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第四章 Tシャツパニック

1


「球技大会のクラス委員を決めてくれ」

アラーキーはいつも通りに雑にホームルームを始めた。

「進行役は、そうだな、神谷蒼真。お前な」

「へいへい」

蒼真は教室の前に立った。


「はい!自薦他薦は問いません!大募集です!申し込み多数の場合はジャンケン大会です!」

蒼真のおかしなテンションに教室は爆笑に包まれる。

こんな面倒事をやりたがる人間が大勢出てくるはずないことは、蒼真はもちろん分かっている。


「蒼真君がやればー?」

玲奈が気楽に推薦してくる。

「嫌だよめんどくさい」

「決める気あるのかよ進行役!」

直がヤジを入れてくるのがウザい。

「直こそ帰宅部なんだし、どうだ?」

蒼真はすかさずカウンターを入れる。

「帰宅部の忙しさを知らん素人は黙っとれ。ていうか蒼真も帰宅部だろ!」

「バレたか!」


教室の後ろで様子を見ているアラーキーが蒼真を睨んでくる。真面目にやれということか。


教室がザワザワとする中で、1人がおずおずと挙手をした。

「わたし、やります」

結月だったので蒼真は少し驚いた。

「バスケ部のマネージャーやりながらで大丈夫なの?」

玲奈は思わず確認してしまった様子だ。

「大丈夫、大丈夫、わたしやれるから」


「久遠さんのほか、やりたい人いますかね?」

どうやらこれ以上の候補は出なさそうだ。なので蒼真は締める。

「では、球技大会のクラス委員は久遠結月さんで」

パチパチパチと、控えめな拍手にクラス内の安堵の空気を感じた。


2


球技大会クラス委員の仕事は思いのほか多岐にわたった。

出場競技の希望調査から始まり、他クラスとの出場競技調整、選手エントリー、横断幕作成、クラスTシャツの手配などなど。

結月はこれらをほぼ全て自分一人で行なっていた。


休み時間や昼休み、部活までの限られた時間など、何らかの仕事をしている結月を見かねた玲奈は、

「手伝えることがあったら言ってくれればいいから」

と声をかけていた。しかし、

「大丈夫、わたしできるから」

と、結月自身が仕事を手離さないこともあってなかなか手が出せない状態になっていた。

結月はたぶん追い込まれていた。微かに震えるような姿も見られたほどだ。

蒼真と玲奈は、目と目だけで心配な気持ちを共有した。


3


球技大会まであと3日となった日に事件が起こった。クラスTシャツが納品されたのだが、チームカラーの赤ではなく、青いTシャツが届いたのだ。クラスの人数分40着。総額128,000円。


