた「御客様の声」の月例報告会であった。


このアンケートは、店舗と店員個人を5段階の星で評価し、直接意見を書き込めるシステムだ。

理沙は、自分の統括する靴売り場の番が来るのを、不遜な自信とともに待っていた。


理沙は確信していた。売上の個人集計こそ出ないが、自分が積極的に声をかけ、成約させた数は圧倒的だ。

対して、ただ突っ立っているだけの聞子は、良くて「無風」、悪ければ「やる気がない」と書かれているはずだと。


しかし、プロジェクターに靴売り場の集計結果が映し出された瞬間、理沙は自分の目を疑った。

そこに並んでいたのは、理沙の予想を根底から覆す、完璧な評価の列だった。


【店員名:聞子】

平均評価:星5.0


「じっくり話を聞いてくれて安心できた。思わず色々話しちゃった」

「別の店を紹介してくれたが、そこにどんぴしゃりの靴があった。誠実さに感動。次、カジュアルな靴を買う時は必ず聞子さんから買いたい」

「私の足の癖を完璧に見抜いて修理を勧めてくれた。一生大切に履きます」


一方で、理沙が「見込みがある」と褒めちぎり、積極的に声をかけ続けていた他の新人たちの欄には、目を覆いたくなるような酷評が混じっていた。


星1:「とにかく押し売りがひどい。断るのに疲れた」

星1:「静かに見たいと言ったのに、ストーカーみたいにずっとくっついて回られて不快だった。二度と行かない」

星2:「笑顔はいいが、こちらの話を聞かずに新商品ばかり勧めてくる。ノルマのことしか考えていないのでは?」


さらに決定的な事実が理沙を打ちのめした。

今月、靴売り場に寄せられた数件の公式クレームの中に、聞子の名前はただのひとつもなかったのである。


「……な、なんでや」

理沙は資料を握りしめる手に力が入り、紙が小さく音を立てて撓んだ。


理沙の価値観では、店員は「ハンター」であるべきだった。

獲物(客)を見定め、逃さず、自らの意図する方向へ追い込んで仕留める。それがプロの仕事だと思っていた。


だが、アンケートの結果が示しているのは、全く別の景色だった。


客が求めていたのは、強引に背中を押す「攻め」の言葉ではなく、自分たちの悩みや状況を静かに受け止める「器」としての接客だった。

理沙が「案山子みたいに突っ立ってるだけ」と蔑んでいた聞子の佇まいは、客にとっては自分たちを全肯定し、寄り添ってくれる究極の安心感として機能していた。


案山子みたいに突っ立ってるだけの子が、なんで……。

理沙は、驚きを隠せなかった。


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##黄昏の怪異と「えらいこっちゃ」の咆哮


夕闇が古都の街並みを濃い橙色に染め上げる頃、理沙は四条通から一本入った路地を、重い足取りで歩いていた。


売上は確かにトップだった。

統括マネージャーとしての面目は保ったはずだ。


それなのに、胸の奥に渦巻く得体の知れない「もやもや」が、鋭いヒールの音を響かせるたびに波立つのを感じていた。

あのアンケート結果、そして聞子に向けられた、自分には決して届かない「感謝」の言葉。


(……なんでや。私の何が間違ってるっていうのよ)


自問自答しながら角を曲がった、その時だった。


目の前に、昨日靴売り場で理沙を「押し売りおばちゃん」と切り捨てた、あの奇妙な少女が立っていた。

銀髪の長い髪、黒いベレー帽、そして感情の読み取れない台形の口。

彼女は一歩も動かず、まん丸の瞳でじーっと理沙を凝視している。


だが、驚くべきはその隣だった。


少女の横には、時代劇でしか見ないような、古びた藁細工の巨大な草履が、二本の足で直立していた。

その草履にはギョロリとした目と口、そして細い手足まで付いており、少女と同じく理沙を無言で見つめている。


ハッとして周囲を見渡すが、つい先程まで聞こえていた車の音も、人々の話し声も消え失せていた。

路地には、理沙と、少女と、そして二本足で立つ怪異だけが取り残されている。


「ひっ……!」


理沙が悲鳴を上げ、腰を抜かしそうになった瞬間、少女が平坦な声で口を開いた。

「ウチは、えらいこっちゃ嬢とか、えらいこっちゃんって呼ばれてる、えらいこっちゃ嬢や」


唐突な自己紹介に理沙が硬直していると、隣の草履が、カサカサという乾いた音を立てて身震いした。


「あっしは、化け草履っちゅうもんですわ。まあ、怪異とか妖怪の類でしてなあ。現代の靴っちゅうのはどんなもんか、あんさんとこの店をちびっと見せて貰うてましたんよ」

独特の、どこか飄々とした語尾。


理沙は震える指で化け草履を指差した。

「よ、妖怪!? 本物……なわけない、何なんよこれ!」


「失礼な御人やなあ。本物も何も、本物の化け草履ですやがな。あ、草履は売ってはらへんのやのう、あんさんとこの店は」

化け草履は不満げに目を細めた。


「そ、そりゃあ……カジュアルスタイルの店やから……」


理沙が絞り出すように答えると、化け草履は腕組みをするような仕草で続けた。

「ほな、ブーツはありますかいのう。女鬼じょきちゃんみたいなスタイル……着物に似合うブーツとか」


「か、カジュアルブーツなら……それに、なんなん、じょきって? ジョッキ? ビールか何か?」


理沙の混乱した返しに、化け草履は「カカカッ」と乾いた笑い声を上げた。

「ちゃいまんがな! カジュアルなだけじゃあきまへん。着物に似合うブーツですわな。それに、女鬼ちゃんみたいな別嬪べっぴんさんをジョッキて。あんさん、おもろい事言うやっちゃのう」


化け草履は呆れたように首(?)を振ると、隣の少女に視線を移した。

「やっぱり、あの聞き上手御嬢ちゃんしか、提案出来るもんはおらんようですわいなあ。あんさんの『押し売り』じゃ、あっしらの心は動きまへんわ」


「な……っ」

理沙のプライドが、妖怪の言葉に激しく逆撫でされる。


「ほな、現世の靴事情もようわかったし、おもろい体験できたから、帰りまひょかいのう」

化け草履が踵を返そうとした、その時。


理沙の「統括マネージャー」としての、あるいは「トップセールス」としての、呪いのような職業本能が爆発した。

ここで引き下がれば、自分はあの聞子に完敗したことになってしまう。


「待ちなさい! あの、そ、それなら……! 次、店に来てくれたら私が最高におすすめのブーツ提案させてもらいますし! ウチは品揃えも豊富で、どんな要望にも応えられるはずよ、私が選べば……!」

必死に食らいつき、無理やり「営業」を仕掛けようとした、その瞬間。


隣で静観していたえらいこっちゃ嬢が、顔の半分ほどもありそうな大きな口をガバッと開けた。


「えらいこっちゃーーーーーーーーー!!!!!」


鼓膜を震わせ、空気を震わせ、路地の静寂を木端微塵に粉砕するような、凄まじい大声。

理沙はあまりの音圧に、耳を塞いでその場に膝をついた。


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## 異界の牛車、火を噴く四条烏丸


「ひえ!? な、なんなんいきなり!? 耳キーンなるわ!」

理沙が鼓膜を震わせる絶叫に身を縮め、膝をガクガクと震わせていると、路地の奥から異様な地響きが迫ってきた。


ゴォォォォォォォォッ!!


立ち込める黒煙と、アスファルトを焼くような熱気。

現れたのは、平安時代の牛車をベースに、まるでドラッグレース仕様のモンスタートラックのごとき「魔改造」を施した、巨大な乗り物だった。

片方の車輪だけが猛烈に燃え盛り、青白い炎を撒き散らしながら、理沙の目の前で急停車する。


「お待たせしましたえ」

スルスルと運転席の窓が開くと、そこには息を呑むような着物美人が座っていた。

長く艶やかな黒髪を後ろで束ね、その上には、えらいこっちゃ嬢とお揃いの黒いベレー帽をちょこんと乗せている。


方輪車かたわぐるまねえちゃん、御迎えありがとちゃん! 押し売りおばちゃん御一名! 行先は『摩訶不思議食堂』や!」


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 誰が押し売りおばちゃん……」


理沙が抗議しようとした瞬間、えらいこっちゃ嬢がその小さな背中に手を当てた。


ドォォォォォン!!


「ぎゃっ!?」


見た目からは想像もつかない、象にでも突き飛ばされたかのような凄まじい力。

理沙はなす術もなく車内へと押し込まれ、続いてえらいこっちゃ嬢と、ぴょんっと軽やかに跳ねた化け草履が乗り込んできた。


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### 謎の「お勘定」と異界の加速


バタンッ! と扉が閉まり、理沙は密閉された空間で息を呑んだ。

逃げ場はない。

パニックになりかけた彼女の目の前に、天井の隙間から、にゅーっと「何か」が降りてきた。


それは、雪のように白く、節くれだった長い、長い腕だった。

その手には「お勘定」と墨書きされた古い木札がぶら下がっている。


「ひえっ!? 出たぁ!!」


「騒がしい御人やなあ。それ、運賃の督促やがな」

化け草履が隣で呆れたように目を細める。


「お、お勘定って、タクシーか何かなん!? え、えっと……これでええの!?」

理沙は震える手で財布をだして、中に入っていた500円玉を一枚、その白い掌の上に乗せた。

すると、腕は満足げに指を丸めると、再び天井の闇の中へと吸い込まれるように消えていった。


「毎度ありー。ほな、出発しますえー」

方輪車の涼やかな声が響いた直後、理沙の体は座席に叩きつけられた。


ドォォォォォォォォォォン!!


背中を蹴り飛ばされたような凄まじい加速。

窓の外の景色は一瞬で光の帯と化し、重力が上下左右を失ったかのように理沙を翻弄する。

これまで、部下を追い詰め、数字を追いかけ、常に「攻め」の姿勢で人生を疾走してきた千葉理沙だったが、今、自分では制御不能な異界のスピードに身を任せるしかなかった。


「……何処に行くんよ、これ……」


あれほど強気だった口調は、もはや消え入るような囁きに変わっていた。

隣に座るえらいこっちゃ嬢の無表情な横顔と、カサカサと鳴る化け草履の気配。

理沙はただ、嵐の中に放り出された木の葉のように、黙って牛車に揺られるしかなかった。


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##摩訶不思議食堂の静寂と慈悲


魔改造された牛車は、異界の風を切り裂きながらしばらく走り続けた後、ふっと重力を取り戻すように滑らかに減速した。

停車した場所は、街の喧騒から完全に切り離されたかのような、しんと静まり返った木造の美しい建物の前であった。


扉が開き、えらいこっちゃ嬢が軽やかに地面へぴょんっと降り立つ。

彼女は無表情なまま、呆然としている理沙に向かって「こっちや」と言わんばかりに手招きをした。


理沙が腰を浮かせ、恐る恐る異様な車内から足を下ろすと、座席に残った化け草履が器用に手を振った。

「ほな、あっしはこのまま乗って帰りますわな。摩訶不思議食堂の皆さんに宜しゅう言うて頂戴や、えらいこっちゃん」


「毎度ありー。ほなねー♪」

運転席の窓から方輪車がにこやかな笑顔を見せ、窓が閉まる。


次の瞬間、牛車は鮮やかな火花を散らして急発進し、理沙の視界から瞬く間に消え去っていった。

夜の静寂に取り残された理沙は、目の前の古風な、しかしどこか威厳のある扉を見上げるしかなかった。


えらいこっちゃ嬢は迷いのない手つきで店の扉をガラリと開け、店内に響き渡る声で告げた。

「えらいこっちゃな押し売りおばちゃん御一名!」


「ちょっ……! 誰が押し売りおばちゃんや!」

理沙の抗議も虚しく、彼女は有無を言わせぬ空気で理沙をカウンター席へと案内した。

理沙がしぶしぶ椅子に腰を下ろすのを見届けると、えらいこっちゃ嬢はそのまま吸い込まれるように奥の厨房へと姿を消した。


「せめて、お姉さんって言いなさいよ、あの子……」

理沙は納得がいかない様子で、ぷうっと頬を膨らませて周囲を見渡した。

店内は磨き抜かれた木材の温もりに満ち、微かに香る出汁の匂いが、刺し違えるような緊張感で張り詰めていた理沙の心を、不意に揺さぶった。


その時である。


カウンターの奥、薄暗い影の中から、ぬうっと一つの影が静かに現れた。

それは、石造りのお地蔵様がそのまま歩いてきたかのような、不思議な存在感を放つ人物であった。


「お帰りなさいまし、えらいこっちゃん。そして、いらっしゃいまし、御客様」


その人物――お地蔵さんは、限りなく慈悲深い、それでいてすべてを見透かすようなニコニコとした笑顔を理沙に向けた。


「私はこの店の店長をさせて頂いております。皆さんは地蔵店長と呼んで下さいます」


地蔵店長の声は、深い鐘の音のように理沙の身体の芯まで響き渡った。

彼は胸の前でゆっくりと、一点の曇りもない所作で掌を合わせる。


スッ……


流れるような合掌。

そして、彼は理沙に向かって、時間を止めるかのような穏やかなお地蔵さん笑顔のまま、深々とお辞儀をした。


理沙は、異様な空間に呑まれまいと、体に染み付いた「プロの処世術」を呼び覚ました。

椅子からスッと立ち上がると、完璧な角度の営業スマイルを浮かべ、指先まで神経の行き届いた所作で1枚の名刺を差し出す。


「あ、どうも。私はこういうものです。京都の百貨店でマネージャーをしております、千葉理沙と申します」


淀みのない挨拶。

百貨店という看板を背負い、これまで数多の修羅場を潜り抜けてきた自負が、彼女の背筋を支えていた。


いつの間にかベレー帽をかぶったまま、黒い作務衣の上に割烹着を着ているえらいこっちゃ嬢が、カウンターの影から現れた。

彼女はそのまん丸な瞳で、理沙の名刺を穴が開くほどジーっと見つめている。


地蔵店長は、その様子を細められた慈愛の目で眺めながら、再び静かに合掌した。

「これはこれは、ご丁寧に有難う御座います。理沙さんとおっしゃるのですね。えらいこっちゃんが名刺に興味があるようなので、えらいこっちゃんにお渡し頂けましたら、嬉しゅう御座います」


ニコニコとしたお地蔵さん笑顔のまま、店長は深々とお辞儀をする。


「あ、そうなんですか? えっと、はい」

理沙は毒気を抜かれたように頷き、小さな手首を伸ばしてきたえらいこっちゃ嬢に名刺を1枚手渡した。


えらいこっちゃ嬢は、受け取った名刺を顔のすぐ近くまで寄せ、表面の文字を執拗になぞるようにして読み取っていく。


「マネージャーしか役職書いてへん、靴屋って書いてへん、えらいこっちゃ」

感情の起伏がない声が、静かな店内に響く。


理沙は苦笑いしながら、教え諭すような口調で答えた。

「ああ、靴屋に限らず百貨店内の店舗はくまなく回ってるし、えらいこっちゃんが来てくれた靴屋は、ヘルプとか接客指導とか、そういう仕事がある時に入る事があるだけやからね。靴屋だけのマネージャーってわけやないんよ」