「この色だと5組と被っちゃうね」


「返品交換は?」

「オリジナルのプリントが入ってるから無理だよ」


「作り直す?」

「時間もお金も足りないね」


「誰が間違えたの?」

「犯人探しはやめようよ」

玲奈が周囲を落ち着かせようと声を張る。


「でもさぁ」


ざわつき、険悪な雰囲気になっている教室で、Tシャツの入ったダンボールを見つめる結月が拳を固く握った。


「これはわたしのミスです。ごめんなさい」

蒼真には、結月の声が震えているように聞こえた。


またクラス中が口々に話し出す。

「結月、これどうするの?」

「弁償できるの?」

「何とかならないか業者と交渉してきなよ」


解決方法が全く見えない不満の矛先が全て結月に向かっている。


「ごめんなさい。ごめんなさい」

謝り続ける結月の姿が痛々しい。もはや誰が見ても平常ではなく、結月は爪が掌に食い込むほど拳を握りしめていた。


4


「久遠さん、レナ、ちょっと来てもらえる?」

蓮も席を立とうとしたようだが、蒼真たちと一緒に来ることはなかった。

蒼真は結月を自習室になっている空き教室に連れ出した。


「本当に久遠さんがミスしたの?」

「うん、ごめんなさい」

「Tシャツはクラス委員から生徒会に希望を申請して、生徒会がまとめて発注するんだよね。うちのクラスの申請書を生徒会で確認してくるよ」

「余計なことしないで!」

蒼真は面食らった。一体なにが余計なことなのか。


「だって……ちゃんと謝れば、嫌われないで済むんだよ?」

蒼真は意味が分からない。

「結月ちゃん、落ち着いて」

玲奈が結月の背中を撫でる。

「レナには分からない?わたしが謝ればクラスがバラバラにならなくて済むんだよ?」

蒼真には結月の論理が理解できない。

でも、感情は少し分かるかもしれないと感じた。結月は何かをひどく怖がっている。蒼真が恐れから本気を出さないのと同じように。


「レナとしばらくここにいてくれるか?」

「うん」

「待っててくれるか?」

「うん」

そう結月に確認して、蒼真は生徒会室に向かって走った。


「1年6組の申請書、あ!これだね」

蒼真は内容を確認した。

「これコピー取らせてもらっていいですか?」

「もちろん」

「ありがとうございます!」

生徒会役員の先輩にお礼を言って、蒼真は申請書のコピーを持って自習室に戻った。


「久遠さん、申請書はちゃんと赤だったよ。君のミスじゃないよ」

蒼真は、これで結月が落ち着きを取り戻すと思っていた。

「なんで余計なことするの?せっかくわたしが収めようとしてるのに。クラスの役に立ちたいのに」

結月の混乱は収まらない。結月に寄り添う玲奈も困惑を隠しきれない表情をしている。

結月は続ける。

「こんなものがあっても、お金だって時間だってないんだから、なんともならないよ。だからわたしが、わたしが悪者になればわたしはクラスにいられるから」

蒼真には結月の本当に恐れているものが分からない。でも、ある種の悪夢のようなものなんだろうと思った。


「レナ、もうちょっと頼む」

「分かった」


蒼真は教室に戻った。そして、2つのことをした。

1つは、原因が結月でなかったことを説明すること。

もう1つは直をパシリに行かせること。


5


蒼真は空き教室に戻った。

結月はまだ普通じゃなかった。

「ごめんなさい、ごめんなさい、だからわたしを捨てないで」

と、自分で自分を傷つけるように小さな声で、まるで呪文を唱えるように繰り返していた。


「久遠さん、教室に戻ろう。全部解決したから」

驚いたのは玲奈だった。

「ほんとに?」

「うん、そろそろ始まってる頃じゃないかな」

「始まってる?何が?」

「行けば分かる」


結月は玲奈に支えられるようにして教室に戻った。

教室からは、さっきまでの重苦しさが嘘のように笑い声が聞こえてきた。


6


教室では、作業が行われていた。

スパッタリングという方法でTシャツを「汚している」のだ。

蒼真は美術資料集のデザイン技法の中にこの方法が載っているのを思い出して実行に移していた。

スパッタリングとは、目の細かい網に塗料をつけ、ブラシや歯ブラシでその網をこすることで、塗料を細かな粒状にして画用紙や対象物に飛ばす方法だ。

クラスのみんなは100円ショップで調達できる材料で青いTシャツを黄色い細かな点々をふりかけて、まるで星空のような模様にする作業に夢中だった。


「大河!調子に乗って真っ黄色にすると7組と被っちゃうからな!」

蒼真は大声で言った。教室から笑いが漏れる。大河は黄色の塗料を顔につけて蒼真に向かってニカっと笑った。


「直、ちゃんと領収証もらってきたか?」

「おうよ!100均で5,000円も買い物したの初めてだよ!」

直にはスパッタリングに必要な材料を100円ショップまで買いに行かせていたのだ。


結月は唖然としているように見えた。

少しずつ落ち着きを取り戻しつつあるようだ。


「久遠さん、なんともならないわけじゃなさそうだ。もう久遠さんが何かをかぶる必要はないよ。もう1人で戦わなくていい。みんなでやろう」

蒼真は優しく声をかけた。


7


球技大会当日。1年6組は、あまりお揃いとは言えないかもしれない個性的なクラスTシャツを着て出場した。


男子バスケは蓮の活躍で準決勝まで進んだ。蓮がシュートを決めるたびにコートに黄色い歓声が飛んでいた。大河の鉄壁ディフェンスのおかげで相手の得点を押さえられていた。


蒼真と直が出場した男子バレーは初戦で負けた。主に蒼真のサーブミスが原因で。


早々に出番がなくなった蒼真と直は結月と玲奈が出場した女子バレーを観戦していた。試合後に汗を拭ってジャージを脱いだ結月を見て玲奈が慌てている。

「結月ちゃん!Tシャツはダメ!」

玲奈が結月のジャージを着せなおしている。

「レナには必要だろうけど、わたしは要らないもん」

「いや必要だから!スポブラくらいはせめて!」

という会話が聞こえてきた。蒼真と直は一瞬目を合わせて、何も聞かなかったふりをすることにした。


全ての競技が終わって太陽が西に傾き始めていた。蒼真に結月が駆け寄ってきた。ちゃんとジャージを着ている。

「今回は、なんかごめんね」

「やり直し!」

蒼真は人差し指で結月をビシッと指して要求する。

「こういう時は、ごめんじゃなくてありがとうって言っておけばいいんだよ」

「分かった。ありがとう、蒼真くん」

「な、名前呼びされるのは恥ずかしいな」

「じゃ、蒼真くんも結月って呼んだらいいよ」

「それもまた恥ずかしいな」

「レナのことはレナなのに?」

「レナはレナじゃん?」


今日の結月は笑顔を取り戻していた。

蒼真は取り乱したときの結月も今日の笑顔の結月もどっちも結月で、ありのままの結月であってほしいと思った。この笑顔を二度と曇らせたくないと思った。

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