理沙の言葉を最後まで聞いているのかいないのか、えらいこっちゃ嬢は名刺の端を指で弾き、最後に決定的な一言を放った。


「『押し売り』って書いてへん、えらいこっちゃ」

えらいこっちゃ嬢は名刺を大事そうに持ったまま、のれんの奥の厨房へと消えていった。


「ちょ、私、押し売りした事なんてないっちゅうねん」

理沙は納得がいかない様子で、むうっと頬を膨らませながら、とりあえずカウンター席に腰を下ろした。


理沙が納得のいかない様子で、むうっと頬を膨らませてカウンターに座り込んでいると、パタパタという軽い足音と共にえらいこっちゃ嬢が戻って来た。

その手には、使い込まれた風合いの渋い和紙で作られたメニュー表が握られている。


えらいこっちゃ嬢は無表情のまま、それを理沙の目の前へスッと差し出した。

「えらいこっちゃなお品書き。」


理沙はそれを受け取り、重厚な表紙をゆっくりと開いてみる。

そこには力強い毛筆の書体で、一際大きく「ちゃんこ鍋」という文字が躍っていた。

しかし、その横に書き添えられた文字を見た瞬間、理沙は思わず眉をひそめた。


「普通コース・押し売りえらいこっちゃコース……。何なん、このふざけた名前のコースは?」


思わず突っ込みを入れそうになったが、地蔵店長の穏やかな視線を浴び、理沙はふうと溜息を吐き出した。


「なんか変なコースがあるけど、私は普通コースでええよ。それにしても、ちゃんこ鍋か」


メニューに躍るその文字を見つめているうちに、理沙の険しかった表情が、春の陽だまりのようにふわりと綻んでいった。

脳裏を過ったのは、まだ彼女がランドセルを背負っていた、数十年以上も前の京都の景色だ。


当時、理沙が通っていた小学校のすぐ裏路地には、湯気をもうもうと上げる古びたちゃんこ鍋の店があった。

親の仕事が終わるのを待つ間、理沙はよくその店に顔を出しては、座布団に座って宿題を広げていたものだ。


店内に満ちる出汁の芳醇な香りと、野菜の甘みが溶け出したスープの匂い。

親が迎えに来ると、家族で一つの鍋を囲み、フーフーと息を吹きかけながら熱々の具材を頬張ったあの時間。

それは、今の刺し違えるような営業戦場に身を置く理沙が、心の奥底に大切に仕舞い込んでいた、最も純粋で温かな記憶の断片だった。


「懐かしいなあ、ちゃんこ鍋の店。あの頃は、ただ美味しくてお腹いっぱいになるのが幸せやった。……よし、決めたわ。このちゃんこ鍋の普通コースにします」

理沙は慈しむようにメニュー表を撫でると、それをえらいこっちゃ嬢に返した。

その時の彼女の笑顔は、百貨店で見せる作り物の営業スマイルではなく、一人の女性としての素朴な輝きに満ちていた。


ところが、えらいこっちゃ嬢は名刺を受け取った時と同じように、理沙をジーっと見つめたかと思うと、突然のれんの奥に向かって叫んだ。


「ちゃんこ鍋普通コース一丁! 押し売り好きなおばちゃんが、自分は押し売りされんのは嫌がっとる、えらいこっちゃ!」

静かな店内に、えらいこっちゃんの声が響き渡り、えらいこっちゃ嬢は厨房へ戻っていく。


「ちょ!? ちょっと待ちなさいよ! えらいこっちゃん、あんたつづくづく失礼なやっちゃな! 誰が押し売り好きよ、私は提案をしてるだけやって言ってるやろ!」

理沙は顔を真っ赤にして立ち上がり、再びプンスカと頬を膨らませて地団駄を踏んだ。

しんとした店内に、彼女のヒールの音が虚しく響く。


のれんの奥へ消えていくえらいこっちゃ嬢の後ろ姿に向かって、理沙は怒りと気恥ずかしさが混じった叫びを上げ続けていた。


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### 宝石のような贅沢鍋


理沙が憤慨しながらもカウンターに座り込んでいると、えらいこっちゃ嬢が旅館や料亭で見かけるような、重厚な黒塗りの一人用コンロ台のセットを運んできた。

迷いのない手つきで理沙の前に丁寧にセットされると、それまでプンスカとしていた理沙も、その本格的な「お膳」の佇まいに、思わず背筋を伸ばした。


すると、厨房の奥から一人用の小鍋を両手に抱えて現れた人物に、理沙の視線は釘付けになった。

そこにいたのは、人間かどうかも定かではない、しかし目を疑うほどに美しく、可憐な女性であった。


透き通るような若草色の肌に、艶やかな茶色の髪と瞳。

左右に大きく、ピンと尖った耳が揺れている。


ファンタジーの世界に登場する「ゴブリン」を思わせる容姿でありながら、その顔立ちは驚くほど整っており、清らかな気品すら漂わせていた。

彼女は新緑のような色の着物に、清潔な白い割烹着と三角巾を凛と纏い、理沙へ向けて花が綻ぶような微笑みを送った。


凜華りんかさんのちゃんこ鍋は栄養満点、えらいこっちゃな美味さと食べ応え!」

えらいこっちゃ嬢が、これ以上ないほどの太鼓判を押すように、感情の読めない声で叫んだ。


料理人である凜華は、恥ずかしそうに、けれど慈しむような眼差しで理沙を見つめた。

「ふふ、有難うね。ほな、お鍋の準備をさせて貰いますね。ぐつぐつと音がして、鍋の蓋がカタカタ揺れたら、出来上がりですさかい。火傷に気を付けてお召し上がりくださいまし」


鈴の鳴るような、優しく染み入る声。

凜華はニコニコと穏やかな笑顔を残すと、音もなく一人用鍋をコンロ台に乗せ、ふわりと裾を揺らして厨房へと戻っていった。

理沙がその幻想的な姿に呆然としていると、隣に立っていたえらいこっちゃ嬢が、さっと右手を掲げた。


「パチンッ」


指を鳴らす乾いた音が店内に響いた瞬間、魔法のように固形燃料にパッと火が灯った。

ゆらゆらと揺れる青白い炎が小鍋を包み込み、ゆっくりと熱を伝えていく。


しばらくすると、合わせ出汁の芳醇な香りが、鼻腔をくすぐる柔らかな湯気と共に立ち上ってきた。

かつて通ったあの路地裏の店の匂いよりも、さらに深く、奥行きのある香り。

やがて、小気味よい「カタカタ」という音が聞こえ始め、陶器の蓋が弾むように踊り出した。


「……いい匂い」


理沙は逸る心を抑えながら、熱を帯びた蓋のつまみを慎重に持ち上げた。

一気に溢れ出した白い蒸気の向こう側に、色鮮やかな宝石箱のような世界が広がっていた。


出汁をたっぷりと吸い込み、ふっくらと煮えた大ぶりの鶏肉。

とろけるように透き通った白菜、鮮やかな紅色の人参、飾り切りの施された肉厚な椎茸、そして甘みを湛えた瑞々しい葱。

中心には、出汁の中でぷるぷると震える絹ごし豆腐が鎮座している。


厳選された素材が渾然一体となった、まさに贅沢な逸品であった。


そこへ、再び凜華が厨房から現れた。

彼女の両手には、小ぶりな茶碗に盛られた真っ白なご飯がある。

一切の音を立てない、洗練された所作で理沙の前にそれが置かれた。


「土鍋で炊いた米飯です。ほな、ごゆっくり」


米の一粒一粒が、まるで真珠のように美しく立っている。

凜華はもう一度丁寧にお辞儀をすると、優しい笑顔を理沙の瞳に残し、再び奥へと消えていった。


理沙は、目の前に並んだ「一人用ちゃんこ鍋」の膳を、愛おしそうに見つめた。


百貨店のマネージャーとして、何十人もの部下を率い、何百人もの客をさばき、常に戦闘態勢で駆け抜けてきた日常。

そんな日々の喧騒が、この小さくも温かな鍋の湯気の中に、音もなく溶け込んでいく。

自分だけのために用意された、静かな、けれど豊かな食事の時間。


理沙の心は、かつての少女が感じたような純粋な喜びで、いっぱいに満たされていた。


---


理沙は目の前に並んだ極上のちゃんこ鍋を前に、まるでお宝を見つけた子供のように目を輝かせていた。

立ちのぼる湯気が彼女の頬を優しく撫で、戦場のような百貨店で強張っていた表情を少しずつ解きほぐしていく。

しかし、その様子を横からえらいこっちゃ嬢が、微動だにせずジーっと無表情に見つめていた。


「頂きますと御馳走様は、基本中の基本。やらんやっちゃは、えらいこっちゃ」

えらいこっちゃ嬢はそう言い放つと、見本を見せるように理沙の前でぴしりと合掌してみせた。


理沙は虚を突かれたように瞬きをし、少し照れくさそうに姿勢を正した。

「あ、うん。そうやね。……頂きます」

理沙は小さく頷き、静かに合掌してから割り箸を手に取った。


まずは、琥珀色の出汁に浸かった大ぶりの鶏肉に箸を伸ばす。

一口噛みしめた瞬間、閉じ込められていた肉汁と、数種類の素材が溶け合った深みのある出汁が見事に絡み合い、口の中いっぱいに極上の旨味が広がった。


「……美味しい」

理沙の口から、無意識に溜息のような感嘆が漏れる。

百貨店のマネージャーとして常に気を張っていた彼女の顔に、今日初めて、心からのほっこりとした笑顔が浮かんだ。


続いて、土鍋で炊かれたばかりの真っ白な米飯を一口運ぶ。

噛むほどに甘みが引き立つ熱々のご飯は、旨味の凝縮された鶏肉と驚くほど相性が良く、理沙の「ほっこり」は加速して止まらなくなった。


野菜もまた絶品であった。

白菜は芯まで出汁を吸いながらもシャキシャキとした絶妙な食感を残し、人参や椎茸は素材本来の濃い味が調えられている。

ふっくらとした豆腐をハフハフと息を吹きかけながら頬張れば、大豆の優しい香りが鼻に抜け、心まで芯から温まっていく。


箸を動かすたびに、かつて通ったあの京都の路地裏の店が脳裏をよぎる。

親の迎えを待ちながら、家族で囲んだあの温かな鍋。

懐かしさに胸を熱くしながら、理沙は目の前の極上の逸品を、一欠片も残さぬよう存分に味わい尽くした。


最後の一口を飲み込み、理沙は満足感に包まれて、これ以上ないほどほっこりとした極上の笑顔を見せた。

その顔には、先程までの棘のある険しさは微塵も残っていない。


「あ、そうやった。えっと……御馳走様でした」

理沙は自ら進んでそっと手を合わせ、地蔵店長と厨房の方を向いて深々とお辞儀をした。


「こんなに美味しい店があったなんて。京都勤務になってから長いこと経つと思ってたけど、もっと色んなところに出かけて美味しい店を知っておかんとあかんかなあ」

理沙は、自分の知らない京都の奥深さに触れた喜びを感じながら、温かな余韻に浸ってほっこりと笑った。


すると。

厨房から戻ってきたえらいこっちゃ嬢が、何故か再びお盆を抱えて理沙の前に現れた。

その上には、先程と全く同じ、湯気を上げるおかわり用の鍋と、山盛りに盛られたおかわりのご飯が乗っていた。


---


理沙は、ほっこりとした余韻に浸りながら、目の前に置かれた新たなお盆を二度見した。

もう一杯の土鍋からは、先程と同じく芳醇な出汁の湯気が立ちのぼり、山盛りのご飯が白く輝いている。


「どないしたん、それ? ええと、私はおかわり注文してへんのやけど。あ、それ、もしかしてえらいこっちゃんの賄い飯かなんか?」


理沙が困惑混じりの笑顔で尋ねると、えらいこっちゃ嬢は感情を微塵も表に出さない無機質な声で、宣告するように言い放った。

「押し売りおばちゃんのおかわり分、えらいこっちゃなエンドレス」


「え!? いやいやいや、エンドレスで持って来られても。わんこそばやないんやから。流石にそんなに食べられへんよ」

理沙は冗談だろうと笑い飛ばそうとしたが、えらいこっちゃ嬢の瞳は一点の曇りもなく、本気であった。


彼女は迷いのない手つきでおかわりをカウンター席に置くと、再び例のお品書きを理沙の目の前に突きつけた。

「こっちもおすすめ、あっちもおすすめ。おすすめだらけで、えらいこっちゃ」


「いや、おすすめされても、もう私、食べられへんで。それに、全部の鍋が好きなわけやないし。お腹いっぱいでもう入らへんって」


理沙は苦笑いしながら断るが、えらいこっちゃ嬢はそこでおもむろに腰を落ち着け、理沙を射抜くような視線でびしりと指摘した。


「足に合わへん靴までたっぷりお勧めしといて、もう食べられへん鍋は拒否しよる、えらいこっちゃなダブルスタンダード」


「え……?」

理沙は、心臓を直接掴まれたような衝撃に、息を呑んだ。


百貨店の売り場で、客の足の形や生活スタイルを無視し、ただノルマのために「新商品だから」「売れているから」と無理やり商品を勧めていた自分。

相手が「いらない」と言っているのに、それを「熱意」という言葉で塗り替えて、力ずくで買わせていた自分の姿が、えらいこっちゃ嬢の言葉によって鮮明に暴かれた。


「ウチは営業しとるだけ。押し売り営業しとるだけ。えらいこっちゃな押し付けしたる!」


えらいこっちゃ嬢は小さな両手を腰に当て、堂々とした構えで言い放った。

その姿は、皮肉にも、売り場で部下を叱咤し、客に詰め寄っていた理沙自身の生き写しのようでもあった。


「いや、そんなん押し付けられても困るわ。食べるのは私なんやから、私の自由やろ」


理沙が必死に言い返そうとした、その時であった。


ガラガラ、と。


静かな店内に、入り口の引き戸が開く乾いた音が響き渡った。

理沙は、これでようやくえらいこっちゃ嬢の執拗な「営業」から解放されると、内心で深く胸をなでおろした。

新しい客が来れば、流石にそちらの接客に行くだろうと考えたのだ。


しかし、店に入ってきた人物の姿を捉えた瞬間、理沙は金縛りにあったように動けなくなった。


「え……?」


理沙は目を見開き、喉の奥で消え入るような声を漏らした。

冷たい汗が、彼女の背筋を伝い落ちていく。


---


ガラリ、と静寂を破って引き戸が開く。

そこへ現れたのは、もはや人間という枠組みを超えた、神々しさすら漂わせる美しき存在であった。


黒地に金色の花の刺繍が贅沢にあしらわれた、気品溢れる着物を纏っている。

見た目は10代後半の女子高生といった年頃だろうか。


しかし、その存在感は圧倒的だ。


眩いばかりの金髪をシュシュで左側に寄せ、サイドテールに束ねている。

その頭の両側からは、漆黒に輝く2本の鎌状の角が、傲然と天を突くように生えていた。

金色の瞳が好奇心に満ちた輝きを放ち、彼女は元気よく片手を上げた。


「おつー♪ 化け草履さんから話聞いて来たよー♪」


その軽やかな鈴の鳴るような声が店内に響き渡った。

もう片方の手には、重みを感じさせる風呂敷包みを提げている。



えらいこっちゃ嬢が、その小さな両手をぶんぶんと千切れんばかりに振って出迎えた。

女鬼じょきねえちゃん、おつかれちゃん! えらいこっちゃな御早い到着、流石シゴデキ鬼の超絶美少女!」


そのやり取りを聞き、理沙の頭の中でパズルのピースが繋がった。

あの奇妙な路地裏での出来事、化け草履が口にしていた名前だ。


「え、じょき……? ああ、そういえばあの草履のお化けが言うてたっけ。じょきだかジョッキだか何とかって」


女鬼は理沙の呟きを耳にすると、コロコロと鈴を転がすような可愛らしい声で笑った。

「あはは♪ ほんとにあーしの事、ジョッキって言ってるし♪」


彼女は楽しげに笑いながら、迷いのない足取りでカウンター席までやって来る。

トントン、と小気味よい音を立てて歩くその姿は、どこか洗練された都会的な雰囲気すら感じさせた。


「あーしは名刺持ってないから、名刺交換出来ないけど、よろー♪」

人懐っこい笑顔で女鬼が挨拶を投げかける。


理沙は反射的に、百貨店のプロとしてのスイッチが入った。

「あ、私はこういうもんです」

サッと音を立てずに立ち上がると、名刺入れから手慣れた動作で1枚の名刺を取り出し、相手の正面に向けて差し出す。


「これはこれはご丁寧にありがと♪」

女鬼は風呂敷包みをカウンターテーブルに置くと、姿勢を正した。

そして、差し出された名刺を美しい所作で受け取った。


相手の目を見て、腰を適切な角度に折り、指が文字にかからないように端を持つ。

その動作は、そこらの一流企業のビジネスパーソンよりも遥かに洗練された、完璧なビジネスマナーに則ったものであった。

彼女は名刺をじっくりと確認すると、これまた非の打ち所がない所作で、大切そうに懐へとしまった。


理沙は、そのあまりにも見事な挙動に、思わず目を丸くした。

「あなた、もしかして……どこかでビジネスマナー研修とか受けた事あるん?」


女鬼は金色の瞳をいたずらっぽく細めた。

「まあ、色々な世界の色々な作法とか、そういうのは一通りやってみたって感じかなー。形から入るのも楽しいからね♪」


そう言って、彼女はカウンターの椅子に腰を下ろした。

その時、理沙の視線が女鬼の足元に吸い寄せられた。


伝統的な美しい着物姿。

しかし、その裾から覗いているのは草履ではなく、モダンな洋のデザインを取り入れた、艶やかな黒のブーツであった。

和の様式美を損なうことなく、むしろ現代的な鋭さを加えて見事に履きこなしている。


その瞬間、理沙の脳内ではプロフェッショナルとしての演算が火花を散らした。

(あの着物の生地……黒地に金の刺繍なら、7階の呉服特設会場に入ってる老舗ブランドの限定品に近いわね。合わせる帯の質感も申し分ない)


理沙の思考は止まらない。

(そして、あのブーツ。編み上げの細さとヒールの曲線美……あれは2階のシューズセレクションにあるインポートブランド秋の新作、あるいはオーダーメイドのシルエット。和装にあの丈のブーツを合わせるなんて、相当なセンスだわ。もしうちの百貨店であのコーディネートを提案するなら……呉服売り場と婦人靴売り場のフロアを跨いだ連携催事が組める。ターゲットは20代から40代のこだわり層、場所は中央吹き抜けの特設ステージで……)


理沙の頭の中には、瞬時に百貨店内の各フロアのマップと、具体的な店舗名、そして販促プランが鮮明な映像として浮かび上がっていた。

目の前の「超絶美少女」という異形の存在を、一つの完成された「商品ディスプレイ」として、あるいは「トレンドの最先端」として、無意識に分析し尽くそうとしていたのである。


---


理沙は、目の前の眩いばかりの少女をまじまじと見つめた。


その洗練された身のこなし、そして圧倒的なビジュアルは、長年百貨店で多くの人間を見てきた理沙の目から見ても「本物の逸材」だった。

これだけの素材を放っておく手はない、という営業職としての本能が、理沙の喉を鳴らした。


「なあ、あなたって今はどこかでバイトしてるん?その着こなしからして和服の店?それとも、ここの店員さんなん?」


興味津々といった様子で身を乗り出す理沙に対し、女鬼は金色の瞳をいたずらっぽく動かした。

「んー、どうだろうねえ。色んなことやらせて貰ってるけど、あちこち飛び回ってるし、職場は一つに絞れないかなー」


女鬼はそう言ってから、悪戯が成功した子供のような顔で付け加えた。

「ま、娑婆の人に最もわかりやすく言えば、『地獄』かな。地獄が職場♪」


女鬼はパチンとウインクをしてみせたが、理沙の脳内では即座に現代的な解釈へと変換された。


「え?地獄って……ああ、ブラック企業ってこと?それなら猶更、うちの百貨店においでよ。待遇もちゃんと考えるし。あなた、まだ高校生くらいやんな?学校生活に無理が来ないように計らうし、テスト期間とかはちゃんとシフト考慮するから」

理沙の頭の中では、すでに彼女が1階の特設会場や呉服売り場で看板娘として微笑む姿が完成していた。

この美少女が店に立つだけで、1日の来客数は跳ね上がるに違いない、と確信した理沙の瞳がワクワクと輝く。


「あは、なんかよくわかんないけど、あーし今、スカウトされちゃってる?」

女鬼がコロコロと笑うと、横で見ていたえらいこっちゃ嬢が、これまでにないほど激しく両手をぶんぶんと振った。


「女鬼ねえちゃんは、閻魔大王も地獄極楽のお偉いさん達も頭が上がらない、細マッチョで喧嘩の強さも地獄極楽一の超エリート鬼!それでいて、超絶シゴデキ鬼のギャル美少女なんや!舐めてかかると、えらいこっちゃ!人を見る目ない押し付けおばちゃんでも、女鬼ねえちゃんの凄さはわかっとる!それくらい、えらいこっちゃなオーラ全開!」


「あははは、ありがと♪ えらいこっちゃんも超シゴデキじゃん♪」

女鬼は、弾けるようなウインクをして、えらいこっちゃ嬢の頭を優しく撫でた。

その手つきは慈愛に満ちており、えらいこっちゃ嬢も嬉しそうに目を細めている。


「スカウト、ええ、そうや。言うなればヘッドハンティングや」

理沙はえらいこっちゃ嬢の言葉を半ば聞き流しながら、熱っぽく言葉を重ねた。


「さっきの名刺の貰い方はビジネスパーソンとして文句なし、そして着物とブーツのその見事な着こなし、何より滅茶苦茶可愛い!店に立ってくれてるだけで広告塔になるの間違いナシや!」


理沙の鼻息荒い勧誘に対し、女鬼は「ふーん」とだけ言って、少しだけ顎を引いた。

そして、その金色の瞳の奥に、得体の知れない冷ややかさが宿った。


「立ってるだけじゃ、あーしは理沙さんに、ぶたれるんじゃね?」

彼女は、不思議そうに首をかしげて見せた。


「え?」

予想だにしない返答に、理沙の顔が凍りついた。


「だってさー、立ってるだけの人のこと、裏に呼びつけて、ぶってたじゃん」

女鬼の声は相変わらず軽やかだったが、その内容は鋭利な刃物のように理沙の心臓を掠めた。


「な、んで、それを知ってんの……?」

理沙の額から、冷たい汗が一筋流れた。

あのバックヤードでの出来事は、自分と、あの不器用な店員の2人しか知るはずのないことだ。


「言ったじゃん、あーしの職場は地獄でさ。そういう行為と、それにまつわる『業』そのものってのが、バッチリ観えちゃうんよ」


女鬼は、ふうと重いため息をついた。

その瞬間、店内の温度が数度下がったかのような錯覚を理沙は覚えた。


「で、どうなん?今まで立ってるだけの店員さんとか、あんまり御客さんに声掛けしない店員さんのこと、ぶったりしたこと無かった?」


先程までのギャルらしい柔らかな笑顔が一変した。

女鬼は、狩人が獲物を仕留める直前のような冷徹な眼差しで、理沙を真っ直ぐに見据えた。

その金色の瞳が、理沙の魂の奥底にある醜い傲慢さを、容赦なく暴き立てようとしていた。


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えらいこっちゃ嬢は、不満を全身で表現するように、その小さな両手をぶんぶんと激しく振り回した。

「声聞おねえやんと話しとったのに、この押し付けおばちゃんが割り込んで来よった。えらいこっちゃな空気の読めなさ」


感情の起伏がないはずの声に、明確な拒絶の響きが混じる。

理沙は一瞬、記憶の糸を手繰り寄せた。あの時、百貨店の売り場でえらいこっちゃ嬢と聞子が、無言のまま数分間もただ見つめ合っていた、あの奇妙な静寂を。


「え? あ……あの時のこと。あれは、だって……」

理沙は、あの沈黙こそが彼女たちにとっての深い「対話」であったなどとは夢にも思わなかった。


この子が女鬼に告げ口をしたのだと考え、自らのプロとしての正当性を守るために、理沙は慌てて言葉を紡ぎ出した。

「話してたって、傍から見ればただジーっと見つめ合ってただけやんか。確かに、もし2人の時間を邪魔してしもたんなら悪かったと思うし、そこは謝るわ。でもな、私は靴を探しに来たえらいこっちゃんの為を思って……困ってる客を放っておけへんのが、私の仕事なんよ」


「聞きたいことがあったらウチから声かけるのに、そっちから勝手に来よった。えらいこっちゃな、ありがた迷惑お節介」

えらいこっちゃ嬢の言葉は、短いが鋭い。


そこに、女鬼がふっと目を細め、重みのある口調で援護射撃を加えた。

「だねー。自分のペースで、静かにじっくり観て回りたい人だっているもんねー。あーしなら、横でずっと喋られたら、欲しいものも欲しくなくなっちゃうかも♪」


理沙は、その「客の言い分」に真っ向から反論を試みる。

これまで自分が這い上がってくるために握りしめてきた、唯一の武器を振りかざして。

「それは……確かにそう思う人もいるかもしれへん。でも、話しかけづらそうにしてる人は、こっちがリードしたら喜んでくれるんよ! 実際に、そうやって積極的に接客したことで『ありがとう』って感謝されたことは、この仕事やり始めてから数えきれないほどあったもん!」


「それってつまり、世に言う『攻めの営業』ってやつ?」


女鬼の問いに、理沙は我が意を得たりとばかりに、ピンと背筋を伸ばし胸を張った。

「そう、まさにそれや! 私はそのやり方で圧倒的な数字を出して、店長からも認められて、ここまで上り詰めたんや! 攻めなきゃ何も始まらへん、売らなきゃ店は潰れる。それがこの世界の真実なんやから!」


「攻めの営業、ねえ。確かにそれが機能する場面もあるし、ハマる時には最強だよね。そして、それは何より勝ち気で強気で、押しが強い理沙さん自身とは、最高に相性がいいやり方だったんだろうなーって思うよ」


女鬼は一度、理沙の歩みを肯定するように穏やかに頷いた。

しかし、その金色の瞳に宿る光が、一瞬にして冷徹な深淵の色へと変わる。


「でもさー。それって、全員が全員に当てはまることなん? 営業職の人とか、店舗で商品を売る販売員は、全員が全員、その『攻め』が絶対の正解だって言い切れる?」


女鬼は、更に言葉を紡ぐ。


「それで数打ちゃ当たる売り方を続けてさ、『良い買い物した人』とか『普通に買い物した人』の総数が、不快な思いをして二度と来ないって決めた『不快に感じた人』の数を少しでも上回ってれば、それで成功……って考え方とやり方でオケ? つまり、切り捨てられる客がいても、トータルでプラスなら正義だってこと?」

女鬼は首をかしげ、理沙の魂の在り方を剥き出しにするように見据えた。


理沙の脳裏に、これまでの接客で、苦笑いを浮かべながら逃げるように立ち去っていった無数の客の背中が、ノイズのように明滅する。

彼女は、売上の数字という華やかな成果を維持するために、自分が踏みにじってきた「沈黙の不満」から、ずっと目を背けてきたのではないか。


「そんでさー。そのやり方を部下にも押し付けて、全員に無理やりやらせたことで、最近どえらい人にどえらい事しでかしたばっかじゃん。その後で、結局何がまずかったのか、少しでも顧みたことある? それとも、運が悪かっただけで片付けちゃってる?」


女鬼の声は、もはやギャルの軽薄な響きではない。

地獄の最奥で、罪人の言い訳を冷徹に裁く判事のような、逃げ場のない響き。


理沙は、昨日店に来た金本という老婆と、その孫の氷のように冷たい怒りの眼差しを思い出し、言葉に詰まった。

あの屈辱的な瞬間の後、自分は「後輩の失敗」を責めこそすれ、自分のやり方そのものが誰かを傷つけたという事実には、蓋をしていたのだ。


「それは……」


理沙の喉が、引き攣ったように小さく震えた。

ちゃんこ鍋の温かな湯気が、今はなぜか、突き放すような冷たさを持って彼女の頬を撫でていた。


---


理沙は、カウンターの中でゆらゆらと揺れる青白い炎をじっと見つめながら、昨日の出来事を頭の中で反芻した。

あの新人の泣きじゃくる顔と、客に怪我をさせかけたという事実。

百貨店という信頼の城壁に、大きな罅が入った瞬間だった。


「昨日、あの子はまだショックで沈んでて、今日は公休やったんよ。そやから、明日あの子の休み明けに一度、じっくり腰を据えて話をしようとは思ってたんよ。多分、トークの仕方がまずかったりとか、その辺りが原因やと思う。それと、お声がけはきちんとしなさいって指導してたけど、それが少々強引過ぎたんやとも思うてる。そのあたりの匙加減を、ちゃんと話すつもりやで」

理沙の言葉は、自分に言い聞かせるような響きを帯びていた。


マネージャーとしての責任を全うしようとするその姿勢に、女鬼は金色の瞳を柔らかく細め、静かに頷いた。

「確かに、営業トークは大事だよね。言葉一つで御客さんの機嫌を損ねちゃったら、店の評判だってガタ落ちだしさ。何より、相手を不快にさせたり、心や体に傷を負わせるようなことは、どんな仕事であっても、誰に対しても絶対にやっちゃ駄目なことだもんねー」


「そうや。あの子はまだ店先に立ったばかりで、営業トークも案内もぎこちないから、こういう失敗もあるわな。誰にだって、最初から完璧にできる人間なんておらへんし。ミスから何を学ぶかや。気落ちせんように、私がちゃんと責任を持って最後まで指導するつもりやから」


理沙が力強く宣言すると、横で聞いていたえらいこっちゃ嬢が突然口を開いた。

その声は相変わらず平坦だったが、どこか鋭い棘を含んでいた。

「ミスしたら、叱って指導する。えらいこっちゃ」


「え? そりゃあそうやろ。私はマネージャーで彼女の上司やからね。でも、それがなんで『えらいこっちゃ』なん? 組織として当たり前のことやんか」

理沙は不思議そうに首をかしげ、えらいこっちゃ嬢を見つめた。


すると、えらいこっちゃ嬢は、まるでその矛盾を世界中に知らしめるかのように、小さな両手をぶんぶんと激しく振り回し、びしりと理沙を指差した。

「ミスしてへん声聞おねえやんの事は、ひっぱたいてしまいよった。えらいこっちゃな理不尽!」


「えっ……?」

予期せぬ一撃に、理沙の鼓動が跳ね上がった。

あの子――聞子のことを、えらいこっちゃ嬢は今、何と呼んだのか。


混乱する理沙の隣で、女鬼が補足するように言葉を添える。

「あー……『声聞しょうもんおねえやん』ってのは、聞子さんのことね。えらいこっちゃん独自の呼び方だから」


「名札に聞く子と書いて『きくこ』って書いてあった、聞子ねえちゃん。そやから、声聞おねえやん。えらいこっちゃな聞き上手、仏様の教えを聴く者。それが、あのおねえやんの本質、えらいやっちゃなおねえやん。」

えらいこっちゃ嬢は、叱り飛ばすような強い視線を理沙に向けたまま動かない。


その名前の由来を聞いた瞬間、理沙の中で、聞子に対する抑えきれない苛立ちが再び沸点へと達した。

「ああ、聞子のこと! 確かに、あの子は大きなミスこそ犯してへんけど、消極的もええところやわ! そればかりか、うちの商品を勧めるべき時に、別の店を紹介し出すとか、あほな真似しよってからに! 売上をわざわざライバル店に献上するなんて、商売人として何を考えてるんか、さっぱり理解できへんわ!」


理沙の奥歯が、ギリッ……と嫌な音を立てて鳴った。

百貨店という熾烈な競争社会で生き残ってきた理沙にとって、自らの利益を他者に譲る聞子の振る舞いは、正気の沙汰とは思えなかった。

怒りに震える彼女の拳が、カウンターの上で白くなるほど固く握りしめられる。


「あの『案山子』のせいで、どれだけの販売チャンスが失われたと思ってるんよ! 指導しても右から左。挙句の果てに『修理すればいい』なんて……。百貨店はボランティア施設やないんや!」


理沙の激しい息遣いだけが、静かな店内に響き渡る。

しかし、そんな彼女の剣幕を前にしても、えらいこっちゃ嬢も女鬼も、一歩も引くことなく彼女を見つめ続けていた。


---


女鬼は、金色の瞳をわずかに細め、不可解なものを見るように首をかしげた。

「理沙さんは、聞子さんが何考えてんのか、何をしようとしてたか、ほんとにわからないん?」


理沙は苛立ちを隠すことなく、カウンターに肘をついて吐き捨てるように言った。

「わからんよ。ほんま、意味わからん子やで。あんなん、ただの給料泥棒やん。百貨店の看板背負ってる自覚があるんか疑うわ」


「聞子さんはさ、誰よりも靴屋さんと、そこで働く仲間たちのこと、百貨店の信頼……そして何より、目の前の御客様のことを考えてたんだよ。それを元に、彼女なりのやり方で『積極的』に貢献しようとしてくれてんのに。理沙さんは、そんな彼女の真剣さに、一秒も気付いてなかったん?」


「え……?」

理沙は虚を突かれたように目を見開いた。

自分の知る「積極性」という言葉と、聞子のあのおっとりとした姿が、どうしても脳内で結びつかない。


「上っ面だけの『積極的』『能動的』『主体的』『チャレンジ精神』、それから『ポジティブ』。そんな、今の世の中で正義として持て囃されてるキラキラした言葉や態度が、自分の絶対的なルールになっちゃってる人たちからすれば、聞子さんは確かに対極に見えたかもね。そんな狭い物差ししか持ってない人たちからすれば、彼女は『消極的』で『やる気のない』問題児に映ったんだろうけどさ」

女鬼は言葉を区切ると、呆れたようにため息をついた。

その視線は、理沙の心の奥にある、数字と効率だけで塗り固められた壁を透かして見ているようだった。


「いや、だって実際そうやん! 御客さんが来ても自分から全然声かけへんし、商品を提案するわけでもない。そんなん、商売人としてありえへんわ。待ってるだけで売れるほど、世の中甘くないんよ」


理沙は必死に反論するが、女鬼の言葉はさらに深く、理沙の死角を正確に射抜いてくる。


「聞子さんはさ、本当に100%自分から声をかけに行ったこと、一度もなかった?さっき理沙さんは自分で言ってたじゃん。『話しかけづらそうにしてる人は、こっちがリードしたら喜んでくれる』って。そういう人たちにこそ、聞子さんはさりげなく、絶妙な距離を置きながら寄り添ってなかった? 御客さんがキョロキョロと店員さんを捜し始めた……まさにその『助けてほしい』ってサインを出した瞬間にだけ、彼女はスッと声をかけてたんじゃないの?」


理沙は記憶の引き出しを乱暴に開け、売り場の光景を脳裏に再生した。

ザワザワ……と、忙しない売り場のノイズが蘇る。


確かに、聞子が動く瞬間はあった。

それは、自分が獲物を狙う猟犬のように飛び出すタイミングとは全く異なる、湖に石を投げた時に広がる波紋のような、あまりに自然で穏やかな動きだった。


「それは……まあ、そういうこともあったかもしれへんけど……。でも、そういうのは稀や! 圧倒的にお声がかかるまで待ってることが多くて、いつだって受け身や。商売で受け身なんはあかん。自分から仕掛けていかな、何も始まらへんのよ!」


理沙が自分自身を鼓舞するように言い放つと、女鬼は金色の瞳をさらに大きく見開いた。


「そうなん? 受け身って、そんなに絶対的な『悪』なんだ?」


「当たり前やんか。受け身で成功する人間なんて、この世におらへんわ」


「そんじゃあさー。理沙さんは、生まれた時から『積極的で能動的で主体的でチャレンジ精神旺盛でポジティブ』だったわけ?母親のお腹の中にいる時にさ、受け身にならずに自分から積極的に『さあ、今からこの世に生まれるぞ!』って宣言して、自分の意志だけで生まれて来たってこと?命をもらったその瞬間、理沙さんは一秒たりとも『受け身』じゃなかったの?」


理沙の唇が、震えたまま止まった。

「……っ」


予想だにしなかった、存在の根源を問うような一撃。

自分がこの世に存在しているという最大の事実さえ、自分の意志など介在しない、究極の「受け身」から始まったという指摘。

理沙は、女鬼の黄金の瞳に射すくめられたまま、喉の奥に張り付いた言葉を一つも絞り出すことができなかった。


店内に流れる静寂の中で、理沙の心臓の鼓動だけが、ドクン、ドクンと耳障りなほど大きく響いていた。


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## 「受け身」の深淵と黄金の問い


女鬼は、理沙の瞳の奥を覗き込むようにして静かに問いかけた。

「理沙さんはさ、受け身悪玉論者みたいなこと言ったりやったりして、後輩達にも指導してるみたいだけどさ。そもそも『受け身』って何? あなたの中での意味を教えてよ」


理沙は、当然のことを聞かれたという顔で、百貨店の研修講師のような理路整然とした口調で答えた。

「それは……積極的や能動的の対義語で、消極的なことを表す話や。自分から動かず、相手のアクションを待つだけの停滞した状態のこと。商売においては、機会損失を招く一番あかん態度や」


理沙の答えを聞いた瞬間、女鬼はこれ以上ないほど深い、重たいため息を吐き出した。

「はあ……。あのさ、そんな辞書とか日本語辞典を引いて意味を答えなさい的な話をしてんじゃないってえの。日本語の試験なら100点満点かも知んないけどさー、今この場、あーしとの会話においては0点だねー」


「な……! 0点って、間違ったことは言うてへんはずやわ!」


憤慨する理沙を、女鬼は冷ややかな、けれどどこか慈悲深い眼差しで制した。


「確かに間違ったことは言って無いよ?日本語の試験なら100点満点って言ったじゃん。今は別に正解を、知識を聞いてるわけじゃないんよ、あーしは。理沙さんにとって、自らの経験から導き出した『これだ』っていう定義や意味づけが出来てるなら、それでいいって話。他人の言葉じゃなくて、自分の魂の言葉で教えてくんない?それを踏まえたうえで……もう一度聞くよ。『受け身』って、何?」


理沙は、言葉に詰まった。


今まで考えた事すらない事を問われて戸惑い、喉の奥が乾くのを感じた。

それは単なる「避けるべき不備」であり、「克服すべき欠点」でしかなかったからだ。

自分の人生において、受け身であることを肯定的に捉える瞬間など、1秒たりとも存在しなかった。


答えを探して泳ぐ理沙の視線を捉えたまま、女鬼はさらに畳みかけるように、意外な角度から言葉を投げた。


「だいたいさー。受け身でいることって、そんなに簡単だと思う? 理沙さんは『受け身になり切る』ってことが、そんなに誰にでもすぐに出来ることだと思う?」


理沙は、驚きで目を丸くした。

「え……? 受け身になり切る……って? ぼーっと突っ立ってるだけやろ。そんなん、努力も工夫もいらん、一番楽な道や。何もしないのが一番簡単やんか」


理沙が呆れたように鼻を鳴らすと、女鬼はふっと唇の端を吊り上げ、何とも不敵な、そして深い知識を感じさせる笑みを浮かべた。

その黄金の瞳の奥で、理沙の浅い理解を嘲笑うかのような光が明滅していた。


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女鬼は金色の瞳をいたずらっぽく細め、理沙の顔を覗き込んだ。

「そんなに受け身が簡単だって言うならさ、試しに全く何もしないで、ジーっとしているだけを数分間やってみなよ。そうだねー、ちゃんとした指導が出来るお坊さんがいる坐禅会に行って、坐禅組んでみな。まあ、たとえしっかり教わりながらやったとしても、理沙さんみたいに常に心が騒がしい人がいきなりやって、『受け身』になり切るなんてことは、出来ない可能性の方が高いけどねー」


理沙がその極論に言葉を失っていると、カウンターの奥から地蔵店長が、深い鐘の音のように響く声で静かに言葉を添えた。


「坐禅は、只管打坐しかんだざとも呼ばれます。それは外界を自身の意志でコントロールしようとしない姿勢であり、今ここにある状態をそのままに引き受けること、とも言われています。手も足も出ない状態で心と身体を調え続ける、極めて積極的な在り方なのです。特に、効率や数字を追い求め、せわしなく生きることが多い現代社会においては、まさにその正反対、対極にある姿勢と言えましょう」


お地蔵さんのような穏やかな笑顔で、一点の曇りもなく合掌する店長の姿に、女鬼は満足げに微笑んだ。

「さっすが地蔵店長、ナイスフォローありがと♪」


女鬼は再び理沙へと向き直り、金色の瞳に真実を見透かすような鋭い光を宿して続けた。

「やってみたら嫌でもわかるよ。じっとしていようと思っても、身体は動きたくなるし、頭の中には常に何かしらの雑念が浮かんでは消えていくから。皮肉なもんだよね、人間ってのはさ。生まれてきたことからして根源的に『受け身』な存在のはずなのに、その受け身になり切るってことが、実はなかなかさせて貰えない。実に厄介っていうか、摩訶不思議なもんだよ」


理沙は、自分がこれまで「容易いこと」だと切り捨てていた領域に、想像もつかないほどの深淵が広がっていることに気づき、背筋に冷たいものが走るのを感じた。


「色々言ったけどさ。自分が否定している『受け身』が何なのか、その本質もわかってないのに、『受け身になるな』とか『受け身は悪だ』なんて偉そうに言ったところで、そんなの言葉が薄っぺらいんよ。理沙さんが部下に叩き込んでるその教えに、魂はこもってる?」


女鬼の追求は、容赦なく理沙の心の核へと迫る。


「だから他人様の上っ面だけを見て、やれこいつは受け身だから駄目だ、使えない奴だって決めつけちゃったり、本質が全く見えないまま、自分の正解だけを信じて突っ走っちゃうんじゃね? 相手がその『受け身』の姿勢で、どれほど深い思慮や配慮を差し出していたのか。それを無視して、自分のやり方を押し付けてるだけなんじゃないの?」


女鬼はそう言い放つと、ふっと視線を外して、まだ微かに温かさを残すちゃんこ鍋に目を向けた。

理沙は、自分がこれまで「教育」という美名の下に行ってきた一方的な指導の数々が、どれほど空虚なものであったかを突きつけられ、激しい眩暈を覚えた。


百貨店のトップマネージャーとして築き上げてきた鉄の自負が、この奇妙な食堂の静寂の中で、音を立てて崩れ去ろうとしていた。


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## デジタルえらいこっちゃおばちゃんと黄金の証拠


理沙は、これまで自分が積み上げてきた矜持を真っ向から否定され、沸騰したヤカンのように顔を真っ赤にして叫んだ。


「じゃあ、私がこれまでやってきた事は全部間違ってるって言うん!? 私はちゃんと実績を上げてここまできたし、私の背中を見て育って、尊敬してくれてる後輩達だって山ほどおるわ! 何回も会社から褒められたし、優秀社員として表彰されたことだって一度や二度やないんやで!」

彼女の叫びは、静かな店内に虚しく響いた。


実績、数字、表彰状。

それだけを北極星として航海してきた理沙にとって、今の指摘は自分の人生そのものを泥靴で踏みにじられるに等しい屈辱だった。


すると、えらいこっちゃ嬢が理沙を冷ややかに見据え、その小さな人差し指をびしっと突きつけた。

「全部正解か全部間違いか、0か1かの両極端。白か黒かしか見えてへん、デジタルえらいこっちゃおばちゃん!」


「な!? だからおばちゃんやない、お姉さんって言いなさいって! さっきから失礼な事ばっかり……!」


理沙が頬を膨らませて猛抗議するが、横にいた女鬼は「あはは」と乾いた笑い声を上げた。


「言い得て妙だよねー。デジタルえらいこっちゃおばちゃん、今の理沙さんにはぴったりじゃん」


その声は明るいが、金色の瞳は一切笑っていない。

理沙の魂の歪みを冷徹に観察する、絶対的な他者の視線。


理沙は言いようのない焦燥感に駆られ、さらに声を張り上げた。

「何やの!? 私の見る目が濁ってるって言うんか!? 実際、聞子は個人売上ランキングを付けたらダントツの最下位が確定してるような子や! お荷物確定なんは、誰の目にも一目瞭然やんか! 百貨店のプロに聞けば、誰だって私と同じことを言うわ!」


「ほんとに、誰に聞いても同じ評価なん? あなたの周りの、数字しか見てない人たち以外にも聞いてみたの?」

女鬼は不思議そうに首をかしげた。

そして、カウンターに置いていた風呂敷包みの結び目に、白く細い指先をかけた。


「じゃあ、あのおばあちゃんと孫ちゃんは? 星5を付けてる他のお客さんたちは? 彼女のことをお荷物だなんて思ってるかな?」

女鬼はそう言いながら、反対側に首をかしげて見せた。

彼女がゆっくりと風呂敷を解くと、中から出てきたのは古風な和装には不釣り合いな、最新型の薄いタブレット端末だった。


「そ、それは……たまたまや! 運が良かっただけっていうか。とにかく、あの子は積極性が皆無で受け身やから、売り上げが伸びてへん。それが商売上の事実なんやから!」


理沙が苦しい弁明を口にする中、女鬼は「ふーん」と鼻を鳴らした。


「こんなに評判いいのに、お荷物ねえ」


女鬼は極めて洗練された、無駄のない美しい所作でタブレットを操作した。

指先が画面を軽やかに滑るたび、黄金の瞳が端末の光を反射して怪しく輝く。

彼女は端末を理沙の方へ向け、カウンターにカツンと小気味よい音を立てて立てかけた。


そこには、理沙が見たこともない光景が広がっていた。

百貨店の公式掲示板やSNS、そして地域コミュニティのサイト。

そこには「聞子」という名前と共に、心温まる絶賛のコメントが溢れかえっていた。


『無理に勧められず、本当に私の足の痛みに寄り添ってくれた。あんなに素敵な店員さんは初めて』

『他の店を紹介された時は驚いたけれど、そのおかげで一生モノの靴に出会えた。あの店員さんの誠実さを信じて、次は必ずあのお店で買い物をしたいと思う』

『彼女の前に立つだけで心が安らぐ。売るためではなく、助けるためにそこにいてくれる人』


理沙は、流れていく文字の濁流を信じられない思いで見つめた。

自分が「0」だと断じた存在が、ネットの海では「至高の1」として、多くの人々の心を救っていた。


理沙が言葉を失い、食い入るように画面を読み込んでいる間に、えらいこっちゃ嬢が音もなく動いた。

彼女はいつの間にか厨房の奥へと入り、両手でずっしりと重そうな、朱塗りの大きな盃を運んできた。

その隣には、シュワシュワと気泡が弾ける冷たそうな炭酸水のボトルが添えられている。


新たな「えらいこっちゃ」が始まろうとしている予感に、店内の空気がピリリと引き締まった。


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## 鏡の水面と沈黙の拒絶


女鬼は、金色の瞳を細めながら、タブレットに流れる絶賛の嵐を指先で優しくなぞった。

「カジュアルな靴は聞子さんから買いたいって言ってくれるお客さんが、こんなに大勢いるじゃん。これさ、単なる目先の数字じゃなくて、数年先まで続く『未来の御客さん候補』って見方もできるんじゃね?」


理沙は画面に並ぶ「ありがとう」の言葉に圧倒され、喉の奥に小骨が刺さったような違和感を覚えながら声を絞り出した。

「まあ、それはそうやけど……。でも、それがすぐに今日の利益に繋がるわけやないし……。商売は、今この瞬間の勝負やろ」


その言葉が終わるか終わらないかのうちに、えらいこっちゃ嬢がずいっと大きな朱塗りの盃を理沙の鼻先に突き出した。

驚く理沙が拒む暇さえ与えず、その小さな両手で、ずっしりと重厚な盃を強引に持たせる。


「え、何なんなんこれ! 重いわ!」


困惑する理沙を余所に、女鬼が動いた。

熟練の手慣れた格式高い老舗旅館の女将さえも驚くような、凛としていながらも流麗で美しい所作で、炭酸水のボトルを傾けていく。

トトトッ、と小気味よい音を立てて透明な液体が盃を満たし、シュワシュワと白い気泡が縁まで踊り上がった。


注ぎ終わると、女鬼は不敵な笑みを浮かべて「パチンっ」と高く指を鳴らした。

その音に呼応するように、盃の中の炭酸水が激しく揺れ、水面が魔法の鏡のように鮮明な映像を結び始める。


水面の右半分には、理沙を含めた「積極的」な社員たちが、獲物を狙う猟犬のような鋭い目で接客する場面が映し出された。

「そのお洋服には、絶対にこちらの新作が合いますよ!」と、できるだけ単価の高い靴を並べ、言葉の弾丸を浴びせて積極的にアピールする姿だ。


対して左半分には、聞子の姿があった。

彼女はお客さんの横に静かに寄り添い、じっくりと、それこそ相手の人生の断片を拾い上げるように話を聞いている。

安くてもその人の足に最適な靴があれば迷わずそれを勧め、時には「うちよりあそこの店の方が、奥様のご希望に沿うかもしれません」と別の店を紹介し、挙句にはただお客さんのとりとめもない身の上話を聞くだけで終わる場面が映し出されていた。


「御客さんの表情と体の向き……特に足先をよく見なよ」

女鬼の低く、地獄の底まで通るような声が理沙の鼓膜を震わせた。


理沙は、盃を落とさないよう必死に支えながら、注意深く水面を凝視した。

すると、百貨店での指導では一度も教わらなかった、残酷な事実が浮かび上がってきた。


理沙たちが接客している右側の客たちの多くは、顔こそ営業スマイルに応えて笑っているが、その体は店員の方を向いていなかった。

それどころか、多くの客の足先は、拒絶を示すように店の外、出口の方へと向けられていたのだ。

彼らの心は、理沙たちの「攻め」の熱圧に耐えかね、すでにこの場から逃げ出そうとしていた。


対して、聞子が対応している左側のお客さんたちはどうだろうか。


話の内容によっては、迷ったり、驚いたり、時には悲しげな顔をしたりと表情をころころと変えている。

しかし、最後には誰もが、心の澱を洗い流したような、にこやかな表情を浮かべていた。

そして何より、その体と足先は、最初から最後まで、吸い寄せられるように聞子の方を真っ直ぐに向いていた。


理沙は、その決定的な差に動揺しながらも、虚勢を張って言い返した。

「だから、何なんよ! 体がどっち向いてようが、最終的に買わせて数字に繋げるのがプロの仕事やろ! 感情論で商売はできへんのよ!」


その言葉を聞いた瞬間、女鬼は天を仰いで深いため息をついた。

その金色の瞳に宿ったのは、怒りよりも深い、底知れない失望の色だった。


「……やっぱり、理沙さんって、聞子さんのことも全く見ようともしてないし、目の前の御客さんのことも全く見ようともしてない。もしくは、見えてなかったってことだよねー」


女鬼は冷徹に言い放ち、理沙の魂の「盲目」を、逃げ場のない真実として突きつけた。


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理沙は、己の積み上げてきた10数年のキャリアを真っ向から否定されたような焦燥感に駆られ、強い口調で言い返した。

「私は御客さんのことをちゃんと見てるし、その上で商品を勧めてるんよ! この靴屋だけやない、他のフロアでヘルプに入った時だって、私はいつだって完璧にやってきた自負があるわ! 御客さんの望みを先回りして提案するのが、百貨店の流儀やろ!」


理沙の瞳には、プロとしての意地と、認められないことへの苛立ちが混濁していた。


「私も丁寧に接客してるつもりやけど、聞子がうちの店で一番丁寧やってことは認める。そこに異論はないし、その丁寧さは彼女の長所として大事にしたらええとは思うよ? でも、あまりにも待ちの姿勢過ぎるのも事実やん。消極的で受け身過ぎるんは、商売人としてやっぱり致命的やわ! 黙って立ってるだけなら、マネキンと変わらへんやんか!」


女鬼は、理沙の激しい剣幕を柳に風と受け流しながら、ふっと視線を落とした。

「確かに、見た目とか上っ面だけ見ると、そう映るかもしんないね。今の効率とか数字とか、そういう現代社会の価値体系だけで見るとさ、理沙さんの言い分も頷けるところはあるよ」


女鬼はそこまで言って言葉を区切ると、金色の瞳の奥に、人間には到達し得ない底知れぬ深淵を覗かせた。

「でもさ、仏様の目とか鬼の目、閻魔さんもそうかな……あーしらの目から見たら、全く別の大切な事も見えるんだよねー。あーしがさっき言ったじゃん。聞子さんは、理沙さんよりずっと積極的に貢献してるってさ」


「一体、何処をどう見れば積極的なんよ! 意味がわからへん。声もかけんとボケーっとしてるのが積極的やって言うん?」

理沙は、狐につままれたような顔で、訳が分からないといった風に肩をすくめた。


女鬼は、理沙の理解力の浅さを嘆くように小さく吐息をつき、再び盃の水面を指差した。

「まだわかんない? そして、何でお客さんが入ってきた途端、闇雲に声がけしないで、ここぞという所で能動性とか積極性をしっかり発揮してるのか、気付かんの? 彼女はね、ただ待ってるだけじゃないんだよ」


女鬼の声が、一段と低く、そして厳粛な響きを帯びて店内に充満した。


「聞子さんはね、いわば『仏さまの智慧』の体現者なんよ、あーしらの眼から観ると、そういう部分がきっちり観えるんよね。自分の我を消して、徹底的に相手の『苦』や『望み』を受け止めるための器になってるんだよ。それがどれだけ強烈なエネルギーを必要とする積極的な在り方なのか、理沙さんにはまだ見えてないみたいだね」


「……え?」

理沙は、そのあまりに浮世離れした言葉に、声も出せずに目を見開いた。


仏様の智慧。

一介の百貨店店員に対して使われるには、あまりに重く、そして神聖すぎるその言葉。


理沙の頭の中では、これまでの聞子の「ぼんやりした立ち姿」が、全く別の、恐ろしく完成された何かに書き換えられていくような、激しい目眩が起きていた。


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##観察かんざつという名の静かなる情熱


理沙は依然として、煙に巻かれたような顔で立ち尽くしていた。

自分の信じてきた「能動性」が、目の前の奇妙な面々によって次々と解体され、再定義されていく感覚に眩暈を覚える。


えらいこっちゃ嬢は、そんな理沙の様子に呆れたように小さな腕を組み、仁王立ちになった。

「ウチと声聞おねえやんのやり取りが、モノごっつヒントやのに全く気付いとらんかった、えらいこっちゃ」


「あのやり取り……? そもそも、あれをやり取りって言うん? 会話らしい会話もほとんどなかったやん。ただお互いにじっと見合ってたというか、まるで、相手の出方を伺うような、お互い『観察』をし合ってるみたいに……」


理沙が記憶を辿りながら漏らしたその言葉に、女鬼がパッと表情を明るくした。

「なんだ、わかってんじゃん」


「え?」


「今言った『観察』が、まさにそれ。仏教じゃ『観察かんざつ』って読むんだよね、地蔵店長♪」

女鬼が弾けるような笑顔で地蔵店長を見上げると、店長はお地蔵さんのような柔和な笑みを湛え、静かに合掌してお辞儀をした。


「どういう、ことですか? かんざつ?」

理沙は、救いを求めるように店長の顔を見上げた。


「左様で御座います。観察かんざつは、仏教由来の言葉、仏教用語なのですよ」

地蔵店長の声は、さざ波のように理沙の荒んだ心に優しく染み渡っていく。


観察かんざつとは、智慧を用いて物事のそのままの姿……あるがまま、と言うとわかりやすいでしょうか。目の前のことを、偏見を持たず客観的に見極めることで御座います。仏教では、ただ漫然と眺めるのではなく、智慧をもって物事の本質を深く見定める、極めて積極的な修行としている事柄です」

店長はそこまで言うと、慈愛に満ちた目で理沙を見据えた。


女鬼は店長の言葉を補うように、誇らしげに胸を張って微笑んだ。

「つまり聞子さんはね、消極的で受け身に見えて、その実は目の前の物事の本質を深く見定めようと、誰よりも積極的に『観察』していたって事。理沙さんが『声かけろ!』って心の中で叫んでる間、彼女はもっと深い場所で、そのお客さんの魂の形を視てたんだよ」


「あの子が……そんな、難しいことを……観察を……?」

理沙は、震える声でそう呟くのが精一杯だった。


自分が「何もしない時間」だと断じていたあの数分間に、聞子がどれほどの精神を集中させ、相手の「本質」と向き合っていたのか。

そう考えた瞬間、理沙の心の中に、これまで感じたことのない種類の畏怖の念が芽生え始めていた。


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##静寂の傾聴と「声聞」の真実


女鬼は、理沙の当惑を慈しむように、ふわりと柔らかな笑みを浮かべた。

「これでわかったんじゃない?聞子さんは、ただボーっと目の前の事を眺めて、終業時間が過ぎるまでだらだら過ごしてるわけじゃなくってさ、目の前の御客さんを、誰よりも積極的に『観察』してたって事がね。だからこそ、ここぞって時に、ベストタイミングでお声がけができてたってわけよ」


女鬼はそう言って、快活に笑ってみせた。

その笑みには、理沙がこれまで軽蔑してきた「受け身」に対する、圧倒的な敬意が込められていた。


「これってさ、滅茶苦茶に胆力がいる事だと思うんだよねー。相手の機微もしっかりと見て、その人が何たるかを知ろうとしたら、集中力もマジで半端なく要求されるから。聞子さんってさ、実はとんでもなく凄い人なんだよ」


理沙は、女鬼の言葉を喉の奥で咀嚼しようとした。

あの子が、あの無口で不器用そうに見えた聞子が、実は自分よりも過酷な精神の集中を行っていたというのか。


「……あの子が、ちゃんと見てからお客さんに声をかけてるのはわかった。でも、それやったら、なんで他の店を紹介したりするんよ?見るだけ見て帰るだけの客を、そのまま逃してるんは何でなん?それは商売として、やっぱりおかしいやんか」

理沙は、どうしても拭い去れない最後の方程式を、疑問として女鬼にぶつけた。


すると女鬼は、不思議そうに、あるいは試すように首をかしげた。

「それについてはさ、昨日、あのおばあちゃんとのやり取りの中で聞いたんじゃないの?」


「それは……ドレスコードがどうのって話になって、うちの店舗にはマッチする靴が無かったから別の店を紹介したって事になったとは言うてたけど。でも、それがなんやの?普通は、うちにある中でなんとか合わせるもんやろ」


理沙の反論に対し、女鬼は金色の瞳をキラリと光らせ、核心に触れる問いを投げかけた。


「じゃあさ、理沙さん。聞子さんは、なんであのおばあちゃんのドレスコードとか、行くことになってるレストランの話まで、正確に知り得たん?」


「それは……あの子が、本人に聞いたからやないの?」

理沙は、そんなの当たり前だという風に、再び首をかしげた。


店員が客に質問し、客がそれに答える。

その情報のやり取りの、どこに疑問の余地があるというのか。


「そう。聞いた」

女鬼は、短く、そして深く頷いた。


「……え? いや、だから。聞いたから知ってるんは当然やん。何を当たり前のこと言うてんの?」

理沙は全くついていけず、苛立ちにも似た困惑を露わにした。


しかし女鬼は、その「聞いた」という行為の重みを、理沙の魂に刻みつけるように静かに言葉を重ねた。

「そう、聞いたんだよ。ただただ、聞いた。そんだけ。でも、それがどれだけ深い事か、理沙さんにはまだ見えてないかな」


女鬼は姿勢を正し、水面に映る聞子の姿を見つめながら、その「真意」を解き明かし始めた。

「彼女はね、ただただ聞いたんだよ。只管ひたすらに聞いた。まさに『聞くこと』そのものになり切ったんよ。あのおばあちゃんが、真に欲してる未来や結果。どのような靴が、なぜ今必要なのか……。それを正確に、音声としての言葉だけじゃなく、その人の内側の声まで、全てを聞き届けたんだよ」


女鬼の声は、もはや理沙を責めるものではなく、真理を説く穏やかな響きに変わっていた。

「だからこそ、えらいこっちゃんが言ってるじゃん。聞子さんのことを『声聞しょうもんおねえやん』ってさ。上っ面の言葉だけじゃない、その人が発するすべての声を聞かせて頂こうとしたんよ、聞子さんは。だから、本当に必要な靴を提案できた。それがたとえ、自分の店の売上にならなくても、客の幸せにとって一番の正解を選んだんだよ」


女鬼は、そこで一度言葉を切り、理沙へ向けて優しく微笑んだ。

「『名は体を表す』って、マジであるんだねー。聞子さん……彼女は、まさにその名に恥じない、最高に『積極的』な聞き手だったんだよ」


理沙の心の中に、聞子に対する最後の一片の偏見が、音を立てて崩れ去った。

相手の声を聞くという、あまりにも単純で、あまりにも困難なその行為。


自分が一度も成し得なかったその「積極性」を、自分が見下していた後輩が、とっくに体現していたことに、理沙は打ち震えるほどの衝撃を受けていた。


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## 沈黙の中に響く「自分の声」


理沙は、女鬼が突きつけてくる言葉の数々に、カチンと頭に血が上るのを感じた。

百貨店という最前線で、数多の顧客の要望を叶えてきたという自負が、彼女の反論を突き動かす。


「ただ聞くだけって……いや、いやいやいや!私かて、ちゃんとお客さんの話聞いて最適な商品を提案してるで!?聞かなかったら、何を売ればええのかさえ分からへんやんか!」


声を荒らげる理沙に対し、女鬼は金色の瞳をいたずらっぽく、しかし冷徹な光を込めて細めた。


「それってさー、百発百中のクレームゼロで、御客さんの臨むものを提案出来て、御客さんには100%満足して買って貰えたん?一度の失敗も、一度の食い違いもなかったって言い切れる?」


「そりゃ……結果的に合わへんかったり、思ってたのと違うって言われたりしたこともあったわ。ドレスコードと違う服を売りつけられたって、後から恥かかされたって怒鳴り込まれたことだってあった……。でも、そういう苦い経験を経て、今ではかなり上手くお客さんに買ってもらえるようになってるもん!それこそが成長やろ!」


理沙は必死に食い下がるが、女鬼はふうと小さくため息をつき、カウンターを指先でトントンと叩いた。


「まあ、今は過去のミスを突っつくとこじゃないから、それについてはこれ以上掘り下げないけどさ。肝要は『聞き方』なんよね」


女鬼はそう前置きすると、理沙の魂を見透かすような鋭い眼差しを向けた。

「理沙さんは、御客さんが話してる最中に、口挟んだりしてない?」


「え?それは、確かに若い頃はやってしもてた事はあるよ。でも、ちゃんと研修を受けて、指導する立場になってからは気を付けてるわ。最後までしっかり聞いてから、こっちから話すように徹底してるもん!」


「ほんとに、最後まで聞いてんの?」


女鬼は疑わしげに首をかしげる。

その仕草が、理沙の焦燥感をさらに煽った。


「だから聞いてるってば!何でそこまで疑うのよ。私はプロのマネージャーで、売り場経験も十年単位でこなしてきたんやから、それくらいの基本はできてるわ!」


「御客さんが話してる最中、最後まで聞き終わる前に……売りたい商品をどういう言葉で上手く買わせようかとか、自分の言いたい事ばっかり考え始めちゃってない?御客さんの生の声よりも、『自分の頭の中の声』の方が大きくなっちゃってたりしない?」

女鬼の放った一撃は、理沙の心の最も柔らかい部分を正確に射抜いた。


「え……?」

理沙は言葉を失い、目を見開いたまま固まった。


理沙の脳裏に、これまでの接客風景が鮮明にフラッシュバックする。

客が喋っている時、確かに彼女の頭の中では、在庫状況やクロージングへのロジック、次に繰り出すべき「キラーフレーズ」が、嵐のように渦巻いていた。


「声に出してないからちゃんと聞いてるとか、口を挟んでないから聞けてる……ってわけじゃないんだよね。目の前の相手が喋ってるのに、別の事考えちゃったり、相手が話し終わる前に自分が次に何を言うか準備したり。相手がまだ話してる最中に、あれこれ頭の中でシミュレーションしだしたりとかさ。まあ、人間ならよくある事だよねー」


女鬼は淡々と、しかし残酷なまでに真実を暴いていく。


「相手の話を最後まで聞いて、しっかり咀嚼して、その上で初めて言葉を紡ぐ。これってさ、放っておけばすぐに雑念が沸く『人間』って生き物にとっては、マジで難しい事だと思うんよね。だから、つい相手の気持ちを置き去りにした失言をしちゃったりもするんだろうね。ま、あーしも気を付けなきゃいけない事だけどさ」


女鬼はそこで言葉を切ると、突き放すような、けれどどこか慈悲深い響きを込めて問いかけた。


「そんでさ。今言ったことを、理沙さんは完璧に出来てると思う?」


「それ、は……」

理沙は何も言い返せなかった。


自分が「聞いている」と思っていたのは、単に「沈黙して自分のターンを待っていた」だけだったのではないか。

客の心を受け止めるための器であるはずの耳が、自分の欲望と都合を喋り続ける「自分の声」で一杯になっていたことに、彼女は今、初めて気づかされた。


ぐつぐつと煮えるちゃんこ鍋の音が、今の理沙には、自分をあざ笑うノイズのように響いていた。


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## 傾聴の深淵と「自分」というノイズ


理沙は、反論の言葉を見つけられずに口ごもった。

盃の中の炭酸水が弾ける微かな音だけが、今の彼女の動揺をあざ笑うかのように、静まり返った店内に響いている。


女鬼は、そんな理沙の様子を金色の瞳でじっと見つめながら、少しだけ声を和らげて言葉を継いだ。

「さっきも言ったようにさ、どうしたって雑念とか自分の言いたいことが、次から次へと頭に浮かんできちゃうのが人間って生き物なんだよね。それは生物としての本能みたいなもんだからさ、かなり厳しい訓練や修行を積み上げたって、本当の意味で無になるのは難しいことなんよ。だから、今の理沙さんにいきなり完璧に出来てるかどうかを尋ねるのは、かなり酷かもしんないね。しっかりと修行を積み上げたお坊さんでも難しいらしいし。そんな修行を続けていて、その難しさを肌で知っているからこそ、法話や講演会で、その『ただ聞くこと』の難しさを、自らの体験を通して説いてくれるお坊さんもいるよ」


理沙は、女鬼の言葉の端々に含まれる深い含蓄に、圧倒される思いで聞き入っていた。


「もし理沙さんが、今の話を知識じゃなくて『体』で知りたいならさ、『数息観すそくかん』をやってみれば一発でわかると思うよ。『ひとーつ、ふたーつ』って数を数えて行く瞑想法なんだけどさ、たった一つ数えるその数秒の間にも、もう明日のお店の売上のこととか、今日の夕飯のこととか、色んな考えや頭の中の声が、勝手に出て来ちゃうだろうから」


「……すそくかん?」

聞き慣れない言葉に、理沙は不思議そうに首をかしげた。


するとカウンターの向こう側から、地蔵店長が春風のような穏やかな笑顔を浮かべて、静かに語り始めた。

「『数息観すそくかん』とは、古くから伝わる瞑想法の一つで御座います。坐禅やヨガにおいても広く取り入れられており、その名の通り、自らの呼吸の回数をただ数えるという修行で御座います。『一』から順に数え、十まで数え終えたら再び『一』へと戻る……極めて単純な行いですが、もし途中で別の雑念が沸いたり、回数を忘れてしまったりしたならば、即座にまた『一』へと戻ります」


お地蔵さんのような優しさに満ちた店長の説明は、理沙の焦燥を少しずつ鎮めていく。


「雑念を払い、ただ今の呼吸にのみ意識を向ける。それは、己の中の『我』を鎮めるための、第一歩と言えるでしょう」


女鬼は店長の言葉に満足げに頷くと、再び理沙に鋭い視線を向けた。

「きちんと瞑想法を教えて貰える場所に行って、正しく習ってからやってみなよ。今の理沙さんだと、雑念に邪魔されずに十まで辿り着けることは、まずないと思うからさ」


女鬼の声は、理沙の現状を冷徹に見透かしていた。


「まあ要するに、何者にも囚われずに『観察』になり切ること、そして『聞くこと』になり切ることってのは、決して生半可なことじゃないってこと。完璧に出来ないってことは、聞子さんだって百も承知の上で実践してるんだろうけど、肝要なのはその『姿勢』なんよ。観察も傾聴も真に行うは難しい、それでも自分のエゴを脇に置いて、真っ直ぐに相手を観て傾聴しようとするその姿勢……今まで一緒に働いてきて、聞子さんのあの姿を見て、何もわかんなかった?」


女鬼は、理沙の心の奥底に眠っているはずの、プロとしての誠実さを呼び覚ますように見据えた。


「最近はさ、聞くことが何割だとか、傾聴に関する自己啓発本やマニュアルが山ほど出てるじゃん? そうやって聞くこと、傾聴することの大切さは頭ではわかるし、実践しようとしてる人も増えてるかもしんないけどさ。果たして本当に、自分の頭と心の声を静めつつ、相手の声を受け止められている人って、一体どれくらい、いるんだろうね」

女鬼の微笑みは、現代社会の表面的な「コミュニケーションスキル」への静かな嘲笑のようでもあった。


理沙は、自分が百貨店の後輩たちに自信満々に教えていた「傾聴のコツ」というマニュアルが、いかに浅はかで自分勝手なものだったかを突きつけられ、足元が崩れるような感覚に陥った。

「それは……傾聴は大事だって、本社の研修でも耳にタコができるほど習ってるし、私かてあの子たちに口を酸っぱくして教えてるわ。でも、この盃で自分と聞子の姿をまざまざと見せつけられて……改めて、自分が本当にあんな風に出来てるかって言われたら……」


理沙は言葉を切り、力なくうなだれた。

「……全然、自信なくなってきた。私は、相手の話を、自分のための、売り上げと言う実績を上げるためだけの材料としてしか聞いてなかったんかもしれへん」


朱塗りの盃に溜まった炭酸水の泡が、今の理沙の、消えてしまいそうなほど頼りない自尊心のように儚く弾けた。


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## 地蔵店長の慈愛と次なる指標


理沙は、朱塗りの盃に映し出された無慈悲な真実に打ちひしがれていた。


自分の「熱意」がお客さんの足先を出口へと向かわせ、自分が「無能」だと断じた聞子の「静寂」がお客さんの心を真っ直ぐに引き寄せていた。

プライドが粉々に砕け散り、視界が滲む理沙の傍らで、女鬼とえらいこっちゃ嬢は顔を見合わせると、慈しむような笑顔を浮かべてスッと地蔵店長の方を観た。

理沙も導かれるように顔を上げ、カウンターの奥に佇む地蔵店長を観る。


地蔵店長は、すべてを包み込むような温かなお地蔵さん笑顔を浮かべ、静かに合掌してゆっくりとお辞儀をした。


「理沙さんも聞子さんも、御客様に笑顔で楽しく快適に買い物をして頂きたい、靴を買った事で、その後の日常なり人生を快く過ごして頂きたい、それは、お二人にとって共通の、揺るぎない思いとしてあるかと考えますが、如何でしょうか?」

地蔵店長の声は、まるで真冬の冷えた体に染み渡る白湯のように、理沙の強張った心を解きほぐしていく。


理沙は、絞り出すような震える声で、縋るように答えた。

「それは、当然ですよ……。いい靴と出会って、うちの靴で毎日を快適に過ごして欲しいからこそ、こっちだって必死に提案してるんですもん。売上だって、その信頼の結果やと思って必死にやってきたんです」


地蔵店長は優しく理沙の応えに言葉を紡いでいく。

「そのために大切なお役目として、御客様の事、御客様がどのような目的で来店なさったのか、本当は何を求めていらっしゃるのか、現在はどのような状態でどのようになりたいのか等々。まずはそれらを正しく知る事が肝要かと存じますが、如何でしょう?」


「ええ、仰る通りです。そやから、ちゃんと部下にもお客さんの話を聞いて対応するようにって、口を酸っぱくして言うてきました……。でも、今、あの盃を見せられて……。私も全然、聞子みたいに御客様の声を聞けてへんかったんやって、猛烈に反省してるところです」

理沙はうつむき、自分の未熟さを認め、消え入るような声で本音を漏らした。


そんな彼女に対し、地蔵店長はさらに深く、優しい慈愛の光を向けた。

「素晴らしい事です。御自身の現状に気づき、それを改善しようとなさる。理沙さんはマネージャーとして、そして一人の表現者として、しっかりなさっていると私には思えますよ」


お地蔵さん笑顔でそう告げられ、理沙の胸の奥に、仄かな温もりが灯った。

このお地蔵さんは、根本の「志」の部分で認めてくれた。

その肯定感が、少しだけ理沙に前を向く勇気を与えていた。


「有難う御座います……。でも、私はどうすれば……」


「それでは、改善のための指標を御自身で観つけて頂くため、ここから更に、深い場所まで掘り下げてみましょうか」

地蔵店長は再び笑顔で合掌し、深々とお辞儀をした。


パチパチと弾ける固形燃料の火花が、理沙の新たな気づきを祝福するように、夜の店内に小さく響いた。


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地蔵店長は、カウンターの奥で静かに合掌したまま、まるで春の陽だまりのような温かさを湛えた声で語り始めた。

「御客様の困りごとや、成したい事に、真摯に対応する事。それはまるで、優れた医者が病や怪我に対し、その原因を突き止めて適切に対応するかの如き振る舞いと言えましょう。仏教ではこれを、『応病与薬おうびょうよやく』と呼びます」


「おうびょう、よやく……?」

理沙は、その聞き慣れない、けれどどこか響きの良い言葉をゆっくりと口の中で転がした。


「左様で御座います。読んで字の如く、病に応じて薬を与える事。その方がどのような病に苦しんでおられるのかを正しく見極め、その苦しみを取り除き、楽にしていくための最適な薬を差し上げる……という意味で御座います」


地蔵店長は、穏やかな慈愛の眼差しで理沙を見つめ、優しく仏の教えを説いていく。


「理沙さんや聞子さん、靴屋さんの場合で考えますれば、御客様が抱えておられる靴の悩みや、あるいは新しい靴を買う事で成し遂げたい望みに対し、最も適切な一足を御用意したり提案したりする事……と言ったところでありましょうかねえ」


店長は、諭すような優しい笑みを浮かべ、理沙の瞳の奥を覗き込んだ。


「では理沙さん。その『薬』を正しく与えるためには、一体何が必要で、何をすべきでしょうか? 御客様の悩みを解き、成したい事を成せるようにするために、今の理沙さんがやるべきことは何でしょうな?」


地蔵店長の問いかけに、理沙は思考を巡らせる。


「それは……御客様がどんな悩みを持ってるのかを聞いて、何をしたいのか、どうなりたいのかをしっかり聞いて……あ」

地蔵店長の問いに応えようと言葉を紡ぐ中で、理沙の脳裏に電光石火の如き閃きが走った。


これまで自分が「聞いている」と思っていた行為が、いかに独りよがりな、自分の都合を押し付けるための「情報収集」でしかなかったか。

その根本的な欠落に、理沙は今、ようやく気づき始めていた。


「もう、お気づきのようですね。そうです……御客様を正しく知ろうという姿勢で、正しく観て、正しく聞くこと。それこそが全ての始まりなのです」


地蔵店長は、理沙の気づきを祝福するように、さらに深く、優しい笑顔で諭していく。


「そしてそれは、ただうわべの音声としての言葉だけを聞く事では御座いません。その言葉をどのような表情で発していらっしゃるか、どのような意味を込めて仰るのか。また話の内容だけでなく、御客様の現在の状態、その切迫した息遣い一つとっても、それは大切な情報を発して下さっている『声』なのです。それらを漏らさずしっかりと聞かせて頂く……。そうすれば、より正しく、深く、お相手の事を知る事が出来ましょう」


理沙の目の前のちゃんこ鍋から、シュンシュンと小さな湯気が立ち上っている。

地蔵店長は、その湯気の向こう側にある真実を指し示すように、静かに言葉を続けた。


「恐らくは、聞子さんはこの事を本能的にか、あるいは深い思慮の末にか、御存じでありました。だからこそ、目の前の御客様一人一人を、あれほどまでにしっかりと観察なさって、言葉だけでなく、その体、その存在全てで発せられている御客様の声に、ただひたすらに耳を傾けていらっしゃったのでありましょう」


店長の説法は、理沙の頑なだった心の殻を、一枚一枚丁寧に剥がしていく。


「ゆえに、えらいこっちゃんが付けた聞子さんへの呼び名が『声聞しょうもん』なのです。目の前の御客様のあらゆる『声』を聞く。音としての言葉だけでなく、その存在全てが発する切なる声を、静かに観察して傾聴する……。これは、なかなか出来る事では御座いません。しかし、それを愚直に実践しようとする彼女の姿勢とあり方には、私共が見習うべきところが、多々あると思いますよ」


地蔵店長は、お地蔵さんのような満面の笑みを浮かべ、理沙に対して丁寧にお辞儀をした。


店内に満ちる静寂の中に、理沙の小さく震える吐息だけが漏れる。

自分が「何もしない給料泥棒」だと断じていた聞子の背中が、今は何よりも気高く、そして遠い場所にあるように感じられていた。


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地蔵店長は、カウンターの奥で静かに合掌したまま、理沙の震える心を見守るように、さらに静かな、けれど確かな重みを持った口調で続けた。


「聞子さんは、あの御婆様の内と外の声の両方を、しっかりと観察と声聞によって傾聴されました。だからこそ、少し足を悪くされている事を見抜いて、足の負担が軽くなるように支えながら、御婆様の歩幅にあわせ続けられました」


店長は、そこで一旦言葉を切り、理沙の反応を待つように優しく目を細めた。


「そして聞子さんは、ただ格式あるレストランのドレスコードに見合った靴が欲しいという要望だけでは無く、愛するお孫さんの大切な日だから恥をかかせたくない、相手の方にも失礼が無いように相応しい姿で御もてなしさせて頂きたい、そこまで聞子さんが知る事が出来たのは、あの御婆様の声を正しく聞かれたからでありましょう」


店長は慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、理沙が持つ朱塗りの盃へと視線を落とした。


「ゆえに、彼女は自社の売上よりも、御婆様にとって最もふさわしい靴を提案出来る別の店をお伝えしたのです。最高の会食を成す事が出来るように御縁を繋がれた。そしてお孫さんと会食相手の方との縁結びもなされたのです。その誠実さに感動された御婆様とお孫さんは、わざわざお礼を言う為だけに聞子さんに会いに来られ、『おばあちゃん』と呼んでいいとまで言って下さる程の、深い信頼関係を結ばれた。私には、そのように見えます」


理沙が言われるままに盃を観ると、そこには炭酸水の泡の向こう側に、昨日の光景が鮮やかに映し出されていた。

百貨店の喧騒の中、笑顔であのおばあちゃん客、金本に優しく寄り添い、まるで本当の家族のように楽しそうに話をする聞子の姿があった。

そこには、理沙が部下たちに強いてきた「獲物を狙うようなギラついた視線」など微塵もなく、ただただ穏やかで温かな時間が流れていた。


「確かに、理沙さんのやり方に比べれば、即効性はないかもしれません。すぐに売り上げに結び付くやり方ではないかもしれません。しかし、御縁を結び続ける聞子さんは、先程、女鬼さんが仰った通り……未来の御客様、それも継続される御縁、現世の言葉で言うならば、リピーターとなって下さる可能性が極めて高いのではありませんかねえ」


地蔵店長は、諭すように、それでいて理沙のこれまでの努力を否定しない柔らかな声で微笑む。


「理沙さんも研修を何度も受けられて、ビジネスの勉強を熱心にされているなら、『未来への種蒔き』と言う言葉と概念を御存じではありませんかな。聞子さんは、まさにそれを体現なさっていると、私には見えます」


店長の言葉が、理沙の乾いた心に深く深く染み込んでいく。

彼女が「効率が悪い」と切り捨ててきたものの中に、実は商売の根幹である「信頼」という名の巨大な資産が眠っていたのだ。


「確かに、聞子さんはぐいぐいと攻めるタイプの積極的な接客は苦手な性分でもあるのでしょう。しかし、それを承知しているからこそ、積極性の発揮の仕方やタイミングを磨き、聞子さんなりの、命懸けとも言える能動的な接客をされているように私には見えたのですが……如何でありましょうか?」


地蔵店長は、お地蔵さんのような優しい微笑みを湛え、理沙に問いかけた。


「……はい」

理沙の瞳から、一筋の涙が頬を伝って盃の中へと落ちた。


彼女はもう、何も言い返すことはできなかった。

ただ潤んだ瞳で、盃の中に映る、御客様へ向けて心からの優しい微笑みを浮かべる聞子の姿を、いつまでもじっと見つめ続けていた。


これまで自分が「未熟」だと思っていた後輩の背中が、今は何よりも気高く、眩しいものに見えていた。


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## 中道の調和と新たな門出


地蔵店長は、理沙の肩の力がふっと抜けたのを見届けると、春の陽だまりのような温かさで言葉を紡ぎ始めた。


「理沙さんの積極的な姿勢、能動的に動こうとする姿勢、それ自体は決して悪では御座いません。むしろ、商いの場においては必要となる場面も多々ありましょうし、理沙さんがこれまで培ってこられた、大切に伸ばしていくべき素晴らしい特性でもありましょう」


店長の声は、凝り固まった理沙の心を優しく解きほぐしていくマッサージのように、心地よく店内に響く。


「肝要は、その在り方や姿勢が最大の効果で発揮出来る、適切なタイミングを見極める事で御座います。ただ闇雲に攻めればよいのではなく、かといって受け身一辺倒になるのでもない。『中道ちゅうどう』を心がけてみると、理沙さんは今よりも更に、人として、マネージャーとして磨かれると思いますよ」


「中道、ですか……」

理沙は、その言葉の重みを確かめるように、静かに復唱した。


「要するにさ、何事も極端に振り切り過ぎるなって事だよ。ポジティブ一辺倒で『積極的お化け』になっちゃってると、自分も周りも息切れしちゃうじゃん? だからと言って、ただの悪い感じの受け身だけになっちゃっても、物事が全く動かなくなっちゃって、それはそれで具合が悪いっしょ。ゆえに『中道』ってわけ♪」


女鬼は、ピっと顔の辺りで人差し指を天へ向けて立て、得意げにウインクをしてみせた。


「さっき、えらいこっちゃんが言ってたじゃん。理沙さんは0か1かしかない『デジタル』だってさ。でもね、その0と1の間にある無限のグラデーション……言うなれば『揺らぎ』を知れば、理沙さんはさらに敏腕なマネージャーになれるんじゃないかな。それどころか、店長を飛び越えて、ゆくゆくは社長になったりして♪」


白か黒か、0か1かという極端な二元論の中で生きてきた彼女にとって、その「真ん中」という概念は、新鮮で、かつ深い救いのように感じられた。


「しゃ、社長やなんて……。そんなん、滅相もないわ」

理沙は照れくさそうに首を振ったが、その表情には先程までの悲壮感はなく、未来に対する小さな希望の光が宿っていた。


「理沙さんは経験豊富で、何よりよく勉強されて改善を怠らない、誠実な方であるのは確かですから。まだ店に入られたばかりで日が浅い聞子さんの至らないところや、具体的な改善点をお伝えして、彼女が更に伸びるように導ける力は、理沙さんの中に十分にあるでしょう」


地蔵店長は、お地蔵さん笑顔でニコニコと頷きながら、これからの店舗の在り方について優しく説いていく。


「お互いの良いところを出し合い、足りないところを認め合って改善しあっていけば、素晴らしい店舗になります。同じ職場で働く方々にとっても、そして何より足を運んで下さる御客様にとっても、真に『善き店』となって行くのではないかと、私は思いますねえ」


理沙は、盃をそっとカウンターに置いた。

その瞳は潤んでいたが、真っ直ぐに店長と女鬼を見据えて、凛とした声で宣言した。


「……はい。明日、聞子とも、そして他の従業員達とも、しっかりと話し合います。お互いの良いところを尊重しあって、それぞれが足りないところを補い合い、もし行き過ぎた事があれば互いにセーブし合えるように……。誰もが楽しく、快適に過ごせる『真の善き店』を、私が責任を持って作っていきます」

理沙の顔には、迷いの晴れた、晴れやかな微笑みが浮かんでいた。


「ん、いい顔になった♪」

女鬼は満足げに親指を立ててグッドサインを送る。


すると、えらいこっちゃ嬢は椅子に飛び乗り、「気づいて改善、えらいこっちゃな成長したマネージャー、えらいやっちゃ!」と言って頭をなでる。

その温かなやり取りを、地蔵店長はお地蔵さん笑顔を絶やすことなく、慈愛に満ちた眼差しでいつまでも見守り続けていた。

ちゃんこ鍋の最後の一滴まで飲み干した後のような、充足感と温もりが、理沙の全身を優しく包み込んでいた。


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##憑き物が落ちた背中と真の学び


理沙は、深く、長く、胸の奥に溜まっていた全ての毒を吐き出すかのように息を吐いた。

その顔からは先程までの刺々しい険しさが消え、まるで分厚い雲が晴れ渡ったかのような、清々しい表情を浮かべている。


「皆さん、本当に有難う御座います。私は今まで、自分の物差しだけで物事を測って、うわべだけしか見ていなかった事を思い知りました。この気づきを、明日からの私の糧にして生きます」


迷いのない声でそう告げると、理沙はスッと背筋を伸ばしてカウンター席から立ち上がった。

心なしか、その肩は店に来た時よりもずっと軽やかそうに見える。


「それじゃあ、お勘定をお願いします」


理沙が真っ直ぐに店長を見つめると、地蔵店長は穏やかなお地蔵さん笑顔を浮かべ、胸の前でゆっくりと合掌してお辞儀をした。


「当店は、決まった代金を頂くのではなく『御布施』の形式にしております。理沙さんが今日、ここで得られたものに見合うと感じる分だけ、お納め頂ければ幸いです」


「御布施……。ええ、わかりました。それじゃあ、これを」

理沙は迷うことなく財布を開き、新札の一万円札を取り出すと、隣にいたえらいこっちゃ嬢の小さな手にそっと手渡した。


「この前、ポジティブ一辺倒の自己啓発セミナーに行ったんです。そこでは参加費五千円やったけど、はっきり言って比べるのも失礼なくらい、ここでの教えの方が何倍も勉強になりました。あのセミナー、最後の方は何故か全員でダンスさせられて気分を高揚させるだけの、今思えば意味不明な内容やったし。そやから、そのセミナーよりも沢山、御布施させて貰います。」


理沙は自嘲気味に笑った。

高揚感という麻薬で現実を誤魔化すのではなく、静かな対話の中で自らの醜さと向き合う事の価値を、彼女は肌で理解していた。


えらいこっちゃ嬢は一万円札を両手でしっかりと受け取ると、「毎度あり! えらいこっちゃな大金や!」と言って、弾むような足取りでレジへと向かった。


それを見送った女鬼が、肘をついてニヤリと笑いながら理沙に問いかける。

「その自己啓発セミナーってさ、散々不安を煽ったり感情を揺さぶったりしてから、最後に『特別価格』とか言って高額なバックエンド商品を売りつけてこなかった? 個別アドバイスとか相談とか称して、断りづらい空気でクロージングかけたりとかさ。」


理沙は、その正確すぎる指摘に目を見開いた。

「……! 全くもってその通りやわ。え、女鬼さんもあそこに紛れ込んでたん?」


思わず笑いながら尋ねる理沙に、女鬼は肩をすくめてため息混じりに笑った。


「あーしは直接あんなとこ行ったわけじゃないけどね。理沙さんの話聞いてたら、多分そんなとこじゃないかなって容易に想像できたからさ。まだまだ続いてるんだねー、ああいう弱った心から金を毟り取る集金システムって。ダンスとかポジティブコールとか散々やらせて疲れ果てさせたから一気に畳みかけ集金、マジダサ過ぎ。こういう悪質自己啓発セミナーとかって、それこそ悪い積極性のポジティブお化けってやつだから、良い反面教師になるじゃんね♪」


「ほんまやね。あのセミナーのことは反面教師にして、ここでの教えを大切にしていくわ。さっき言うてくれた『中道』を自分なりに模索してみる。……ほんまに、有難うね」

理沙は女鬼に深く頷き、心からの微笑みを向けた。


そして出入り口の暖簾の前まで歩くと、一度だけ足を止めて振り返った。


「本当に、有難う御座いました」


凛とした声でそう言い残し、深く一礼をしてから、理沙は堂々とした足取りで夜の街へと踏み出した。

その後ろ姿には、かつての虚勢ではなく、真の自信が宿っているように見えた。


その頼もしい背中を見送りながら、地蔵店長は再び優しいお地蔵さん笑顔で合掌した。


「御来店、誠に有難う御座います。またいつでも、心の荷物を下ろしにいらして下さいね」


理沙の去った店内に、店長の温かな声が余韻となって静かに響き渡っていた。


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## 「4132」の語呂合わせと真の能動性


理沙が店の外へ一歩踏み出すと、夜の帳が降りた静寂の中に、あの不思議な方輪車がゆらりと停泊していた。

提灯の淡い光が、石畳をぼんやりと照らしている。

理沙の姿を認めると、方輪車は生き物のように客席の扉を静かに開け、彼女を招き入れた。


理沙は座席に深く腰を下ろし、安堵の溜息を漏らす。

「有難う御座います、方輪車さん。ほな、宜しくお願いします」


そう声をかけると、座席の隅から「お勘定」と墨書きされた白い手がニューっと伸びてきた。


理沙は財布から小銭を取り出し、手のひらの上に4132円を丁寧に乗せた。

すると、白い手は親指をグッと立てて満足げにグッドサインを出すと、再びニューっと闇の中へ引っ込んでいく。


「毎度ありー。4132……『良い道』を歩まはるんやね」

方輪車は優しく微笑むような声を響かせ、ゆっくりと車輪を回し始めた。


理沙は窓の外を流れる夜景を眺めながら、ふふ、と声を漏らす。

「ふふ、正解。これから私が進む道を表した、ええ語呂合わせですやろ?」


「まさにですなあ。ほな、良い道通って御届しますさかい」

方輪車はそう言って速度を上げ、夜の街を滑るように走り続けた。


やがて、あの「えらいこっちゃ」な出来事が始まった場所、えらいこっちゃ嬢と初めて出会ったあの通りまでやってくると、車は静かに止まった。

牛車を降りた理沙は、去りゆく方輪車に向かって大きく手を振った。


「有難う御座います。皆さんに、それから……化け草履さんにも宜しく言っといて下さい。今度は百貨店に入ってる和服の店とか、近くに良い草履の店が無いか、私もしっかり探して案内できるようにしときますさかい」


方輪車は車体を軽く揺らし、嬉しそうに声を弾ませた。

「有難う御座いますー。宜しく言う時ます。ほなねー」


方輪車は満面の笑顔をこちらへ向けるような気配を残し、夜の闇へと溶け込むように走り去っていった。


一人残された理沙は、夜の涼風を頬に受けながら、改めて聞子のことを想った。

あの時、聞子が迷いなくあのおばあちゃん、金本に他店を案内できたのは、決して偶然ではない。


「聞子は、普段からリサーチとか色々と勉強したり、自分の足で色んなお店を回って知識や体験を蓄積させてたからこそ、金本様に最適な案内が出来たんやんな。それこそが、何よりも積極的にリサーチと勉強をしてた証拠や……」


理沙の胸の奥で、熱いものが込み上げてくる。

自分は「声を出して動くこと」だけを能動的だと信じ込み、その裏側にある膨大な準備や思慮を「消極的」だと切り捨てていたのだ。


「聞子、めっちゃ積極的で能動的な子やん。ほんま……私はあの子の何を見とったんやろ」


自らの浅はかさを静かに、けれどしっかりと噛みしめながら、理沙は自分の家へと続く道を歩き始めた。

その足取りは、今朝までの迷いや傲慢さを脱ぎ捨てたように、どこまでも軽やかで真っ直ぐだった。


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## 導きの静寂と再生の笑顔


翌朝、理沙はいつもより少しだけ早く百貨店の重厚な扉をくぐった。

昨日、地蔵食堂で受け取った「中道」という言葉が、まだ胸の奥で温かな火を灯しているのを感じる。

午前中の忙しさが一段落した頃、理沙は吸い寄せられるように婦人靴売り場へと足を運んだ。


エスカレーターを降り、視線の先に映ったのは、昨日までの重苦しい空気とは無縁の光景だった。

そこには、先日金本様の孫を怒らせてしまい、顔を真っ赤にして泣きじゃくっていたあの新人の姿があった。

彼女の隣には、いつものように穏やかな空気を纏った聞子が寄り添っている。


2人は何事か楽しそうに言葉を交わしながら、棚の靴を整えていた。


「あの子、ちゃんと立ち直ったんやな……。」


理沙は物陰からその様子を見て、ホッと深く胸をなでおろした。

昨夜の心配が嘘のように、新人の表情には明るい活力が戻っていた。


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昼休みになり、再び靴屋を訪れると、聞子はちょうど休憩に入ったようで姿がなかった。

売り場には、新人と指導役の先輩社員たちが数名残っている。


理沙は新人に歩み寄り、静かに声をかけた。

「ちょっとええかな。少し、バックヤードで話そうか」


新人は「はい」と短く答え、理沙の後に続いてバックヤードへと向かった。

扉が閉まり、静まり返った空間で、理沙はゆっくりと彼女に向き直った。


「こないだは、本当に大変やったね。あんな風に怒鳴られたら、誰だって足がすくむもんやわ」


理沙は一拍置き、昨夜の自分との決別を示すように、深く頭を下げた。


「確かに、相手のペースを考えんと強引に接客してしもたんは、プロとして正すべきところや。でも……私自身も、あなたに対して『積極性』や『能動的』であることを言い過ぎてしもたんは確かやと思う。あなたの失敗には、私の指導不足という責任もある。そこは、本当に申し訳なかったと思ってる」


「えっ……マネージャー……」

新人は驚きで目を見開いた。

常に強気で、数字と攻めの姿勢を説いてきた理沙が、自分に頭を下げるなど予想もしていなかったのだろう。


理沙は顔を上げ、優しく微笑みかけた。

「この経験を活かして、明日からお互いにもっと改善していこうね。君はもう、今日あんな風に笑顔で売り場に立ってた。昨日の今日で立ち直れるなんて、あなたは本当に根性のある子やわ。きっと、素晴らしい販売員になれる」


理沙の言葉に、新人は一瞬照れくさそうに俯いたが、すぐに顔を上げて小さく首を振った。

「マネージャー、ありがとうございます。先日は、本当にすみませんでした……。でも、私……別に根性があるわけやないんですよ」


新人は、少し遠くを見つめるような目で、柔らかく笑った。

「正直に言うと、あの後……自分はもうこの仕事に向いてへんのかなって、本気で悩んでました。怖くて、もう売り場に立てへん、辞めた方がええんかなって、昨日まで沈んでたんです」


「え……?」

理沙は意外な言葉に眉を寄せた。


「でも、聞子さんが……昨日、私の話をずっと聞いてくれたんです。私が何に怯えてて、本当はどうしたかったのか……。聞子さんは一言も私を責めんと、ただ、ただ静かに頷いて、私のぐちゃぐちゃな気持ちを全部受け止めてくれました。そしたら不思議と、自分が何で失敗したのか、これからどうしたいのかが自分の中で整理できて……。私、もう一回頑張りたいって、素直に反省することができたんです。だから今日、こうして売り場に戻って来れました」


「えっ……。聞子が、あなたの話を……?」

理沙は目を見開いたまま、固まった。


自分が必死に「能動的であれ」と叩き込んでも届かなかった彼女の心が、聞子の「静かな傾聴」によって救われていた。

昨夜、摩訶不思議食堂で聞いた「声聞しょうもん」という言葉の真意が、今、目の前の現実に、あまりにも鮮やかな形を伴って突きつけられていた。


理沙の心臓が、ドクンと大きく波打った。

自分の知らぬところで、聞子のあの「観察」と「傾聴」が、チームの崩壊を食い止めていたという事実に、理沙は激しい衝撃を受けていた。


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## 心の引き算と、静かなる「声聞」の導き


バックヤードの冷ややかな空気の中で、新人の少女は溢れそうになる涙を指先で拭い、一昨日からの出来事を一気に吐き出した。


「一昨日、あんなに失敗してボロボロやった日の仕事終わりに……聞子さんが誘ってくれたんです。私がずっと好きなアニメのコラボカフェのフェアが、丁度近場で始まるから一緒に行かへん?って。それで、昨日の休みに二人で出かけてきました」


理沙は黙って耳を傾けた。

聞子がアニメのコラボカフェなどという賑やかな場所を提案したことに、意外性を感じながら。


「正直に言います……最初の方は、マネージャーへの責任転嫁と愚痴の嵐でした。来る人全員に声かけて売りまくれって言うたん、一体誰やねんって。自分の失敗を棚に上げて、最低なことばっかり言うて……」


新人は自嘲気味に肩を落とした。


「そんな私の話を、あの子は否定も肯定もせんと、ただジーっと聞いてくれてたんです。私やったら、文句ばっかりで聞いてる方が気が滅入るわって、今思うたら本当に恥ずかしいことしてたなって思うんですけど。あの子は一切口を挟まず、ただ、ただ黙って受け止めてくれました」


理沙の胸の奥が、ズキンと痛んだ。

自分が昨夜、女鬼から指摘された「自分の声が大きすぎて、相手の声が聞こえていない」という慢心。それを聞子は、誰に教わるともなく、あるいは既に体得した「智慧」として実践していたのだ。


「そして、私が全部吐き出した後、あの子……ポツリと言ったんです。『そうなんやね。マネージャーに教わった通り、攻めの姿勢を貫いてるんやね』って。私は意地になって『そうそう、私ってめっちゃ積極的で能動的やろ? そりゃ昨日は前に出過ぎたかもしれんけどさあ』って言い返したんです」


新人はそこで言葉を切ると、今度は溢れる涙を隠そうともせずに続けた。


「そしたら聞子さん、こう言ったんです。『私も積極性が大事やってことは、頭ではわかってるけどなかなか出来ひんから。あなたのこと、いっつも見習ってるんやけど……上手くいかんもんやね』って。それから、私の目を真っ直ぐ見て……。『能動的に動けるって、本当に凄いと思う。それで、もし前に出過ぎたって気づいたなら、その分だけ少しずつ下がり方を覚えたらもっと良うなるやん? でも、私は引き算からのスタートやからね。マネージャーからも、指導し甲斐の無い奴やなって呆れられてるかもしれん。その点、あなたは見込みがあるって褒められてて……それを観て、私ももっと踏ん張らんとあかんなって、いっつも思うてるんよ』って。」


理沙は言葉を失った。

自分が聞子を「やる気のない案山子」だと決めつけ、冷たい言葉を投げかけていた時、聞子はそんな理沙の「期待」さえも、新人の才能を認める「証」としてポジティブに解釈し、自らの糧にしていたというのか。


「『あなたは足し算スタートで、今は少しだけ力み過ぎてるだけ。なら、その力を少しずつ緩めていけばいいだけやし、調整しやすいから、これからどんどん上って行かはるんやろなって思って、私も刺激を貰った。私、置いて行かれんようにせんと……。ねえ、あなたの接客のコツとかスタイル、もっと私に教えて欲しいな』……そう言われて、私、気づいてへんかった私の良さを、あの子はこんなによう観てくれてたんやって、涙が止まらんなって……」


新人は震える声で涙をためていた。


「私が愚痴ばっかりやったことを謝ったら、全く攻める事無く、あの子は引き算の仕方を教えてくれて……。そこで『声聞しょうもん』っていう言葉を教えてもらったんです。言葉だけやなくて、相手の心の震えまで聞かせて頂くこと。そのためには、まず一歩立ち止まって『聞く練習』から始めてみるとええかもねって……」


「声聞……」

理沙は、その二文字を唇の上で転がした。


昨夜、摩訶不思議食堂という異界で授かったはずの、あの「智慧」の言葉。

まさか、自分の部下であるはずの、あのおっとりとした聞子が、既にその教えを自らの魂に刻み、傷ついた仲間を救うために振る舞っていたとは。


(聞子……あんたは、私が思ってた以上に、ずっと深く、遠い場所を見てたんやね……)


理沙は、バックヤードの白い壁を見つめながら、激しい感銘と、言葉にしがたい畏怖の念を抱いていた。

聞子のあの「静止」は、決して停滞ではなかった。

それは、暴走する他者の心を静め、本来あるべき姿へと導くための、極めて高度で「能動的」な、愛の形だったのだ。


理沙の瞳にも、熱いものが込み上げてきた。

自分がいかに浅い表面だけを見て、人を、部下を裁いていたか。

マネージャーとして、一人の人間として、聞子から学ぶべきことが山ほどある。


「……教えてくれて、ありがとう。あの子の言う通りやわ。あなたは足し算ができる。なら、これからは私と一緒に『引き算』の美学も学んでいこう。……私も、一から学び直すつもりやから」


理沙は、新人の肩にそっと手を置いた。

その手は、昨日までのような「強いる力」ではなく、共に歩もうとする「支える力」に満ちていた。


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## 観察の眼差しと夕暮れの約束


理沙は、新人の意外な言葉に思わず目尻を下げた。


「話してくれて有難うね。でも……ふふ、聞子ってアニメ好きやったんやね。あんなにおっとりしてる子って、一体なんの作品にハマってるんやろか?」


新人は、スマートフォンの裏側を愛おしそうになぞりながら首を振った。


「あ、アニメ好きなんは私だけなんです。これ、携帯のストラップにキャラクターの小さなキーホルダーを付けてるのを、あの子はずっと前から見つけてたみたいで。私も、なんでわざわざコラボカフェなんかに誘ってくれたんか後で聞いたら、『自分の好きなものに囲まれてる環境やったら、リラックスできて話もしやすいやろなって思うたから』って教えてくれたんです」


パチッ、と新人がスマートフォンの画面を点灯させると、そこには可愛らしい美少女キャラクターのキーホルダーが揺れていた。

それはアイドルの男の子に見えるキャラクターで、百貨店の喧騒の中では見落としてしまいそうなほど小さなものだった。


「ふふ、こんなん、誰も気にしないかと思ってたのに。ほんま、あの子ってよう観てますね」


新人は照れくさそうに笑ったが、その瞳には聞子への深い信頼が宿っていた。

理沙はそのキーホルダーをじっと見つめ、昨夜の地蔵店長の言葉を反芻した。


「ほんまやね。ほんまに良く観てる、見習うべき事やわ。御客様に気持ちよく買い物して頂くサポートをする販売員にとって、一番大切で、一番難しい事やもんね、よく観るって事は」

理沙は穏やかに微笑んだが、その内面では激しい自省の念が渦巻いていた。


販売員として、あるいは売り場に立つ御客様のサポート役として、この売り場で1番才能も適正も無い無能だと思い込んでいた聞子が、実は誰よりもその職務に適している。

その動かしがたい事実を突きつけられ、いかに自分が表面的な数字や態度だけしか見てこなかったかを、理沙は改めて思い知らされていた。


ザワザワ……。

百貨店の開店から数時間が経ち、売り場には少しずつ活気が戻ってきた。

昼休みを終えた従業員たちが戻り始め、御客さんの数も10人、20人と増えていく。


新人は「それじゃあ、戻りますね」と言って、居住まいを正して売り場へと駆けていった。

入れ替わるように、昼休憩を終えた聞子が、いつものおっとりとした歩調で戻ってくる。

彼女は理沙の姿を認めると、立ち止まって静かに一礼した。


「聞子、ちょっといい? 今日の営業終了後、少し話したいことがあるんよ。終わったら事務所まで来てくれる?」


聞子は、その大きな瞳をぱちくりとさせたが、すぐに柔らかく微笑んだ。

「畏まりました。お伺い致します」


彼女は丁寧にお辞儀をしてから、吸い込まれるように売り場の定位置へと戻っていった。

その後ろ姿は、昨日の「案山子」に見えた姿とは全く異なり、周囲の空気を優しく調律する指揮者のようにさえ見えた。


カツッ、カツッ。

理沙は自らのヒールの音を響かせながら、別の店舗への用件を片付けるために靴屋を離れた。


夕暮れ時に交わされるであろう、聞子との対話。

そこから始まる「新しい靴屋」の形を想像しながら、理沙は真っ直ぐに前を向いて歩き出した。


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## 鏡合わせの告白と「声聞」の調和


百貨店の喧騒が去り、静まり返った夜の事務所。


靴屋の閉め作業をすべて終えた聞子が、迷いのない、けれど柔らかな足取りでマネージャーデスクへと歩み寄った。

「失礼します、御疲れ様です」


短く、けれど深く頭を下げるその姿を、理沙は椅子から立ち上がって迎えた。

デスクの上に置かれた書類の山も、今は彼女の視界に入っていない。


理沙は一度、深呼吸をしてから、真っ直ぐに彼女の瞳を見つめた。


「御疲れ様。……聞子、まずはお礼を言わせて。昨日、貴重な休日を使ってまであの子を誘って、立ち直るきっかけを作ってくれて……本当に有難う。ほんまに、有難うな」

理沙はそう言って、深く腰を折って頭を下げた。

マネージャーである彼女が、一販売員に対してここまで深々と謝意を示すのは、この百貨店でも異例のことだった。


聞子は少しだけ驚いたように瞬きをしたが、すぐに穏やかな微笑みを浮かべた。

「こちらこそ。彼女の話を聞く中で、私自身もとてもいい刺激と勉強を頂きました」


「ふふ、どこまでも謙虚やね」

理沙は顔を上げ、自嘲気味に、けれど温かく微笑み返した。

そして、喉の奥にずっと支えていた、一番伝えなければならない言葉を絞り出した。


「それから……今まで聞子のこと、上っ面しか見ないままで、戦力外やって……お荷物やって言い方をしてしもて、本当に申し訳ありませんでした」

理沙は再び、今度は謝罪を込めて深く頭を下げた。

事務所の蛍光灯が、白く清潔な床に理沙の影を落としている。


「あんたは、誰よりも積極的で、能動的に御客様一人一人のことを観てくれてたんやね。ただ靴を売るだけやなくて、その靴を履いたその後の日常まで……。そうとも知らずに、自分の価値観を押し付けて否定ばっかりしてしもて……ほんまに、すみませんでした」


理沙の言葉には、迷いや虚飾は一切なかった。

摩訶不思議食堂で突きつけられた自らの傲慢さを認め、それを乗り越えようとする一人の人間の、切実な響きがあった。


聞子は、静かに理沙の言葉を受け止め、いつものおっとりとした口調で静かに言った。

「いえ……私が消極的で受け身体質なのは、紛れもない事実です。私自身、自分の至らなさとして自覚していますから」


「……その上で」

理沙は首を振り、言葉を重ねた。


「その上で、どこで能動的に動けばいいのかを冷徹に見極めて、接した御客様たち全員から絶大な信頼を得ている。それは、御客様の声にもはっきりと反映されてるんよ。……聞子。あんたがこの店舗に来てくれて、ほんまに良かった。今は心の底からそう思ってる。有難うね」


理沙の言葉に、聞子の大きな瞳がわずかに潤んだように見えた。

彼女はそっと胸元に手を当て、慈愛に満ちた微笑みを理沙に向けた。


「恐縮です。御客様に、少しでも喜んで頂けていたならば。それは私にとって、何より嬉しい事です」


事務所の窓の外では、夜の街が静かに息づいている。

「デジタルおばちゃん」と「案山子」と呼ばれた2人の間に、今はじめて、言葉を超えた「中道」の調和が生まれようとしていた。


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##響き合う中道と、思わぬ来客


理沙は一度大きく頷くと、マネージャーとしての鋭い視線を取り戻し、聞子を真っ直ぐに見据えた。


「確かに、聞子はちょっと引っ込み思案っていうか、控えめ過ぎる所はあるし、押しの弱さはあるよね。例えば、お客さんに無理な値切りをされた時、言われっぱなしで押し切られへんか心配になる事もあるし。そこに付け込まれるかもしれへんから、そこはこれから一緒に改善して行こか。肩を怒らせる必要はないけど、もうちょっと堂々とした、凛とした佇まいであってもええと思うんよ」


的確な指摘に対し、聞子は一切の淀みなく、深く頭を下げた。


「畏まりました。自分の佇まいが、隙を見せてしまっているように見られている、その自覚を持ち、改善していきます」


「そして、私の方も。私はこれまで、積極的でチャレンジ精神旺盛であることを絶対の正義にして、売り場の子らにもそれを強制し過ぎてたところがある。そこは、私自身が責任を持って改善するって約束するわ。行き過ぎた前に出るサービスや積極性は、お節介を通り越して、ただの迷惑な出しゃばりになってしまうもんね」


理沙は自戒を込めてそう語ると、ふっと柔らかな笑みを浮かべた。


「お互いの足りないところは補い合って、行き過ぎたところはブレーキをかけ合っていこ。それが、この店にとっての一番の『中道』になるはずやから」


「はい。私も、自分が観察して気づいた改善案や、自分に補えるところは、遠慮せずに提案していきます」


聞子が晴れやかな顔で微笑む。

理沙の胸に、かつてないほどの達成感と連帯感が込み上げてきた。


「よし!」


理沙は力強く短く言い、昨夜、店を出る際に女鬼が自分に向けてやってくれたあの仕草を思い出し、親指をぐっと立ててグッドサインを出してみせた。

聞子がその不慣れなジェスチャーに少しだけ目を丸くした、その時だった。


事務所の重厚な扉が開き、50代後半ほどに見える、落ち着いたスーツ姿の男性が足を踏み入れてきた。

百貨店の人事を取り仕切る、本社の人事部長だった。


理沙と聞子は、即座に居住まいを正して挨拶をする。

「御疲れ様です」


「御疲れ様。なんや聞子ちゃん、マネージャーとおったんかいな。」


人事部長は穏やかな笑顔を浮かべたが、その視線はどこか、単なる激励以上の特別な意図を含んでいるように理沙には感じられた。


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## 隠れた名刀と未来への布施


理沙は驚きを隠せず、思わず椅子から身を乗り出した。

「人事部長……聞子のこと、知ってはるんですか?」


人事部長は、理沙の狼狽ぶりを楽しむように声を上げて笑った。

「そりゃまあ、今回の異動を最終的に統括したんは僕やからね。彼女が以前いた部署……クレーム対応の専門部署や御客様対応窓口での仕事ぶりをずっと見させてもろてな。そこでの彼女の振る舞いを見て、実店舗の最前線でも十二分に、いや、それ以上に活躍出来ると確信したんや。特に彼女は靴の造詣をごっつ深く持っとるから、いっそ靴の専門店舗を任せてみよかって話になったんよ。異動が決まった時は、御客様対応窓口の連中から『聞子ちゃんを連れて行かんといてー!』って本気で泣きつかれたけどな」


「え……?」

理沙は二の句が継げなかった。

自分が「戦力外」と決めつけていた後輩が、実は全社レベルで切望されるほどの「至宝」であったという事実に、背筋が震えるような衝撃を受ける。


「彼女な、入社後の研修が終わった後に、誰もが嫌がるクレーム対応の部署に自分から行くって言い出したんや。理由を聞いたら何て言うたと思う? 『御客様から真実の声、生の声を一番聞かせて頂きやすい場所やから』って。そんで実際、彼女と話した御客様はな、どれほど怒り狂ってても、最後はみんな彼女にお礼を言うて満足して円満に終わるんよ。1年経つ頃には部署内で『困った時の聞子さん』ってあだ名がつくくらいの活躍ぶりやった。新人とは思えん胆力やなって、僕らも驚いたもんや」


人事部長が誇らしげに語る傍らで、聞子は困ったように眉を下げ、いつものように穏やかに微笑んだ。

「部長、大げさですよ。私はただ、御客様が心の奥に溜めていらしたお声を聞かせて頂いてきただけですから」


「それが良かったんやろな。今までずっと要注意人物やと思ってて、クレーマーにしか見えんかったような人がな、『聞子ちゃん出して! あの聞き上手な子に話を聞いて貰うねん!』って指名するまでになってしもたんや。今ではうちで優先して買い物して下さる、大切で上質な常連様になってくれたんやから。大げさどころか、まだまだ評価し足りないくらいやで」


部長は満足げに頷くと、理沙の方を向き直し、真剣な眼差しで続けた。


「将来的には、聞子ちゃんには全社の販売員の接客や対応を指導する『教育担当』の先生になって欲しいと僕は願っとる。そやからこそ、今は現場で生の接客経験を積んで貰おうと思って、今回の配置にしたんや」


そして、部長は理沙の顔を覗き込むようにして、親しげに尋ねた。

「マネージャー、現場から見て聞子ちゃんはどうや? あんじょうやってくれてるか?」


理沙は一瞬、摩訶不思議食堂での対話や、先ほど新人から聞いた「救いの言葉」を思い出した。

自分の不明を恥じる気持ちと、こんな素晴らしい仲間と共に歩める喜びが、胸の中で熱く混ざり合う。

理沙は、かつてないほど清々しい、満面の笑みを浮かべて答えた。


「ええ……それはもう、最高に」


その言葉を聞いた聞子は、「恐縮です」と深く頭を下げ、春の陽だまりのような優しい微笑みを浮かべていた。


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## 声聞の灯火と「良い道」の始まり


事務所を出ると、夜の百貨店の静寂が3人を包み込んだ。

人事部長は満足げな足取りでエレベーターホールへと向かい、聞子はいつものように丁寧な一礼をしてから駅の方向へと消えていく。


一人になった理沙は、昂った心を鎮めるように夜の街を歩き出した。

カツ、カツ、と夜道に響くヒールの音。

何かに引き寄せられるように、彼女は駅前にある大型書店へと足を踏み入れた。


普段ならビジネス書やファッション誌のコーナーへ直行するはずの足が、今日はなぜか、奥まった場所にある仏教関連の棚へと向かっていた。

棚に並ぶ古めかしい背表紙の中に、一冊の「仏教入門」というタイトルの本を見つける。

理沙はそれを手に取り、吸い込まれるようにページをぱらぱらと捲っていった。


そして、あるページで、彼女の指が止まった。


そこには「声聞界しょうもんかい:仏の教えを聞いて悟りを目指す境地」という項目が記されていた。

理沙はまばたきも忘れ、その一文をじっくりと読み込む。


解説によれば、仏教には「十界」と呼ばれる10の世界があり、そこには地獄から天界までの迷いの世界である「六道」と、悟りを目指す聖なる世界「四聖ししょう」があるという。

声聞界は、その「四聖」の入り口に位置する境界であると書かれていた。


「迷いの世界にいるのが私で……聞子は、もうこの『四聖』っていう悟りの世界にいるんやないかな……」

ふと、そんな考えが理沙の頭をよぎった。


他人の声に耳を傾け、自らを律し、他者に貢献する。

自分がいかに我執に囚われ、数字という迷いの森を彷徨っていたかを思うと、聞子の存在がより一層、尊く感じられた。

理沙はその本をしっかりと胸に抱え、レジへと運んで購入すると、大切に鞄の奥へとしまった。


書店を出て、冷たい夜風が吹き抜ける帰り道。

街灯の下を歩きながら、理沙の口元が自然と緩んだ。


「あの子は、『声聞』っていう言葉を知っていて、それを当たり前のように体現してたんやね……」


ふふっ、と、思わず笑いがこみあげてくる。


「えらいこっちゃんが『声聞おねえやん』って呼んでた通りやん。あの不思議な子には、最初から全部見えてたんやわ」


夜空を見上げると、ビルとビルの間に細い月が浮かんでいた。

理沙は、昨夜えらいこっちゃ嬢に浴びせられた「デジタル押し付けおばちゃん」という不名誉な呼び名を思い出し、決意を新たにする。


「これからは、あの子に『えらいこっちゃな押し付けおばちゃん』なんて二度と言わせへんようにせんとね。『えらいやっちゃな声聞おばちゃん』って呼んで貰えるくらい、私も修行し直しやわ」


理沙は、4132円という「良い道」の語呂合わせを頭の中で反芻した。


これからは、ただ前に出るだけではない。

立ち止まり、観察し、聞く、その上で積極的に出る要所ではしっかりと前へ出る。

その静かな能動性を身につけた時、自分もまた「四聖」の入り口に立てるのかもしれない。


理沙は微笑みながら、夜の道を確かな足取りで歩き続けた。

その背中は、昨日よりもずっと柔らかく、そして凛とした光を放っていた。


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